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2007-12-13

分娩後の飲酒の件、送りました

先日の分娩後の飲酒の件、火曜日に日本助産師会に配達記録で送付しました。
昨日15:22に到着したそうです。
あとは返事が届くのを待つだけなのですが、届くのかなぁ。
私からっていうだけで、ポイッとされそうな気も…
メールでの返事は一週間は待ちましたが、頂けませんでした。
(風邪を召しまして、ご報告が遅くなりました;;)

ちなみに、医師Xさんとお話する機会がありまして(いつも有難うございます!)、分娩後の飲酒についても伺いましたら、やはり危険な行為といえるそうです。
一口程度なら…とかと、厳密に言っていけばある程度の量からを言うのかもしれないけれども、『安全性の向上』からは外れるとおもいます。
軽率な行為といえるのではないでしょうか。
助産師が一緒にいてっていうのに、かなり問題を感じるのですが、助産師の方はどうなのでしょうか。
助産師になる教育課程の中で、飲酒についてはどのようになっているのでしょうか。



2007-12-07

分娩後の飲酒

2007.11.29のブログでメールを送ったとご報告しましたが、都内医師さんからのご助言もあり、手紙を送ろうと準備だけはしておきました。
でも一応、1週間はメールでの返事を待ってみようとおもい、待ちましたが、返事がありませんでしたので、明日にでも投函して、また連絡を待ってみたいとおもいます。

お知らせまで…


2007-03-02

日本助産師会の対応

今日は金曜日なので、日本助産師会の安全対策室に電話をしました。
何でかというと、先日ある方から教えて貰った『一人目帝王切開→病院に不満残す→二人目妊娠、VBAC希望→助産院を探すが病院でないと駄目と言われ、今回は病院を選択→二人目のVBACが成功すれば、三人目のお産は受けられると数件の助産院より説明を受ける』という書き込みのあった掲示板を読み、これはちょっと問題が助産師側にあるとおもい、助産師会の安全対策室に電話で知らせようとおもい、尚且つ、再指導をするべきではないかとおもい、電話をしました。

正直、呆れました。
今回電話で対応されたのは、以前に事務局長をしていたOさん。
まず、電話に出られた際に名乗らない。
「はい、安全対策室の担当の助産師です」
でした。
まぁ、名乗るのは必須ではないとおもわれる方もいるかもしれないですけど、不満が残っている今だと尚のこと、『名乗るべきでしょ!』っておもいます(私は名乗らないからびっくりした)。
で、声でわかったので、Oさんであることを先に確認しました。
勿論、私も名乗りました。
Oさんは提訴前まではいつでも好意的な声で対応してくれていたのですが、提訴後は手に取るようにわかる“あー、あなたですかー…下向き矢印”というため息雑じり声での対応になります。
それは今回も同じでした。
ま、これは人間的に仕方のないことなのでしょうかね、やっぱり私は“敵”(裁判は終わっているから、正しくは“元敵”ですかね)なんでしょうね。
私はそんなつもりはないのですけどね。

私は掲示板で目にした内容を伝えました。
すると…聞いている間は真剣な声で
「それは無理無理、ダメダメ!」
というようなことを仰っていたのだけど、話が終わると、あっさりと
「その助産師が誰かが分かったらこちらからも指導します」
とのこと!!!
はぁ? 発言者を特定できないと駄目なんですか?
ちなみに、県名まではわかっています。
私としては、出来れば全国区で再指導をしてもらいたいけど、とりあえず最低でもその発言者が複数名(一人きりでも同様ですが)いるという県の支部に対してだけでも指導をするべきではないかとおもっていたのですが、何度か聞き返しても、
「えぇ、ですから、個人名さえわかれば」
の一点張り。
更には
「そうやってお母さんたちも勉強されているわけですから」
って、出ましたよ、またこっち側の責任。
これ、何遍も言っていたな、今日も。
呆れるなぁ。
「Oさん、お母さんたちも勉強をって言うけど、教育する側に問題があったら、間違ったまま、教育されてしまうんですよ!」
と言えば、
「ですから、その方も“どうして二人目は駄目で、三人目なら良いのか”ってことから疑問におもえば、それをまた聞けばですね~」
だって。
でもねー、実際に『二人目のVBACが成功すれば、三人目は受けられる』って、助産院側がそう言ってしまっているようなんだから、そのお母さんが二人目VBACを成功して、三人目を妊娠したときに最初からその助産院に行ったらどうよ。
そこで健診できちんと病院に通ってね、きちんと助産院で産む! って病院に言えばね、もしかしたら病院でもきちんとした説明をして説得してくれるかもしれないけど、でもそこまで野放しなわけ? 助産師会は。
今度は“説明・健診を請け負う病院の責任”かい?
私が
「なんなんですか、この対応は!」
と言ったら、急に今度は開き直った感じで
「はいはい、わかりました、では、県の支部に報告します」
だとさ。
本当に分かっているのかね、人の命の重みを。
私からの電話だからこの対応なの?
それとも、どんな人にも?
どっちにしても問題大有り。

始終言っていたのが“一般論ではー”。
訳分かりません。

兎に角、そのお母さんがどういう道を辿ろうと(勿論、正しい道を願っているけど)、『二人目のVBACが成功したら、次は助産院でも可能』というような指導をしている助産師がいるっていうことが問題なのです。
『個人名が分からないと事実かどうかもわからないでしょ、誰かの悪戯かもしれないでしょ』
とOさんはおもっているのかもしれないけど、もしそうおもっているのだとしてもね、助産師会の名誉や今後の方向性全てを懸けてでも、
『まさかとはおもいますが、そういう指導をしている人がいるとしたら…』
からでも始められることでしょう。
あ、助産師や助産院の全てが日本助産師会に入会しているわけではないとでも言いたかったのかな?
そういう間違ったことを言うのは、会の外の方ってこと?
でもね、H元助産師は会に入っていたし、会から優秀な助産師だって表彰までされていたよ。
その賞に意味はないってことを前に仰っている人がいたけど、でもね、産む側は
『立派な方なのねー』
っておもっちまうよ。
それに、そうおもって欲しいから飾ってもいるんだろうし。

とにかく不満です。
この不満もいくらか伝えましたが、暖簾に腕押し、糠に釘。
のらりくらりとした、とっても馬鹿にされた感じで終えられました。
会長に電話を替わって欲しいと言っても、
「会長は滅多に在籍しないので、また手紙でも送ってください」
と。
前に要望書を送っているからね。
こんな対応でしたよ。
最後に
「今回のことで通達を出される場合は、私にも送ってください」
と言ったら、
「はいはい」
だって。
「はいはい」…『返事は一つ!』って、昔、親を馬鹿にして返事をすると、そう言って怒られたもんだよな~ぁ。
あ、やっぱり馬鹿にされているのか?
『あなたは逆子でしょ、VBACではないでしょ!』
ってこと?
どう解釈しても怒りにしかならない。
なんなんですか、安全対策室って。
本当に改善をするつもりがあるのですか?(以前には『改善します』と誓われていた)

助産師会の対応がこのような感じで、正しいのでしょうか。
安全対策って、問題(母子の死亡)があってから、初めて重い腰を上げてくれることなのでしょうか。
予防に対しても、安全対策を望むのは、当事者でないと資格がないのでしょうか。

日本助産師会の対応が正しいのでしょうか。
私が日本助産師会に改善と万全を望むのは、それこそが間違いなのでしょうか。
琴子が死んで、裁判を起こし、終え、そして今でも私以外の人の安全なお産も望むのは、私の出過ぎた行為なのでしょうか?
私には琴子の死が無駄にされているような気がしてなりません。



2006-07-12

住基ネットと新聞記事

「琴子にジュウキネットが届いたよ」
出掛けていた私が帰宅するなり、旦那がいきなりそう言うのだけど、当たり前のように“ジュウキネット”と言うが、一体なんだ? と、ちょっと飲み込めませんという顔をしていたら、
「ほら、番号だよ、番号! 住民なんとかの!!」
―あー、住基ネットね、そんなのがあったよねーって、え? 琴子に?
不思議だなぁ。
『2時間の命、戸籍に』
と、各社の新聞記事で紹介してもらった琴子が、役所や法務局の手続き上の問題で、1日、生きている状態が出来たため、住基ネットが発行された。
死亡届も一緒に提出しているけど、それは“預かり”ということで、正式な受理を待つ日々。
すぐにまた訂正されたりするのだろうけど、思いもよらない贈り物でした。

地元の下野新聞にて、日本助産師会の発行したガイドラインについての記事が載せられた。
『産む側のお母さんたちも勉強を』
と言われたこともあるので、人伝に
「助産師会も姿勢を変えた」
と聞いても、あまり期待できないでいたのだけど、記事の内容を読む限りは、ガイドラインの発行やその他の教育面でも、意識が変わったことが伝わってきた。
記者さんも、日本助産師会が二度とこういうことがないように努力している姿勢が電話ででも伝わってきたと仰っていたので、とても嬉しかった。

ここ数日、戸籍に載ったお祝いとして、たくさんのお花を貰った琴子。
久々にお花がたくさん飾られて、賑わう仏前を眺めていると、お葬式のときの琴子のことも思い出せてしまう。
この“思い出す”ということがとても大事なんだなって、つくづくおもう。
思い出したときに、そこに琴子がいるから。
皆さん、ありがとうございます。



2005-09-07

どういうこと?!

琴子を産んだ助産所はH。
助産師も同じくH。
2003年の8月31日に生まれ、そのままろくな処置も受けさせてもらえずに亡くなってしまった娘…こんなこと、こんな場面を誰が予想して出産するかな。
健診時に異常がない妊婦、普通は生まれたあとの準備なんて、ただひたすらに幸せなことばかりを予定しているから、誰がお葬式のこととかを予定しているかな。

途方に暮れるしかない私は、当時、娘の葬儀を終えてから、なーんにもすることがなくて、しなくちゃいけないことがあっても出来なくて、でもそんな私にも少しずつ疑問が湧いてきた。
「助産院で子供が死んだことを、どうして誰もおかしいっておもわないんだろう」
私の実父が葬儀の前に
「お前達は騙されたんだ!」
って言ってくれていたけど、そのときは何もかもが辛くって、どうやってこの現実を受け入れたら良いのかさえもわからず、言葉は耳から脳へと入ってきていたのだけど、それは意味を持たないただの言葉の存在としかならなかった。
それが徐々に解かれ始め、
「どうしてこういうことを相談できる場所がないんだろう」
って、やっとそう思えた。

ネットで検索したら、日本助産師会をみつけることができた。
そしてその中に『安全対策室』というのがあって、そこでは“自宅分娩などの相談”とかとあって、なんとなく自分は場違いなようだけど、でもそこしかないようだからとりあえず電話をしてみた。

電話で私の経緯、結果を知るなり、驚いていた。
どうしてそのような危険なお産が…てことなんだろうね。
でもね、そんな驚いちゃっているけど、そういうことを知ろうとしなかったんでしょう、放って置いたんでしょ?
2005年9月7日の今日の私は、この放置している姿勢に本当に腹が立っている。
2003年の10月に都内にある安全対策室にはじめて出向き、そこから今日まで電話でなり手紙でなり話をしてきた。
それは二度とこういうことが繰り返されないように徹底して欲しいから。
私はなにも「琴子を生き返らせてくれ!」なんて、無理なことをお願いしていません。
そりゃ、叶えられるなら是非お願いしたいくらいだよ。

Hは私に
「助産師を辞める」
と手紙で言ってきた。
だから許してくれということだろう。
でもね、実は今日、助産師会から来た手紙にこうある。
5月にH宅を訪問した際のやり取りとして、
「止めようと思っていたが、どうしても頼まれる場合などがあった。
8月の予定日の方が残っている」
って、全然やめてないじゃんかよッ!
やめる気全くないんじゃんかよッ!
人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!
娘のこと死なせたのはあんたなんだぞ!

それとね、私は今まで、さんざん言ってきたんだよ、
「何をもってHが助産業をやめたと言えるのか、県の支部で監督できないのか」
とね。
助産院てね、密室なんだよね。
これからまたどんどん書くけど、私、カルテすら作成されていなかったんだよ。
でね、それがばれてもお咎めなしなんだよ。
5月に行っていてこの事実をとっくに知っていて、でも報告してくれないなんて、共犯だよね。
8月にお願いされていると知っていて…私は9月7日の今日、知ったんだよ。
きっと共犯だよね。

なんにもうかばれない。
私の娘の死って、そんなに簡単なことなのかな。

医者だと『患者の死に慣れて麻痺している』ってすぐに皆言うけどね、私の体験からは『助産師だって同じだよ』。





プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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