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2007-01-20

風見しんご氏の記者会見を見て

最愛の娘さんを車の事故で亡くした方への記者の姿勢が不快でならなかった。
辛いの、あたりまえでしょうが。
いちいち
「大丈夫ですか?」
って、とにかく風見しんご氏が泣き崩れてしまう姿をテレビで流したかったのだろうな。
記者は泣いていないもんね。
大変だねって言っても、そこで仕事も忘れて一緒に泣いてくれる人ではない。
それが仕事だからってことなんだろうから、だからこそ不快。

車の事故で最愛の娘さんや息子さんを亡くしている方は、彼に限ったことではない。
どれだけ多くの方が、最愛の家族を亡くし、苦労しているのかを、私たちは忘れてはいけないのに、こうやって大きく扱われることがあると、ようやく思い出したように、口を揃えて「ひどい、ひどい」と言う。
私たちは多くの尊い命や物事を、日々、易々と受け流してしまっている。
感謝の気持ちも忘れ、自分さえ良ければいいんだって、そうはおもっていなくても、結局は同類項の意識になってしまっている。
飲酒運転だって、未だに皆無にはならない。

本当はもっと時間があるときにゆっくりと書きたいことがあり、そういうゆとりが今はなくて書けずにいるのだけど…
前にもここで何度か話している、ある助産師の話。
お産をやめた病院の施設を借りてお産を受けている助産師。
その人のところで、昨年末にお嫁さんが初産を終えた。
37週前だったかな、2300gの児で、特別な検査もなく、24時間監視されずに母子共に退院。
そこは“院内助産院”ということになるのだろう、医師が立ち会っているとのことで、助産師会に聞いたけど、
「医師が許可を出しているのだから問題ない」
とのこと。
児がその後に死んでしまっていたらどうなのだろう。
児に障害が残っていたら、どうなのだろう。
色々な疑問がある。
(この件は、また後でゆとりをもって書きます)

私たちは前進をしているのだろうか。
本当に、一つ一つの尊い命の果てを、しっかりと活かしているのだろうか。





2007-01-19

子負い帯

教育テレビの『美の壷』。
今日のテーマは“藍染”。
中で、子負い帯の説明があり、
「昔は幼くして子供を亡くすことが多く…」
とのことから、子供の健康を祈った模様が彩られていた。
由来を知らないままに見ていても素敵な模様だったし、知れば尚、愛しさも増して、素敵な染めにおもえた。
今は“おんぶ紐”よりも“スリング”の方が流行、浸透しているのだけど、このような意味のある染めや模様のものがスリングにもあれば良いのになぁ。
藍染は蟲がつかないという利点もあるというのだから、私ももっと自分の生活の中に取り入れたいのだけど、日本のものはお値段も良く、なかなか手が出せない。
義母が洋裁の仕事をしていて、一度、とっても素敵な藍染の服が安かったので、その場に一緒にいた義母にどうだろうかと聞いたら、
「縫製からして、日本製じゃない」
と言われ、買うのを控えた。
何がなんでも日本製じゃないといけないとおもっているわけではないのだけど、なんとなく私なりのこだわり。
理由の一つとして…今日の子負い帯のように、なんかこう意味や想いが込められているような気がするから、日本製の方が好き。

現代では『素敵な模様ね』と見るばかりのものでも、昔々、当時の人たちにとっては、医療が身近ではなく、どんどんと亡くなっていく幼い命への想いや悔いが多くの文化を生んだのだろうな。
そういう想いにも感謝を込めて…



2006-12-26

江原さん『天国からの手紙』

新聞をとっていないので、今日が『天国からの手紙』の放映日だとは知らなかった。
実家の母と電話で話していたら、
「あんたは珍しく見ていないんだね」
というので、びっくりしてしまった。
ので、残念にも途中から。

犯罪被害に遭ってしまった姉妹の方からだったので、その前までの方たちのお話は聞けなかった。

言葉にならないな…
娘さん二人の命をあのような形で奪われてしまった母親の言葉を思い返すだけでも、自分の想像力の限界を感じるばかりで、そして、限界の中でも、十分に苦しい。
父親、弟のお二人の記者会見もニュースで見ていたけど、極刑を望む気持ちは当たり前なんだとおもう。
江原さんは言葉や思いで殺してしまっていることもあると、特別にあの記者会見の内容をさして言ったわけではないけど、あのような遺族の思い、言葉も“行為”とされてしまうのだろうか…この辺を聞きたかったな。
妹さんの無念は癒されたのだろうか…
救いは、姉妹が母親の夢に現れてくれたということと、薬を飲まなくても眠れたということ。
グリーフケア、江原さん、是非是非お願いします。
いつかそのうち、私にも是非。

凄く不思議だったのは、番組を見ていたら、リンズが琴子の遺影と位牌に挨拶をしたいと騒ぎ出したこと。
いつもは眠る前にしているのだけど、今日のようにまだ眠くないうちにやりたがることは初めてに近いかもしれない。
「お姉ちゃんがいるの?」
と聞いたら、
「うん」
と言ったから嬉しくなっていたら、遺影を指していたから、あれ? ちょっと違うかなぁと。
でも、きっと何かを感じていたんだろうなぁ。

『どんなに天国が素晴らしいところでも、私はまだ逝きたくない』
殺されてしまった姉妹の、妹さんの無念さをおもうと、私までもが悔しい。
合掌...


2006-11-16

福祉ネットワーク『誕生死』

番組内で紹介されていた『誕生死』。
琴子を失ってからすぐにこの本に出会い、すぐに購入した。
ネットで購入したので、宅配業者が届けてくれて、その直後に読み始め、一気に読み終えた。
一人じゃないっておもえたのも、この本が自分の感じている悲しい、苦しい気持ちを代弁してくれていたから。
それも、実際に子供を亡くした親のそのままの言葉だったから、凄く泣けたけど、凄く凄く励まされた。
ただ、この本を読んだからって、すぐに立ち直れるわけではない。
それでも、この本が出版されていたことに感謝したし、私も愛読者カードに気持ちを綴って、投函した記憶がある。

番組を見るまでは、なんとなーく不安だった。
最近、誕生死を経験したこともないのに、『誕生死を乗り越えて前向きに生きよう!』なんていうような講演会を開いちゃっている人とかを知ったりしていたので、この番組が放映されると知ってからは、
「営利目的のものだったら嫌だなぁ」
と、警戒する気持ちもあった。
でもそうでもなかったので、ホッとした。

私は誕生死を迎えた人に対し、『前向きに生きろ』なんて言えない。
今の私が前向きかさえもわからないし、かなり後ろ向きな私だっている。
一生、家から一歩も外に出られなくなったとしても、それは仕方の無いことだとおもう。
今日の番組で紹介されていた二組の家庭は、誕生死のお子さんの後、新しい命を迎えている。
でも、胎盤剥離でお子さんと子宮を失った方もいる。
胎盤剥離だけでなく、向井亜紀さんのように、子宮とお子さんを失くしてしまう方もいる。
不妊治療で授かった命が、お腹の中で亡くなってしまい、その後も治療に励まれている方もいる。
妊娠するのが怖くなったと、子供を授からないようにしているご夫婦もいる。
子供を亡くした苦しみを一番身近に理解し、感じあえるからこそ、離婚してしまったご夫婦もいる。
そして、離婚してしまったけど、死んでしまったあの子の妹弟は元夫との間にしか生まれないのだと苦しんでいる方もいる。
誕生死で子供を失った後の妊娠、出産で、再びお子さんを亡くされる方もいる。
生まれたときから体の都合でお子さんを授かれない方もいる。
誕生死とはいえ、私の場合はお産の最中には子供が生きていたので、出産するときには不安や悲しみはないままに挑んでいた。
でも、今日紹介されていた方たちのように、お腹の中で亡くなってしまった子供を産むというお産は、ごめんなさい、こんな表現をしてしまうことを正しいのかはわからないけど、本当に地獄のようなお産なのではないでしょうか…だから、私は自分のお産を語るとき、自分とは違う誕生死を迎えられた方への気持ちを忘れないようにしている。
それがときには浅はかな気遣いとなってしまうこともあるのかもしれないけど、私の経験上、下手糞でも表現には気をつけている。
だからこそ、『誕生死を無駄にせず、前向きに生きていきましょう!』なんて言えない。
そう想える日がくることを祈る心もあるけど、それは本来、宗教家がなすべきことではないかとさえおもっている。
私が自分の話の中で前向きになれているようなことを話すことがあるとしても、その裏では後ろ向きでいまだに凹んだりしていることもある。

誕生死の存在が認められればそれはそれで嬉しい気持ちもあるけど、営利目的だけで扱う人の出現もおまけのようについてきてしまうようで、悔しい気持ちもある。
これはどこでもあることなのかもしれないけど、今日のように、実際に体験した方のお話をこれからも続けて欲しい。

多くの天使ちゃんたちは戸籍に載せられないけど、立派な命です。
私たちと同じ、人間です。



2006-09-11

NYテロ5年目の真実

旦那さんを911同時多発テロで亡くなってしまった奥さんが、
「あなたたちのパパは、天使と一緒に最期をむかえたのよ」
と、子供たちに話したと、崩壊していくビルの中で、身体の弱い旦那さんに付き添いつづけてくれた男性のことを話していた。
琴子も天使。
琴子もきっと、誰かのために私達のお腹に宿ってくれて、そして役目を果し、天国に還っていったんだろうな。

NYテロの起きた2001年には、初めての妊娠(2002年5月、8週で流産)もまだしたことのないときで、それから今日までの5年の間に、流産と琴子の死と、そしてリンズの誕生があった。
5年という月日の中で、私達夫婦の元には3つの命がきてくれた。
その内の2つの命は、“死”であった。
たった2つの死でも辛くて苦しくて、いまだに心が脆いままだというのに、あのテロ以降、一体どれだけの命が“死”となってしまったのか…信じられない、想像が追いつけない。

琴子の命一つでもこんなにも苦しいのに、戦争は一瞬でもの凄い数の命を奪う。
私の知人が言う-「日本は首都を広島に移し、世界平和を訴えていく義務がある!」
本当にその通りなのだとおもう。
私達の生活が多少不便になろうとも。


プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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