--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2006-04-20

新生児死

今日、私が信頼している方に会ってきた。
その方の知人さんの従姉妹さんのお子さんが、生後40日で亡くなってしまったそうだ。
その話を聞いて、寂しくてたまらなくなった。
心も言葉も詰まる。

天使ちゃんは天国に無事に着いたかな…
ママがいないよって、泣いているかが心配だろうな…
どうしているかなって、天使ちゃんもママさんもパパさんも、私がもっと近い存在だったら…
琴子、お願いね…



2006-02-23

子供を失った私達 夫婦の関係

私が感じるままに綴りますから、「うちは違ったよ」というご意見もあると承知していることを、先にお伝えしておきます。

琴子が死んでしまってから、一時は夫婦の関係は最悪になっていた。
今となっては、その日々も含めて、二人で乗り越えてきたと言えるのかもしれないけど、当時は子供も死んでしまった上に、旦那とも上手くいかなくて、離婚まで考えて、悔しくて悲しくてたまらなかった。

旦那の苛立ちや怒りの原因が“琴子がいないこと”というのはわかっていても、それがどういう経路や思考で私との衝突、果ては離婚までとなるのかは未だに不明。
だけど、私自身の気持ちなら、今でもよくわかる。

『琴子がいない』と言うと、心無い人によっては、
「元々いないんだから、あんまり引き摺る方向で考えるのはよしなよ」
と言うかもしれないけど、お腹の中にいたあの子を泣かなかったからといっていないものと考えられるわけがない。
だから、妊娠中には既に3人の暮らしが始まっていて、出産を終えたら、見るからに3人の暮らしが始まると信じていた。
それが、産んだら二人になってしまった。
見るからに二人のままになってしまった。

私は旦那といると辛いという気持ちよりも、二人でしかいられないことが寂しかった。
琴子がお腹の中で大きくなる前までは、何処に行くにも二人だし、何もかもが二人だったから、二人でいることに苦痛はなかったのだけど、琴子が生まれればもっと楽しくなると想像していた日々にいざなってみると、あるべきものがなくて、もう二人きりの生活には戻れないということを自覚するばかりの日々だった。
だから、夜になって、旦那と夕食を食べる時間を迎えるのが怖かった。
一人っきりでいることも辛かったけど、二人っきりも辛かった。
どうせ辛いのなら、一人になりたいと、私も離婚を何遍も考えた。
だからだろうかな、天使ママ&パパさんたちの中には、時々離婚される方達もいる。
私はそれも当然の結果のように思えてしまう。

子供を失い、『戻れない』ことへの苦しみは多くある。
時間も戻れないし、夫婦の気持ちも戻れない。
同じ“悲しい”でも、表現の仕方も違うし、受止め方も違うし。

あるとき、「皆には見えなくても、琴子は近くにいるんだから、三人家族なんだ」とおもえるようになった。
それからは、旦那といるのも苦しくなくなったけど、申し訳ないという気持ちは今でも残っている。
琴子を無事に産めなかったことを、私は心の中でいつまでも申し訳なくおもっている。

最近の私達を見て、当時をよく知る方から
『夫婦二人で力を合わせてがんばってきたね』
と言われることがある。
一応は「はい」と答えるけど、実際は違うのだとおもう。
夫婦二人で力を合わせたことよりも、夫婦それぞれ、全く違う感覚でいたからこそ苦しめ合ったりしていたことの方が多かったとおもう。
どっちも苦しいから衝突するし、攻撃もする。

私は旦那を同志のようにもおもっている。
地獄の日々を共に歩んだ同志。
琴子を想い続ける同志。
そう、私達は夫婦と言うより、同志という方がピッタリなのかもしれない。


2006-02-21

ただひたすらに…

天使ママ&パパが集うサイトがある。
琴子を見送った直後に出会い、かなりの回数、私もそのサイトにより、助けられた。

掲示板では、子供を亡くしたママ、時にはパパの声が多く寄せられる。
私も何度か投稿した。
自分の想いの投稿、他のママへの寄り添う気持ちの投稿、自分への他のママからの寄り添ってくれる投稿…何遍も何遍も、泣きながらみんなの言葉を読んでいた。

今日、久しぶりになってしまったんだけど、掲示板を読んできた。
そうしたら、まだまだ私もそこにいて、たくさん泣いてしまった。

一時はどっぷりと浸って救ってくれていた世界。
時間薬がいくらか効いて、そこから自然と離れる日々があっても、卒業はないんだっておもった。
ただちょっとだけ、琴子を亡くした後の日々の思い出が出来た分、泣くことも減っただけで、立ち止まることも振り返ることもしなくても、琴子を失った気持ちはずっと残っている。
だから、他のママさんの話を読んでいると、どんなニュースよりもリアルに想像できて、切なくなる。

あの掲示板で悲しみに寄り添いあっていた人たち皆が、子供を亡くした経験を抱えている皆が、今日はゆっくりと眠れますように…


2006-02-03

見ず知らずの子供の死に顔

旦那の仕事の手伝いで、町の図書館へ資料を探しに出掛けた。
私の目に、目的外なのだけど、『むかしの子供』とかなんとかというタイトルの、モノクロの写真集の背表紙が目に入り、気まぐれに手にし、どことなく、自然に開いたページには、着物を着た、可愛い女の子の寝ている姿があった。
両手を胸の位置で組み、とっても可愛らしい寝顔。
おかっぱ頭で、可愛い女の子。
そして、その写真のタイトルを見て、私は心臓が狂ったように鼓動を打ち始めてしまい、どうしていいのかが分からなくなった。
そう、女の子は死んでいるのだ。
棺の中で永遠の眠りにつき、微笑んでいるような死に顔だったのだ。
タイトルを見て、亡くなった女児の写真だと気が付き、ショックでそのタイトルすら思い出せなくなってしまった。
ただ、医師の診断ミスから脳性麻痺の障害を持ち、肺炎で亡くなった2歳の女児だということと、死んだなんておもえないくらいに、優しい笑顔の死に顔だけが忘れられない。



2006-02-01

『節分の鬼』

幼少期から大好きだった『まんが日本昔ばなし』(TBS)。
再開されたこと、とっても嬉しくて嬉しくて、ほぼ毎週、欠かさないようにして見ています。

『節分の鬼』
昔々、ある山里に、独りで暮らすおじいさんがいた。
節分の日、死んだ妻と息子の墓参りに出掛けたおじいさんは、帰り道、村人達の家から仲良く豆まきをしている声や姿を見て寂しくなる。
家に帰ったおじいさんは、自分は全く幸せではない、福なんかないと、「鬼は内!」と言って豆をまく。
すると、村中で追われた鬼たちが家にやって来て…


村人達の楽しそうな、障子に写る楽しそうな姿を目にし、自分の妻と子が生きていた頃、楽しかった頃の節分を思い出して、泣きながら家に帰るおじいさんの姿を見て、私も泣いてしまった。
自分の失ったものがはっきりと強調されるばかりの寂しさへの悲しみ、凄く寂しいっていう気持ちが重なり、一緒に泣いてしまった。

物語の最後はなんとなく明るく終るのだけど、私には、泣きながら家路を歩くおじいさんの姿が残っている。


プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。