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2010-01-09

TBSで違法行為を堂々と

今日の夜に、TBSで『森のラブレター2 感動!倉本聰が贈る…地球と命の輝きスペシャル』という番組をやっていました。
中で吉村医院での出産を素晴らしいと讃える内容がありました。
薪割りに掃除に畑仕事、収穫から調理、皆で食事という映像ばかり。
吉村氏も語られていました。
私は出掛けた先で見ていたので、集中して最初から見ていられなかった(このような番組があることも知らなかったので、ビデオもセットしていませんでした)ので、自然出産を望むということで生じるリスクについての説明があったのかが分からないのですが、見ていた限りでは無さそうでした。
何考えているんでしょうかね。
臍の緒を産まれて来た子の父親が切っていましたが、だからそれは、違法行為だってことをなんで知らない?
私もまぁ、このブログを通じて知ったわけですから、知らない時代の方が長いので、知らないことを責められませんが、しかし、マスコミが負うべき責任をおもえば、ここまでのことを放映するのであるならば、また、看護師が内診をしていたということを違法行為だとして騒いでいた報道をおもえば、この辺の勉強は徹底してされておくべきではないでしょうか。

助産師会だってそうですよ。
自分達の権利を主張、守るためには看護師の内診は違法行為だと言い放つのに、臍の緒を切るのは見て見ぬふりですか?
過去に自宅出産でも助産院でも、テレビで持て囃すときには大体、臍の緒を家族が切るということでその場を満たそうとしますよね、放映して『素晴らしい』としていますよね。
でもそれは、違法行為なんですよ。
違法行為を許さないのは、ニュース番組だけでのことっていうのが、テレビ局の正義なんでしょうか。
バラエティ番組他、ニュース番組でなければ多少の過ちは仕方がない、それよりも、番組が盛り上がるためなら多少の違法行為は見過ごして…って感じなんでしょうか。

こういう番組がゴールデンタイムに、多分全国放送で流れているということに嫌気がさします。
今更テレビに何も期待していませんが、ここまで無知なままでいられること、その無知をどんどんと増やしていくことへの責任は知って欲しいですね。

同席していた方(70代目前の女性)は
「薪割りしたりして、楽しそうで良いね」
とか言っていました。
琴子のことは知っているはずの方なのですが、もう忘れているのか?!
「いやぁ、こういうのって無責任ですよね、事故の話は全くしませんからね、きっと皆がここで無事に産めているっておもうばかりでしょうからね」
とかと言ったら、更に同席していた方(70代男性)が
「まぁ、それぞれだもんなぁ」
…とにかく、人が死ぬことでもあるとかっておもわないんですよ、もう目の前に元気なお母さんと赤ちゃんが映ってしまえば、“無事に済む”が大前提になってしまって、危機感はわかないようなんです。

あと、
『こういう風に産まれて来た子はこれからの人生は素晴らしいばかりだ』
というような発言がありましたね、吉村氏がこんなことを何度か言っていたように覚えていますが、
「ふざけるな!」
っておもいましたよ。
こういう考え方は徹底して排除して欲しい。
こんな失礼な発言、では、皇族のこれからの方にどう言われます?
帝王切開で出産された記憶はまだ新しくありますよね?
まぁ、そんなことは別としても、とにかくこんな人権無視を堂々と言ってしまって、それこそ、こんなこと言われて上機嫌な妊婦さんたちにも私は危機感を覚えますよ。
潜在的に、どんどんと差別を生んでいくでしょう。
いやぁ、もう既に顕在的にかな。

助産院出産の元信者である私ですからね、このような番組には非常に不安を覚えます。
影響受けちゃった方、結構いるんじゃないかな?
今更、こんなところで私が一人で吠えていても意味は無いかもしれないけど、やっぱり言っておきたい。
産み方は生き方なんかじゃないですよ!!!
子どもが無事に生まれることを祈ることが一番大事なんです。
テレビでは病院での事故ばかりを伝えてくるけど、助産院や自宅出産でも事故は起こっています。
また、搬送先(病院)で亡くなっているから、助産院や自宅出産での事故ではないようにおもわれていることも多くあるようです。
亡くなっていなくても、搬送された子に障害が残る等の問題も多くあります。
植物人間(脳死)になっている実例の報告もあります。
私は助産師の発言と実績(本人談と周囲の評価)を信頼し、助産院で出産したら子どもが死にました。
自然出産という言葉の意味を知ってください。
「生き方(産み方)を優先したら子どもが死んだ(もしくは障害が残った)けど、生き方を優先したんだからそれで良いんだ!」
って、本気でそうおもわれますか?

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No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

私はその番組は見ていなかったのですが、ご紹介の吉村医院というのは「愛知県岡崎市 吉村医院 お産の家」でしょうか?もしここでしたら、日本助産師会の「自然分娩セミナー」が行われた病院ですね。セミナーのパンフには
「自然分娩を約2万例取り上げてこられた吉村正先生が、女性が、いや人間が魂の底からリラックスできる理想のお産の場所として、江戸風民家 "お産の家" を創られました。何百年間生き続けた木々の生命が今、再び石原棟梁の手によって蘇りました。おそらく五百年後も千年後も、さらに活き活きと息づいていると思われます。この"お産の家" で、仲間と語り合い、木の生命に抱かれて眠ってみませんか?あなたも魂の底からリラックスして、自然のお産を魂で学んでみませんか!」
とあります。
そこで、父親に臍の緒を切らせているのでしたら、吉村医師は産科医として故意に重大な法律違反を犯していることになると思います、放映を許可するなんてちょっと信じがたいですね。

日本助産師会の新年の”会長あいさつ”の
「出産を頂点とした支援は助産師にのみできる仕事です。長く続いている助産師職の炎をさらに大きく大きく燃焼していくためにも助産師諸姉の結束は大事です。 」
には、少々時代遅れの認識を感じます。組織が権利保持のために閉じていくのではなく(それは緩慢な自滅への道です)、周産期医療を担うチームの重要なコーディネーターとしてより開いていって頂ければと願います。

ご意見送りました

琴子の母さま、こんにちは。本年もよろしくお願いいたします。

新年からまたこんなのがあったんですね。私は観ていなかったのですが、HPにいってみたらこんな文面がありまして

>そこでは、母は命がけで子供を産みます。その姿は本来の人間の姿であり、いかに私たちひとりひとりが尊ばれる命なのかを改めて思い知らされることでしょう。

それは違うでしょ!(怒)と思ったので、新年早々ご意見してきました。
1500字だったので例によってあまり書けませんでしたが、

「どんな場所でどんな産み方をしようが、母親が命がけであることはかわりない」
「本来の人間の姿とは何か? 母子ともに死亡の多かった昔に戻るということか? 自然は危険なものである。『自然に任せる』ことであえて母子を危険にさらすお産を感動的とするような番組作りはいい加減にやめてもらいたい」

などと述べて送信いたしました。
番組そのものを観ていないのはちょっと痛いのですが、HPの文面だけでも相当問題ありますので、そこは言っておいてもよろしいかと。
今年もこのような「うるさい&しつこいオバさん」でいきたいと思います。

No title

はじめまして。
いつも拝見しております。
私は昨年まで助産師をしており、3ヶ月になる子供の母親でもあります

この番組を見ましたが、北海道の生物がテーマであり、鮭などの生態を扱っていたので、最後に吉村医院の分娩を扱う意味がわかりませんでした。
この番組は何を言いたいのだろうと・・・


数年前の私は自然分娩に憧れ、助産院で働くこと、産むことを考えていました。
しかし、助産師の経験を重ねるたびに、ローリスクのお産であっても場合によっては母子の生命を危険をさらすという現実を知りました。

万が一のことがあったときに、助産院で産むデメリットをよくわかっていながらその選択をした自分を責め続けると思い、私は病院で産みました。

人づてに聞いた話ですが私が住んでいる市にある某助産院では骨盤位外回転術を行っているようです。恐ろしいことです。

マスコミは自然分娩のメリットしか伝えず、腹ただしいです。自然分娩しかなかった時代にどれだけの母子が生命を失ったのか伝えるべきです。

自然分娩や民間療法に固執している人たちに警鐘を鳴らす数少ないこのブログを、これからも応援させていただきます。

うさぎ林檎さんへ

こんにちは。

> 私はその番組は見ていなかったのですが、
---
直前まで知らなかったのに、偶然にも見てしまった私自身をアンラッキーと言いたいくらいの内容でした。

>ご紹介の吉村医院というのは「愛知県岡崎市 吉村医院 お産の家」でしょうか?
---
そうです。

>もしここでしたら、日本助産師会の「自然分娩セミナー」が行われた病院ですね。セミナーのパンフには
> 「自然分娩を約2万例取り上げてこられた吉村正先生が、女性が、いや人間が魂の底からリラックスできる理想のお産の場所として、江戸風民家 "お産の家" を創られました。何百年間生き続けた木々の生命が今、再び石原棟梁の手によって蘇りました。おそらく五百年後も千年後も、さらに活き活きと息づいていると思われます。この"お産の家" で、仲間と語り合い、木の生命に抱かれて眠ってみませんか?あなたも魂の底からリラックスして、自然のお産を魂で学んでみませんか!」
> とあります。
---
突っ込みどころ満載ですよね。
ちなみに、TBSの番組内では“約2万5千件”という紹介になっていました。
約をつければ5千件の差はOK?!
私の聞き間違いなのでしょうか…!?

> そこで、父親に臍の緒を切らせているのでしたら、吉村医師は産科医として故意に重大な法律違反を犯していることになると思います、放映を許可するなんてちょっと信じがたいですね。
---
臍の緒を医療従事者以外が切るのはもう、超法規的措置の扱いになってしまっているような気がします。
ふざけた話です。
TBSだけではないですね、フジテレビの番組でも放映の記憶があります。

> 日本助産師会の新年の”会長あいさつ”の
> 「出産を頂点とした支援は助産師にのみできる仕事です。長く続いている助産師職の炎をさらに大きく大きく燃焼していくためにも助産師諸姉の結束は大事です。 」
> には、少々時代遅れの認識を感じます。組織が権利保持のために閉じていくのではなく(それは緩慢な自滅への道です)、周産期医療を担うチームの重要なコーディネーターとしてより開いていって頂ければと願います。
---
いやぁ、びっくりです。
こんなことを今でも言っているんですか?
大きく燃焼…って、焼け野原になってしまうのではないでしょうか。
燃えてりゃなんでも尊いっていうのは、正に原始時代の火熾しの感覚なのかもしれませんね。
質の問題を感じていないんですね、やっぱり。

さくこさんへ

こんにちは。

> 琴子の母さま、こんにちは。本年もよろしくお願いいたします。
---
こちらこそ、今年も宜しくお願いいたします。

> 新年からまたこんなのがあったんですね。
---
はい、新年の特番という扱いですから、TBSが力を入れていた内容なわけですね。

> >そこでは、母は命がけで子供を産みます。その姿は本来の人間の姿であり、いかに私たちひとりひとりが尊ばれる命なのかを改めて思い知らされることでしょう。
>
> それは違うでしょ!(怒)と思ったので、新年早々ご意見してきました。
> 1500字だったので例によってあまり書けませんでしたが、
---
本当、それは違うよ!です。
命がけの扱いが軽すぎますね。
そのせいで子どもが事実、死んでいるわけです。
母体死亡だって当然、あるわけです。

> 「どんな場所でどんな産み方をしようが、母親が命がけであることはかわりない」
> 「本来の人間の姿とは何か? 母子ともに死亡の多かった昔に戻るということか? 自然は危険なものである。『自然に任せる』ことであえて母子を危険にさらすお産を感動的とするような番組作りはいい加減にやめてもらいたい」
---
回答がありましたら是非、教えてください。
さくこさんの仰っている通りですし、殆ど同じ内容になりますが、私も意見を送ろう。


> 今年もこのような「うるさい&しつこいオバさん」でいきたいと思います。
---
さくこさんはうるさくてしつこいオバさんではないですよ、正しいことを求められている方ですよ。
最近は意見をするとすぐに
「うるさい」
「しつこい」
って言う人が多いように感じますが、それって、自分に不利な人の意見を葬りたいだけですよね、そういうのは卑怯な人の証拠ですよ。
私も今年はもっと助産院や自宅出産の問題を探っていけたらっておもっております。

まきこさんへ

はじめまして。

> いつも拝見しております。
---
有難うございます。

> この番組を見ましたが、北海道の生物がテーマであり、鮭などの生態を扱っていたので、最後に吉村医院の分娩を扱う意味がわかりませんでした。
> この番組は何を言いたいのだろうと・・・
---
私はこの内容の時だけを見ていたので、前後(というか、この内容は殆ど後半ですよね?)が全く分からないのですが、突然の扱いだったのですね。
余計に恐ろしいです、本当、何を言いたかったのでしょうかね。

> 万が一のことがあったときに、助産院で産むデメリットをよくわかっていながらその選択をした自分を責め続けると思い、私は病院で産みました。
---
貴重なご意見、有難うございます。
助産院で産むデメリットがもっと公になるべきだと痛感します。
その実態を知ることが出来ないので、資格や知識がない私たちはどんどん、憧れに突進していってしまっているようです。

> 人づてに聞いた話ですが私が住んでいる市にある某助産院では骨盤位外回転術を行っているようです。恐ろしいことです。
---
正直、こっそりとやっている所は多くあるだろうなっておもっております。
だって、全然問題意識がないんですもん。
「上手くいけばいいんだ」っていう意識しか感じられないのです。
保健所だって、もっと監督して欲しいですが、助産師の方には家庭訪問等でお世話になっているという関係があるせいか、見て見ぬふりがあるようにおもっております。

>
> マスコミは自然分娩のメリットしか伝えず、腹ただしいです。自然分娩しかなかった時代にどれだけの母子が生命を失ったのか伝えるべきです。
---
本当です、本当にそう願います。
いまでも、自然分娩に固執すれば結果が悪くなる可能性・確率は高いということも。
『緊急時には搬送します、病院へ行かせます』なんてことでは間に合わないことがあるっていうことも、もっと徹底して正しい情報を流して欲しいです。

こちらこそ、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

No title

父親が臍の緒を切るのが違法だというのは何か根拠があるんですか?

とぽさんへ

>父親が臍の緒を切るのが違法だというのは何か根拠があるんですか?

あります。「臍帯切断」は医療行為であり、医師の資格を持ったもの以外が行った場合は、罰則のある医師法違反になります。また臍帯切断は、橋や道路のテープカットとは違います。止血の問題、細菌等の感染を考えれば素人が行う事はリスクが伴うのだという認識が必要だと思います。
ただし、助産師は以下の法律によって許可されています。

ここから→
「保健師助産師看護師法」
第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
←ここまで

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違法の根拠について

琴子の母さんはじめ、皆様、初めまして。
間違いがありましたら、すみませんがご指摘頂けると幸いです。

>とぽさん
「父親が自身の子供の臍の緒を切るという行為が法律で文章として在り、禁止されているのかどうか」、との質問だとしますと、法律で「第○条 父親は自身の子供であっても臍の緒を切ってはならない」などという様に明文化されているわけではありません、とお答えします。

ただし、上記吉村医院の場合は、違法であると思われる根拠があります。

理由は、臍の緒を切るという行為は一般的に「医療行為である(専門的な知識の基に行わないと危険である)」と認識されており、法律(医師法)で「第17条 医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定されているからです。

「医師でなければ、医業をなしてはならない。」の医業とは、医(医療行為)、業(反復継続の意思をもって行うこと)、つまり「医行為を日々の業務として、繰り返し行うこと」を指します。ですので、「医療行為を日々の業務として、繰り返し行うこと」は、医師でなければできません。

上に戻って、臍の緒を切るという行為は、一般的に医療行為であると認識されています。そして、この「父親が子供の臍の緒を切る」ことが行われている場面は、吉村という医師が医業として業務を行っている場面です。とりあげた数からして、業務を繰り返し行っていることは想像頂けると思います。
故に、自分の子供であろうがなんであろうが、ここでは違法であると思われます。


話は変わりますが、以前臍帯切断により、破傷風に感染したと思われる事例がありました(皆様ご存知でしたらすみません)。
吉村医師としては「医者が付き添ってるんだから親父が臍の緒切ったっていいじゃん」てことなんですかねぇ…

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No title

例えば介護などで、「爪を切る」行為でさえも、実は法律に照らすと「医療行為」らしいですね。ただこれは厚生労働省の方で、条件付きで認めます、というような通達がすでに出されています。化膿していない軽い擦り傷や切り傷の手当てもできるようです。
法律上医療行為ではあっても、本人または本人に準ずる家族であれば認める部分もある、ということなのでしょう。

ただ「爪を切る」ということのように、さほど技術も必要とせず、化膿などしていなければほぼ100%何も憂慮するようなことは起こらない、ようなことと、「へその緒を切る」ということとはまったく別物ではないかと思います。どこの家庭にでもあるような鋏でチョン、というものではないのですから(自宅出産で介助した助産師の使った剪刀が不潔だったため、新生児が破傷風にかかった、という事例も2008年にありました)。 

ネットで拾った意見ですがここに挙げておきます。
「へその緒を切るのは医療行為?」という質問に対しての回答のひとつです。

>引用始め
お気持ちは分かりますが、「臍帯切断」は明らかに医療行為であり、
医療者の指示であっても一般人の親がやるのは違法行為です。
厚労省の正式な通達は見たことはないですが(見逃している?)、
公になればその病院の管理者は手が後ろに回るでしょう。
助産師でなくとも看護師であれば医師の指示でできる行為とは思います。
 
また臍帯切断は一見簡単に“切っているだけ”のように思われますが、実は専用の鋏を使用した『挫滅切断法』という専門技術なのです。
確実に止血しながら切断しなければなりません。
クランプしているとはいえ臍帯の断面には、
お子さんの体内につながった動静脈の断片がむき出しですし、
細菌などによる感染も起きやすいところです。
慣れたものがやるのがお子さんのためにもなると思いますよ。
>引用終わり

出産は確かに素晴らしい経験ですが、それも母子ともに無事であればこそです。無事に終わったあとには、待ったなしの育児生活がスタートします。へその緒を父親が切ったかどうかなんて、本当に小さい、どうでもいいことです。今後の生活がもっとも大事なことなのに、何故そんな些細なことにいちいち父親が関わって感動を演出せねばならないのか、私にはさっぱりわかりません。

No title

うさぎ林檎
>「臍帯切断」は医療行為であり、医師の資格を持ったもの以外が行った場合は、罰則のある医師法違反になります。
医師法のどこを見れば良いですか?

Temper
>吉村という医師が医業として業務を行っている場面です。
>故に、自分の子供であろうがなんであろうが、ここでは違法であると思われます。
意味が分かりません。
吉村が医業を行なっていることと父親の行為が医業であるかどうかは関係あるんですか?

とぽさんへ

こんにちは。
“さん付け”は最低限の礼儀とおもいますので、もしも意図的に外されているとしたら、次からは更に意図的に皆さんに“さん付け”くださいます様、お願いします。
付け忘れということもあろうかとおもいますが…

『臍帯切断は保助看法にも記載されている助産行為である』というのは、ネットで検索しても得られる情報です。
“助産行為を行えるのは、医師または助産師”と決められているそうです。
助産行為は医療行為だと『医療過誤問題研究会、医療事故情報センター、医療問題弁護団』が連名で出した“産科における看護師等の業務に関する意見書”に明記されています。
『』と“”で括った文字で検索して頂けると、もっと詳細、豊富な情報が得られます。
ここから先はご自身で検索してみてください、当ブログの過去記事の皆さんのコメント欄にも重複した内容はありますので、大変かもしれませんが、ご自身でお調べになられるのは『経験に勝る知識はない』ということで、とても価値あることとなるとおもいます。
私も自分で改めて検索して、また勉強になりました。

No title

琴子の母さん
>『臍帯切断は保助看法にも記載されている助産行為である』というのは、ネットで検索しても得られる情報です。
保健師助産師看護師法を読みましたが見当りませんでした。

とぽさんへ

こんにちは。

> 保健師助産師看護師法を読みましたが見当りませんでした。
---
調べ方は他にもあるとおもいますが、今回の私の調べた内容から申し上げれば、『医療過誤問題研究会、医療事故情報センター、医療問題弁護団』に直接問い合わせてみてください、その結果をまた教えてください!!

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ご年輩の方は出産が死を伴うとか、産まれて間もない子が亡くなるとか、見てきておいでですよ。
死を想像出来てないわけではなくて、そういうものだと知っているんですよ。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。
かおるさんが「年配の方は、死を想像できないのではなくて・・・」と書いていらっしゃいますか、本当にそうでしょうか?
前のエントリーで私も60代の女性の反応について書きましたが、琴子ちゃんのお母さんのこのエントリーの女性と同年代だと思います。確かに、幼少の頃は、出産で母子が亡くなることと見聞きしてきた年代ですが、自身が出産する頃はすでに昭和30年代の施設分娩に移行し国民皆保険になった時代で、それ以前の自宅分娩の時代に比べると出産での死も激減しているのです。

きっと、それが「あたりまえ」になりすぎて、いかに恩恵が大きかったかの記憶になっていないのではないでしょうか。
このあたりの年代の方たちが、出産は命がけであることを思い出して伝えてくれることが大切なのに・・・と思うこの頃です。

私が助産師になりたての頃に一緒に働いていた大先輩(生きていらっしゃったら100歳近くになるでしょう)は、昭和30年代40年代の激変の時期を助産婦として働かれていたのですが、「これまで事故(母と子の死)にあわずに無事に働いてこれたことだけが本当に幸せなことだ」といつもおっしゃっていました。
本当に実感だったのだと思います。
昭和30年代に、助産婦だけの母子センターをつくったけれど事故がありすぐに閉鎖された話があります。
伊関友伸氏のブログの「産科医らの意見交換『安全なお産』を考える  丹波『未来』新聞
2007年11月17日のエントリーです。

1980年代に始まる自然なお産ブームの中で、助産師の中でも経験からそのブームを危ないと感じていた人はいたのではないかと思いますが、声にならずに残念です。
せめて想像力を働かせて、医療から離れたお産がどれだけ危険か考え伝えていくことが、助産師の大切な仕事だと思います。


とぽさんは、臍帯切断に対してご自身はどのような意見をお持ちの上で、法的根拠について他の方に質問されているのでしょうか?まずは、ご自身の考えを提示していただきたいなと思います。

No title

第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。

No title

はるか昔の分娩介助実習を思い出しました。

通常は、臍帯結紮の際にはプラスティック製の臍クリップで児側をとめてから切断するのですが、実習中1例だけは、糸で臍を2箇所しばり、その中間を切断するのです。きちんと縛る方法があって、ゆるいと失血を招きますから、緊張しましたね。臍帯って、ゼリーのように弾力があるし、すべるし、でもそれがきちんとできないと赤ちゃんにとって危険ですからね。

助産院や吉村医院のように「自然」にこだわりのあるところだけでなく、医療機関でも、家族に臍帯切断を許可しているところもあるようですが、あの「臍帯クリップ」があるから実質赤ちゃんへの危険度は少ないと思っているのではないでしょうか?
臍帯クリップがなければ、産科関係者も家族になんてとてもさせていられないですよ、きっと。ただし、「自然」を拡大解釈して、以前のエントリーででてきたような、臍帯剪刀を煮沸消毒しただけで使用したり、民間療法的な薬草を取り入れたりするトンデモな助産師がでてくることは危険極まりないことです。

医療機関でもさせているところがあるので、法的にはとてもグレーゾーンというところだと思います。
でも、何のために?といえば、「父親の自覚」とか「家族の絆」ということぐらいなので、単なる信念でしかないですね。

ちなみに私の勤務しているクリニックは、家族立会い、子供立会いも自由ですが、今まで「臍を切らせて欲しい」と言ってきた方は、夫が医師だった方だけでした。
案外、皆さん、常識的で、イメージにはあおられていないとホッとしています。

No title

琴子の母
>助産行為は医療行為
これを確認しろと言うことですか?
意見書に書かれていたとしても法的な意味はないと思います。

>『臍帯切断は保助看法にも記載されている助産行為である』
これはなんだったんですか?

ふぃっしゅ
私の意見はどうでも良いと思います。

No title

さんを付け忘れましたごめんなさい。

とぼさんへ

とぼさん、こんにちは。

「へその緒を切る行為は違法なのかどうか」が知りたいだけならば、ネットで調べるか、もしくは身近なお医者さまや医師会などに問い合わせればよいのでは?
ここは「教えてgoo」などの質問サイトではなく、個人ブログです。記事の内容に対して、まずどのような意見を持っているのか表明してから質問なりするのが筋ではないでしょうか。 

>>助産行為は医療行為
>これを確認しろと言うことですか?
>意見書に書かれていたとしても法的な意味はないと思います。

>『臍帯切断は保助看法にも記載されている助産行為である』
>これはなんだったんですか?

このような書きこみを見ていると、やはり記事の中で「へその緒を一般人の父親が切るのは違法である」という部分に何かご意見があるのでは、と私には思えますが、いかがでしょう。
コメントされている方の中にはお医者様も、助産師さんもいらっしゃいます。かなり懇切丁寧な説明に私は感じましたが、納得なさってはおられないようですね。「私の意見はどうでも良い」と仰っておられますが、納得されない理由が何なのか全くわからない状態だと、私も含め、どなたもこれ以上の意見を言いようがないのでは?
差し支えなければ、あなたがどういうお考えで、何を知りたくて質問なさっているのか、教えていただけないでしょうか?

No title

こんにちは。
前回のコメントで、とんでもない勘違いを書いてしまいました。申し訳ありません。
琴子の母さんから「ご自分で調べてみては」と提案もでておりますが,、修正も兼ねてコメントさせて頂きます。

>とぽさん
>吉村という医師が医業として業務を行っている場面です。
>故に、自分の子供であろうがなんであろうが、ここでは違法であると思われます。
意味が分かりません。
吉村が医業を行なっていることと父親の行為が医業であるかどうかは関係あるんですか?

あると思います。
「例えば大地震と出産が重なってしまい、まわりに医師若しくは緊急時に処置が許される医療職者がいない、などの場合、医療行為であってもやらなければならない時もあるのではないか。でもTVで放送された場面では、緊急時でもなんでもないし、医師という医業を行うことが正式に認められている人がそばにいるのに、それを差し置いて父親が医業を行うのはおかしいよね。」
という意味で書きました。
ただちょっと、私が法律の解釈を勘違いしていたようでごめんなさい。よろしければ以下をお読みになって下さい。

まず、原則「医師でなければ医業を行うことができない」というのはご理解頂けましたか?

次に、医業というのは、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うことである」と法律上解釈します。

注目して頂きたいのは、「反復継続する意思」の部分です。

反復継続する意思があるというのは、(前回のコメントではお産をとりあげている回数について触れましたが)実際にその行為を繰り返し行っているかということよりも、その意思があるかどうかに判断の視点がおかれるようです。

吉村医師の例で言えば、開院して妊婦さんを受け入れている時点で医療行為を反復継続する意思がある、と考えます。氏に関しては「一応」医師のようですので、医師法17条違反にはこれだけでは問われません。

対して臍帯切断を行った父親ですが、「反復継続する意思」があるかどうかが問題になります。あくまでも一つの解釈と推測ですが、吉村医院という特殊な産院に、どんな内容の出産を勧めているのか知らずに来院し、よしんばそうであったとしても、もともと夫婦の望んでいたお産を吉村医師が提唱していたか、吉村医師の意見に同意した場合でないと、かかりつけの産科医とするとは考えにくいですよね。

そうすると、再度吉村医院で出産なさる可能性、再度臍帯切断を希望する可能性も大いにあります。ですので、「反復継続する意思」があると認識される可能性も大きいと考えます。父親が医師であれば別ですが。

私も、「臍帯切断」はふぃっしゅさんの仰られるように
>法的にはとてもグレーゾーン
もしくは、法的にはとても(黒に近い)グレーゾーンだと思います。


それから私も、とぽさんがどういう意見をお持ちなのか聞きたいです。
なぜならそれを理解すること自体が勉強になりますし、説明の際に的確に言葉を選ぶことに繋がると思うからです。
もしよろしければ、お願いします。

長々と失礼しました。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

法的に何故、臍帯切断の件がグレーゾーンになってしまったのか。
それは「家族」がしているからだと思います。
臍帯切断を、見よう見まねで無資格者にさせたとなれば、当然医師も助産師も医師法違反になりますし、世間も「なんていい加減なことを」と怒るでしょう。

何故、「家族」が医療行為にあたることをしてもグレーゾーンになってしまうのか。
在宅医療の中に先例がすでにできてしまっているために、うやむやになってしまっているのではないかと考えてみました。
在宅医療の歴史は不勉強ですが、80年代初めに看護師になった頃には、たとえば気管切開をして常に気道吸引をしなければいけない患者さんを在宅で、ご家族が見ることは、ほとんどとなかったように記憶しています。
その後、「自宅で看たい」という家族の思いと、重症でも状態が安定している患者さんを入院させ続けるだけのベッドの余裕がないことなど、医療行為が必要な方も在宅へという方向になりました。
家庭で使える人工呼吸器や、酸素、吸引などのハード面も改良されたことも大きいですね。
臍帯切断(滅菌のはさみを使用し、医師や助産師の介助の上で)に比べたら、気道吸引などの方が医療行為としても危険度が高いものですが、実際には家族がしています。

では、臍帯切断も家族がしてもよいではないか、ということにはまだまだ議論が必要だと思います。
在宅医療の場合と臍帯切断の両者を比較した場合、何が相違点かといえば、家族がする「必要性」に根拠があるかどうかだと思います。

医療行為・看護行為というのは、常に、人の身体に直接触れたり、時には傷をつける(手術・注射など)行為ですから、それをする根拠が明確でなければいけません。
在宅医療の場合、気道吸引をしなければその患者さんは死の危険がありますから、家族に超法規的に医療行為が許されているのでしょう。でも、在宅の場合にも、24時間医療スタッフが付き添い、医療行為はそのスタッフが実施することが理想的だと思います。

臍帯切断はどうでしょうか?
前回のコメントに書いたように、「父親の自覚」「家族の絆」などは医療行為の根拠にはなりません。大半の方は、そのようなことをしなくても父親の自覚も家族の絆も得られます。
つまりは「演出」に過ぎないことに、家族が医療行為をすることにパンドラの箱を開けてしまったのではないでしょうか?

たぶん、家族にさせ始めた助産師や医師は、あまり法的なことを深く考えていなかったのではないかと思います。ただ、喜ばれるからぐらいの軽い気持ちではないでしょうか?
また、「させても問題は起きていないのだから、いいではないか」と考える方もあると思います。
けれども琴子ちゃんのお母さんの本文中にもあるように、「ならば看護師の内診は何故いけないのか」というような問題と同じく、常に、法律との整合性を考えることも専門職としての責任かと思います。

NATROMの所で話題となった病院ですね

はじめまして。某所では、"多分役立たず(HNです)"を名乗っている者です。

既出かもしれませんが、NATROMさんの所で以前この病院が話題となりました。

マクロビオティックでオーガニック - NATROMの日記
d.hatena.ne.jp/NATROM/20070707#p1

コメント欄は読んで気分を害する方もおられるようですね...

吉村病院はこちらwww.ubushiro.jp/だと思いますが、「しあわせなお産のすすめ」より引用
>当院の出産データ
> 2004~2006年
> 分娩数 910件
> 吸引分娩  0.7%
> 搬送率    6%
> 帝王切開率 3.4%(※)
>
>※当院では帝王切開を実施しておりません。
>  帝王切開率は、搬送先での実施率を示しています。

とあります。NATROMさんの所のコメントが正しいとしたら、周囲の産科病院との軋轢はかなり大きいようですが、現在はどうなのでしょうかね?

搬送率や帝王切開率も多いのか少ないのか気になります。


追記

以前のblogでも取り上げられていましたね。失礼しました。
plaza.rakuten.co.jp/josanin/diary/200707170000/

はてなブックマークにも多数のコメントが寄せられていますので、どうぞ。
b.hatena.ne.jp/search?q=%E5%8A%A9%E7%94%A3%E9%99%A2%E3%81%AF%E5%AE%89%E5%85%A8%EF%BC%9F

禁止ワードに引っかかりますので、検索ワードで入れています。コメントは○○usersと書いてある部分をクリックしてお読みください。

No title

さくこさん
>「へその緒を切る行為は違法なのかどうか」が知りたいだけならば、ネットで調べるか、もしくは身近なお医者さまや医師会などに問い合わせればよいのでは?
医療関係の法律に詳しそうなblogを見付けたので質問をしたというような事ではなく、違法だというので根拠を求めただけです。
>「へその緒を一般人の父親が切るのは違法である」という部分に何かご意見があるのでは、と私には思えますが、いかがでしょう。
違法であるかどうかは知りませんし、倫理面にも意見はありません。
ただ違法であると主張するならそれなりの根拠を示した方が良いとは思います。
違法であると断定できる程でもなかったようですし。

Temperさん
医業の定義は大審院の判例のようなのですぐには確認できませんし、臍帯切断が医行為なのかは私には判断できそうにないのですが、よく分かりました。ありがとうございました。

No title

>とぽさんへ

>医師法のどこを見れば良いですか?

「医師法に違反するか?」の法律的解釈は「医療行為」であるかで判断する必要があると考えます。

ここから→
平成十六年八月十一日 衆議院答弁より一部抜粋
「医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第十七条は医師でない者が医業をなすことを禁止しているが、ここにいう「医業」とは、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある「医行為」を反復継続する意思をもって行うこと」
←ここまで

何を持って「医療行為(医行為)」とするか、「医師法」は規範を定めたものであり個々の具体的な「医療行為」が列記されているわけでは、勿論ありません。では何を持って「臍帯切断」を「医療行為」と見なすかと言えば、その根拠を「保健師助産師看護師法 第37条」に求めるのが妥当と考えます。前にも紹介しましたが再度掲載します。

ここから→
「保健師助産師看護師法」
第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
←ここまで

ここでは態態、臍帯切断を例に挙げ、その行為が許可される資格を明記しています。逆に言えばここに挙げられていない人には許可されていないと考えるのが妥当です。
ですから「臍帯切断」は「医療行為」であり、資格のない人間が行う事は法解釈としては「医師法」に抵触している根拠とみなし、TVで放映された当該の行為を「違法行為」であると指摘することに問題はないと私は考えます。

一例ですが、北里大学臨床研修センターの産科・婦人科研修プログラムでは、<研修医の医療行為レベル(産科)>の中で「臍帯切断」を明確に「医療行為」として記載しています。
ww.khp.kitasato-u.ac.jp/bosyuu/kensyu/shoki/program/resi02-510.エッチティーエムエル

ここまでがとぽさんへのお返事です。
それ以外の問題にはご興味がないようですので以下は他の皆様へ。

ただし、現場では医療従事者が「グレーゾーン」扱いをすることで、行為を黙認していることは事実でしょう。厚生労働省がこの手の問題で判断を示した前例では、多くの場合「家族による医療行為は行政が関与しない領域」としています。

直近の例では、「痰の吸引」が必要なお子さんが幼稚園への通園許可を求めたニュースがありましたね。「痰の吸引」は「医療行為」のため行うには本来医療資格が必要ですが、下記の人道的判断によって許可され(黙認)されており、このご家族が行っておられます。

ここから→
平成十六年八月十一日 衆議院答弁より一部抜粋
 在宅筋萎縮性側索硬化症患者の喀痰吸引については、その危険性を考慮すれば、医師又は看護職員が行うことが原則であるが、筋萎縮性側索硬化症患者の在宅療養の現状にかんがみれば、在宅筋萎縮性側索硬化症患者に対する家族以外の者による喀痰吸引の実施について、「ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の在宅療養の支援について」(平成十五年七月十七日付け医政発第〇七一七〇〇一号厚生労働省医政局長通知)で示した一定の場合には、当面のやむを得ない措置として認められるものと考えている。
←ここまで

しかし幼稚園で保母さんが「痰の吸引」を行うわけにはいかないので対応に苦慮していました。この例は人命に直接関わる危急の問題であって、私個人としては「臍帯切断」を同列に解釈する必要はないと考えます。止血・細菌感染のリスクを考えれば、得るものが親自身の満足というベネフィットを優先する意味をあまり感じません。

こんにちは。

今回のケースでは医師法や保健師助産師看護師法を根拠に違法行為と判断される方がいらっしゃいますが、もし仮に立件された場合、罪に問われるのは臍の緒を切断した父親の方でしょうか?それとも父親が切断することを許可した医師の方でしょうか?

もし父親が罪に問われるのであれば、自覚のないまま罪を犯してしまう可能性もあり得るわけですよね。

あと臍の緒を切断する行為自体は、いかなる場合も医療行為であり違法ということなのでしょうか?

自宅で一人、もしくは家族だけでお産を行なうケースも極めて少数ながらあるようですが、その場合、臍の緒を切断した母親自身、または家族が罪に問われてしまう可能性はあるのでしょうか?

もう一点、この記事のタイトルでは明確に違法行為と指摘されていますが、過去に同様のケースで違法とされた判例なり司法判断は存在するのでしょうか?

何か質問ばかりで誠に申し訳ありませんが、ふと疑問に思いましたので…

一応素人なりに色々と調べてみましたが、正直納得の行く結論は得られませんでした。

No title

>たまさん
両方です。
主犯が父親で、教唆犯が助産師。

#今来たとこで、決着ってついてると思うので(suzan先生が
#条文を引用してある。それで必要な情報全てです。)特に
#そっちにはコメントつけません。

No title

>自覚のないまま罪を犯してしまう可能性もあり得るわけですよね。

たとえば、大麻合法の国もあります。
そこで育った人が日本に来て大麻を吸っても、そういう言い訳は
通用しません。
社会の教科書から読み直してください。

「法の無知はこれを許さず」

>かとうさん

コメントありがとうございます。

>主犯が父親で、教唆犯が助産師。
この場合は助産師ではなく医師ですね。

>社会の教科書から読み直してください。
前回の投稿ですが、もし自覚のないまま法を犯してしまう方がいらっしゃるのなら、それはある意味気の毒だと思って言及したまでです。
別に知らなかったから不問にしろと言っているわけではありませんよ。

かとうさんのコメントは一見明快ですが、ピントがズレてしまっている様な印象を受けます。

あと決着って何ですか?
実名はもとより出自や職業も明らかでない人たちが参加するブログのコメント欄で法律談義した結論については、あくまでもごく私的な法解釈のひとつに過ぎないと思います。
仮に法曹関係者だけに限定されたブログであったとしても、本件は明確なただ一点の結論に到達するとお考えですか?
司法の場での解釈なり判断がなされていないのであれば、断定的なモノの言い方は避けるべきではないでしょうか?(もし過去に判例などありましたらすみません)

続きです

あとご自身の法律判断に自信がおありみたいなのでお尋ねしたいのですが、前回私が投稿しました「自宅で本人または家族のみでお産を行なった場合の臍帯切断のケース」に関して、かとうさんご自身の見解をお聞かせ頂ければ嬉しいです。

別の方のコメントで「家族による医療行為は行政が関与しない領域」とありますが、これと法解釈については別問題と考えます。

返答につきましてはお時間のある時で結構です。お手数ですが、ぜひよろしくお願いいたします。

No title

第37条 保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。

…かとうさんではありませんが。

この「保助看法」37条中に、「臨終緊急の手当をし」「この限りではない」とあります。
あえて自宅で、あえて助産師も呼ばずに、分娩する場合もあるでしょうが
法律的にはその場合「臨終緊急」とみなされて
その場にいる人間が「やむをえず」臍帯切断する場合、とされます。

ただし、実際には、素人さんは臍帯を触らないほうが安全です。
おなかにへその緒がついたまま運んでください、と
救急隊員にもお願いしています。
へそをすぐに切らないことで大きな害はありません。
きちんとした清潔環境でないのにへそを切って
へそから感染し、腹膜炎から敗血症を起こせば赤ちゃんはまず、助かりません。

…ああ、しばらくコメントしないつもりだったのに出てきてしまった。
体調不良によりしばらくミクシィから出ないことにしています。(苦笑)

No title

法律のことは私もよくわかりませんが、この臍帯切断に関しては、違法であっても「犯罪」の扱いではなく、無資格者に医療行為をさせたことが事実であるかの立ち入り検査を行い指導するというものではないでしょうか?
ですからその医療施設の管理者や医師あるいは、助産院の助産師が改善するように指導されるだけであって、父親や家族は直接何らかの処罰を受けることはないのではないかと思います。

臍帯をどのような状況で切断するか、によっては拡大解釈もありうるでしょう。
意図しない自宅分娩や施設外での分娩で救急隊員が呼ばれた時には、母子の状況によっては搬送途中でも切断する必要があり、これは救急隊員にも認められていると思います。

無介助分娩を選んだ両親に対しては法的罰則はないのでは、と思います。
ただし、現在の日本の産科医療では滅菌したはさみを使用し感染予防をするのが標準的なレベルです。家庭内で滅菌したはさみを用意し、医療従事者なみの清潔操作で臍帯切断をすることができないのであれば、児に対してその社会で期待されるだけの処置をせず感染の危険性に注意しなかったことについて、責任を問われる事態もあるのではないでしょうか?


琴子ちゃんのお母さんが「違法だ」と書いていらっしゃるのは、関連した法律を素直に読めば法に触れているのではないか、という問いかけであると思います。
反対になぜ、違法性が問われないのかその根拠を知りたいからではないでしょうか?
私自身、助産師として、なぜこれが違法ではないと解釈できるのかが理解できないので、知りたいところです。

No title

あら、suzan先生と同時に書き込んでいたみたいです。内容が一部かぶりました。
先生、お大事に。

No title

suzan先生お疲れ様です。
元気になられましたら、また色々教えてください。

suzan先生に引用していただいた、
保健師助産師看護師法の37条には、罰則規定があります。
違反した人は、
「六月以下の懲役若しくは五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
となる可能性があります。
はっきりと犯罪です。

ただ、実際に犯罪として処分されるのは、無資格で助産を請け負って
いる人ぐらいだと思います。

>母子の状況によっては搬送途中でも切断する必要があり、これは救急隊員にも認められていると思います。
こちらが認められるのは、もっとさかのぼって、刑法の緊急避難にあた
るからですね。
切断しないと母子いずれか、もしくは両方の命に関わるのであれば、
緊急避難として認められます。

無介助分娩で、母親自身がへその緒を切るのは、法的には罰せられ
ません。自己決定権の範囲です。
自分の手首を切っても、法的に罰せられないのと同じですね。

立ち会った外の人が切るのは、前述の通りだめです。
しかし、それを無資格者が商売としてやってるのだって全て摘発出来て
ないんだから、とーちゃんがやったのまでいちいち逮捕できないという
実際上の問題もあって、スルーです。

たとえば、アクシデントで自宅で分娩してしまって、母親が産科へ
電話し、suzan先生がおっしゃる様に産科医がへその緒を切らずに
病院に来る様に指示したのにも関わらず、その場に居た人が切って
しまい、その為赤ちゃんが亡くなってしまった様な場合には、母親が
切った人を告訴するでしょうし、その場合はちゃんと逮捕されます。

No title

個人的には、一般人の「さい帯切断」は完全に違法だろう、という認識ですが、仮にグレーゾーンにあるとしても、公共の電波でいかにも普通にやっていいことかのように流すのは、かなり問題があると思います。

穿った見方をすれば、こういう違法行為(または違法の可能性のある行為)を「家族の絆を深める感動的な行為」として堂々とテレビ放映することにより、違法だという意識を薄め、なし崩しに、合法に限りなく近い行為としてしまおう・・・としているようにも思えます。
母子ともに無事で、「素晴らしいお産」だったと皆が喜んでいる状態では、疑問を持つことはほとんどないでしょうし、まして訴訟など起こるわけもない。誰でもがやっていることではない、お上の目もあまり厳しくなく、リスクも少ない、という点で、テレビ局にとって美味しいネタなのでしょう。

「家族だから大丈夫」というのは裏を返せば「家族だから責任を負うべき」ということにもなります。まさに「何かあった」時、「あなたも望んだことでしょう?」「こういう危険もある。家族のことなのだからあなたも勉強すべきだった」というどこかで聞いたような論調で、責任を転嫁されるでしょう。

「さい帯切断」を妊婦やその家族に勧める医師もしくは助産師は、職業人としても人間としても、きわめて無責任だと私は思います。そしてその無責任さに気付かないのか無視しているのか、ハンで押したように「感動的」として公共の電波にのせるテレビ局には、怒りを通り越して呆れるばかりです。
この辺りをまとめて、またBPOに送ることも考えております。
番組の「ご意見欄」は、送りっぱなしでどこに表示される予定もなさそうですので。

コメントして頂いた皆さん、ありがとうございます。

医師法や保健師助産師看護師法の見地から見れば、許可された者以外による臍帯切断は、緊急避難や止むを得ない事情がある場合を除き違法性がある。しかし家族による医療行為については、グレーゾーンが存在するということで納得いたしました。

No title

はじめまして。
こちらのブログを興味深く読ませていただいています。

私は医療のことも法律のことも全くの素人ですが、ご紹介されている条文を読めば無資格者がへその緒を切ることは認められていないと解釈するのが法の趣旨ではないでしょうか。違法であっても立件されるかどうかは結果の重大さや悪質性によるでしょうし、立証が難しい場合も多いのではないでしょうか。立件されないからと言って、合法ではないと思います。緊急避難的なケースを除いて有資格者がへそのを切るのが法の求める原則だと思います。
私が気になるのは、一部に出産を結婚式か何かのセレモニーのように扱い、父親や兄弟など家族にへそのを切らせることを余興のようにしてしまっている風潮があるのではないでしょうか。思想・信条や趣味・嗜好は個人の自由ですので命よりも大切な思想・信条があっても当然だと思います(子供の命を親の信条で危険にさらすのは許されません)が、私は母子の安全を優先し、可能な限りリスクの少ない出産を望みます。
気はすすみませんが分娩台での方がリスクが少ないのであれば、フリースタイルとかにこだわりません。リスクが変わらなくても医師や助産師にとって分娩台の方がやりやすいのであれば、我慢するのも大切だと考えています。

皆さん、こんにちは。
suzanさん、体調不良の中、有難うございます。
りぼんさん、はじめまして。

たまさんの残された『しかし家族による医療行為については、グレーゾーンが存在するということで納得いたしました』に今後も消えぬ不信感なるものを感じました。
グレーゾーンという解釈を今後、助産院や自宅出産がどう扱っていくのか。
もしも白黒つける必要があるならばどっちにするのか、という疑問が残ります。
私は臍帯切断は医療行為であって、緊急下ではない出産で医師と助産師以外が切断するのは違法行為だとおもっています。
グレーゾーンになってしまっているのは、それを商売道具、人寄せパンダの営業にしているからではないかとおもうのです。

助産院や自宅出産を謳うとき、『昔ながらのお産』て言いますが、忠実になるならば、昔のお産は男子禁制のものだったと聞いていますので、お産婆さんが切るべきだし、立会い出産からして否定されるべきことになるのではないかとおもいます。
では何故、『昔ながらのお産』としながら、立ち合わせるし切らせるし…な状態なのかといえば、りぼんさんの言葉にある通り、
『一部に出産を結婚式か何かのセレモニーのように扱い、父親や兄弟など家族にへそのを切らせることを余興のようにしてしまっている風潮があるのではないでしょうか』。
そこに産む側が気が付くべきなんですよね。

att460さんへ

はじめまして。
> はじめまして。某所では、"多分役立たず(HNです)"を名乗っている者です。
---
はい、存じています。
なので、私からは『はじめまして』といより、『いつも拝読しています!』が正しい感じです。

> とあります。NATROMさんの所のコメントが正しいとしたら、周囲の産科病院との軋轢はかなり大きいようですが、現在はどうなのでしょうかね?
---
私も個人的に医師の方からのご意見として、周囲の搬送を受けている病院の方たちのご苦労を伺ったことがあります。
現在がどうかというのはわかりませんが、期待は出来ないのではないかとおもってもおります。

suzanさんへ

こんにちは。

> …ああ、しばらくコメントしないつもりだったのに出てきてしまった。
> 体調不良によりしばらくミクシィから出ないことにしています。(苦笑)
---
体調不良と伺い心配しておりますが、こうやってまた貴重なご意見をくださって嬉しくおもっております。
外泊許可(?)が出たときには是非、当ブログにだけでもお立ち寄りくださいね!!

うさぎ林檎さんへ

こんにちは。

> 一例ですが、北里大学臨床研修センターの産科・婦人科研修プログラムでは、<研修医の医療行為レベル(産科)>の中で「臍帯切断」を明確に「医療行為」として記載しています。
> ww.khp.kitasato-u.ac.jp/bosyuu/kensyu/shoki/program/resi02-510.エッチティーエムエル
---
私も勉強になりました、有難うございます。
驚いたことに、臍帯切断は会陰切開、会陰切開縫合同様の、レベル3(5年目以上の上級医師指導の下に行う)なんですね。

ふぃっしゅさんへ

こんにちは。

> 琴子ちゃんのお母さんが「違法だ」と書いていらっしゃるのは、関連した法律を素直に読めば法に触れているのではないか、という問いかけであると思います。
> 反対になぜ、違法性が問われないのかその根拠を知りたいからではないでしょうか?
> 私自身、助産師として、なぜこれが違法ではないと解釈できるのかが理解できないので、知りたいところです。
---
有難うございます、私以上に私の心情、疑問を明瞭に表記して頂き、自分が一番納得したかもしれません(お恥ずかしいほどに…)。
ふぃっしゅさんが表記してくださったことに対し、これからも自分でももっと勉強していきたいとおもいます。

かとうさんへ

こんにちは。

「無介助分娩が許されるのだから、臍帯を医師や助産師が立ち会って父親(家族)が切ることになんの問題があるのだ!」という意識の方は多くいるだろうなっておもいます。
どんどんと甘くなっていくことには歯止めがきかない、という恐怖をおもいますね。

さくこさんへ

こんにちは。

> 個人的には、一般人の「さい帯切断」は完全に違法だろう、という認識ですが、仮にグレーゾーンにあるとしても、公共の電波でいかにも普通にやっていいことかのように流すのは、かなり問題があると思います。
---
全くもって同感です。

> 穿った見方をすれば、こういう違法行為(または違法の可能性のある行為)を「家族の絆を深める感動的な行為」として堂々とテレビ放映することにより、違法だという意識を薄め、なし崩しに、合法に限りなく近い行為としてしまおう・・・としているようにも思えます。
---
やはり、そう感じます?
私もそう感じているのです。
だって、誰かが情報を提供しているんですよね、誰か(達)の差し金って気がしています。

> この辺りをまとめて、またBPOに送ることも考えております。
> 番組の「ご意見欄」は、送りっぱなしでどこに表示される予定もなさそうですので。
---
結果も是非、教えてください、お願いします。

たまさんへ

こんにちは。

先にも述べましたが、
>しかし家族による医療行為については、グレーゾーンが存在するということで納得いたしました。
---
そのグレーゾーンをどう解釈していくかということですよね。
どのことにもいえますが、『問題なく経過している』日常の中で、突如として異常になってしまうことがあり、それを警戒するのは過ぎたことなのかということです。
私は「臍帯切断を家族がすることはグレーゾーンである」ということを、これから助産師や医師の方がどう解釈していくのか、非常に興味があります。
私は聞かれれば、「違法行為だ」と答えます。

りぼんさんへ

こんにちは、はじめまして。
> こちらのブログを興味深く読ませていただいています。
---
有難うございます。

今回のりぼんさんのご意見は、そのまま私の気持ち、感じていることと同じでした。
出産をイベント化していることへの問題もありますよね。

はじめまして

琴子の母様こんばんは。
やっとこのブログにたどり着きました。
お産の安全性について研究と啓蒙をしている産科医です。
お産に関しては日本は世界最高水準の安全性を実現したからこそのこのトンデモの数々・・・。最近小児科医の中にも「虐待は分娩室から始まっている」などという意味不明の理論を振りかざされている人たちがいます。
もう、ウンザリです。
ヨシムラ先生もそういったトンデモの彼岸におられます。
でも、僕のやっている事は妊婦さんの理解を得られないかも、と思うと鬱々とした気分になります。このブログを拝見し、理性的にお産を見つめられる方々が居られる事を再確認しました。元気100倍です。
先週は出血量12000cc、搬送時心肺停止のお産後の方を徹夜で手術しました。今患者さんは赤ちゃんにミルクをあげるまでになっています。
お産には必ずこういった影の部分があり、アロマもベビーマッサージもシェフの食事もないけれど母児の命を守るために必至になっている施設がそこを支えている事を知って頂きたく、レスさせて頂きました。
長々すいません。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

メディカ出版から、「お産と生きる」~なぜ、自然なお産か  産科医からのメッセージ~ が出版されています。
「分娩台よさようなら」を書いた大野明子氏が6人の産科医にインタビューしたもので、吉村氏の記事もあります。

その中からの抜粋。
「私は本当の真実である自然を信じています。したがって、私はお産を科学でやっているのではなく、宗教でやっています。赤ん坊にせよ母親にせよ、自然に従って死んだら、それは当然死ぬべきものが死ぬということです。」
「女は子どもを産むためにこの世に生まれてきたのだから、お産を一番幸せにしたら、女は一番幸せになります。」
「まったく自然に妊娠し、まったく自然に妊娠を経過し、まったく自然に産み、まったく自然の親子関係で、すなわち、赤ん坊を徹底的にかわいがって育てれば、完全にその子どもはこの自然の中に生きる精神的、肉体的能力ができます。」
「過剰な医療介入をすれば、親子関係が不自然になり、子どもは自然の中に生きる力がなくなってしまいます。」
「吉村医院では仮死は起こりません。産婦を脅かしたり、いきませたり、点滴で陣痛を強めたり、吸引したりしなければ、心音は落ちません」
「お産は親も子どもも死ぬかもしれません。死をかけて行うものです。自分の子どもを産むとき、自分の命も惜しい、子どもの命も絶対助かってほしいなどと考えること、すなわち絶対死んではいけないと考えることが間違っています。動物はそんなことを考えません。死んだら死んだで仕方がないと思うのが、生きてあるもののお産の原理です。赤ん坊が死ぬことをびくびくしていてはいけません。」
「お産には科学技術はいっさい、いりません。昔だったら淘汰されていた異常を生かすことは、自然法則に反します。」
「利口な女はたくさんいます。自然なお産をして幸せになった女性が立ち上がるべきです。今のお産に問題があることを知り、情熱を持って自然なお産を回復していこうと考える女を増やさなければなりません。」

信念を持つことは自由ですし、実際に会って話をしてみればもしかすると活字や映像にはない共感できる部分もあるかもしれませんから、この本を読んでただ批判しようとは思いません。
それでも、まずTBSの番組は、吉村氏の主張したいことをどれだけ忠実に描いて伝えたでしょうか?
観た人が、ただ「自然なお産はいいわー」なんてのんきに受け止めていられないくらいある意味残酷な信念が語られているのです。
また、このような産科医の中でも異質な方を本や映像で伝え残すことにどのような意味があるのでしょうね。

No title

>ふぃっしゅさん、こんにちは

ご紹介の記事を見るところ、吉村氏は自然を「アメニティグッズ」扱いしているわけではないのですね。匠の技だの古民家だのを強調されている(ように見えた)ので、ブンブン蜂丸さんのおっしゃっている「アロマ、ベビーマッサージ、シェフの食事」と同じで、私はそんなものはアメニティに過ぎないのではないかと思っていました(ディズニー好きな妊婦さんだったらディズニーランドホテルの方がいいだろう、壁紙や蛇口がミッキーだから心が穏やかになってとか、ね)。

吉村氏の見識は、自然をどう捉えるかとしては常識的でない(トンデモ)とは言い切れない範疇であるし、私もその事への批判は必要ないと思います。ここでも繰り返し話題になっている「自然なお産」への薄い理解を考えれば、吉村氏の自然観はむしろ健全に思えます。

ただし、これを吉村氏の元で出産を希望する方に正確に伝えておられるのかは疑問です。つまるところ、何かあっても私は手を貸さない、と吉村氏は仰有っているんですよね?妊婦にしろ赤ちゃんにしろ、死ぬのは死すべき運命だったと明言されているんですから。
事前には「大丈夫なんだから、大丈夫」で、何かあったら「運命です」の一言で済ませるということでしたら、そこには産科医・助産師の存在意義は薄そうですね。

No title

「私は本当の真実である自然を信じています。したがって、私はお産を科学でやっているのではなく、宗教でやっています。赤ん坊にせよ母親にせよ、自然に従って死んだら、それは当然死ぬべきものが死ぬということです。」
これを本気で言っていて、それに本気で賛同してそれに従って
産むというのなら、それは止めません。批判もしません。
ただ、こういう人は、電気もガスも水道も、車も電車もテレビも否定し
ないと、筋は通らないと思いますが。
山奥でそういった現代的なインフラ無しで自給自足をやった上で、
出産に対してもそういう姿勢ならば、それは頑張ってくださいとしか
言いません。

そういう覚悟が無い人がやるのは、「自然」な出産では無く、「演出
としての自然っぽい」出産であり、危険性が増す以外の何ものでも
無いので、そちらに対してはダメだしして行く必要があり、ブンブン
蜂丸さんのような方を応援していきたいですね。

ひどい・・・

宗教と言い切ってますか・・・・

>死んだら死んだで仕方がないと思うのが、生きてあるもののお産の原理です。赤ん坊が死ぬことをびくびくしていてはいけません。

ではなぜ、他の病院に搬送するんでしょうか?
しなきゃいいじゃないですか。妊婦さんが本当にその考え方に納得しているのであれば、放置しておけばいい。死ぬべき人間は死ぬべきなのだと、はっきり妊婦とその家族に言えばいい。
しかしそれはしない。「あなたは負けたから医者に行きなさい」とでも言わんばかりに病院に送りつけあとは知らん顔。さんざん周囲に迷惑をかけて・・・・結局、自分の信念を自分の都合のいいように貫ければ他はどうでもいいんですね。本当にひどい。

一人でも多くの人に、「自然なお産」の正体を知ってもらいたい。どんなに冷酷で残虐で、身勝手なものか。テレビで特集を組むなら、そういう視点から切りこんでほしい。番組を作る人は本当に知らないのでしょうか? うすうす知っていても、取材しやすい美味しい相手を逃したくないと考えているのでしょうか? 理解に苦しみます。
以前、フジテレビで放映された自宅出産を請け負っていた助産師も、宗教関係でした。出血どめと称して助産師が作って妊婦に飲ませていたレンコンジュースも、医学的にまったく根拠のないものでした(kikulogでのふぃっしゅさんコメント参照)。抗議メールも、現在のところまったく音沙汰がありません。「新フジテレビ批評」という番組も、HPにはもっともらしく「自局の番組を検証する云々」とありますが、メッセージ欄は肯定的な意見ばかり、番組の特集もフィギュアスケートとか、あたりさわりのないものです。「批評」が聞いて呆れます。

何かもっと、効率よくこの怖さを伝える方法はないものでしょうか。地道にやっていくしかないとわかってはいますが、やきもきします。

No title

>さくこさん
え?吉村医院では、危なくなったら搬送するんですか。
であれば、吉村に言うべき言葉は、「人の命を冒涜し、
自然に対しても冒涜するインチキ詐欺師」以外にないですね。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

かとうさんへ

>搬送するんですか

吉村医院HPより
>2004~2006年
 分娩数 910件
 吸引分娩  0.7%
 搬送率    6%
 帝王切開率 3.4%(※)

※当院では帝王切開を実施しておりません。
  帝王切開率は、搬送先での実施率を示しています。

以前NATOROMさんのところで話題になったときも、周囲の病院は吉村医院からの搬送と聞くと色めき立って、完全臨戦態勢を整える、それほど危ない状態で送られてくるから、という話が出てました。
ふぃっしゅさんご紹介の本に書かれてあることも、堂々とHPに書いてほしいですよね。自然なお産は一種の宗教で、それが出来ない母や子は無理に生き延びさせる必要はないと。普通の人ならドン引きでしょう。

No title

さくこさんありがとうございます。
吉村医院のHPや、wikipediaでも確認してきました。
(そうしたら、出典がNATRONさんのとこでした。そこも読んできました。)
吉村某のしている事は、「自然」な出産では無く「似非自然」です。

>うさぎ林檎さん
吉村某は、著書ではそう書いてますが、実際に自分の病院でやっている事は、「アニメティグッズ」扱いの様です。
言行不一致の御仁でした。

それほど自明なことではないようですが…

はじめまして。通りすがりに失礼します。もし他の方のハンドルネームとかぶっていたらごめんなさい。

Googleで「臍帯切断 医療行為」で検索すると、医者向けの雑誌「医亊新報」のQ&Aで「本人・家族の臍帯切断の医療行為性」というのが、8番目くらいに出てきます。
ネット上では内容は読めないようですが、その筋の知人にお願いしてコピーを入手しましたところ、臍帯切断を記念のために産婦や夫にさせることについて、弁護士の方の回答で「医師法によって非資格者に禁じられている医業とは考える必要はないと思われる」と書いてありました。(日本医亊新報 No.4315 2007年1月6日号 164ページ)

業界内(法曹界や医療業界)でも意見が分かれているようなので、あまり断定的な物言いはしない方がいいのかもしれませんね。

かーるさんへ

>医師法によって非資格者に禁じられている医業

「医業」とは、「業として医療行為を行うこと」です。
つまり「医業行為」というのは、「継続的な医療行為により報酬を得ること」ですので、「本人または家族のさい帯切断」がそれに当たらない、というのは正解だと思います。家族がそれでお金をもらったりはしていないわけですから。
しかし医療行為であることは、現法では自明といっていいと、私は考えます。

かの質問はどういう文面だったのでしょうか?
もし「医療行為かどうか」を聞いていたのなら、「医業とはいえない」というのは答えになっていないと思うんですが。

訂正

すみません、ちょっと訂正です。
送信してからTemperさんのコメントを思い出しまして(汗)。

>、医業というのは、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うことである」と法律上解釈します。

報酬を受ける云々は関係なかったかも。どこかでそういう文面を目にした気がしましたので・・・すみません、もう一度いろいろ調べてみます。

こちらの解釈だと、「さい帯切断を本人または家族にさせること」を反復継続する意思をもって行うこと、ということですね。かーるさんのコメントで「医業にはあたらない」としている弁護士は一体どこに視点を置いているのでしょう?
さい帯切断を「人体に危険が及ぶおそれのある行為」とみなしていないということなのか、それとも
その家族にとっては子どもが産まれる時だけのことなので、「反復継続」にはあたらない、
と考えているのか・・・・まあ、どちらにしてもちょっとおかしいような気はしますが。

No title

さくこさんへ

>以前NATOROMさんのところで話題になったときも、周囲の病院は吉村医院からの搬送と聞くと
>色めき立って、完全臨戦態勢を整える、それほど危ない状態で送られてくるから

その通りみたいです。
これは、該当地域でちょっとお産について調べている一般の妊産婦さんも知っている事で、搬送を請け負ってる3病院にかかっている妊婦さんたちは、自分の出産の時に吉村医院の搬送が無いといいなという話しが出る程でした(少なくとも7~8年前自分が産んだときそういう話しを何人もの人から聞きました)。

No title

こんばんは。

私は臍帯切断を医療資格者でない人間が、緊急避難行動としてではなく行う事の違法性を訴え続けることに意味があると考えます(私が違法であるとする論拠は既に述べましたので割愛します)。グレーであることは黒でないと共に白でもありません、判例が示されるまで決着しないでしょう。しかし判例が示されるケースとは何でしょう、それは事故が起きた時ではありませんか?
素人が臍帯切断を行うリスクについては既に説明がされています。その不利益の可能性を全面的に被るのはこれから生まれてくる赤ちゃんです、親御さんではありません。赤ちゃんに自己主張を行う事は不可能です、止めて欲しいと頼むことは出来ませんよね。
私は、不幸な事故の後に裁判が行われてからでは遅すぎると考えます。

どちらにせよTVが垂れ流す無責任な感動乞食番組は本当にエエ加減にして貰いたいデス。

No title

こんばんは

今気付きましたが、私「NATROMさん」と書くべきところを「NATOROMさん」と書いてました・・・orz。伏してお詫びいたします。

A子さん
情報、ありがとうございます。地元の人は行かず、HPや本などを見て遠くから来る人ばかりと聞いたことはありますが、やはりそんな感じなんですね。NATROMさんのところでは、周辺の病院に勤務する医師だというかたが発言されていました。

医業と医療行為について、平成17年7月に厚生労働省が出した通達を見つけましたので、ちょっと長いですが抜粋して載せます。

>引用はじめ
医師法第1 7 条、歯軒医師法第1 7 粂及び保健師助産師看護師法第3 1 条の解釈について(通知)

医師、歯科医軌看護師等の免許を有さない者による医業(歯科医業を含む。以下同じ。) は、医師法第1 7 条、歯科医師法第1 7 条及び保健師助産師看護師法第3 1条その他の関係法規によって禁止されている。ここにいう「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為) を、反復継続する意思をもって行うことであると解している。

ある行為が医行為であるか否かについては、個々の行為の態様に応じ個別具体的に判断する必要がある。

>引用終わり

ポイントは「医行為」を
「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」
としていること、
「医業」を
「(医行為) を、反復継続する意思をもって行うこと」
と解する、としているところです。
報酬の有無は関係なかったですね、すみません。

これで言うと、「さい帯切断」は明らかに医療行為ですよね。素人が何も考えずにちょん、と切っていいものではないですもの。
ただあきらかな医療行為でも、本人が自分で自分の体にやったこと、また子どもに薬を飲ませるなど、本人または家族であれば罪に問わないとなっていることもあるので、仮に医師免許を持たない父親が「二人目も三人目も俺が切る!」といって切り続けたとしても(反復継続)、あえて摘発するようなことはしないでしょう。もちろん、何も事故がなければ・・・ですが。

ふと思ったんですが「父親にさい帯を切らせる」ことを売り物にしている医院や助産院というのはどうなんでしょうね? 明らかな違法なのかそれともこれもグレーゾーンなのか。興味のあるところです。

うさぎ林檎さんに同意!

のんびり書いていたらすれ違いになってしまいました

>感動乞食
感動は貰うもんじゃないですよね。安売りするものでもないし。ホントいい加減にしてほしいです。

だいたい、琴子の母さまが仰るように、お産は「男子禁制」だった歴史の方が長いし(穢れという考え方も併せ、実質母子の保護と感染予防だった、という説も)、へその緒切るのが比較的安全になったのは、ふぃっしゅさん仰るところの「クリップ」のおかげ、つまり医療が発達したおかげ。

皆さん異口同音に仰っている通り、自然なお産、なんか矛盾だらけですよね。議論が違法かどうか、というところに集中してしまいましたが、本当に突っ込むべきところはそこかもしれないです。

かーるさんへ

かーるさんはじめまして。情報をありがとうございます。

考えていることを文章で表現すると「断定的な物言い」に読めてしまうかもしれませんが、違法と解釈するにしても違法でないと解釈するにしてもその根拠は何か・・・について議論をしているのだと思いますよ。

法律の解釈というのは、その時の社会の情勢によっても、また解釈する立場によっても違うのは当然。だからこそさまざまな司法判断に対する論争があるのだと思います。
法律の専門家に任せるのではなく、自分の立場で自分の考えを持つことが大事だと思います。

産科で長く働いてきても、実際にこの臍帯切除を家族にさせることに対しての議論はほとんどお目にかかりません。
「変だよね」と思っているスタッフも多いと思いますが、自分の施設で実際に行われていなければ意見を言うほどのことでもなく(ひまもなく)、なし崩し的に、やりたい人たちがやってきている経緯です。

世界中の歴史をみれば、夫が分娩介助をしわが子の臍帯切断をしている文化や社会は多くあります。日本だって1960年代前までの自宅分娩の時代には、産婆や助産婦を呼ぶお金もなく家族が切断していたことも多いでしょう。

何が違うかといえば、夫がそうするしかない状況であり、その状況の中で最大限、新生児に安全な方法(切ったばかりの竹をつかったり、刀を火で消毒したり)を知ったうえで、自分が子どもの命に全責任を負っていることだと思います。決して、父親になる儀式でも何でもありません。

臍帯は、痛覚はない部分なので切っても新生児には苦痛はない部分です。でも、新生児にとってはまさに「命綱」の大事な臓器です。
日常の生活で臓器を直接扱うことのない方たちに、その重大性は認識できるでしょうか?
怖いのは、見よう見まねで産院で切らせてもらい、「次回は自分たちでお産をして自分たちで切ろう」と、無介助分娩への抵抗感が少なくなる人が出てくることです。
最大の犠牲者は、新生児です。

保鋤看法も医師法も、専門職を守る意味ももちろんありますが、それらの法律を貫いているのは、最終的に私たちが接する患者さんたちや母子を守ることにあるのではないでしょうか?

はじめまして

琴子ちゃんのお母さん、こんにちわ。

吉村医院で父親がへその緒を切っている行為が違法なのではということですが、
たしかに医療法では違法となっていますが、
医療従事者の管理のもと、その許可があれば可能になっています。
じっさい、このようなことは全国で広くおこなわれており、
弟も茨城の産科でふたりの娘のへその緒を切りました。

吉村医師が声を高く訴えておられる自然なお産についても、
いろいろな意見がありますね。

たしかに自然なお産は“安全”ではありません。
だからこそ、吉村医師は
「いのちを産むのにいのちをかけろ!」
とおっしゃっているのでしょう。

吉村医院の妊婦さんたちが薪割りをしたり、板戸を拭いたりしているのは
お産に必要な身体づくりの一環のようです。
現代の楽で便利で安全な生活では、
畑仕事や手間のかかる家事労働をしていた昔の人ほどには体力も足りず、
洋食中心の食事と、病院や本の情報でびくびくストレスいっぱいの
今の妊婦たちが自然なお産をするのは
とてもとても厳しいからです。

毎日徹底的に動いて、(毎日300回のスクワットや2時間の散歩など)
日本の伝統的な食事の指導によって体調を管理して、
女の人に備わった産む力を信じてのんびりした心でいなさい
という吉村医師の指導は、そういうところからきているそうです。

そういうことを検診では一人の妊婦さんに20分以上をかけて
吉村医師は徹底的に指導しておられる。
自然に産むことの厳しさを知っていなければ、
できないことではないでしょうか。

そして自らのいのちをかけていのちを産む、
その経験を通していのちと本気で向き合ってほしい、
だからこそ理屈じゃないところでの、母子が誕生するのだということを
おっしゃっている。

陣痛が痛いとか怖いとか、楽で安全に産むほうがいいと、
はじめから医療介入のお産を選ぶ人、
またそれをすすめる医療従事者には
わかりづらいことかもしれませんが。。

自然なお産を目指しながらはからずも医療介入を受けてお産をすることになったお母さん、
それを助ける現代医療によるお産は、
吉村医師はまったく否定していません。

そういうお産をした母子が、自然なお産をした母子ほどに
いのちの意味を知らないとも言っておりませんし、むしろ
本気でいのちと向き合ったゆえのそのような結果であれば、
それがその母子にとっての自然なお産であったと、
涙されているところを見たことがあります。

吉村医師が否定している産科医療は、
上に書いたような、自然に生まれることのできるいのちすら、
はじめから医療でコントロールしようとする
その精神性です。

また、今、社会問題となっている母親による子どもの虐待などの原因は、
母子の絶対なる絆の感覚が薄いからではないかという懸念から、
母性という本能を呼び覚ます手段となり得る
自然なお産をしてほしい、つまり、
自然なお産をすることで母子は幸せになるための必要条件を得ることができる
というのが、吉村医師の提言の意味でもあるようです。

そして、
「死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる」
という吉村医師の哲学は究極だと思います。
でもそれはいのちの本質だとわたしは解釈しています。
わたしたちのご先祖様はそうやって何千万年も生き残り、
わたしたちにいのちを継いできてくださったのですから。
“適者生存”です。

とはいっても、吉村医師だって、
「死んでいいいのちがあるとは思っていない」
とおっしゃっている。
だからこそいのちがあぶないと思えば搬送しているのです。

「自然に生まれるいのちは自然に産んでほしい」
「母性という自然を自らすすんで医療にゆだねてほしくない」
吉村医師の願いであり、
そうするための指導を行っているのが吉村医院です。

吉村医師のそのおもいがお母さんたちにきちんと伝わっているからこそ、
医療訴訟も起こらずに、これまでやってこられているのでしょう。

現代医療におけるお産を推奨する医師に、吉村医師ほどに
いのちの尊厳、母子の絆、母子の感情・心というものに真剣に向き合っている人がいるでしょうか。

そして助産婦も。。。
「強欲な顔をして助産院の運営を第一としておる男みたいな助産婦は要注意」と著書でもおっしゃっています。
すべての助産婦がいいわけではない、
女性としての共感やいたわりに満ちた助産婦こそ、
真の助産婦であると。
それほどにお産というものは繊細で精妙であるということを
吉村医師は明言しています。

50年の経験からの言葉は核心をついているため
誤解もされがちですが、
その本質は、真剣にいのちに向き合ってきた
本物の医師にしか言えないことにあふれていると思います。

琴子ちゃんのお母さんが、いつかまたお母さんとなるときに
吉村医師のように心からお産に向き合ってくれる人と出会えますように。。

芙蓉さんへ

こんにちは。

当ブログを宜しかったら是非、全部お読みください。
くださったご意見に対しての私からの回答、感想は全て過去にございます。
ご意見、有難うございました。

No title

芙蓉さん、はじめまして。
横レスですみません。

>「いのちを産むのにいのちをかけろ!」

お産の場合、「いのち」は二つです。
母親の「いのち」と、子どもの「いのち」です。
母親が自分の信念に基づいて「いのち」を賭けるのは勝手ですが、そのために子どもの「いのち」も危険に晒す必要があるのかを、琴子の母さんは問うているのです。

医療介入によるお産を望む母親が、「陣痛が痛いとか怖いとか、楽で安全に産むほうがいいと」考えているわけではありません。
芙蓉さんはMFICU(母体胎児集中治療室)を知っていますか?
そこに、胎児の無事を願いながら何日も、あるいは何週間も絶対安静状態にいる母親の存在を知っていますか?

そうして生まれた、手のひらに載るような1000g以下の超低出生体重児を「生まれた子どもはどんな子どもでも助けたい」と言い切ってくれたNICU(新生児集中治療室)の医師の存在を知っていますか?

そのような状況で生まれたうちの子どもは、もう5歳になりました。

>「死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる」

もちろん、そのとおりです。
ですが、その言葉に抗った医療スタッフの存在がうちの子どもを救いました。
正直なところ、私には吉村医師の言葉は、医師の本分を逸脱しているようにしか思えません。

なお、児童虐待についてですが、母子の絆云々よりも経済的貧困との相関が指摘されています。親の社会的孤立も大きな要因となるようです。
児童虐待について積極的に取り組む医師達は、母性の問題などとは主張しません。むしろ、「密室での母子密着」を問題視しています。

※管理人さまのお名前を間違えて記載していましたので、訂正いたしました。(1/21,0:00)
大変すみませんでした。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ブンブン蜂丸さんへ

こんばんは。
> やっとこのブログにたどり着きました。
> お産の安全性について研究と啓蒙をしている産科医です。
---
お待ちしておりました(^^

> お産に関しては日本は世界最高水準の安全性を実現したからこそのこのトンデモの数々・・・。最近小児科医の中にも「虐待は分娩室から始まっている」などという意味不明の理論を振りかざされている人たちがいます。
> もう、ウンザリです。
---
私のような立場のものでも、そのような発言は残念、ウンザリでなりません…

> でも、僕のやっている事は妊婦さんの理解を得られないかも、と思うと鬱々とした気分になります。このブログを拝見し、理性的にお産を見つめられる方々が居られる事を再確認しました。元気100倍です。
---
こちらこそ、元気100倍の100倍です、ブンブン蜂丸さんが嗅ぎ取ってくださったこのブログの臭い、花は、琴子が活けてくれたものだと感じます。
当ブログには理性的にお産をみつめられる方が沢山いらしてくださっているので、私も日々感謝しております。

> お産には必ずこういった影の部分があり、アロマもベビーマッサージもシェフの食事もないけれど母児の命を守るために必至になっている施設がそこを支えている事を知って頂きたく、レスさせて頂きました。
> 長々すいません。
---
ブンブン蜂丸さんたちのお蔭で救われている命を、ネットを通じて、日々の中でも大切にしていきたいとおもっております。
また是非ご意見をお聞かせください!

横レスですみません

芙蓉さんへ

琴子の母さまへのコメントではありますが、この問題を真剣に考えている人間の一人として、いくつか質問よろしいでしょうか? 差し支えない程度で結構ですので、ご回答いただければ幸いです。

1個人的な質問で申し訳ないですが、芙蓉さんは何をきっかけに吉村医院でのお産を決めたのでしょうか?

2.芙蓉さんがお考えになっている「自然なお産」のイメージは、例えば日本でいうとどの時代のことなんでしょうか? 吉村医院でも、電気やガスや上下水道、搬送のための車などは使ってらっしゃるんですよね?  

3吉村医師は「お産と生きる」~なぜ、自然なお産か  産科医からのメッセージ~」の中で、自分はお産を科学ではなく宗教でやっている、自然なお産をした女性たちを増やしていくべきだと言っていますが、芙蓉さんはじめ吉村医院でお産をした方はみな、同じ考えなのでしょうか?

4「死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる」、しかし「死んでいいいのちがあるとは思っていない」「 いのちを大事に思っている」から危なくなると病院に搬送、ということについて質問です。
「いのちを大事に思っているから」病院に任せる、ということはつまり、病院は命を救うための場所である、という認識はあるんですよね。命を救う仕事をしている医師たちは「真剣にいのちに向き合っていない」んでしょうか?

5.吉村氏は「自然なお産をもっと広めるべき」とも仰っていますが、仮にすべてのお産がそのような方式になったなら、「危なくなったら搬送」する先も消滅します。そこを目指してらっしゃるんでしょうか?
全然「いのちを大事に」出来ない気がしますがいかがでしょう。

No title

芙蓉さんへ

>「死ぬものは死ぬ、生きるものは生きる」

>「死んでいいいのちがあるとは思っていない」
>とおっしゃっている。
>だからこそいのちがあぶないと思えば搬送しているのです。

その両方の妥協点が、手遅れに近い状態での搬送なのですね。
それは、吉村医師、吉村医院にかかっている妊産婦さんには受け入れられる事でしょう。
でも、そのためにこの少なくなった産科医療のリソースを一部奪われる形になる、その搬送先に、「子供」の命と安全を考えてずっと通院していた妊産婦さんたちに納得しろというのは傲慢だと思います。
もっと早く手遅れにならないような状態の時に、早急に判断し搬送していれば、そこまで手をかけないですむかもしれないのに。
搬送先の病院にかかっていた者として、芙蓉さんの言い分には納得できません。

元産科勤務医の愚痴

吉村医院の問題点は『医師であること』に尽きるのではないでしょうか?
医師であるのに、分娩停止での緊急帝王切開もしない(できない)のに、「しあわせなお産をしよう」を売り文句にしている。一方で搬送先のスタッフは患者親族に「目が死んでいる。心が死んでいる。」とか、「この世界をつつむ東洋の宇宙観(易ともいう)に比べれば、科学や医学といった形而下学的事象というのは、ほんのつめの先ほどの幼稚な認識でしかないのに。そんな世界でしか生きていない人たちは、きっと本当の幸せを知らないのであろう」とブログに書き込まれる。お人よしにも程がありますね。
搬送率6%、帝王切開率(搬送先での)3.4%だそうです。100例中6例は搬送ですね。ご自分のところで対応していただけるのであれば、病院勤務医からの文句は出ないでしょう。

>当院でお産できないこともありますが、自然なお産だけでなく、生き方を考え、自然に生まれ、自然に生き、自然に死ぬことの意味を見い出してほしいと願っています

そこまで言うのなら是が非でも全例吉村医院でお願いします。

善意

「地獄への道は善意で舗装されている」のいい例ですね。

>芙蓉さんへ

 文章から推測すると、あなたはとても良い人なのだと思います。
しかし、人の命に直結する医療に関しては、無知な善意は害ですらあるのです。

 例えば、あなたがお友達に吉村医院での出産を勧めて、そのお友達が吉村医院で
出産することになったとします。
すると、あなたのお友達のお子さんが出産時に亡くなる確率は確実に高くなります。
これが現実です。

 琴子の母さんがコメントされているように、是非このブログを最初からすべて
読んでください。その上でもう一度よく考えてください。
 一番大事なものは何ですか?  子供の命ではありませんか?

No title

「自然な」お産とは、何なのでしょうか?

世界のどこかには、医療とはかけはなれた中で自分の力でお産をし、夫が臍帯を切っている社会があります。吉村医院の薪割りや伝統的な食事とかなんて、遊びにしか思えないほど厳しい生活でしょう。

自然派の方たちが理想とするようなそういう社会にも、医療的で科学的な発想があります。
たとえば新生児の臍帯を切断するのに、なぜ切り倒した竹や火であぶった刀を使用するかといえば、黴菌が臍帯から入ることで新生児が死ぬことを観察し、仮説をたて、より安全な方法を探して伝えているからです。

目の前の母子の危険をなんとかしたいという思いが医療であり、状況を観察し、対応方法を見出し、それが自分の狭い経験や限られた知識ではなくたくさんの人と共有できるものであることを確認していくことが、お産の中の科学であると思います。

「適度な運動は、妊娠出産に良い影響をもたらす」このことに異論を唱える、周産期関係者はいないと思います。
でも、「薪割り、床掃除、300回のスクワット、2時間の散歩」と言われると、根拠は何か、本当にそう言い切れるのか、適度に体を動かしている人でも結果的に分娩停止で帝王切開になることもあるし、何もしなくても超安産の人もいるのだから・・・、と慎重になります。
そのまま信じることを「盲信」と言い、科学的な思考でも多くの人に共有できる智恵でもなくなります。
「洋食は悪い。伝統的な食事が良い」しかり。

吉村氏も、反医療的な発言をする一部の助産師も、そのように根拠を考える思考過程をはしょりすぎているのではないかと思います。だから、物事を単純化して表現するのでしょう。


少なくとも私が出会って一緒に働いてきた産科の先生たちの中には、当然ですが、目の前の母子の無事な出産を願わない方はいらっしゃいませんでした。
待つときは待ち、どこで医療介入をしたら良いか、ということは本当に悩むところです。
自分の知識、臨床経験を総動員し、さらに自分が予測していないような事態も起こりうるのではないかと慎重に慎重を重ねた上での判断の繰り返しです。
こうした大半の慎重な産科の先生たちは、過信とも言える大きなことは言わないことでしょう。

最後に、芙蓉さんへふたつ。
まず、私たちの職種は現在、助産「師」です。「婦」ではありません。何か信念がおありかも知れませんが・・・。
それから、芙蓉さんのコメントの最後の部分を、一般的に世の中では「余計なお世話」といいます。
また「無神経」とも表現できます。

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No title

こんにちは。

皆さん既に色々仰有っていますし、ビリーバーに届く言葉を残念ながらまだ私自身見つけられていませんので無駄とは思いつつ、ちょっとだけ。

【芙蓉さん】
>医療従事者の管理のもと、その許可があれば可能になっています。
根拠を述べて下さい、あなたの想像ではなく。

【吉村医師】
>お産には科学技術はいっさい、いりません。昔だったら淘汰されていた異常を生かすことは、自然法則に反します。
【芙蓉さん】
>「死んでいいいのちがあるとは思っていない」
とおっしゃっている。
だからこそいのちがあぶないと思えば搬送しているのです。
吉村医師は「死ぬべきいのちがある」と思いっきり仰有っているようですがね(笑)。
(自分で対応せず)危なくなれば設備の整った病院に丸投げって事でしたら、そりゃ楽ですね。それはね、一般的には周産期医療リソースへのフリーライドと言います。

【芙蓉さん】
>琴子ちゃんのお母さんが……何とかかんとか(不愉快なので引用ここまで)
他人の精神性について云々する前に、ご自身の人間性ともっと向き合われた方が良いと思いますよ。

それぞれに


こんにちわ。
いろいろなご意見、質問をいただきました。

きっとみなさん、それぞれにお産へのおもいがあり、
「どれが正しい」ということは難しいのだと思いました。

わたしの吉村医師への支持は、
著書を読み、会いに行き、納得するまで話したうえで
そのお人柄、哲学に共感し、信頼したからにほかなりません。

どんな産科医、助産婦と出会い、
納得のいく、満足のいくお産ができるか。
妊婦と従事者、お互いに信頼関係があるかも大切です。

わたしはこれから吉村医院でお産をします。
たとえ難産になり、搬送されて帝王切開になっても
それはわたしと赤ちゃんにとってのあるべきお産であったと
思います。

そして最悪の事態がおこったら。
かなしみ、苦しみ、怒り、狂ってしまうかもしれません。
それでも、わたしと赤ちゃんが幸せなお産ができるよう、
心から真剣に向き合ってくれた吉村医師と助産婦さんたちに
感謝できる日がくると思います。
訴訟を起こそうとは思わないでしょう。
(実際、吉村医院では新生児死亡は数年に一人。母親の死亡はなしです)

そのお産を選んだわたしにすべての責任があり、
赤ちゃんはそんなわたしを母に選んでくれたのですから。
そして家族も。

きれいごとだと言われるでしょうが、
それがわたしの生き方です。
身に起こるすべてを受けていく。
吉村医師にはその覚悟を教えていただきました。
そこに共感できるかどうかですから、
すべての方におすすめるものではありません。
こういうお産もあるということです。

最低最悪な意見ですね。

>赤ちゃんはそんなわたしを母に選んでくれたのですから。
ものを言えない退治の代わりに言います。
「選んでません!!」
こういうのを思い上がりというんですね。
あなたは、自分と吉村某の愚かな考えで、一人の人を危険にさらそう
としているのです。
最低限、その自覚だけは持っておくように。

芙蓉さんへ

こんにちは。

何か勘違いされているといけませんので念のため。
ここに書き込んでいる方は、誰もあなたの不幸を願ってはいませんよ、ただ心配しているだけです。

>納得のいく、満足のいくお産ができるか。
ここに疑問を持っているのです。満足のいくお産てなんですか?赤ちゃんが無事に生まれるだけではあなたは満足できないのですか?お産を採点する人なんていないんですよ。

>たとえ難産になり、搬送されて帝王切開になっても
あなたは自覚されていないのだと思いますが、今まで書き込みされた内容は過酷な環境で自分の生活や健康を犠牲にしながら、歯を食いしばって頑張っている産科医療従事者の方々を侮辱しています。でもいざとなったら当たり前のようにその方達を当てにする、それは身勝手なことだとは思われないんですか?

でもね、ご無事の出産をお祈りしています。どうか可愛い赤ちゃんを迎えて下さいね。

No title

芙蓉さんのおっしゃる「幸せなお産」ってなんなんでしょうか。
吉村医院や芙蓉さん達が言うところの自然なお産でなければ「幸せなお産」ではないと読めるのは私の品性の下劣さかも知れませんが、子供の安全を願い必要な医療介入を受けることが不幸なのでしょうか?

思想・信条は個人の自由ですので、命よりも大切なものがあってもいいのですが、それはご自身の命だけにして下さい。
>赤ちゃんはそんなわたしを母に選んでくれたのですから。
失礼ながら、赤ちゃんがあなたを選んだかどうかは判りません。あなたがそう思い込むのは勝手ですが、母親であっても赤ちゃんはあなたの所有物ではありません。あなたの思想・信条で回避できるリスクを赤ちゃんに負わせないで下さい。

>たとえ難産になり、搬送されて帝王切開になっても それはわたしと赤ちゃんにとってのあるべきお産であったと 思います。

赤ちゃんのためにも無事に出産されることを祈りますが、万々一、他の病院に搬送された場合には、吉村医師に対する敬意と感謝の気持ちと同等のものを搬送先の病院のスタッフにも表していただきたいと思います。

芙蓉さんへ

これから吉村医院でお産?!

そうですか・・・てっきり経験者の方かと思っていました。初産なのでしょうか?
芙蓉さんがこちらに来られたのも、何かを求めてのことだったと、私は思っています。批判されるのを覚悟でコメントもしていらっしゃる。まだこちらにいらっしゃるかどうか、わかりませんが、もうひとつだけご覧になっていただけないですか? 
お医者様のブログの記事ですが、特にコメント欄。吉村医院のお産でお子様を亡くされた父親の方、医院の助産師らしき方も書きこんでらっしゃるようです。(wikiの「吉村医院」の頁にも掲載されています)

ttp://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070707
(h、を追加して表示してください)

あなたが私の娘なら、体を張ってでも、それこそ命がけで止めますが・・・ただただ、母子ともにご無事をお祈りするだけです。 

どうかぎりぎりまで、考えてください。出産はあなただけの話ではなく、赤ちゃんの命もかかっているのですから。子どもは親を選べないのですから。
決めたことを再考して、やめたり変更したりすることは、恥ずかしいことでも何でもない、重要なことを決めるときの正しい態度です。

No title

obgy.typepad.jp/blog/2007/07/715_7ab4.エイチティーエムエル
(禁止ワードの為、お尻を半角英語に置きなおし、頭を補ってください。)
こちらに、実際に吉村医院にかかった妊婦さんと、産科医さんの
やりとりがあります。
僻地の産科医さんは、吉村病院のある岡崎市の基幹病院か、その
関連病院、またはそこに良く知っている医師がいらっしゃる方の
ようで、事情は裏までよくご存知の方です。

よく読んでおいて欲しいですね。
重要な所だと思う所を抜粋しますと、

>実問題としてA病院をはじめとする病院は、ハイリスク分娩の搬送に
>対応するために、現在、リスクのない分娩については分娩数の制限
>をかけています。そのあたりもきちんと問い合わせをしていただける
>と幸いです

とあります。
吉村医院だけが原因ではないですが、地域の助産院のリスクヘッジ
の為に、基幹病院で正常分娩を断らなければいけない状況に追い込
まれているということです。
うさぎ林檎さんがおこってらっしゃるのは、こういう事でもあります。
吉村医院の様な無分別なのが減れば、病院で安心して産みたいと
思う妊婦さんが助かるし、そういう状況になれば、ケアも十分できる
ようになり、「病院でのお産は冷たい」などという感想を言う人も減ります。

芙蓉さまへ

芙蓉様 こんにちは

芙蓉様のご意見を拝見し、気になる点がいくつかありました。
例えば虐待に関する認識です。
他の方も書いておられたと思いますが、虐待の要因には経済問題、親自身の健康問題等、様々なものが重なりあって起こります。決して
「母親との関係が希薄だから」などという単純なものではありません。
むしろこういった問題を単純化することにより、余計に社会的な解決が遅れてしまいます。
また、私個人が特に問題だと思うのは、「子どものために良かれと思った」と、親が虐待行為を認識できない事や、子どもへの愛情表現だと信じていたという事によって、虐待が重大化することです。
親はまさか自分が虐待をしているとは、思いもしません。あくまでも「正しい事」と信じて、そして子どもに被害を与えてしまうのです。
ある宗教によっては、特定の治療法を受け入れないというものがあり、たびたび問題になっているのはご存知かと思います。
あれだって、親は自分が愛情豊かだと思い、子どものためと信じて疑わないのでしょう。
けれど子どもはあくまでも一人の人間です。親の愛玩物ではありません。
ましてや親を選んでくるなんて、子どもを馬鹿にした話です。
(では親によって殺される子は、そんな親を選んできたとでもおっしゃるのでしょうか)

子どもに愛情をもっていない人間など、ごく少数でしょう。マスコミが面白おかしく報道することにより、いかにもそういう女性が増えているように感じることもありますが、実際には「子どものため」に行動し、それが時に暴走してしまう人の方が遥かに多いです。

本当に子どもにとって何が大切なのか、是非お考え下さい。
あと、私の住んでいる所は他から見ると自然豊かな土地に思えるようですが、実際には風雨による災害や津波などの被害を常に頭においておかねばならない、自然の怖さを身近に感じるような土地所です。
自然はそんなに人間に優しいものでも、愛情をもつものでもありません。そういう事を考えるほうが、よほど自然を矮小化していると感じます。
自然が優しいなどという言葉は、安全に守られた場所で、文明の力によって快適に暮らせているからこそ、出てくるものです。
洋服を着て風雨を遮る家に住んで電気のある生活をして、パソコンや携帯電話で通信を楽しむ。
これらの生活を営めるのはなぜなのか、「自然の愛」を謳う人は、もう一度考えて下さい。

かとうさんに業務連絡

>うさぎ林檎さんがおこってらっしゃるのは
いや、怒ってませんよ(ネタでなく)。
飲み込んでいる言葉もありますけど、基本的にはただ哀しいだけです。

そんでもって「アニメティ」じゃなくて「アメニティ」…ですからヨロシク(^o^)

吉村医院でお産しました

琴子ちゃんのお母様、はじめまして。
2年ほど前からずっと拝見しています。
娘の名にも「琴」という漢字がつくので勝手に縁を感じていました。

そしてタイトル通り吉村医院でのお産経験者です。
1人目を近くのごくごく普通の産院で産みました。
回旋異常→微弱陣痛→促進剤→吸引分娩→仮死状態となり分娩時間35時間のお産でした。
産まれてからたたかれ、逆さにされ数分後にやっと産声をあげた息子。
黄疸が強く出て転院したものの今は元気いっぱいに走り回っています。

最初のお産がトラウマのように記憶に残ってしまい、もう産めないしお産なんて絶対嫌だと思っていた時に吉村先生の著書に出会い私が求めていたのはコレだ!!次は絶対ここで産みたいとあれほど嫌だと思っていたお産、陣痛をもう1度体験したくて仕方なくなっていました。

ほどなく第2子を授かり、吉村医院に行き、吉村先生とはなし、すっかりとりこになり、迷うことなく通いはじめました。
まわりの友人にも、吉村先生の本を貸し、勧めまくっていました。
妊娠期間も順調に、そしてとても楽しく過ごせ、幸せいっぱい。
お産も前回と同じように、回旋異常から微弱陣痛になり、45時間と長くかかったけれど、母子とも無事なお産になりました。

1人目と同じ回旋異常→微弱陣痛だったのに、今回は促進剤も吸引もなしで、自然に生まれた、これはやっぱり吉村パワー、自然なお産ってやっぱり素晴らしい!!と思い、ますますまわりの人達に勧めまくりました。

そんな時にこちらのブログに出会いました。
最初は自然なお産の素晴らしさを全然分かっていないし、死産の辛さを助産院のせいにしているだけでは?(不快な表現ですみません)
と思いどうやって説得しようか日々考えていました。(おこがましくてすみません)

しかし、他の記事や産科医、助産師さんからのコメントを拝見していくうちになんだかよく分からなくなってきたのです。
読めば読むほど何が正しいのかどんどんわからなくなっていき。
そんな時に3人目を授かりました。
そして迷いが生じました。

「今回も吉村医院に通うのか?」

真っ先にうかんだのがこちらのブログでした。

そして3人目は吉村医院ではなくまた違う市外の産院で産みました。
今回は回旋異常も微弱陣痛もなくあっという間に生まれてきてくれました。

長々と自分のお産話をしてしまいすみません。
書きたいことがありすぎて上手にまとめきれずチグハグな内容になってしまってしまいます。

吉村医院でのお産は素晴らしかったです。
それはあまりにも悲惨に記憶されてしまった1人目のお産と比べたから。なのかもしれませんが、お産が陣痛が楽しくて仕方なかったです。
そう思わせてくれたのは吉村先生の言葉でもあり、助産師さんでもあり。

しかし、今思うと琴子ちゃんのお母様がいわれるように、私はただのミーハーだったのでは?と思います。
自然な、幸せな、満足なお産。
母子共に無事だったから、満足な幸せなお産だった。と言えるけど、万が一の事がおこった時、果たして本当にそう思えるのか。
吉村先生の著書を読み
「分娩台なんて、病院なんて冷たい」
と思っていたけれど、それが赤ちゃんが無事に産まれるために必要ならばと思いはじめ。

吉村先生がよく言ってた「死ぬものは死ぬ」
この言葉に当時は
「そうだよね、死ぬものは死ぬんだからビクビクしてても仕方ない」
とお気楽に考えていました。
しかし、実際それに遭遇したら、そんなお気楽に考えていた自分に対してどんな後悔が襲ってくるのか想像できません。

吉村先生も他の産科医さんも母子ともに無事なお産への願いは一緒なのに何でなんでしょうね。
あまりにも自然に固執しすぎるからなのでしょうか?
吉村先生の主張が全て間違っているとは思えないのですが、どう表現して良いのかも分かりません。
私の中で未だに色々答えが出せずにいます。

ただ私自身、3人目を産む産院に、吉村医院を選ばなかった事が答えなのかもしれないです。
むやみに吉村医院を勧める事もしなくなりました。
自然なお産が美化されている事に危機感を覚えました。
全てこちらのブログを拝見してからです。

2年かかってやっと書けたコメントなのにまとまりのないものになってしまいました。
これからもこちらのブログでお産についてじっくり考えていきたいです。

長々とコメント失礼しました。

No title

ここで引用されているNATROMさんの記事を見てみました。
これ・・・なに??
驚きで・・・言葉にならない。
医療から切り離された「見殺し」的お産の現実を見るのは少数派ですから、そんなことは自分に関係ないと思われる方が大半なのでしょうが・・・。
書いていらっしゃるのはあかちゃんを亡くしたお父さんですよね。ではお母さんはどう思っていらっしゃるんだろう。
私事だけれど私のつれあいも当の助産師に怒りを持っていないのです。「仕方ない事、助産師はがんばった、責めるのはおかしい」と考えているようです。それはそれなのかもしれませんが私の苦しみは根底から認められていないように感じています。
目の前で慌てふためき神に祈るような態度であった「わかりやすい」助産師に理解を示し、苦しみの果てに茫然とするしかなく無表情であった「わかりにくい」私と「どうして放置したの」という言葉を発せられない亡くなったあかちゃんのことは理解の外です。
吉村医師も当の助産師も見殺し状態のあかちゃんを「しかたのない命」と勝手に結論付けているようです。
記事のあまりの衝撃に何が言いたいのかわからない文章になってしまいました。

芙蓉さんへ、3児の母さんへ

芙蓉さんへ
そうですか、妊婦さんでいらっしゃったのですね。
前回の私のコメントの芙蓉さんへの部分は、妊婦さんへとしては厳しい言い方になってしまいましたね。ごめんなさい。

「新生児死亡は数年にひとり」とあっさり書いていらっしゃること自体に、その意味の重さを本当に理解されていらっしゃらないのだと思います。しかも、琴子ちゃんのお母さんあてに書かれるのですから。

産院の規模やハイリスクをうけているかにもよりますが、産科医院レベルでその頻度であれば、何か対応が間違っているのではないかと思います。
でも、統計や数字的なものよりもなによりも、そのひとりの赤ちゃんがどのような状態で亡くなったのか、が問題です。

医療が進んでも助けられない命はある。生まれたからには、病があり、死がある。
助けるすべがありながらそれをしなかったというのは、意味が違います。

赤ちゃんは、生きたかったことでしょう。

3児の母様へ
お一人目の出産がとても大変だったと想像できます。
一度お産をしていると、二人目はだいたい吸引などしなくてもよいことが多くなります。
だから、吸引分娩や促進剤などなくて見守るしかない時代には、一人目の赤ちゃんはたくさんなくなっていたのでしょうね。

一人目の産院の先生は適切な判断をしてくださったのだと思います。
そのこと自体がとてもドラマティックなことなのに、人は、カリスマ的なことや演出に弱いのだと思います。
テレビや書籍でそのような医師や助産師が紹介されると絶対視されやすくなり、「普通の」医師や助産師が一般化されて対比されてしまうところに問題があると思います。
温かい普通の産院もたくさんあり、安全に今日も赤ちゃんが生まれているのですけれどね。

それから琴子ちゃんは「死産」ではなく、生きて生まれたのに亡くなったのです。これは大きな違いです。念のため。

No title

ふぃっしゅさん、琴子ちゃんのお母さん

「心拍があったのに」と書かれていましたね。
死産と勘違いしていました。
すみませんでした。

3児のお母様へ

お子さんが3人いらしゃるということで、楽しく賑やかなご家庭でしょうね。
身近な友人の中にも子どもが3人という人がいますが、「もう毎日が戦いよ」と言いつつ、本当にいい笑顔をされています。

人というのは、というと大げさな表現になるかもしれませんが、ともかく人というのは最初から最後まで迷いなく生きられるものではないと思います。
それぞれに信念や価値観があるわけです。それを揺るがせるような事実を前にすれば、迷いが生じるのは当然です。そしてまた、己を省みた時に、己の価値観が歪であるのではないかと感じた時に、軌道修正するということも、珍しいことではないと思いますよ。

先のコメント欄に書きました通り、私は幼少の頃に田舎という言葉ではとても表現できないような土地で暮らしていた経験があり、そのため十代半ばに町で暮らすようになっても、都会の人は冷たいのだと信じていました。凶悪な犯罪は町の人だけが犯すものであるとさえ考えていた事もあります。
もちろんそれは単なる偏見でして、今考えれば非常に恥ずかしいことですが視野の狭いうちは、そんな偏見でも真実だと信じていたんですね。
それを軌道修正するのは、これまでの自分をも否定することになりますから辛いものがありました。外からみれば、偏見を正すのは社会に生きる者として当然なのですが。
こういった偏見でさえそうなのですから、信念や価値観といったものを揺るがせるようなことがあれば、迷うのも当然だと思います。しかし人として機会があれば自省し、謙虚に他人から学ぶことによって価値観が変わるようなことがあっても、それは恥ずかしいことではないと思うのです。

子どもの頃はハイジやアンが好きだったので、その当時のままであれば、私も吉村医院の言葉に惹かれたかもしれません。いえ、たぶん信者にすらなっていたでしょう(苦笑)。
ですが多くの人の意見を聞き、何が大切なのかを自分の頭で考えることの重要性を知った今となっては、違う考えとなっています。
その頃の私も間違いなく私自身であるのですから、若気の至りとして恥ずかしくはありますが、その上で今の自分があるのだと考えるようにしています。

3児のお母様も、ご自分の経験やその当時の価値観や信念などがおありになった上で、今のあなた様がいらっしゃるのでしょう。3人目のお子さんの出産に対して、単に経験だけに動かされるのではなく、頭で考えて選択されたこと、カッコいいと思いました。

自然というキーワード

連投で失礼します。また自分語りになって申し訳ありませんが、少しお付き合い下さい。
何度か書いておりますように、私は幼少の頃はド田舎で暮らしていました。家には電気だけは通ってましたが、ガスや水道はなく、井戸水や川の水を使ってました。台所だけはプロパンを使えていましたが、風呂は五右衛門風呂で薪で炊くものでした。でも薪割りは楽しくていつも手伝っていたものです。
そして夏場の遊びで大好きだったのは、近くの川にいき、水深2メートル弱のところにもぐり、水面を見上げるというものでした。すると川面を流れる枯葉などが太陽光が屈折しているせいで、宝石のように輝くんです。体が浮き上がらないように川底の石で支えなければいけませんから、そう長くは見ることはでません。それでも夏場は毎日毎日、それを見たいがために川に入ってました。年が高じてもその映像が忘れられないため、宝石類には全く興味が湧きませんでした。さすがに最近はそうでもないですけど。

でも今思えば、あの美しさは錯覚なんですね。もちろん錯覚だとしても美しいものです。でも実際にはそこに宝石はありません。
私が「自然」というキーワードを、まるで愛情の権化のように使う人に対して感じる違和感も、ここにあります。
自然に対して思うところは人それぞれでしょう。また自然の恵みがあってこそ、生物である人間が生きていくことが出来るのも、また事実です。何も自然に対する感謝の念を忘れろとか、そういうことを言うつもりは全くありません。山の木や草、路傍の石にすら霊性を感じるのは人類共通の文化なのかもしれませんし。でも九十九神のように、人工的に作られた道具にも魂がこもっているとも思うんですけどね。

ともかく、文明の恩恵にどっぷりつかっている環境にある人間が、自然自然と連呼することは、どうなんでしょうか。
それは結局、文明が作った擬似的な自然、まがいものの自然もどきと感じられて仕方ありません。

ずいぶん前の話になりますが、ある村の人が台風の際にその人の近くのつり橋を壊すという事件がありました。台風で橋が壊れたように申請し、車両の通行できる橋につけかえてもらいたい、というのが動機でした。これは全国ニュースでも報道されたので、ご存知の方もいらっしゃると思います。
事件自体はとんでもないもので、許されることではありません。しかしもう一つの動機として、『救急車が自宅前までこられるようにして欲しい』というものがありました。その人は橋の手前を駐車場し、自宅は橋を渡った先にありました。周辺には他に道はなく、思いつめた結果だったのでしょう(何度も陳情はされていたようでした)
その村(現在は市町村合併により、村という行政区間ではありませんが)は今でも自然が豊かで人気があります。秘境扱いで、酷道・険道マニアにも人気です。ですが生活環境が整備されていないという面では、こういったリスクもまた存在するんです。
ちなみに数年前にここで交通事故にあった人は、ヘリコプターで搬送されました。

自然が素晴らしいというのもいいでしょう。ですが救急車を呼べば来てもらえるということがいかに恵まれているのか、自分達が快適に生活できることがどれほど恵まれているのか。
医学を含む科学の発達、医療に携わる人々の力がどれほど私達に恩恵を与えてくれているのか、それを忘れないでほしいです。

ちょっと話の流れからずれますが・・・

琴子ちゃんのお母さん、こんばんは
自然な出産=幸せな出産=陣痛中にほったらかしにされない=助産院(もしくは吉村医院)・自宅出産
という図式になりがちなことでちょっと思ったのですが・・・・。

病院や、産科医院での出産で、所謂「幸せな出産」をできるかどうかは、入院や出産した時間帯に左右されるように思います。
と、いうのも、昼間に陣痛が来て入院して夕飯時に出産するのと、夜中に陣痛が来て朝方に出産するのとでは、一人の妊婦さんに関われる人手が格段に違うからです。
たった二人の出産しか経験してないので、断言するのも問題あるとは思いますが、一人目は開業産科医院に罹っていて、自宅で夜中に破水→朝方出産。その時間帯は看護師さん二人体制だったので、まぁ、幸せな出産を追い求める方が使いがちな「放ったらかし」状態。二人目は分娩数がかなり多い総合周産期母子医療センター指定のある病院にて、夕方入院(陣痛で)→夕食時に経膣分娩で出産。それこそスタッフの多い時間帯でしたので、助産師さんもこまめに廻ってきてくれましたし、出産の時には、助産師さん・看護師さんが4人前後集まってくれて、介助してくれ、出産後の満足感は上の子のときよりも大きかった記憶があります。
でも、二人目を産んだ病院も深夜時間帯は助産師さん・看護師さん合わせて二人で病棟を管理していたので、やはり、深夜帯は問題が起きない限りは、昼間ほど陣痛室に回れないのだと思います。
もしかすると、二人目を生んで感じた満足感は「幸せな出産」と追い求める方達とは別のものかもしれません。とは言え、病院(開業産科医院)で深夜帯の入院・出産は、産婦さんにとって不満が残るかもしれません。しかし、今の日本の医療(産科だけに限らず)が置かれている状況を考えると、深夜帯の入院・出産は、介助の受けるてんで産婦さんとご家族に人手が少ない不便を我慢してもらわざるを得ないのだと思います。

No title

つらい体験をされたのはわかりますが、もう少し心を癒されてから文章を公開されてはいかがでしょうか。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

くりずさんへ

こんにちは。

管理人のみでくださったお言葉、嬉しかったです。
有難うございます。
他に術がなかったので、このような伝え方で申し訳ありません。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
また是非、貴重なご意見をお聞かせください。

遅くなってしまいましたが…

久し振りに拝見しましたが、短かい間に多数のコメントが寄せられており驚きました。

ただ、議論がかみ合っていない気がしますが…
すでに新しいエントリーに移行されていますが、混乱を避けるため、ここにコメントします。

>たまさんの残された『しかし家族による医療行為については、グレーゾーンが存在するということで納得いたしました』に今後も消えぬ不信感なるものを感じました。

これは、このブログに寄せられた様々な意見を自分なりに要約しただけで、それ以上の深い意味はありません。
私個人としては臍の緒を切ってみたいとは思いませんし、家族などが臍帯を切ることについて100%違法性がないと思っているわけではありません。
ただ、その行為がグレーであった場合、もし敢えて白黒つけるのであれば「疑わしきは罰せず」の観点から見ればシロになるのではないかと思います(もちろんシロだからそうした行為を積極的に推奨するつもりはありません)。

続きです

個人的に問題だと思っているのは、100%クロ(違法)と断定できるだけの決定的な根拠や司法判断がない以上、いくら個人の提言と謳ったところで、不特定多数が閲覧可能なブログ上において、特定の医院や医師個人の名称などが明確に分かる形で「違法行為」と断罪してしまうのはどうかなと思います。コメントのなかには医師の人格を否定するようなものもありますし、信用毀損や業務妨害に問われないかちょっと心配です。

>グレーゾーンになってしまっているのは、それを商売道具、人寄せパンダの営業にしているからではないかとおもうのです。

これはちょっと疑問に思います。商売道具や営業の材料にしているからグレーゾーンになっているのではなく、単にその行為が様々な法律の観点からみてグレーではないかと判断されているという厳然たる事実があるのみだと思います。

実際に臍帯切断をセールスポイントにしている産院があったとして、その産院での出産を決めた最大の理由に「家族による臍帯切断」を挙げる人ってどのくらいいるのでしょうね?
普通は「評判が良いから」とか「家の近くだから安心」というような理由の方が圧倒的に多いような気がしますが…

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プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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