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2009-12-17

何故、マスコミは助産院や自宅出産を好むのか

先日、TV局のディレクターで報道番組制作経験ありの女性、出産後は番組作りの一線を退いているという方(以下Qさん)からご連絡を頂き、個メールでご意見を伺わせてもらいました。
私としては、TVで扱われる助産院や自宅出産は美化されるばかりだという批判の気持ちが高まるばかり(最近はどうでしょうか、あまりテレビを見られずにいるので、今現在がどうなのかは把握出来ていません)でしたので、ついつい、マスコミ批判が話の中心になってしまいました。
(Qさんのお言葉のままは緑色です)
Qさん自身、助産院や自宅出産が美化され、賞賛されることに問題を感じているということで、少し期待が持てました。
しかし、なかなかそうも簡単には変わらないというか、結局はマスコミにとって助産院や自宅出産は丁度良いネタってことなんですよね…
Qさん、有難うございます。

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活字媒体は取材した話を本人の了承さえあれば書くことができますが、TVの場合、取材対象が顔出しOKかどうかで企画の採否が
大きく左右されることが多いです。
もちろん顔を隠すなどの配慮は出来るのですが、TV局の価値観は 
顔だしOK>顔を隠す>顔も声も隠す 
です。
重大な案件であればもちろん「顔を出さなくてもOK」ですが、取り上げるべきか意見が分かれるような案件なら顔出しなしなら通らない、ということがよくあります。
話している人の顔が見える、というのはそれだけでものすごく説得力を上げることなのです。
なので顔出しOKの人物には取材が集まります。

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時に、ご遺族の方が顔を堂々と出されて、インタビューに答えられている場面があります。

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マスコミはそれをありがたがりますからご遺族を叩きにくくなる。
そして視聴者もごご遺族が顔出しで涙を流されると公の場ではご遺族を批判しづらくなる。
一方医師側は守秘義務もあって本人がTVカメラに向かって直接弁解することもできない。
こういうのが悪循環を招いていると思います。

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あぁなるほどなっておもいました。
そう、医師側には守秘義務があるから、簡単にテレビや新聞等、取材に応じてあれこれと患者さんについて話すことすら許されていないわけですよね。

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助産院がいつも好意的に放送されるのは、助産院の多くが取材に寛容だからというのも大きいです。
助産師は外来に追われている産婦人科医に比べ時間が豊富ですから、インタビューにもじっくり時間を割いてくれる。
それに開業助産師ともなれば自分なりの「思想」を強固に持っているから語りがうまい。(医師は職業柄学問的な説明になりがちです)

お産を間近で見た経験もないようなTV番組スタッフが
出産という「感動的なシーン」を目にしたらその場の感動の渦に巻き込まれてしまい、
「助産院のお産って素晴らしい!」
になってしまうのでしょう。
母子ともに無事であればどんなお産も感動的なのですけれど。
そんな感動の渦の中では助産院でも不幸な転帰を辿る母子がいるかもしれない、という発想にはなかなか辿りつけません。

Y医院がTV局に人気なのも同じ理由ですね。
あそこも院長の個性が強くて語りがうまい。
そして妊婦の薪割りとかスクワットとか「絵になる映像」が撮れる。
そしてお産のシーンを一部始終撮らせてくれる。
大学病院の産科ではこうはいきません。
そもそもトラブルが発生して手術になったら雑菌の塊であるカメラをすぐに手術室に持ち込むことすら許されません。
(予定手術であれば滅菌処理したカメラを手術スタッフに持たせて
撮影してもらうということも可能でしょうがただでさえ医療スタッフ不足の昨今、それを頼むべきかどうかという問題があります)

現在のTV局のシステムの中で助産院や自宅出産等の抱える問題をより公正に取り上げるには適切な医療を受けられなかったという被害者が続出して一般の方の持つ危機感が強まるか、あるいは現状をさらけ出して取材させてくれる(患者側も協力的で守秘義務の問題も全部解決して)大きな病院があれば可能かもしれません。
でもこの医療資源不足の時にマスコミの取材が入ることになればそれが原因で誰かの命を奪いかねない。
(撮影には一定の手間がかかりますから)
だからやっぱり厳しいでしょうね。

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被害者が続出…本当、そこまでならないとマスコミがこちら側を向いてくれないんだろうなぁって想像できちゃうのです。
エコだなんだと言いながら、12月になると民間の家が電飾で飾られることを面白がるマスコミ…期待が出来ないんです。
※そもそも、マスコミが騒ぐエコの在り方にも疑問はありますが…

助産院や自宅出産を取り扱った番組を過去、このブログでも何度か話題にしたことがあると記憶していますが、臍の緒を家族(主に夫)に切らせるのを堂々と流していたり(それも、好意的に)しています。
臍の緒を切るという行為はイベント化されていて、助産院や自宅出産で家族に切らせている数は結構多いのではないでしょうか。
それは違法行為なのに。

マスコミの方の中には問題におもっている方もいるけど、組織として違う考え方が支持されていれば、異論を唱えようにも唱えられないこともあるということでした。
想像や理解は出来なくもないのですが、残念としか言えません。
そして、私たち視聴者側も、やたらと刺激を求めず、真実を知りたいのだということを徹底して伝えていくべきなんでしょうね。
「そういうどうでもいい情報は要らないから!」
というような声を送るべきなんだろうとおもいました。
読まずに…ってこともあるのかもしれませんね。

マスコミにはこれからは徹底して、真実を伝えて欲しいです。
助産院でも自宅でも、実際に母子が亡くなっているわけですから。

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と、ここまでの内容で記事を投稿しようとおもっていたら、さくこさんから下記のコメントを頂きました。
なんというご縁でしょうか、凄いタイミングが合っている!
さくこさん、有難うございます。

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遅れましたが
琴子の母さま
suzanさま

こんにちは
今回の記事を参考に、フジテレビ宛にメールを出しました。kikulogには書きこんでおいたのですが、こちらにお知らせしておくのを失念いたしておりました、すみません

該当の番組はこれです

フジテレビ・どーも☆キニナル!
「出産体験!アンビリバブ- ~特別編 密着40日自宅出産SP」

メールそのものを保存してはいないのですが(怒っていてうっかりしちゃいました……)、だいたいこんなことを書きました。

・出産には必ず三割のリスクがつきまとう(suzanさんの意見をお借りしました、医師の意見、と書きました)
・何かあったときの搬送の問題、医師との関係がまったく触れられていない。助産師では医療行為出来ないことは知っていたか?
・破水した妊婦は、通常なら即入院して、場合によっては抗生物質投与(細菌感染防止のため)という流れだが、すくなくともこの番組では医師に判断をあおぐような場面は一切なかった。私にはとても危ないことのように思えた。
・自宅出産はまだまだ少ない→家族の絆を深める素晴らしいお産なので皆に知ってほしい、という論調だが、件数が少ないのは危険だからだ。赤ちゃんが亡くなったり重体になったり、という実際に起こっている事故については認識しているのか?
・アナウンサーのコメントも絶賛ばかりで、安全性についてはまったく語られていないというのは重大な手落ちではないか。
・産科医療崩壊寸前といわれている今だからこそ、安易な番組作りで何も知らない妊婦さんたちを危険にさらすようなことは厳に慎んでもらいたい。番組のメッセージ欄にも「自宅出産、私もやってみたい」と書いている人がいた。大変に心配だ。

「新週刊フジテレビ批評」宛に出しておきました。自局の番組を検証する番組、ということなので期待したいところですが、取り上げられるかどうかはわかりません。けれど誰かの目には必ず触れますので、まったく意味のないことでもないだろう、と思います。
寄せられたメールをすべて読んでいる、というのを信用すれば、ですが。


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私はさくこさんのお話の番組を見ていないのですが、今でもまだまだこの程度なんですね…
さくこさんの行動力、意義ある行動を見習いたいとおもいます。
こんな番組内容がまだあるなんて、本当に信じられないです…

Qさん、さくこさん、有難うございます。
これからも、どうして美化されているのかを考えていきたいです。

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びっくりしました!

琴子の母さま

こんばんは

あまりのことに、驚いて鳥肌がたっています。キニナル! という番組はいつも観ているわけでもなんでもなく、テレビをつけたのは録画番組を観ようと思ってのことで、本当にまったくの偶然です。
私のやったことなんて本当に微々たることですのに、記事にまでしていただいて大変恐縮しております(汗汗)。

このところの世の中、あまりに腑に落ちないことが多く、日本はこのままで大丈夫か? ともやもやしていたところでした。テレビ局にメールを送ったなんて、人生初めてのことです。自分の行動に驚いています。何かに呼ばれたのかもしれませんね。小さな小さな動きでも、いずれ大きな流れを作るきっかけになるかもしれない、とすこし心が晴れました。今後も声は上げていこうと思います。

琴子の母さまが勇気を持って立ち上げたこのサイト、私の方こそいつも励まされております、ありがとうございます。

No title

マスコミは、伝えたいことがあるから報道するのではなく、
「取材させてもらえるから」報道するわけですね。

取材さえさせてもらえれば、内容がどうであれ
専門的な検証はほとんどしないわけですね。

とてもよくわかりました。

そういう報道機関に勤務している方々のこと、
失礼ながらとても尊敬はできないな、
知り合いにいなくてよかったな、と思います。

もちろん全員がそうではないのでしょうけれど、
基本姿勢、というんですか。
テレビ局としての基本的態度があるなら、
どんな良心的な人間であっても社員として、従うしかないでしょうから。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。
さくこさん、TENさん、直接の働きかけありがとうございます。

90年代半ば頃から、TV局はさかんに医療現場のドキュメンタリーを始めたように記憶しています。(その頃私はテレビを持っていなかったので、観ていませんが)
私の勤務する病棟でも、出産シーンを撮影して放映されました。当時はビデオで自分のお産をとる人がぼちぼちいたくらいだったので、きっと赤ちゃんが生まれるシーンは、一般の人には衝撃的で感動だったのでしょうね。その後何度も、再放送されたようです。
あとは、小児科病棟での闘病生活とか、NICUとか。感動と、「覗き見」的な満足感を与えるのでしょうね。

でも人の感動は、何度か観ているうちに飽きていき、より強い感動を求めます。
新しく感動させるもとして、助産院や自宅分娩に白羽の矢があたったということもあると思います。

ただ、TV局の作成意図は、視聴率を求めるだけの表面的なことではないものもあるのではないでしょうか。

ここからは、私の勝手な憶測です。
助産院や自宅分娩を盛んに放送し始めたのは、話題になりつつあった時代背景もあると思いますが、それに便乗した動きがあったのではないかと。
以前、助産師の会陰切開・縫合の自由化について、現場ではなく経済諮問会議で話し合われていたことへの驚きを書きました。
「助産師だけでお産は大丈夫」「助産院や自宅分娩はいいよ」という流れをつくり、会陰縫合を解禁して助産師だけでお産が完結できるようにすれば、産科医がいない分娩施設を多く作ることは可能です。
助産師で経営能力もある人は少ないでしょうから、「助産院は開きたいけれど、だれか経営してくれたら」という助産師は多いと思います。
そこに、経営ノウハウをもった企業が参入・・・というシナリオがあったのではないでしょうか。
介護と同じです。ワタミとか。
演出を多くして、付加価値をつければ、とても魅力的な市場になることでしょう。世の中、流行には弱いですからね。

ところが、思わぬことから周産期医療の崩壊が始まり、人々は医療の大切さに気づいてきたので、動きはストップせざるを得なくなっている。というところではないかと。

たぶん、番組製作担当者レベルよりももっと上層部は助産院や自宅分娩の危険性も知っている可能性はあるでしょう。けれども、自分で選択した人たちは満足度を重視してしているので、何かあっても簡単には訴えることはしないと踏んでいるのではないでしょうか。
子の場合の満足度とは安全に対することよりも、「自分が大切にされた」「自分の思うようにできた」ということが重視されるのでしょう。
それこそ、たくさん事故が表面化してくれば、またあらたな話題として放映するかもしれませんね。

でも事故が表面化することを待っていてはいけないのです。
助産院や自宅分娩は、医療の場から離れることで安全性が低いことは、真理であり本質的な問題なのです。
安全を高めるためには、産科医・小児科医が必要であり、いつでもすぐに駆けつけられるぐらいの条件でないと難しいことでしょう。
助産院や自宅分娩を持ち上げる世の風潮に、助産師は慎重になる必要があります。

No title

suzanさん

こんばんは

何となく聞き覚えがあったので、検索してみました。元アナウンサーのIさんの息子さんのことですよね? 1996年にドキュメンタリー番組として二話、息子さんがお亡くなりになられた直後の1999年にまた一話放映されたようです。

助産院で産んだのかどうか? というのは検索ではわかりませんでした。彼女の本にならもしかして載っているかもしれませんが……。
胎児の心拍が落ちて、帝王切開すべきだったのをしなかったため、自然分娩にこだわったがため、という説もみかけましたが、真偽のほどはわかりません。
その出産時の映像というのは、実際のものだったんでしょうか? 再現映像、というようなものではなく?

suzanさんの仰るように、故意に真実を隠して、美談に仕立てあげているのだとしたら、とんでもないことですよね。なまじIさんが献身的に世話をし、他の障害児たちのために働いていらっしゃるだけに、まさに「誰も文句をつけようがない」。Iさん自身も元社員なだけに声を上げられなかったのだとすると……酷い話です。考えすぎであればいいのですが。

個々のテレビ局に抗議しても無駄骨なのであれば、かとうさんがkikulogで紹介してくださっているBPO(放送倫理・番組向上機構)などはどうなのでしょうか? このまま無視され続けるようなら、こちらにも言ってみます。とにかく、黙っていてはいけない気がします。グルメやファッションや芸能ネタなどと同列に、出産の問題を扱うなんて言語道断です。主婦をなめるな! と言いたいです。

No title

ゆっぴぃ、そういう経緯で脳機能障害を負ったのですね。

お産の現場、そんな恐ろしい状況、放映されたのですね。
その助産院は自分に落ち度がなかったと思っているから放映を拒否しなかったのでしょうかね。
助産師は、胎児心拍が低下しても、そのまま様子を見るのですか。
心拍の低下が続いても、どうして様子を見続けられるのですか。

自分のお産を再現されたようです。涙が込み上げました。
あの小さなあかちゃんはもうお骨になってしまって、戻ってきません。

No title

suzanさん

何が起こっていたのかという認識がなくても、そんな場面をテレビで放映? 信じられない・・・・・・
Iさんがぜひとも、とお願いしたのでしょうか? それとも……考えれば考えるほど、怒りがこみあげてきます。

息子さんが亡くなったのは1999年で、8歳だったということは、1991年。その頃は、まだ「助産院で出産」というのは今よりずっとまれな話だったような気がします。同じような時期に、豪華な部屋や食事を売り物にした個人産科医が流行りましたが、それと対をなす形で「原点に戻ったお産」みたいなコンセプト(いやな言葉ですね、虫唾がはしります)だったのかもしれないですね。
テレビ局に記録は残っているはずですよね? 確認できる文献というのは、今でも手に入りますか?(彼女の著書でしょうか?)
脳性まひに陥った原因の特定は困難でも、suzanさんのような専門家が見て「おかしい」ということが一目瞭然ならば、助産院や自宅での「医師の監視のないお産」の危険性は主張できるのではないでしょうか。

やはりBPOにもメールを送ってみます。またsuzanさんのコメントをお借りしたり、このブログを紹介することにもなると思いますが、構いませんか?
ただBPOも所詮、仲間内といえばそうなので、ほかにもっと効果的な送り先はないか、考えてみます。思いつくのは国の機関ですとか、少子化担当大臣、各野党のトップなど、ですが、ほかに良さそうなところをご存じの方はご教示ください。文面が上がりましたらここにアップさせていただきます。 
このごろはほとんどメールで送付でき、多くは個人情報もほとんど入れなくて済むのでありがたいです。Iさんの件の時代には中々一般人には難しかったアプローチも、ネットが可能にしてくれるかもしれません。

No title

図書館でタイトルだけ見たことがあったのですが、お産の状況も放映されたのですか。

そんなに緊迫した状況で、しかもお子さんが障害を負った経過であるのに放送した理由は何だったのでしょうか?
haccaさんが書かれているように、その産院側も放映を承諾したことも理解できませんね。
製作者側も、産院側も、事の重大性が認識できていず、ただ何か感動を売り物にしたかったのでしょうか。
その映像なら、一歩違えば、医療訴訟の題材にも成り得る状況ですね。
放送する側のダブルスタンダードが、見えてくるようです。

その時の映像を、お産の安全性に必要なことは何かという問題点がわかるように放送してくれたら、世の中にもっと役にたっていたのではないかと思います。


ところでsuzan先生、その心拍低下は当然ドップラーの音だけですよね。CTGではないのですよね。

No title

suzan先生、お返事ありがとうございました。


ドキュメンタリーの報道をお仕事にされている方の真摯な想いが伝わってくる写真や文章もあります。
でもたくさんあるドキュメンタリーの、ごくごく一部のように思います。

私が某国にいた頃、そこは内戦状態でしたが、ビデオ製作のために日本人が来ていました。過去に公害をテーマにした作品が何かで受賞したことを誇っていました。
内戦状態では、村を廻るときにも状況を良く知る地元の人を介してでないと大変危険です。
何より危険なのは、外国人を案内したということで、その地元の方がスパイ容疑で逮捕されたり、サルベージといって事故に見せかけて殺されたりすることでした。
でも、そのカメラマンは衝撃的な映像を撮ることしか頭になかったようで、その人と口論したことがあります。

戦場で写真やビデオを撮るときに、「目の前で傷ついたり死んでいく人を助けることではなく、写真を撮ること、伝えることが使命である」事への葛藤よりも、自分の虚栄心の方が勝ってしまう人もいることを知りました。

横にずれてしまいましたが、映像から本質を伝えることの難しさを感じます。

No title

こんにちは

さきほど、フジテレビ「どーも☆キニナル!」のHPを見直しましたら、例の番組紹介の末尾に「自宅出産の介助を行った助産所」と「自宅出産の診断および検査を行った医療機関」の名前と住所が追加されていました。

まさにとってつけたような……これで免罪符になるとでも思っているのでしょうか? kikulogにも報告しておきましたが、TENさんや私のメールの趣旨を理解しているとは思えません。

「ゆっぴぃ」の例のようなことをやらかすようなテレビ局ならば、これくらい普通のことなんでしょうかね? とにかく、まったく反省していないということだけは、わかりました。過去の事例から何も学んでいないことも。いろいろネットを検索してわかったことは、「ゆっぴぃ」の時点から、医師の監視のない出産を疑問視する声は結構あった、ということです。なのに何も変わらなかった。

BPOには必ずメールするつもりでいます。けれど、何ら強制力のある機関ではないようなので、あまり期待はしていません。
国の機関(厚生労働省あたりでしょうか?)にも、何とか年内に出したいところです。

No title

さくこさん、suzanさん、ふぃっしゅさん、TENさん(改名のご報告、有難うございます)、haccaさん、こんにちは。
さくこさん、TENさんの要望に対し、局が大きな過ちにに気が付いてくれるといいのですが、正直、厚労省も私の出した質問書に何ヶ月も経った今でも無視状態、助産師会も似たようなことが多く、命が粗末に扱われていると感じることがまたか…という感想でもあります。
でも、このままでいいわけがないですよね。
BPO他、働きかけるべきことが明確にありますから、私もこれからはもっと行動的になりたいとおもいます。
なるべく近いうちに、連絡をとってみたい団体があったりするので、ブログで記事にして皆さんにご相談します。
さくこさん、当ブログをそのようにご活用いただくことになんの問題もありません、当ブログで宜しければ、どうぞどうぞです。

suzanさんの
>いつかこの話をして、琴母さんをはじめみなさまのご意見を聞きたいと、ずっと思っていました。

>「ゆっぴぃ」と言えばご存じの方も多いと思います。
>フジテレビで、助産院でのお産のビデオを流していました。
>ゆっぴぃの成長物語の一部として、だったと記憶していますが。
---
を読んで、私はゆっぴぃを知っていましたが、詳しくは知らないのだというのが正しいです。
母子の写真を記憶に残しています。
障害を持つ子としての感想くらいで、亡くなったのも知っていましたが、助産院で出産されていたっていうのは知らなかったのです。
多分、テレビで放映されているのを見た記憶がないので、週刊誌とかで読んだとか、その程度です。

琴子の裁判が終わったときに、共同通信を通じて、日本中の地方紙にまで、『生後2時間の命』とかっていう扱いで小さな記事にされていました。
しかし、助産院の抱えるリスクという扱いは残念ですが、ありませんでした。
記者の方からの取材に答えたのは私でしたので、私がもっとそこを強く主張すればよかったのですが、そんな体験が初めてで、取材というのも短く、私から一言得られればそれで十分というような内容でした。
『お子さんが戸籍に載せられることについて』
というような趣旨だったとおもいます、それについて『家族として認められたようで嬉しい』と答えたのが扱われたのですが、実際にもっと何か答えていたかというと、それだけだったのです。

裁判で知ったのは、テレビ等に慣れた方が助言されている方は取材にも最初から上手に答えています。
私の場合、提訴した後から、『最初に記者会見をするべきでしたね』と言って下さる方がいて、きっとその方に最初から助言をお願いしていれば、もっとこちらの伝えたいこと、訴えたいことが明確に出来たのだろうとおもいます。

ゆっぴぃの場合も、そう考えると、ゆっぴぃの親御さんは助産院の抱えるリスクの問題は伝えたいことに入っていなかったのだろうと勝手に推測します。
きっと、テレビ等に慣れた方たちですから、絵になることも全て心得ていらっしゃったのではないかとおもいます、ですから美談として、人の心に残ることが出来たのではないでしょうか。
事実、私だけではなく、『助産院で産んでいたのか』とsuzanさんのご意見で知った方が多いのではないでしょうか。
また、suzanさんと同じ番組を見ていた方は知っていたでしょうが、心拍が低下してきていることとかまでは一般の視聴者には分からないですよね。

どうしてそうなったのかが何故か私たちには薄められている-不思議ですね。
ゆっぴぃの公式HPも見ましたが、いきなり病院での写真…肝心なこと、話が隠されているように感じました。

マスコミが何を求めているのかを知れば知るほど、私たちのためになることはあまりないのだと投げやりな気持ちになってしまいますね。
正義感を忘れずにいる方(今回のQさんも、いつかチャンスをみてとおもわれています)も中にはいらっしゃるようですが、権力を持つ方は【視聴率をとる】方らしく…残念です。

お産をイベント化しているのはテレビだけではないですね、ライター業の方にも問題を多く感じまています。
つい昨日までは助産院万歳だったのに、産科崩壊と聞いたら急に『病院の先生達の苦労』を売り物にしようとしている方もいます。
結局、お金になればいいのか、自分が有名になれればいいのだろうとしか私には感想が残らない。

新聞記者のドラマだったとおもいます、記者の方が出会った女性はお産で子どもを亡くしているのですが、それが“白い錠剤を渡され、飲んだら…”と悔やんでいる母親なのです。
あれは凄く印象強かったです。
“病院でのお産はこういうものだ”という印象が残ったのを記憶しています。
気付かないうちに、どんどんと影響を受けています。

suzanさんのように、『そのお産がもし病院で進行していたら、 ゆっぴぃの脳機能損傷は、そんなにひどくなっていなかったかも知れない、と 私は思います』という意見や想い(親からしたら悔いです)が社会全体の意識・知識となってくれればと願うばかりです。

No title

こういった「分かりやすく」「白黒二分法で語る」とメディアの問題を取り上げた本として松永和紀さんというジャーナリストが書かれた『メディア・バイアス』があります。「~が効く!」という話や、その逆に「~が危ない!」といった扇情的なキャッチコピーが多様されるメディアの問題点とともに、そういったセンセーショナルな内容に振り回される視聴者への提言が書かれています。
メディアの影響力を考えると、その責任は非常に重いです。彼らは、視聴者はなんでもいいから感動できる物語を求めているだろうから提供しているだけと、考えているのかもしれません。自宅出産を取り上げるのも、『感動』をキーワードに物語を作りやすいからなんでしょう。
ですが視聴者側読者側が望むのは正しい情報であって、感動する物語ではないということを訴えていかなければならないのかもしれないですね。
そういう意味でさくこさんの行動力は見習いたいです。私も以前地元ローカル局で妊娠中の生活で誤った意見があったので、テレビ局に質問したのですが、なんの答えも返ってきませんでした。それでも意見を述べていくことが大切だと思います。

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No title

視聴者、一般大衆は
本当に「正しい情報」を求めているのでしょうか?
医療者の集まるコミュで、患者さんがわからの質問に答えたりしていますが、
正しい答えをlコメントしても
言い方が悪い、と逆に非難されてしまうことも少なくありません。
医学的な真実は、冷たいものです。
文字だけのネットではなおさら冷たくひびくでしょう。
人間同士が顔をつきあわせる場合に限り、
その場の雰囲気、顔つきやしぐさや言葉のはしはしに
同情や励ましをこめることができると思いますので、
テレビなどのメディアでも、場合によっては必要以上に
「同情的」というか、感情的な表現をしないと
見ている人間には「冷たい番組だ」といわれてしまうのではないでしょうか?

がんばったね、よかったね、やっぱりいいね。
真実はとにかく、結果がいいときはそういってほしいだけでは?
あなたが悪いんじゃないよ、気の毒にね、災難だったね、
何が原因だったかはともかく、結果が悪かったらそういってほしいだけでは?

この世の全員が、とは言いません。
でも、本当に真実を知りたいのでなく
ただほめてほしいだけ、ただ慰めてほしいだけ、の人間は
とても多いような気がします。

No title

>suzanさん
>視聴者、一般大衆は
本当に「正しい情報」を求めているのでしょうか?

視聴者が望むのが「正しい情報」か「お手軽な感動か」と問われれば、残念ながら後者であると思います。先の私のコメントでは文章が散漫になるかもしれないのでメディア側に絞って書きましたが、実際にメディアを動かすのも情報の受け手側ですし、その意味では視聴者も同罪です。

物事の本質を見ずに、表面上の居心地の良さや感動場面をありがたがる人、「優しい」「感動する」「温かい」というキーワードが一人歩きし、それ以外を排除する人、そういった人は確かに多い印象です。そういう人達は正しい情報を提供したとしても、耳をふさぎ、より「優しいもの」になびいていくでしょう。それでもメディアには、感動したがり屋達に迎合するのではなく、情報発信側としての責任を重く受け止めて欲しいと思います。
もちろん、それ以上に受け手側も「大切な情報とは何か」をもっと学んでいく必要があるでしょう。

ただ、そのためにどうすればいいのかという問題については、こちらのブログやさくこさんのような活動をしていく他、答えが見つからないのが本当のところです。私は別分野(とも言い切れませんが)で「正しい情報を見極めましょう」という内容の啓発活動のお手伝いをしていますが、「都合のいい情報」しか受け付けてくれないという人に対してはどうすればいいのか、迷いっぱなしです。

No title

先般のNHKラジオ深夜便に代替医療を勧めている(自称)癌コーディネーターが出演した件では、NHKと同時にBPOにも同様のメールをしましたが取り上げられませんでした(これは「視聴者の意見」で確認)。BPOは人権問題や放送の政治的偏向を主に扱う場所なので、一般視聴者がBPOを動かす(無視できないようにする)ためには、抗議が相当数に上らない限り難しそうです。
本当に、本当にこんな現実は嫌なのですが、もっと死体が積み上がるか著名人に被害者が出ない限り、このままでは公的機関の対応は望み薄なのだと思います。

今出しました

琴子の母さま
みなさま
こんばんは

BPOにメール出しました。最初、500文字までというのを知らずにだらだら書いてしまったので削るのに苦労しました。この文字数だと言いたいことの半分も語れませんが、とにかく現状では自宅出産はリスクが高すぎる、安易に取り上げるべきではない、ということを主張しておきました。suzanさんの言葉と、kikulogでふぃっしゅさんが上げてくださった搬送数のデータも付加しました。どちらに書きこむか迷ったのですが、とりいそぎここで御礼申し上げます。

アリどころかノミなみの微力ではありますが、今後もいろいろ監視は続けようと思います。素早く反応し、かつしつこく食い下がるオバチャンを目指します。

よろしくお願いします

こちららのブログに辿り着き、最初から読ませて頂きました。
妊娠すれば無事出産するまのと安易に思っていましたが、こんな悲しい出来事がたくさんあることに驚きました。

先日人気のあるブログを探していて、大変面白く読ませて頂いていたのですが…。
40代の高齢出産にも関わらず(第4子)自宅出産をするそうで、それに賛同や憧憬のコメントがたくさんあり怖くなりました。
この方は医療従事者(おそらく看護師)で、ブログも度々上位にランクインされており、自宅出産が無事に終えられブログに書かれれば、高齢出産でも自宅出産出来る!と追従される方が出てくるのではないかと容易に懸念されるほど、影響力がある方のように思えます。

看護師が自宅出産を称賛し、高齢出産でも問題なかったよと、楽しく推奨されたら素人よりは、はるかに説得力があると思います。
ハイリスクである出産を受けた助産師が疑問視もされないと思います。

安易な自宅出産の称賛をされないよう何かメッセージを送ってみようかと思いましたが、出来れば琴子ママやこのブログに訪問される方の方が説得力があるかもと、代わりにお願いのために書き込ませて頂きました。
アメブロ『長男家族と同居した姑ブログ』です。
よろしくお願いいたします。

取り急ぎ…

皆さんからのご意見を拝読しておりますが、今日はまとまった時間がないため、管理人のみで届いているご意見だけ、紹介します。

---
現テーマの中で取り上げられております「ゆっぴい」君のことですが、彼が出生された施設は開業産婦人科医と記憶しております。
記憶も曖昧で、どういういきさつから誘発分娩になったかはさだかではないのですが、ラミナリアによる子宮頚管拡張の処置の後に陣痛促進剤の投与となり、いわゆる陣痛促進剤による事故?からのゆっぴい君とそのご家族にとって、楽しいこともあったとは思いますがやはりつらい道のりを辿られた結果となったのを、かつて書物で目にしたことがあります。
 ですので、事実が違いますことがあり、琴子母さんからお知らせいただければと思った次第です。
 現在、私が恐れておりますのが、このゆっぴい君のお産が助産院でなされていたこととして、この琴子母さんのブログから発信されたことが、助産師会の方から、事実と異なることをブログから発信されたと受け止められ、悪意のある捉え方をされ、琴子母さんが発言される機会を阻害されてしまわれないかということです。
 ゆっぴい君のお産について、当方もしっかりした根拠を示す書物を手元に所持していないことに申しわけなくは思いますが・・。
しかし、間違いなくゆっぴい君は、医療施設(開業産科医施設)の中で生を受けられたのです。
---
お知らせ、有難うございます。

助産院での出産だったのか、私も言葉を変えたりして検索してみましたが、確認できませんでした。
書物が出ているようなので、私も機会があったら読んでみたいとおもいます。

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管理人のみ閲覧のmさんへ

こんにちは。
管理人のみでご意見くださり、有難うございます。
お返事の術が他にないので、この場で致します。

> 「安易に助産院を選ぶから、ほら、こんな目にあったのよ!」
> そんな声が聞こえてしまったのはなぜでしょうか。
---
それは少し、耳がおかしいのではないでしょうか。
私にはそんな声は聞こえてきません。
むしろ、助産師であるmさんが偏った立場で、当ブログに対して先にそういう意見を言う人たちだという先入観をお持ちだからなのではないでしょうか。

残念なことに、実際に安易に助産院を選んでいる方は多く存在していて、代表を私にして頂いて結構でして、その問題を考えているブログではありますが、皆さんのご意見を読んでいても、mさんの受け止め方には問題を考えるというより、叩きどころを探しているという気がしてしまいました。
また、その安易な選択に対して、正しい指導をしていないのではないかという疑問も付け加えさせてください(ご指摘の内容とは無関係)。

> 例え最初の選択を間違えたのだとしても、苦しんで、その後一生懸命に生きているお母さんなのに。ご家族なのに。
---
是非、日本助産師会に助産師として、この意見を伝えてください。
私はmさんが庇われている立場としては全く同じで、でも扱いは日本社会の医療問題を見渡してみても、結構酷い扱いを受けています。
こちらの疑問への対応、質問書に対しての回答がない等、それこそ、『自分で好きで選んだのでしょ!』と、当時の県の支部長にそう言われました。
問題を一緒に考えてくれる時間の中で、批判がある程度なら全くマシです。
また、当ブログに今回ご意見くださった方はそういうことは仰っていませんね、もしも助産院でのことだとしたら、何故それをもっと問題提議にしないのだ?ということです。
更にいえば、お産の進行具合によって、子供に障害が残ってしまうということを私たちが自覚するべきだという意味も含めているとおもいます。
この段階で個人的な批判だというような解釈をされるのは、私としては非常に残念です。

マスコミの匙加減一つで私たちの知識は大きく変わってしまうということを知ることを、私は無意味には全く感じません。
自分が何から影響を受けているのか、情報にブレがあると知ったとき、なるべくバランスを正そうという訓練は常にしないといけないのだと痛感します。

また是非、貴重なご意見をお聞かせください。
宜しくお願いいたします。

NHKウェルかめ

はじめまして、
以前からロムさせてもらっていました.
ゆっぴぃやどーも気になるの件ではありませんが、
どうしてもお知らせしたくてコメントしております。
NHKの朝ドラ ウェルかめで、今週自宅出産のシーンが放送されています。正確には主人公の友達が主人公の実家で生むので「自宅」ではありませんが、同意義なので・・・。

車で1時間離れた産婦人科がかかりつけなんですが、
自宅出産を行いたいドラマ都合なのか、道路が土砂崩れで、別の迂回路を行っても倍時間がかかるから・・・というへんな流れでした。
まず、私は2時間かかってもかかりつけへ行くべきでは?まだ陣痛の間隔あるし・・・。と、ここで納得がいかず。
確かに2時間は遠いな、仕方ないことにしようと見続けていたら、昼間に陣痛が始まって、外が暗くなってもまだ生まれてません。
十分、迂回路でも間に合ったのに・・・。
つぎに、同じ町の病院の婦長さんが助産師の資格があるとかで立会い&その病院の娘で研修医である主人公の友人もつきそうことになります。
ここでも、産科ではなくても、同じ町の病院で生んだ方が安全なのでは?とまた納得できず。
また、今日の放送シーンでは、胎児が旋回異常でしたが、助産師が母親の体位をかえて元に戻し・・・、そんなんで簡単に戻るの????
旋回異常がわかったとき、友人の研修医が「吸引分娩、陣痛促進剤の準備をしにいく」と言ったら、助産師が「まだ大丈夫、ちゃんと生む力が備わってるんだから」・・・・・・
もちろん、まだ切迫した状況ではないのかもしれませんが、準備をしておくことまで否定????
赤ちゃんの心音を聞くのも、普通の聴診器のみ・・・・。
その他、腹立たしいことばかりでした。
私は非医療従事者なので、詳しくはわかりません。
指摘が間違っているかもしれません。
でも、明らかにこのドラマはお産・医療というものを軽く見てると感じました。
このドラマをみて、自宅出産って良さそう、私にもできそうと思う人が増えるのではと心配しております。
ほんと、マスコミは助産院や、自宅出産が好きなんですね。
無事にうまれることが、一番大切なことなのに・・・。

これは、ドラマであり、こんなことにケチをつけても・・・と思う人もたくさんいるかもしれません。
また、琴子の母さんをはじめ実際に悲しい経験をされた方のことを思えば、ドラマの中の出来事はたいしたことではないとも思います。
でも、たとえドラマであっても、一方的な偏った情報のみを放送するNHKには失望しています。

調べました

こんにちは

「ゆっぴぃ」についてお知らせいただいた方、ありがとうございました。
図書館で急いで調べてみました。

「わらってよ、ゆっぴぃ」、時間がなく貸し出しカードももっていなかったので最初の方だけざっと見ただけですが、とりいそぎお知らせします(場所はわかったのであとで借りてきます)。
確かに産婦人科病院での出産でした。立ち会い出産だったので、旦那さんがホームビデオを回していらしたようです。その病院が小児科併設だったかどうかまではわかりませんでしたが、仮死状態だったお子さんは旦那さんが付き添ってNICUのある大きな病院に搬送されました。
妊婦検診もちゃんと受けていて特に異常はなく、出産も、陣痛促進剤をつかってはいましたが、それと「子どもが仮死状態」との因果関係はよくわかりませんでした。
ただ、
「(搬送中の)道が混んでいて、なかなか進めなかった。並んでいる車を蹴散らしたい気持ちだった」
という旦那さんの言葉で、本当に一刻を争う状態だったことがわかります。

BPOへのメールにも一部ゆっぴぃの件を入れてしまったので、この点だけ誤解していた旨伝えます。ただ言い訳するようですが、「ゆっぴぃ」の件は「お産の怖さ」を充分伝えうる例だとは思います。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

「ゆっぴぃ」君の本、探してみたのですが手に入らなかったのでどこでどのような状況の出産だったのかわかりませんが、suzan先生のコメントにあるように「心拍低下」「仮死で娩出」と脳機能障害についての関係について、問題の本質は何だったのかとらえないままで良いのかということだと思います。

陣痛促進で産科医院での分娩であれば、帝王切開の判断の遅れが当然問われることになります。
けれどもそのような批判の方向になっていない様子をみると、うわさにあるように「本人が経膣分娩にこだわった」のでしょうか。このあたりの真相はわからないし、ご本人を責めるようなことはしたくないのでその点は脇へ置き、その映像が訴えているものは「お産の安全とは」という1点でしかないでしょう。

製作担当者は「出産の感動」をテーマにすることしか考えていないのだと思います。
でも実際に、分娩の場面を撮られる側にしたら、結果が良いものになるか最悪のことになるかわからない状況で、本当に気を使います。
私が勤務していた病院での取材では無事だったから良かったけれど、仮死で生まれたり、産婦さんが大出血とか起こしたら、どうするつもりだったのでしょうか?
まぁ、そのためにちゃんと二人の妊婦さんに承諾を取って、二人のお産を撮影していました。今、考えると、放送されなかった産婦さんには大変失礼なことだったと思います。いざという時のための、スペアーにしかなかったわけですからね。


lalaさんのお話、ドラマにしても本当にひどいですね。
NHKは自宅分娩が好きですよね。以前も、そんなドラマがあったような気がします。テレビをほとんど観ないのですが。
自宅分娩の「カリスマ助産師」の放送の時にも、車で1時間ぐらいかかる産婦さんを請け負っていたことが、ここでも批判されていました。しかも、初産婦さんなのに、急速に進行していました。
そんな時に、胎盤早期剥離の可能性もあるし、心拍が急激に下がることもあります。
自宅に助産師が到着するまでに、何かあったら?という不安を持たないのでしょうか、カリスマと言われる方たちは。

何度も書きますが、助産院・自宅分娩がどのような点で優れているのか、安全性も本当に確保されているのか、問題点はないのか、実際の事故や症例はどのように分析されているのか、それはきちんと公正中立な立場で報告され、公開されているのか。
それによって「助産院や自宅分娩も、医療機関での出産とリスクは変わらず、母子にとって大変良い出産場所である」という根拠が明確にされない限り、通常の周産期関係者は妊産婦さんに大丈夫ですよとは勧められません。

ここでの議論を「助産院・自宅分娩への批判」と受け止める助産師の方、「助産雑誌 11月号」を読んでみてください。
助産師会の安全対策室長のインタビューが出ています。「事故や転送、ヒヤリハットも含めて、とにかく全部の事例を安全対策委員会に報告してもらうことをめざしました。3,4年前からは「転院・異常報告書」という形で各助産所からの報告をほぼ義務化して、回収率も年々上がっています。」
つまり、全国の助産院での事故などの全体像を把握するシステムができ始めて、まだ3,4年しかたっていないのです。しかも、「回収率は年々上がっている」というのが、何%かわかりませんが、リスクマネージメントに関する意識は、とても遅れていると思います。
現状さえ把握できていないのに、「助産院や自宅分娩は安全です」とは、とても妊産婦さんには言えません。
現状把握のシステムができたら、次の課題は「分析」の透明性でしょう。琴子ちゃんのこと、haccaさんの赤ちゃん、K2レメディでなくなった赤ちゃん、どのように問題点をとらえて改善していくのか。その対応のしかたによっては、助産師職そのものへの信頼も失墜させることでしょう。

だから誰も見なくなる

琴子ちゃんのお母さん、みなさん、こんにちは。

私はケーブルTVを変えてからニュース以外の地上波をほとんど見ないのですが、朝ドラは時計代わりについているので見てました。

主人公と親友(妊婦)がちょっとケンカ中→妊婦さん産気づく→lalaさんご紹介の事情で病院に行かない(どう見ても行けないじゃない、電車も使えないの?)→主人公の家で出産する(近くに実家も嫁ぎ先もあるのに)ので登場人物がみんなお産に立ち会っても不自然じゃない(セットもいつものでよし)→胎児が旋回異常とか助産師の資格を持った年配の看護師さんが言い出して危機感を煽る→幼なじみの女医さんは経験が浅いので動揺していて、やたらと看護師(助産師)さんに指図される(産科が専門でないとは謂えなんとも医師を馬鹿にした演出)→母親の体位変換でなんかよくわかんないけど正常になった→いよいよ生まれそう→続く。

こんな感じでした。この間、画面に映る医療器具は聴診器だけ、周りには普通の格好のままの人がたくさん……このまま産むの?
女医さんの祖父でこの地域の開業医の先生がした指示は、「生まれた赤ちゃん用の湯たんぽ」
妊婦さんはやたらぐったりしてるし着替えもしないし、不自然きわまりない。脚本家や制作者にとって妊娠・出産は「感動」の記号でしかないんでしょうね。

mです。

非公開コメントにしてしまったあと、なんだかコソコソしているようで卑怯な気がしてきてしまい、改めて公開コメントに変更しようと「編集」ボタンを押したのですが、何故か反応してくれず、結局公開することもできませんでした。

お返事いただき、ありがとうございました。

確かに、私の耳がおかしいのかもしれません。
それは私が“助産師”側にいるからなのでしょうか。私が間違った“助産師”だからなのでしょうか。

自戒の意味も込め、改めて、記事及びコメントを何度も読み返しております。
その状態で、すみません、まだこうしてコメントをすべきではないのかもしれないと思いつつ、以下についてのみ、現時点で助産師会側にいる人間のひとりとして、書かせていただきます。

●年明け早々、助産師会主催で、助産師のリスクマネジメントに関する研修会が行われます。関東開催の為、物理的に私は参加ができません。ここで取り上げられているような事例が、ひとつでも挙がってくれるのかどうか、非常に気になってはいるのですが。

●助産師会には、メーリングリスト(会員の自由登録制)が存在します。読む限り、メールを流すのは開業(分娩業務含む)の方が多いようです。本部関係者もコメントを出される事が少なくありません。各支部長クラスも同様です。ここで、一石を投じてみたらどのような反応が帰ってくるだろうかとここのところずっと考えています。ただ、どう問題提起すべきか(私自身がこのような状態ですので)、というところで踏みとどまってしまっております。情けない事とわかっていながら。
ふぃっしゅさんのようにしっかりと意見できれば、すぐにでも行動できるのに、申し訳ありません。

先日偶然『プルミエール 私たちの出産』という映画を観ました。といっても、本当にたまたま、だったのでラスト20分程度しか観る事ができませんでした。フランス人監督によるドキュメンタリー映画ですが、かなりナチュラルバースに傾倒しているように感じられました。映画になってしまっているわけですから、かなりな数の女性が、この映画を観ているはずです。日本に限らず、世界もそういう流れにあるのかと(日本以外の国で臍帯切断を夫が行っている映像もありました)驚きました。


※スレッドの話題とずれてしまい、申し訳ありません。
お目汚しでしたら、削除いただいても結構です。本当にすみません。

No title

こんにちは。
lalaさん、はじめまして。
これからもどうぞ宜しくお願いします。

NHKの朝の連ドラは日々に接点がなかった為、皆さんのご意見で知りました…もう嫌になります。
指導者は以前の『さくら』のときと同じ方たちなのでしょうか…
本当、NHKには偏りの激しさを感じます。
また、その内容のお粗末ぶりにも呆れるばかりです(実際のは見ていませんが、皆さんの解説で十分に伝わりました、有難うございます)。
特に、女医さんを“無能な存在に仕立てる”という感じが本当に
「それこそが洗脳なんだよ!」
っておもっちゃいました。
なんか、NHKはブレーキがきかない感じがしますね。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

そして、meihuaさん、こんにちは。meihuaさんの非公開のメールの内容がわからないので、もし間違った解釈をしてしまったらごめんなさい。

私にもmeihuaさんの葛藤のようなもの、よくわかっているつもりです。
また、助産師が「自然なお産」「家庭的なお産」を是として、それを求めたい気持ちもわかっているつもりです。なぜなら、自分もまさに、そのような方向に向いていた時期があったからです。
私が助産師になった頃は、出産に関係する出版物や集会はほとんどそのようなものばかりでした。

「待つお産」「会陰切開を入れないお産」「ドゥラ役として女性に寄り添う助産師」「医療介入の少ないお産」「昔の産婆さんのように妊娠中から関わった助産師が、家庭的な中で出産に立ち会う」などなど。
聞けば聞くほど、病院で働いている自分とは全く違うではないか。助産師の理想とはかけ離れているのではないかと、煮え切らない思いで仕事をしていました。
分娩介助をして吸引分娩になったりすると、必要だから吸引分娩になったとわかっていても、「自分の介助がいけなかったのではないか。吸引分娩に『なってしまった』」と、不満足感だけが残りました。
会陰切開、吸引分娩、微弱陣痛時の促進剤使用など、医療介入が必要な状況になるたびに、「自然にできなかった」という敗北感のようなものを感じていたのです。

当のお母さんが「無事に生まれてよかった!」と喜んでいても、介助した私の心の中は「理想のお産」からは程遠い状況に、もしかすると、本当はお母さんと一緒に心から喜びを共有していなかったといえるでしょう。

さまざまな経験をするうちに、「待つこと」で有効な場合と危険な場合があることも判断できるようになってきました。会陰切開を入れた方が良い場合があることも、吸引分娩のタイミングをのがさずにすることが赤ちゃんにとってとても大切であることも、「待つ」だけでは母体の疲労を増強させるだけなので促進剤が有効な場合もあることも、だいぶ見極められるようになりました。

妊娠・出産ともに順調にいかない方もいらっしゃいます。切迫流早産や、さまざまな合併症を抱えながら出産を迎える方、分娩時の突発的な異常や医療介入が必要な方、胎児・新生児も積極的に医療介入が必要な場合があります。
ハイリスクの母子への心身のケアーを通して、適切に治療へつなげるタイミングの判断ができるようになったり、ちょっとした一言でお母さんたちの気持ちに寄り添えたり・・・そうした基本的な看護の中に、助産師としてのキャリアが生かされ、充実感ももてるようになりました。

たとえば吸引分娩や帝王切開になる時にも、お母さんたちが「自然に産めなかった」なんて思わなくなるように気持ちを喜びに向けていけるような関わりにも、今は私自身が充実感もあり、赤ちゃんがうまれればこころからうれしいと思えるようになりました。
介助している人が「自然なお産ではなかった」なんて心の中で思っていれば、お母さん達にもつたわりますよね、こころから喜んでいないことが・・・。

「自然な」経過では怖いこともたくさんあること、産科・小児科の先生がすぐに対応してくださって助かった母子もたくさんいること。こんなあたりまえのこと、教科書できちんと習っていたことを長い回り道をしてたどり着きました。
「理想のお産」のようなイメージに振り回されていた自分に気づき、目がさめた感じです。

kiklogの「助産師とホメオパシーのエントリーで、うさぎ林檎さんが、「助産師の自立」とは何か、問われていました。
産科医や医療から距離をおいて、お産の経過を自分たちで見ることができることを「自立」ととらえている風潮です。
でもそれは単に、物理的(距離上)な「独立」にしか過ぎないと思います。
産科医が介入しなくても無事に終わるお産はもちろんあります。でも、そのためだけに助産師は必要なのでしょうか?
ハイリスクや異常な経過になった母子にも、適切な看護や助産ができること、今の時代には助産師はそこまで求められていると思います。
ローリスクの産婦さんを「じぶんらしいお産」「満足なお産」で介助できることが助産師の仕事のように、助産師の職能団体(看護協会、助産師会ともに)が導いていること事態が誤りだと思うのです。
そのようなお産は、お産のなかのごく一部にすぎないのです。
院内助産でローリスク限定で、産科医の介入なしに介助したら助産師として自立しているというのでしょうか?

助産師の自立とは、現在の周産期医療のレベルに応じた医療介入のタイミングや必要性を理解できていることが基本です。
手を出しすぎることも、手を出さなすぎることも、どちらもこだわっていては危険なことがあります。
助産師の自立とは、どのような状況にある母子にも適切な関わりができるようになることです。
出産がどこでどのように行われても、母子が安全に、満足感の得られるような関わりができることです。

大半の勤務助産師は、そういう意味で自立していると思います。
でも、いつもどこかに「理想のお産」のイメージ、マスコミや出版物などで広められる助産師像にコンプレックスを感じさせられてきたのではないかと思います。

助産師の皆さん、目を覚ましましょうよ。
産科医のいないことろで出産介助することができるのは、自立でもなんでもないのですよ。
出産のごく一部は、産科医が介入しなくてもお産は終了するということに過ぎないのです。




考えたこと

琴子の母さま
みなさま
こんにちは

三児の母というだけで何の専門家でもありませんが、このところずっと考えておりましたことをつらつら述べさせていただきます。

・助産師、助産院を否定しているわけではない。むしろ、三回の出産を通じて出会った助産師には大変感謝もしているし尊敬もしている。今後も応援する気持ちは変わらない。
・対して医師の方も、大変な状況の中、頑張っていらっしゃる姿には本当に頭が下がる。こちらも応援していきたい。
・医師にも助産師にも、問題のある人物はいるだろうし、100%安全ということもない。どちらが優れているという比較は無意味だ。そうではなく、もっと医師と助産師が協力し合い、医療チームの一角として、母子の安全に取り組めるような体制を目指してほしいと思う。
・マスコミは基本的に信用しない。だが、出来る限り声は上げていく。

特に、最後の一行に関して。
どういう番組を作って放映するにしても、また報道するにしても、規制をすることはできないんですよね。どんなトンデモな意見であっても「発表」する自由はあるんです。
明らかに違法であることでなければ、法的にもおそらく止めることはできない。逆に、○○という意見はすべてシャットアウトして認めない、という社会だとしたらそっちのほうがよほど怖い。
いろいろ考えていてそれに気付きまして(遅い)、意見を発するときも、「全面的にやめろ」というのではなく「この部分が問題だ」という言い方をするべきなのだなと思いました。

いろいろな番組にしても、本にしても、個人ブログやサイトにしても、何だこれ、というようなものは沢山ありますが、いきなり撲滅すべし! というのではなく「突っ込む機会を与えてもらった」というふうに考えてはどうでしょうか? 「トンデモな意見」というのが出てこないと、「正しい知識」や「正しいあり方」もまた表に出てくることは難しいのではないでしょうか。
いろんな意見がある中ではじめて、エラー修正機能というようなものが働いて、正しい道が開けるのでは?

ニセ科学もそうですが、お産に関しても、おそらく迷信や思い込みによる誤解や、妄想などが一切消えてなくなることはないでしょう。だからこそ、おかしいことはおかしいと、誰かが言い続けることがもっとも重要だと思うのです。
その点において、この、琴子の母さまのブログの存在価値は大きい。
自由をそこなうことなく、エラー修正機能をしっかり働かせながら、至極真っ当な態度で意見をたたかわせあう・・・その姿をここにとどめること自体が、沢山の人の目を開かせるきっかけになりうる、と思っています。

とりとめがなくなってしまいました。
とりあえず、この辺で失礼します。

No title

以前に一度書き込みさせて頂いた者です。
書き込みすべきかどうか数日迷っている内に、コメントの流れが変わってきてしまい、時期を失した感もありますが、やはり書かせて頂きます。

このところの流れを見ていてあらためて感じるのは、「日本人はとかく権威に弱い」「人はやはり都合の良い情報のみを選択しがち」という2点です。

「マスコミは自然出産の良いところを紹介するばかりで、リスクについて十分な説明を行なっていないため、影響を受けた人たちが安易に病院以外でのお産を選択してしまう可能性がある。マスコミは無責任でけしからん」という意見の方が多いですが、このスレッドでは論旨こそ正反対ながら、まったく同じ事が起きているように思います。

今回、「ゆっぴい」ちゃんの情報の発信源はマスコミではなく医師の方でしたが、マスコミ同様その発言には一般的に権威があり、影響力も大きいため無条件に信用され、情報の真偽を確かめることなく一気に自然なお産やマスコミに対する批判が高まっていく。これはマスコミに煽られた視聴者が一様に自然なお産を賞賛するという構図と、行動原理自体はなんら変わらないということです。

当事者ではない我々は出版されている書籍の内容を信じるしかないのですが、助産院での不幸な出産が、どうやら病院でのお産だったと分かると、それまでの自宅や助産院での出産は危険という流れから、いつの間にか出産自体の恐さや危険性について考えようという論点にすり替わろうとしています。これはダブルスタンダードだと言えないでしょうか?

確かにメディアが自宅出産(自然出産)の素晴らしさだけを強調して、内在するリスクについてまったく触れないというのも不親切な気がします。
しかし何かリスクを伴う行為に対して、そこまで徹底してフールプルーフな社会にしていく必要が本当にあるのか、時々疑問に思うことがあります。

例えばトレッキング(山歩き)などを紹介する番組で、自然に触れる素晴らしさやトレッキングの醍醐味を芸能人などが楽しそうに体験・紹介しているケースがありますが、そうした番組のどこかで「一歩間違えば重大な事故に遭う可能性がある」という明確なアナウンスはあるでしょうか?
最近でも、それほど険しいとは思われていなかった山野での遭難死亡事故が報道されたことは、まだ皆様の記憶にも新しいと思います。
こうした番組についても、その都度BPOに苦情を申し立てた方がよいのでしょうか?

レジャーと出産を一緒にするなと言われそうですが、どちらも一歩間違えば命を失いかねないことに変わりはありません。
出産に限らず日常生活でも大なり小なりリスクは存在します。
そうしたリスクを極力回避するためには、もちろん知識や経験も大切ですが、想像力や直感のようなものが不可欠ではないでしょうか?
最近、我々の中にそうした想像力(リスクをイメージする能力)が欠如してきていると感じています。
何でも懇切丁寧にただ情報を与えるだけでは、人々が真剣に考え、判断する機会は失われていくばかりだと思います。

長文失礼しました。本当はもう一点書きたいことがありましたが、またの機会にさせて頂きます。

まっくさんへ

こんにちは。
> 以前に一度書き込みさせて頂いた者です。
---
ハンドルネームに記憶があります、有難うございます。

「ゆっぴい」ちゃんの出生場所について、他のサイトや掲示板をちょっと読みましたが、あれは助産院だったのではないか、産院ならどうしてすぐに帝王切開にしなかったのだ?という意見をいくつか目にしました。
当時のテレビ番組を見た方たちの感想だとおもいます。
本を読んだ方、テレビを見た方と、得られる情報量に差があったようですね。

> 今回、「ゆっぴい」ちゃんの情報の発信源はマスコミではなく医師の方でしたが、マスコミ同様その発言には一般的に権威があり、影響力も大きいため無条件に信用され、情報の真偽を確かめることなく一気に自然なお産やマスコミに対する批判が高まっていく。
---
発信者の職業への信用ではないです。
全く別の方、それこそ一見さんからの情報だったとしても、「ゆっぴい」ちゃんをよく知らない私でしたから、同じような結果だったと想像します。
たまたま医師の方のご発言だったというだけです。
情報の真偽を確かめることなく-確かに理想的な姿勢が私には欠けてるかもしれませんが、『だとしたら』という前提の対話を他の方はされています。

>これはマスコミに煽られた視聴者が一様に自然なお産を賞賛するという構図と、行動原理自体はなんら変わらないということです。
---
そう感じられる方もいらっしゃるのだろうとおもいながらも、私はそう感じず…
“考える”っていう行為は、心の中だけで整理、完成させられることではないですね。
勿論、なるべく最初から誤りのないことを目指すべきなのかもしれませんが、先にも書きましたが、「ゆっぴい」ちゃんの番組だけを見た方の中には、やはり「あれは助産院でしょ?」という感じ方をした方が他にもいらしたので、番組の構成者は分娩場所や方法で子の後の人生が変わるという意識は低かったのではないでしょうか。
もしくは、意識はあったけど訴えたいことにそういうことは含められていなくて…とも感じられる-だとしたら、そこが非常に残念です。


> 当事者ではない我々は出版されている書籍の内容を信じるしかないのですが、助産院での不幸な出産が、どうやら病院でのお産だったと分かると、それまでの自宅や助産院での出産は危険という流れから、いつの間にか出産自体の恐さや危険性について考えようという論点にすり替わろうとしています。これはダブルスタンダードだと言えないでしょうか?
---
元々助産院や自宅出産が抱えているリスクと、最近ではお産そのものが抱えているリスクとの説明等がなされていないことを問題にしているつもりですので、論点のすり替えは感じません。
実際に、「ゆっぴい」ちゃん以前から、お産は急変することがあるという話はよく出ていましたし、病院だから100%安全だとはおもっていないというのは書いております。
また、『子の障害がお産の経過によるもの』と、そういうこともあるということを知る重要性を激しく感じています。
琴子も、もしもあのまま蘇生が叶って生きられたとして、脳障害等は蘇生中に私も考えました(「これって脳死状態ってこと?」とか)。
それでも生きていて欲しいと強く望みましたが、実際にお子さんが脳死状態になっている方とお話して、その後の人生は180度変わってしまい、特に母親は罪悪感手伝って、想像以上に苦しい日々でもあると知ります。
勿論、それでも生きていて欲しかったと願っている私が今でもいますが、これはとっても複雑なことでもありますね。
色々なお話を聞き、常に辿り着くのが『分娩方法や場所等によって生じる問題というものを事前に知っておくべきだ』という意見です。


> こうした番組についても、その都度BPOに苦情を申し立てた方がよいのでしょうか?
---
対象がレジャーであれ、必要に感じられるのであれば苦情を申し出た方がよいですよ。
ただ、当ブログのタイトルや性質上、皆さんが他ですべきことは最初から他でしてくださっているだけではないでしょうか。

> レジャーと出産を一緒にするなと言われそうですが、どちらも一歩間違えば命を失いかねないことに変わりはありません。
---
出産をレジャー化しているという問題もありますから、一緒にするなとは言えませんね。

> 出産に限らず日常生活でも大なり小なりリスクは存在します。
> そうしたリスクを極力回避するためには、もちろん知識や経験も大切ですが、想像力や直感のようなものが不可欠ではないでしょうか?
> 最近、我々の中にそうした想像力(リスクをイメージする能力)が欠如してきていると感じています。
> 何でも懇切丁寧にただ情報を与えるだけでは、人々が真剣に考え、判断する機会は失われていくばかりだと思います。
---
仰りたいことは分かりますが、その懇切丁寧がないと気付けない方もいるんです。
私がその代表でしょう、琴子が死んでいますから。
『人々が真剣に考えて判断する』-このブログで皆さんがくださるご意見(まっくさんのも含めて)は、その機会を私に与えてくださっています。
テレビを全く見ないでも、手にする本によって受ける影響、判断もそれぞれになっていきます。
また、想像力や直感というものの曖昧さにも不安を覚えます。
ただこれは、産む側が自分の理想や都合の中で働かせる想像力や直感についてです。
リスクを想像しろといわれても、その『お産のリスクって何?』から始まるんです。
結局、特にお産での不幸な経験のない方に対しては、懇切丁寧な説明が必要なんです。

「ゆっぴい」ちゃんが助産院だったとしても産院だったとしても、帝王切開がすぐに出来ない・しないという判断が招く不幸、そして帝王切開でも助からない命や人生が変わるということもきちんと言葉にして書くべきでしたね、やっぱり懇切丁寧が大事だ…と、そこは素直に反省します。


折角ですからあえて言葉にさせて頂きますと、次の疑問や問題提議がなされなくなっていくのは残念ですので、力の及ばない管理人の私で申し訳ないのですが、今までと変わらず、皆さんには助産院や自宅出産、自然分娩更には妊娠、出産についての疑問や問題提議をして頂けたらとおもっております。
その為には完全なるニュースソースや情報をもって…なんてことは言わないで欲しい。
皆さん、職業問わずに忙しい時間の中で、貴重な時間を割いてくださっていますから、お互いに修正しあっていけたら良いのではないでしょうか(今まで通りでってことです)。
これは管理人からのお願いとも受け止めてください。

まっくさんからのようなご意見も貴重ですので、まっくさんにも感謝しております。
また、皆さんからのご意見にも感謝しております。
私の至らなさを知りつつ、常に問題としたいこと、軸をぶらさずに対話してくださる皆さんに感謝しています。

No title

表現の自由と正確な知識の提供のどちらが大切かという問題は、非常に難しいものがあると思います。私自身、美術の世界に身を置いており、時にはアンモラル的なモチーフを選択することもあります。そういう立場にあっては、やはりある程度表現の自由は許容して欲しいとは思います。
ただ、今回こちらで話題に上っているのは、そういった表現の自由の問題とは、また別の問題だと感じます。
例えばアメリカでの話しですが、予防医学学会と小児科医学会がドラマの内容に対して抗議と放送中止を求めることがありました。これはドラマ内であたかも自閉症の発症とワクチン接種に因果関係があるような描写があることが重大な問題であるとされたためです。実際にはこれまで何度と調査がされていますが、これまで因果関係があると明確な結果は出ていません。
ドラマ自体は中止にならなかったそうですが、この抗議に対してが米国保健科学会議(ACSH)も、『こういう批判があることによって、誤った情報を信じる視聴者が少なくなることが期待される』という趣旨の称賛のコメントを出しています。
たかがドラマとはいえ、影響力の大きさは図りしれないものがあります。しかも内容は健康・生命に関わるものです。その点と表現の自由とを秤にかけ、学会も抗議をしたのでしょう。
日本でも過去、アザラシが出てくる漫画の中で、そのアザラシがアイスキャンディを食べるというシーンがあり、そのために動物園のアザラシにアイスをやろうとする子どもが出てきたために問題となったことを覚えておられる方も多いと思います。

確かに言葉狩りのように、制作者を萎縮させるようなことはあってはならないとは思います。ですがフィクションとはいえど非常に強い影響力を持つものですから、その点は制作者が重大に受け止めてもらいたいと思います。

ところで上で
>例えばトレッキング(山歩き)などを紹介する番組で、自然に触れる素晴らしさやトレッキングの醍醐味を芸能人などが楽しそうに体験・紹介しているケースがありますが、そうした番組のどこかで「一歩間違えば重大な事故に遭う可能性がある」という明確なアナウンスはあるでしょうか?

と書かれておりますが、いまは危険性もともにアナウンスされることがほとんどですよ。かつてタレントがアジアの国をヒッチハイクするというバラエティが放送された際、安易なバックッパッカーが増えたことが社会問題にまで発展したことが一因だと思います。野草を食べるという番組でさえ「専門家の方のアドバイスを受けてください」という注意が出るくらいですから。

情報を選別するのは受けて側です。その時点で自分勝手に精査するのは、それこそ自己責任でしょう。しかしその前提として誤ったものや誤解させるような情報を流さないで、そのためには制作者ももっと勉強して欲しいと言っているだけなんですが、これは過剰な要求なのでしょうか。

No title

>これはダブルスタンダードだと言えないでしょうか?
全然ダブルスタンダードではありません。
他のエントリも読んでみてください。
一般論としては、今回結論が変わった後の論旨と同じ話は
既にされています。

個別具体例に対して、限定された情報を使って検討したものと、
情報が追加された後に検討されたものと、結論が変わるのは
当たり前です。
情報が追加された時に、そこでしっかり検討しないで以前の結論
が正しいんだと言い張るほうが、不誠実です。
『過って改めざる、これを過ちという』 (論語)

>そうしたリスクを極力回避するためには、もちろん知識や経験も大切
>ですが、想像力や直感のようなものが不可欠ではないでしょうか?
元になる知識や経験がない人が出す想像力や直感は、むしろ危険な
物でしかないです。
基礎が出来て、初めて想像力や直感で、今までの経験を超えるような
事態まで想定できるようになります。
そういった基礎知識、初歩の経験がないものは、ただの妄想です。

>何でも懇切丁寧にただ情報を与えるだけでは、人々が真剣に考え、判断する機会は失われていくばかりだと思います。
学生さんが教室の中に居る間の事であればそれでいいでしょうが、
命にかかわる事であれば、そんな事は言っていられない、自分の想像力、直感で試してみて、駄目だったらそこから次に繫がる様に、判断力
が鍛えられるなんて言ってられないです。
そういった意味で、まっくさん自身、想像力が欠如している様に感じ
られます。

No title

まっくさんへ

私は、基本的には自己責任主義者です。
詐欺の被害報道なんかを見ても、だまされる奴が悪い・知らなかった奴が悪い・考えなかった奴が悪いと思う人間です。
(もちろん一番悪いのはだます奴ですが)

ただ、それでも出産・育児については懇切丁寧に情報を与えるべきと考えています。
登山は自己決定ができる大人の行為なのに対し、
出産・育児は自己決定ができない子どもも関わる行為だからです。
この点が出産・育児とそれ以外のことで決定的に異なる点です。

親の知識不足・誤った知識による子どもへのリスクは、できるかぎり小さくすべきです。
個人でできることは限られていますが、その範囲の中でできることをするのは悪いことではないと思います。

それと、

>例えばトレッキング(山歩き)などを紹介する番組で、自然に触れる素晴らしさやトレッキングの醍醐味を芸能人などが楽しそうに体験・紹介しているケースがありますが、そうした番組のどこかで「一歩間違えば重大な事故に遭う可能性がある」という明確なアナウンスはあるでしょうか?
最近でも、それほど険しいとは思われていなかった山野での遭難死亡事故が報道されたことは、まだ皆様の記憶にも新しいと思います。
>こうした番組についても、その都度BPOに苦情を申し立てた方がよいのでしょうか?

とお書きになってらっしゃいますが、問題があると思えば報道元へ連絡した方がいいと思います。
どのレベルなら行動を起こすべきかというのは、考え方によりますが・・・
私は高校時代山岳部だったのですが、地元の山について明らかに間違った報道(比較的危険なルートが初心者向けルートとして紹介された)があった際、OBが報道へ連絡していたのを記憶しています。

>そうしたリスクを極力回避するためには、もちろん知識や経験も大切ですが、想像力や直感のようなものが不可欠ではないでしょうか?
>最近、我々の中にそうした想像力(リスクをイメージする能力)が欠如してきていると感じています。
>何でも懇切丁寧にただ情報を与えるだけでは、人々が真剣に考え、判断する機会は失われていくばかりだと思います。

私は、リスクは計算するものだと考えています。
計算するためには、正しい知識と情報が必要です。
誤った知識や情報からは、正確なリスク判断をすることはできません。

もちろん想像力や直感も大事ですが、それが正しいかどうかは別の問題です。
BSEが大きな社会問題になったことがありましたが、
自分がBSEにかかる確率より、牛丼屋へ行くときに事故にあって死ぬリスクの方が高いことを
直感で想像できるでしょうか。

正しい情報があり、それを自分の主義主張・考え方と照らし合わせた上で真剣に考え、判断するべきなのではないでしょうか。

No title

>そうしたリスクを極力回避するためには、もちろん知識や経験も大切ですが、想像力や直感のようなものが不可欠ではないでしょうか?
最近、我々の中にそうした想像力(リスクをイメージする能力)が欠如してきていると感じています

私はまっくさんが仰有ることにも一理あるとは思います。確かに最近は準備万端に与えられることに慣れてしまっていて、自ら考えることが苦手な傾向があることはよく報道されていますし、子育てに点数がついたら安心できるのにと仰有るお母さんもいます。
ですがここで皆さんが考えられていること、憂えていることはそれとは別の問題だと思います。
琴子ちゃんのお母さんを始め、勇気を出してご自分の辛い経験を情報として公開して下さっている方々の願いは、自分のような哀しい思いをもう誰にも味合わせたくない、ではないでしょうか?
それは既に過去の人々の尊い犠牲の上に積み上げられたリスクへの対応方法(それは「知識と経験」です)を、さしたるエビデンスもない個人的な盲信から無視する人々の存在のために引き起こされている、犯罪と呼んでも差し支えないと思える事件への訴えです。
哀しく嘆かわしいことに、それらは命を守るための教育を受けた正式な国家資格を持つ人によってしばしば引き起こされているのは厳然とした事実です。またそう謂う方々はよく「想像力と直感」を担保にします。
多くの情報の中でより安全な情報は何か?それを見極め、共有していくことが大事なのではないでしょうか?それは決して過剰な対応ではないと思います。

No title

「ゆっぴぃ」の出産当時の映像をテレビで見ていました。
助産院と勘違いした理由は、何となく分かります。
医師が出産時に全く登場しなかったからです。
少なくとも、医師であると思える人物は、映像には登場しませんでした。
ただ、看護士が出ていましたし、建物の感じから、産院等であるだろうとは思えました。

あの出産時の映像は大変ショッキングであり、私の周囲で出産事故で障害を負った方々の話しを沢山聞いていた事もあり、これは亡くなるか重度の障害が残っても仕方がないと思ったものでした。
にもかかわらず、医師が登場しなかった事が、違和感として残っています。
今程医療訴訟も多くなく、産科医療崩壊もなかった頃の事ですので、そういう事もあったのだろうかと思ったりもします。

今回のこと

琴子の母さま
みなさま
こんにちは

「ゆっぴぃ」君の件ではいろいろと反省・勉強させていただき、さらにまっくさん、それに続く琴子の母さまのコメントをみて、また考えました。
琴子の母さまのコメント内容と重なる部分も多々ありますが、ご容赦ください。

「ゆっぴぃ」君の件の事実を確認することなく、BPOにメールを送ってしまったのは、完全に私個人のミスです。書籍で確認後、すぐその部分は撤回する旨、再度メールを送りましたが、ああやっちゃった、と結構ヘコみました。
まさにまっくさんの仰った「人はやはり都合の良い情報のみを選択しがち」というところにハマったということです。
自分自身、助産院そのもの、助産師という職業そのものを批判・排除しようとしているわけではないと考えていましたし、そのように行動しようと心がけてはおりましたが、知らず知らずそういう「○○だから××に違いないという思い込み」に支配されていたのですね。自分だけはそんな行動をすることはない、と思い込むこと自体、既に誤りなのです。それをかなり痛切に実感しました。

まっくさんの意見、もっともだと思う部分も多いのですが、二点だけ反論があります。

1「権威に弱い」:
私自身はsuzanさんを「権威」だと思ったことはありませんし、誰であれコメントのみの情報で無条件に信じることをよしとはしていません。琴子の母さまも他の皆様も、その辺のスタンスは同じだと思います。ただこれまでのsuzanさんの言動から判断して、とりあえず信用することを前提としての発言が続いたのではないでしょうか。「信用」というのもある意味思い込みであるとすれば、こちらもまったく問題ないとはいえないですが、ここでの議論に「権威」という言葉はそぐわないと考えます。

2.「無条件に信用」:
これは私も含め、誰もしていないと思います。でなければわざわざ図書館まで行って書籍の内容を確かめたりなどしません。ただ、これはBPOにメールする前にやるべきことではありました。再度申し上げますが、完全に私のミスです。そもそも、当の番組以外のことを持ち出すべきではなかったのです。結果的に「助産院でのお産」から「お産の危険性」にすりかえている、と言われても仕方のない行為ではありましたが、私自身としては真に言うべきこと、事の本質に近づけたのではないか? と思っています。「お産の危険性」がわかれば、おのずと「医師が不在のお産は危険」であることは理解できますから。

繰り返しになりますが、言論・表現の自由が保障されているこの日本では、違法でない限りどんな意見でも表明できます。
だから「自宅出産」を番組で特集することじたいは、とめられないのです。
ではどうするか? やはり「取り上げるのであれば、このようなことに注意すべきだ」という具体的な意見を、誰かが言い続けるしかない。
すぐには改まらないかもしれないし、時がたてばまた同じことを繰り返されるかもしれない、しかし言わなければ誰も気づかないままです。
「人は間違いを犯すものである」
これを常に頭に入れながら、今後も考えていきたいと思っています。

余談ですが、まっくさんのご意見で「トレッキング」のたとえがありましたよね。あれでちょっと考えたのですが、たとえば雪山登山の危険性は、誰もが知っていることですよね。感動や素晴らしさを伝える、という目的の番組でも、事前にどういう準備をしたか、どういう装備をしているか、むしろきっちりと語られているように思います。
この間片山右京さんが富士山で遭難され、友人二人が死亡するという惨事がありました。山に慣れていて体力もあり、経験豊富な方でも突然のアクシデントで重大な結果を招くことがある。これも周知のことなので、右京さん個人を責める声は、ほとんどなかったように思います。
お産についても「雪山登山」なみの認識がもっと広まるといいなと思いました。




コメントありがとうございます

琴子の母さん

前回同様、ブログの主旨にそぐわない投稿で申し訳ありません…

>対象がレジャーであれ、必要に感じられるのであれば苦情を申し出た方がよいですよ。
ただ、当ブログのタイトルや性質上、皆さんが他ですべきことは最初から他でしてくださっているだけではないでしょうか。

これは私の言葉が足りませんでした。トレッキング紹介番組の件は、自宅出産の番組に対する比較のつもりで例に挙げましたが、私個人としては敢えてBPOやTV局などに苦情を上げるほどのレベルにないと考えております。


るんさん

表現・創作の自由に対して、一般に与えるマイナス面の影響力に関しては、本当に難しい問題だと思います。
アメリカの番組の件は勉強になりました。根拠のない事象について視聴者に誤ったイメージを与えること自体には問題があると思います。ただそれがフィクションであれば強制力をもって放送中止にすることは難しいでしょうね。まさに娯楽映画では、ありえない世界をいかに現実的に見せることに主眼が置かれていますから。

>~いまは危険性もともにアナウンスされることがほとんどですよ。かつてタレントがアジアの国をヒッチハイクするというバラエティが放送された際、安易なバックッパッカーが増えたことが社会問題にまで発展したことが一因だと思います。野草を食べるという番組でさえ「専門家の方のアドバイスを受けてください」という注意が出るくらいですから。

確かに最近はこうしたテロップなどが頻繁に出るようになってきましたね。
でもこれはあくまでも免責程度の効果しかなく、内在する危険性やリスクについて真剣に伝えようという姿勢ではないと思います。

>~しかしその前提として誤ったものや誤解させるような情報を流さないで、そのためには制作者ももっと勉強して欲しいと言っているだけなんですが、これは過剰な要求なのでしょうか。

我々情報の受け手側が、誤ったイメージを与える恐れのある情報について訂正を求めることについて、私は決して過剰な要求だとは思いません。
今回紹介のあった自宅出産の番組ですが、生命の誕生の素晴らしさを伝えるという点において誤りはないと思います(病院であれ自宅であれ、生まれる場所に関わらず生命の誕生は素晴らしい出来事だと思います)。自然出産のリスクについての説明がなかったのは片手落ちだと思いますが、反対に「自宅出産は安全でリスクが少ない」という内容でもない限り、誤った印象を与える番組とまでは言い切れないと思います。


かとうさん

数年前よりこのブログを拝見させて頂いておりますが、今回の私のコメントは過去のエントリーやコメントをすべて読ませて頂いた上での、あくまでも個人的な感想です。
決して自分の主張が正しいとは思っていません。

>全然ダブルスタンダードではありません。

これも言葉が足りなかったと反省しています。私の言うダブルスタンダードとは、論点(結論?)が変わったこと自体よりも、これまでの流れとして、お産が不幸な結果に終わったケースについて、それが自宅出産や助産院であれば問題視され、自然出産という枠組みのみならず助産師自体の批判にまで至る場合が多いのに、それが病院の話となるとまるで別問題(タブー)であるかのように一気にトーンダウンしてしまうという「姿勢」についてです。どちらも不幸なお産であることに変わりはないはずです。

ここは助産院や自宅出産などの問題点について考えるブログであることは承知しています。ですので病院での不幸な事例まで敢えて紹介する必要性はないと考えますが、実際に産む場所を決める際の選択肢として病院、助産院そして自宅などがある以上、病院でのお産のリスクについてのみ、まったくスルーというわけにもいかない様な気がします…
ただ、「産む場所に関わらず(例え病院であっても)お産自体には必ずリスクが付き纏う」というメッセージは十分に伝わっていると思います。

あと誤解のないよう申し上げるならば、私は「知識や経験」より「想像力や直感」を尊重した方が良いとは言っておりません。「想像力」のベースにあるのはあくまでも「知識や経験」だと思います。
ただ「知識や経験」は個人差が大きく、リスクを算定する際にすべての人が必ずしも正しい解を出せるとは限りません。そのためにも情報の正確性は重要だと考えていますが、数多の情報の中から何が正確で何が不正確なのかを見極め、自身が納得する決断を下せるようになるまでには、残念ながら各個人が一定の経験を積んでいくしかないと思います。

>学生さんが教室の中に居る間の事であればそれでいいでしょうが、命にかかわる事であれば、そんな事は言っていられない、自分の想像力、直感で試してみて、駄目だったらそこから次に繫がる様に、判断力が鍛えられるなんて言ってられないです。

例え成人していない学生であろうと、日常生活において命の危険に曝されるリスクから完全に逃れられるわけではありません。世の中に存在するすべてのリスクについて個別に教育することは不可能でしょうし、そもそもそれは学校というよりむしろ日常生活のなかで学んでいくものだと思います。成長すると誰もがリスクに対する知識や経験が自動的に身に付くというのであれば、そうした心配は無用なのでしょうが…
さすがに未就学児童は親(大人)の責任だと思います。でも100%リスクフリーな社会でない以上、たとえ子供であっても小さな頃から身近にあるリスクについて少しずつ学習し、経験を重ねていくという修練を積んでいく必要があると思います。これは生きていくために重要な、ある意味学力よりも不可欠な能力かもしれません。
別に命を粗末にしろと言っているわけではありません。社会(大人)が見守るなかで単に情報だけを与えるのではなく、なぜ危険なのかを子供なりに考えさせ判断させる必要があると思います。そうしたプロセスを数多く経て、仮に最悪大人がいない環境下で初めてのリスクに直面したとしても、何らかの対処が可能になると思います。

あと私の言う「直感」とは、例えば「高いところに登ると恐い」、「車でスピードを出すと恐い」、「理由は分からないが何となく恐い」というような、むしろ本能的な回避能力とも言うべきものかも知れません。
いくら確率統計的、科学的に高い安全性が証明されていても、当人がリスクが高い(恐い)と感じれば、そのリスクを犯すような選択はしないでしょう。程度の差こそあれ、そうした「直感(本能)」で危険を回避できているのは事実です。

「想像力」については、前にも書きましたように知識や経験がベースになります。
しかしデータ(情報)上でのリスクの高低だけを判断基準とした場合、もしそのデータが間違っていれば判断を誤りますし、情報がなければ一切の判断ができなくなってしまうと思います。
単純な事象ならともかく、次々と状況が変化して事前に想定していない状況に陥ってしまうこともあります。場合によっては悪い選択肢しかない状況で迅速に判断を迫られるケースもあるでしょう。とにかく決断しなければならない、そんな時に情報がなければ判断できないというのでは困ると思います。

まったく情報がない場合、他の似たようなケースから類推したり、それまでの経験などからリスクをイメージして判断する。そういった意味での「想像力」であり、決して楽観的な願望や希望の類ではありません。これはリスクを伴う行為を決断する場合に、客観的な側面だけではなく、自らが主体的に判断する際にも必要なファクターではないかと思います。

以前に飛行機の墜落事故が例え話に出ていましたが、飛行機での事故死亡率は「週に一度東京─ニューヨーク間を往復し続けた場合、2,400年に1回」という極めて低い確率だそうです。それでも一度に数百人が亡くなるような大きな墜落事故の場合、生まれて初めて飛行機に搭乗した人が含まれていることが珍しくないそうです。確率統計の世界では限りなくゼロに近いはずなのですが、数万枚以上あるカードの中からいきなりジョーカーを引いてしまうような人も存在するわけです。

つまりリスクの高低は別として、病院でのお産のリスクが完全にゼロではない以上、病院で他の誰かではなく自分が最初にジョーカーを引いてしまう可能性もあるということです。
自分が望まない結果に陥った時、選択の基準が主に他者からの情報や推奨によるものなのか、自らの主体的な選択だった場合とでは、受け入れ方(対応)に大きな差が出てくるのではないかと思います。
出産に限りませんが、最近情報やデータのみを妄信してすべてを委ね、自ら主体的に選択する姿勢が欠けていると思われる人が散見されます。そうした状況に危機感を抱かずにはいられません。

他にコメントして頂いた方もいらっしゃいますが、長くなりましたので機会を見てあらためて投稿させて頂きます。申し訳ありません。

大事なことは、なかなか伝わらない

琴子ちゃんのお母さん様、お久しぶりです。
エントリについた一連のコメントを見て、感じたことを書き込みます。
よく、自己責任で引き合いに出される登山。
そして、リスクを滅多に出されず、「自然はすばらしい」と強調されがちな、助産院・自宅での出産。
比較自体、ナンセンスかもしれませんが、安易な挑戦の結果遭難した事についていえることは、
・大事なことを自発的に勉強しようとしなかった(勉強といっても、自分の都合のいいことしか聴かない)
・自分の力を過信した
・命がけの覚悟が上っ面だけのものだった
そして、
人間に都合の良い自然の部分しか自然を捉えようとしなかった。
という点ではないのでしょうか。

登山にしても、助産院や自宅での出産にしても、「大抵は無事に終わる」という油断の先に遭難(分娩の急変)が待っていて、本人が生き残るためには、登山においては仲間の置き去り(言葉の適否は別にして)、分娩については母子どちらかの命を完全に諦める。ということになるのだと思います。
特に、登山の「致命傷を負った仲間の置き去り」は生き残るためにはどうしても避けられないものだと、今回の片山右京さんの遭難に際して、野口健さんのブログにでてたと思います。マスコミも、「仲間の置き去り」が時としてやむをえない事だと知らず、置き去りについて、どう思うか野口健さんに質問したその答えだったようですが。著名アルピニストのそのコメントで、片山右京さんに対するマスコミのバッシングは、不発に終わったようですが。お産については、お産自体のリスクを表現できる著名人がいないのもあるのでしょう。何かあると「医師が悪い、医療介入のあるお産が悪い」というバッシングに繋がってしまうのだとおもいます。

さて、登山においては、装備をしっかりしておけば、北海道の旭岳の大量遭難のような天候悪化や道に迷う程度の遭難をしても救助までの日数、命を少し延ばすことができる可能性が高くなります。(もっとも、今回の片山右京さんの遭難のように突風に吹き飛ばされたとか、雪崩に巻き込まれた等は、それ自体が致命的なので除外しますが)
分娩においては、医療機関でお産すれば、医療行為でもって赤ちゃん(場合によってはお母さん)の命を助ける可能性が高くなります。
どちらとも、怖い思いをした人ほど、慎重になってそれぞれの選択をするのだとおもいますし、安全の勧めを第三者にもするのだと思います。

登山にせよ、分娩にせよ、問題となるのは人間にとって都合の良い自然ばかりに目を向け、自分の能力を過信して、垂れ流すことに問題があるのだと思ってなりません。
とはいえ、リスクの強調においては、野口健さんや田部井淳子さんなど、著名アルピニストの多い登山のほうが何歩もリードしているようにもおもいますが・・・。
ちなみに、どうでも良いことなのですが、登山でよく言われるのは
「進む勇気より諦める(戻る)勇気」
なのですよ。自然な出産も似たような事は言えると思います。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

まっくさん、そしてまっくさんのコメントにコメントされている皆さん、こんにちは。

suzan先生がゆっぴぃ君の例を書かれて、分娩場所の件で歯切れの悪い点はあったと思います。
ただ、もう一度suzan先生の描いたゆっぴぃ君の生まれてきた状況をよく読みなおしてみてください。

お産に立ち会っていると、泣かない状態でぐったりして生まれてくる「新生児仮死」の状態の赤ちゃんもいます。
それ自体は、私たちもある程度の頻度であたりますが、だいたいは、皮膚刺激や酸素マスクでのバギング、気道吸引などの蘇生術で赤ちゃんの自発呼吸を始めさせることがほとんどです。

ゆっぴぃ君の状況は、私たちでもそうめったに遭遇することのない重症の新生児仮死の状態です。
suzan先生の文章を読んだだけでも、その切迫した状況に息苦しくなるほどです。
分娩に由来する脳性まひは10%程度であるとされていますが、やはり仮死状態での出生は赤ちゃんに多大な負担をかけるので、分娩中は胎児心拍モニターを装着し、児の状態が悪ければ帝王切開や吸引分娩などでできるだけ良い状態で生まれるようにします。

おそらくその放送をみていた大半の方は、「ちょっと緊迫した場面」ぐらいいしか受け止めていなかったのではないでしょうか?
医療系のドキュメンタリーでは、医師やスタッフがあわただしい動きをするところが番組の山場になりますよね。
でも、ゆっぴぃ君の生まれた場面は、比較にならないほど多くの問題を映し出していたと思います。

まずそれほどの重症仮死にいたった原因はやはり娩出時期の判断の遅れであり、これは医療機関か助産院かは関係ないことです。
最初は出産の感動をとるつもりだったのが、映像にはまったく違う真実が映っていたのです。
分娩中の事故として放送するのであれば、テーマーは「感動」から「お産の安全性」を求める転機になったと思います。すでに産科医療訴訟については、民間団体もあったのですから。

同じ映像でも、製作側の最初の企画やテーマにそって、その本質が隠されてしまう可能性があるということを議論したかったのです。
ゆっぴぃ君の一生に大きな影響を与えた場面であるはずなのに、なにかいくつもの大人の都合でその事実を掘り下げようとせずに、大人の都合のために使われてしまったのではないかと感じてしまいます。

No title

>まっくさん

私の文章が拙いために、あまり文意が伝わっておられないように思います。これは私にも非がありますので、その点は申し訳ありません。
『危険』を告知するものについては、まっくさんの最初のコメントの中で

>「一歩間違えば重大な事故に遭う可能性がある」という明確なアナウンスはあるでしょうか?

とありましたので、もしかしてご存知ではないのかと思い、「ありますよ」と答えたまでです。

>でもこれはあくまでも免責程度の効果しかなく、内在する危険性やリスクについて真剣に伝えようという姿勢ではないと思います。

という意味まで内包されているとは思い至らなかったのは、こちらの読み取りが足りませんでした。
ただそれを考慮しても、どうしてこの話題の流れでこういう喩えが出てきたのか、よく分かりません。
他の面でも真剣にリスクを伝えていないのだから、助産院での問題も無視していいという意味なのでしょうか。まさかそんなことはありませんよね。

マスメディアの情報の偏りは、様々な面で問題となっています。それはその問題について詳しい方がとりあげればいいことであって、このブログの管理人さんがそこまで言及する必要はないですよね。別にここはマスコミ自体を問題にしているのではないですから。あくまでもメディアが伝える内容のうち、一つのテーマについて『偏っているのではないか』と問題提起をし、そのことについて関心のある人達がコメントをしているわけです。

>何かリスクを伴う行為に対して、そこまで徹底してフールプルーフな社会にしていく必要が本当にあるのか、時々疑問に思うことがあります。

全ての情報についてはそうかもしれません。しかし少なくとも生命に関する情報については必要ではないですか。
また情報を提供する側にはそれだけ責任が伴うということです。消費者の権利としては正確な情報が提供されること、事業者側(ここではメディア側)の責任としては 必要な情報を明確かつ平易に提供することが挙げられます。「信じる信じないはあなた次第」という無責任な姿勢は通りませんし、通ってほしくありません。

>ただそれがフィクションであれば強制力をもって放送中止にすることは難しいでしょうね。まさに娯楽映画では、ありえない世界をいかに現実的に見せることに主眼が置かれていますから。

ありえない世界を描きだすことと、誤った知識に誘導しようとすることは、全く別のことです。本来、制作者というものは一つの作品を作り上げるために様々な勉強を重ねます。それはドラマ中の世界観を高めることにもなるのですが、それをせずにイメージ先行という安易な姿勢が問題なんです。

>それが自宅出産や助産院であれば問題視され、自然出産という枠組みのみならず助産師自体の批判にまで至る場合が多いのに、それが病院の話となるとまるで別問題(タブー)であるかのように一気にトーンダウンしてしまうという「姿勢」についてです。どちらも不幸なお産であることに変わりはないはずです。

>ここは助産院や自宅出産などの問題点について考えるブログであることは承知しています。ですので病院での不幸な事例まで敢えて紹介する必要性はないと考えますが、実際に産む場所を決める際の選択肢として病院、助産院そして自宅などがある以上、病院でのお産のリスクについてのみ、まったくスルーというわけにもいかない様な気がします…

まっくさんご自身が結論を出されているように、こちらはあくまでも助産院や自宅出産の問題点について考えるブログだと思います。その点については明記されていますよね。
それなのに「あれもこれもテーマにして欲しい、しないのはおかしい」というのは、やはりちょっと違うのではありませんか。あくまで自分の詳しいことについてのみをブログのテーマにするのは、そんなに許されない事なんでしょうか。

補足です。

ですから、まっくさんは途中で「助産院でないとなったとたんトーンダウン」したと感じられたようですが、どちらかといえば、今回のテーマのマスコミなどの報道の姿勢への議論に戻ったという流れだと思います。

No title

さくこさん

お産の安全性に関しては皆さんそれぞれ個別にご意見をお持ちですし、問題提起される内容についても様々ですから、すべてのコメントについて個別に議論して共通の認識を持つことは、なかなか容易ではないと感じています。ですので、私はあくまでも皆さんのコメントを読んだ全体的な印象を元に投稿させて頂いているつもりです。

個別に言葉尻を捉えて批判するような不毛なことはしたくありませんし、「すべてのお産が安全(幸せ)であって欲しい」という根本的な部分での願いは私も同じです。
私の投稿で不快な思いをさせてしまったのであれば、申し訳ありません。

さくこさんの「医師にも助産師にも、問題のある人物はいるだろうし、100%安全ということもない。どちらが優れているという比較は無意味だ。そうではなく、もっと医師と助産師が協力し合い、医療チームの一角として、母子の安全に取り組めるような体制を目指してほしいと思う。」という主張には共感しております。

No title

まっくさん

不快だなんて、とんでもないです! まっくさんが問題点をはっきりとした形にしてくださったことで、全体がより実のある議論になったと思っています。
今回のことで私は本当に勉強させていただきました、ありがとうございます。

また放送されていたようです。

琴子ちゃんのお母さん、こんばんは。

昨日か今日、またテレビで自宅分娩の様子を放送していたようです。
医療や出産とは無関係の知人から「家族に囲まれてのお産とか放送していたけれど、どうなの?」と聞かれました。
千葉の助産院を始めたばかりの人のようです。

危険性とか問題点とか説明したけれど、どれだけ認識してもらえたか。
わかりやすく説得、説明する技術を磨かなければと思いました。
今年の目標・・・かな。

テレビ局の方も、もう少し公正に助産院や自宅分娩のリスクを議論する番組を作って欲しいですね。

ふぃっしゅさんへ

こんにちは。

> 昨日か今日、またテレビで自宅分娩の様子を放送していたようです。
---
全く存じませんでした。
というか、最近はテレビを見る気力もわかず…こういう残念な場面に出会いたくないという逃避傾向があります。

> 医療や出産とは無関係の知人から「家族に囲まれてのお産とか放送していたけれど、どうなの?」と聞かれました。
> 千葉の助産院を始めたばかりの人のようです。
---
新しく開院された方がもしもまだ安全性を前面に出すことを出来ないのだとしたら、助産師会や保健所でも改善がなされていないというか、やはりまだまだこの程度なのかとおもえてなりません。

> 危険性とか問題点とか説明したけれど、どれだけ認識してもらえたか。
> わかりやすく説得、説明する技術を磨かなければと思いました。
> 今年の目標・・・かな。
---
ふぃっしゅさんのご意見は分かり易いですよ、専門用語については私たちに単純に知識がないだけですから。
私がおもう一番の分かりやすい説明力を持っている方は、子どもを亡くしたり障害を得るようなお産を経験したお母さん達だとおもいます。
勿論、現場で支えてくださっている従事者の皆さんのご意見からも沢山のことを教えていただいていますが、これから出産するという方にとって、実際に子どもを亡くしたという方が
「“あの時、もしもこうしていたら”と悩むことに一生苦しむ」
という実体験を聞くということは、親となる自覚や覚悟を知る機会にもなるようにおもいます。
子供の死や障害の直前までは同じ状態だったということも知って欲しいです。

> テレビ局の方も、もう少し公正に助産院や自宅分娩のリスクを議論する番組を作って欲しいですね。
---
大賛成です!

わかりやすさということ

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。

前回のコメントの知人というのは60代初めの女性です。
ちらっとテレビで観て、たまたま会った私にちょっとした話題という感じで尋ねたのだろうと思います。

もし私とその話をしなければ、彼女の意識の中では「家庭的なお産」というイメージのまま、最悪の場合、他の人にも勧めることにもなると思います。
60歳台といえば医療の不十分だった時代の大変さを記憶にとどめている世代だと思っていたのですが、案外、そんなものなのですね。
「テレビでやっていたから(大丈夫だろう)」ぐらいの感覚で、話題になっていくことの影響力と言うのは馬鹿にできないと思います。
少し立ち止まって考えてみれば、簡単に信じてはいけない情報はたくさんありますが、なかなか日常と言うのはそれができないものです。

こんなテレビやネットや雑誌などの「わかりやすい情報」に、いかにきちんと、しかも「わかりやすさ」に対抗したわかりやすさでいろいろな年代に説得力を持つことができるかが、必要かなと思った次第です。

テレビもそうですが、以前琴子ちゃんのお母さんがコメントされていたバースコーディネーターとかいう方たちの影響の功罪も大きいものがありますね。
バースコーディネーターとかバースエデュケーターとか、あくまでも「自称」であって、公的に認められたものでもないのに、その発言は大きく雑誌などにとりあげられたり出版物になってしまいます。
助産師もかなり影響を受けたからこそ、ここまで「自然」や「助産院や自宅」分娩への流れにつながってきたと思います。
正直、私も駆け出しの頃はとても感銘を受けたりした部分があります。
でも、今になると、「安全面」という点や医療機関で働く助産師の実際についてあまりに不勉強ではないかと批判的に読んでいます。

ふぃっしゅさんへ

こんにちは。

> テレビもそうですが、以前琴子ちゃんのお母さんがコメントされていたバースコーディネーターとかいう方たちの影響の功罪も大きいものがありますね。
---
本当に、この方達の行為、発言は酷いと感じることが増すばかりです。
芸能人とお友達になる機会も多くあるようで、結構目にしますよね、この方達から自然出産の素晴らしさを聞いたとかっていう発言内容。
まぁ、個人的な関係で終わられるのでしたらご自由にどうぞとしか言えませんが、雑誌等の媒体を通じて及ぼす影響力をおもうと、無視出来ない問題だとおもっております。

> バースコーディネーターとかバースエデュケーターとか、あくまでも「自称」であって、公的に認められたものでもないのに、その発言は大きく雑誌などにとりあげられたり出版物になってしまいます。
---
仰る通りです。
そうなんですよ、あくまでもあれって、「自称」なんですよね。

> 助産師もかなり影響を受けたからこそ、ここまで「自然」や「助産院や自宅」分娩への流れにつながってきたと思います。
---
本当、凄い影響を受けていますね、一部の助産師さんたちは。

> 正直、私も駆け出しの頃はとても感銘を受けたりした部分があります。
> でも、今になると、「安全面」という点や医療機関で働く助産師の実際についてあまりに不勉強ではないかと批判的に読んでいます。
---
私は信者だった頃はそんなにこの方達を知らなかったのですが、今おもうと、この方達の影響を受けた方達の書籍等に影響を受けていました。
間接的にお世話になってしまっていたのです…。
私もこの方達の発言等、突っ込みどころ満載として読んでいます。
人の命が左右されるわけですから、軽い気持ちではいて欲しくないんですけどね。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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