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2009-12-01

自宅出産を予定されている方へ

いつも当ブログにご意見くださるsuzanさん(産科医)から、今回もまたとっても貴重なご意見を頂きました。
自宅出産を計画、予定されている方には是非、お読み頂きたいとおもい、記事として取り上げさせて頂きました。
suzanさん、有難うございます。

前にも書きましたが、分娩の、少なく見ても7割は何も問題なく終わります。
分娩場所が、病院だろうと助産院内だろうと、自宅だろうと野原の真ん中だろうと、無事に終わります。

お産の現場に20年いた立場から申し上げますと、
「無事に終わった自宅分娩」というものは、
そこに助産師がいようといまいと、
「7割の幸運」だと思います。

もっと厳しい言い方をします。
自宅分娩、と選んだ瞬間から、自分の死、赤ちゃんの死を含めた
ありとあらゆるリスクは、3割の確率で避けられないもの、という覚悟は絶対に必要です。


この考えでいけば、自宅分娩に立ち会うことを引き受けた時点で
どんなに評判のいい助産師であろうと、
助産師自身は「3割の確率で異常が必ず起きる」と思っていなくてはいけません。

そして、お産のこと、赤ちゃんと母親の安全を心から願い、
安全を第一にしているのであれば
自宅分娩は引き受けないと思います。
3割の確率で墜落する飛行機に、どれだけチケットが安くても乗る人間などいないように。

つまり、自宅分娩を引き受けた、というだけで
私は、その助産師は信用してはいけない、と思います。

自宅分娩を選ぶがわの事情もさまざまあるでしょう。
でも、時代が決定的に変わったのです。
医療資源(カンタンに言えば産婦人科医師の数)が激減した時代に
自宅分娩では安全の「確保」は絶対に無理です。

この時代に、自宅分娩を請け負っている助産師は
時代が見えていないか、
「自宅分娩」という宗教の信者です。
時代が見えていない人間にはいつまでも見えることはないし、
信者ならなおさら、たった3割のことで「信仰」を変えることはないと思います。

信仰内容で信者を責めても仕方ないように、
自宅分娩を、特にリスクの説明なく受け入れる助産師を責めても
仕方ない、と私は感じてしまいます。

自宅分娩ができますよ、とある助産師が言うのなら
その影にある事情「7割は絶対に無事に終わる」と
「ただし残り3割には何らかの異常や危険がある」を言わなくてはならない。
もし言えば、自宅分娩をする母親はいなくなるかも知れません。
その場合、きちんと自宅分娩のリスクを説明するような良心的な
「自宅分娩をうけおう開業助産師」というものは存在しなくなるかも知れません。

結果的に、「お産ができる場所」「お産できる機会」はますます減っていくのでしょう。
そういう時代、と、産む方々にも考えてほしいです。
安全にお産したいなら、どんなに遠くても病院へ。
お産が近くなったらマンスリーマンションを借りて病院近くへ引っ越す。
そのくらいの覚悟でないと、
母親の立場から安全なお産について手をつくした、とはとても言えない、
そういう時代なのです。


以上です。
私も全く同感します。
自宅出産を請け負っている助産師の方たちの中にはHPを持ったりブログを通じて、無事にいったお産を紹介し、とっても素晴らしいお産だったと話されている方もいます。
でも、危険が生じた話はありません。
日本の現在の法律では自宅出産は違法ではありません。
産む場所を選ぶ権利を私たちに与えていますから、自宅出産も助産院も病院も、それぞれの条件や環境で選ぶ自由はあります。
また、助産師すらよばない“プライベート出産”なるものも、経験者が堂々と書籍を出してやり方を語っていたり、戸籍の載せ方についての情報を流したりしていても、お咎めのない状態です。
マスコミでさえ上手くいった話ばかりですから、まるで病院でだけ、母子が死んでいるかのような情報の偏りです。

今回のsuzanさんのような本当に聞くべき声、意見は自宅出産や助産院を選択する方に事前に伝えるべきことです。

私も、自宅出産を請け負っている助産師の方がリスクの説明等をしていても、それでも受けているという状態を見ると、実際には危険や安全は二の次にしているとしかおもえません。
最近は『どこで産もうとそれがあなたにあった素晴らしいお産なんだ』というような言葉を書いている助産師のサイト等も見ますが、それ以外の言葉を読めば、それがいかに建前で言っていることかとおもいます。
本気でどこで産むと素晴らしいお産だとおもっていらっしゃるのなら、最初から安全を最優先し、衛生面でも管理できない自宅出産は受けないでほしいです。

自宅出産を予定されている方に伺いたい、
子どもが死んでしまうこと、身体の一生の自由を奪われることをおもえば、自宅に固執する必要はなくなりませんか?



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No title

琴母さん、私の意見を取り上げてくださってありがとうござます。

少し厳しすぎたかも知れません。
自宅出産をして事故にあい、自分がひどい目にあった、もしくは
赤ちゃんが大変なことに、というお方にとっては
「そんなこといまさら言われたって…」となってしまうかも。

でも、産科医である自分には、こうとしか思えないのです。
「安全なお産がいいと思っていたなら、なんで自宅で生むことにしたんでしょうか?」って。
たとえどんなに物品を運び込んでも、
病院の分娩室と同じ設備にはならないことは、わかっていたはずです。

少なくても、隣の部屋には保育器と小児科医がいて、
一階下には手術室がある、という環境はありえません。

小児科と手術室があれば事故は起きないとは言いません。
でも、なければ、何かあったときにすぐに連絡することもできません。

当然ですが、自宅分娩を請け負う助産師の方々も、そういうことを十分自覚なさっているはずです。
それでも自宅分娩を請け負うのは、
「まず7割は何もしなくても無事に生まれる」からではないでしょうか?
自分がいてもいなくても、無事に生まれるのです。

琴母さんもおっしゃっていましたね、お産の場に助産師という専門家がいるのは
「異常事態」に気づいてもらうためではないか、と。
では、異常事態に気づいたら、どうしますか?
そこが病院の分娩室なら産科医を呼んで、判断してもらうことが可能です。
この「判断」は「医学的な診断を下す」ことであり、
医療行為として医師にしか許されていません。
「医学的診断」を下すことができない立場なら
「異常が起きた可能性がある」としかいえません。
ましてや、その場で「医学的な治療」である応急処置もできません。
そして自宅分娩の場には、医師はいません。

自然なお産を尊重して医学的介入をしない、ということと
万が一のときのために医学的介入の備えをしておく、ということは
全く別なことではないでしょうか?

自宅分娩において、助産師などいなくても7割は無事に生まれ、
(私どもも、分娩室で無事なお産を見守るだけのことはよくあります。)
残りの3割は病院に急いで搬送しないととんでもないことになる、としたら
「自宅分娩を請け負う助産師」っていったい、何なんでしょうか?

これはあくまでも、産科医としての自分の意見です。
自分の意見だけが絶対に正しい、とは思いません。
どうぞ、どなたか私が納得できるような反論を聞かせてください。

No title

私も助産師として、他の助産師が自宅分娩を勧めることはやめて欲しいと思っています。

「超安産」と思っている分娩経過て急転直下で児心音が下がって新生児仮死の状態で生まれたり、大出血を起こすなど、分娩取り扱い数が増えれば増えるほどあたる確率は高くなります。
産科の先生と一緒だったから、小児科の先生が駆けつけてくれたから助かった例は、全国で相当起きていると思います。

よく「私は今まで何も事故はなかった」とか、「病院で働く助産師は、独立できるだけの自信がないのだ」といった表現をされる助産師がいますが、認識の違いだと思います。

事故や怖いお産にあたらなかったのは、よっぽど運がよかったか、ローリスク中のローリスクの方(2経産、3経産)の方を、少数限定で請け負っているからだと思います。
分娩全体でみれば、必ずリスクのある方が出てくるわけなので、そういう方たちが安全に出産できるために医療機関が必要ですし、ハイリスクに対応できる助産師も必要になってくるのですから、「開業しようとしないのは自信がない」というのは、全く違います。

医師がいないところで偶然お産にあたったら、病院勤務の助産師は的確に介助すると思います。飛行機の中とか、路上産とか、持っている限りの力を出すことでしょう。

でも医師のいないところで分娩介助するのであれば、異常を早期発見できたとしても、助産師としての知識や技術を越えた異常には対応できない限界がわかっているからこそ、私は、産科の先生達と一緒に働くことを選びます。

すこし話は変わりますが、先日、鹿児島の離島で産科が閉鎖され、島外出産を余儀なくされているというドキュメンタリーを放映していました。
閉鎖された理由は、ひとつの島は数年前に胎盤早期剥離で母子が死亡したことがきっかけ、もうひとつの島は、産科医おひとりで頑張っていらっしゃったけれど、天候が悪ければヘリコプターでの搬送も出来ない状況で、産科医としては緊急事態に対応できないと判断されたためとのことでした。
その番組では、結局、前者の病院では院内助産院で対応し、後者の島へは新たに別の医師が赴任して引き継いだため、島外出産をしなくて良くなったという結論にしていました。

私には、強い違和感だけが残りました。
離島という厳しい現状の中での選択ですから、都市部で話題にされている院内助産院とは全く必要性が違うとは思います。
ただ、なぜ早剥での母子死亡を機に産科が閉鎖されたのか理由を説明していませんでいたが、おそらく、住民の批判があったのではないかと思います。また、前者・後者の島にしても、周産期の緊急事態に対応できないことが、産科医が限界を感じる理由だったと思いますが、何もその点での改善がないです。

離島という特殊な状況の他人事でなく、これから産科医・小児科医が増えなければどこでも同じ状況におかれることを(すでにそのような状況ですが)、しっかり考えて欲しいと思います。

大半のお産は問題なく終わる、だから助産師で大丈夫というのは結果論なのです。
何度も何度も言われているように、「正常なお産」だったかどうかは終わってからでなければいえないのです。
だから「正常なお産は助産師で」というのは、明らかに矛盾したことです。
どうしてこの矛盾した言葉にしがみつき、医療介入が遅れる自宅分娩や助産院分娩のリスクと自分達の限界をきちんと認識できないのでしょうか。








ひとりひとりの妊婦さんに、お産はこんなに怖いことが起きるのだということをお話しても恐怖心をあおるだけになってもいけないので、母親学級にしても外来での説明にしても難しいものがあります。

ただ大多数の方は、経過中に

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。
上記、途中で送信してしまいました。ごめんなさい。
続きは、後日に送りますね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

琴子の母さん、初めてコメントします。
 suzan先生のコメントを拝見し、気になったので自分なりの考えを書きます。 
自分は自宅分娩も病院での分娩もどちらも否定はしません。
否定するばかりでは、なにも変わらないと思いますから・・・
なぜ自宅分娩を選択するお母さんがいるのか?もちろんこの情報社会においてリスクを知らないわけではないと思います。 
 自宅を選択される理由、それは過去の病院でつらいお産体験をお持ちの方に多いのではないでしょうか。
確かに病院での管理分娩は、異常が起こったときに直ぐ対応できるメリットがあります。それは絶対です。しかしその反面、忙しさのあまり管理が流れ作業になっているのも事実です。また、最近の異常に陥る率の増加や訴訟を恐れるがあまり、過剰な医療介入が増えてきているのも事実です。世の中の流れとして仕方ないのかもしれませんが、その管理を受ける患者側にはその事実は分かりませんし、人によってはダメージを受け、その後の育児にも影響する方もいます。
そのような経験をお持ちの方は、3割のリスクを省みず、7割の問題のないお産を目指して自宅を選択されるのではないでしょうか。
 自宅分娩に関しては、“お産は自然なもので、自分自身で、また自分が納得できる環境で産みたい”と思っている方が選択されます。この考え方はいくら時代が変わっても間違ってはないし、ましては宗教とも思いません。しかし3割のリスクを、受ける側が産む側にしっかり口頭で伝えないといけません。 問題なのは助産師の質です。変にプライドが高く、全てを自然な流れと捉え、異常を異常と捉えない人がいるのです。そのような方は自宅分娩をしてはいけないし、もっといえば助産院を開いてはいけません。
 現在、お産の環境は病院も助産院も崩壊してます。お産に携わる我々が、その環境をしっかり見直し、自分自身も見直し、妊娠・出産を通じて幸せな家庭を築いてもらうよう努力する必要があると思います。
医師・助産師お互い文句をいっている場合ではありません! ひどい目にあうお母さんたちを少しでも減らすために、お互い力を合わせ話し合い世の中を変えていかないと!! それがゴールではないでしょうか。
遅くなりましたが、自分も産科医です。
琴子の母さんには、この場を提供していただいたことに心から感謝いたします。 

No title

残念ながら、はじめてのお産から自宅を選択なさるお方も多いのです。

人間は、自分でつらい体験をしてみないと、気づかないものです。
いくら情報社会であっても「自分には関係ない」と思いこむのです。
自宅や助産院での分娩でつらい思いをして
次から病院で分娩することを選ぶ、方はたくさん存じ上げています。

こんにちは
はなたいさんのコメントを見て、いろいろと考えこんでしまいました。

>この情報社会においてリスクを知らないわけではないと思います。 

私は医療従事者ではない、一介の主婦に過ぎませんのであまりえらそうなことはいえないのですが、これは少々認識が違うように思います。情報が溢れる社会だからこそ、知り得ない、知ろうとしない場合が多いのです。

このブログでは「ホメオパシーに傾倒した助産師が、K2シロップを与えたと偽ってレメディを新生児に与え、その新生児は脳内出血のため死亡」という例が紹介されています。
「K2シロップ」でネットに何回か検索をかけましたら、正しい説明に混じって、「K2投与は拒否する、母乳以外はあげたくないから」とか「K2なんか自分の若い頃にはなかった、なくても育つ」とか平気で書いてあるブログや掲示板がけっこうありました。
さらに「自宅出産」で検索すると、すばらしい、得がたい体験だった、という成功談のオンパレードです。
常日頃こんな情報ばかりみていたら、「正しい説明」「正しい知識」というものは、すぐ近くにあっても目に入らないようになるのでは、と思います。

対してネガティブな情報は、非常に数が少ないです。悲しく辛い体験をした人は大抵沈黙してしまうからです。特に、助産院での事故は、病院と比べて、マスコミに報道されることも極端に少ないように思います。現在のこの、情報が偏った状態では、助産院でのリスクを正確に知ることは、一般の人には難しいのではないでしょうか?

そんな中でこの記事は非常に貴重で有効だと思います。最初から三割のリスク、を承知の上で臨む方たちであれば、ここの記事を見ても決心は変わらないかもしれない。でも、そうでない大多数の人たち(だと私は考えます)は、もしかしたら考え直してくれるかもしれない。「予想外の悲しい出産」は、もしかしたらすこし、減るのかもしれない。
それが琴子の母さんの真意であり、祈りでもあると思います。

>お互い力を合わせ話し合い世の中を変えていかないと

私自身は、医師や助産師より先に、受ける側が変わっていくべきかな、と思っています。完全に産科医療が崩壊してしまったら、まず困るのは自分たちなんですから。
私自身が、妊娠・出産をすることは今後ないと思いますが、自分の子どもたちを含め、これから知り合う若い人たちにすこしでも正しい知識と情報を得るすべを教えていきたく思っています。日々、こちらで勉強させていただいております。本当にありがたいことです。

No title

はなたいさんのコメントを読んで、以前から思っていた疑問を思い出しました。

仮に、病院での出産が流れ作業的で過剰な医療介入があるとしても、胎児の安全を危険に晒してまで病院での出産を避けたいと思う妊婦さんの気持ちが、私にはどうしても理解できません。私にとっては、出産で一番大事なのは赤ちゃんが無事に生まれてきてくれることだったからです。

もちろんいろいろな意味で快適に出産できればそれに越したことはないです。私も、医療介入はなるべくしないで欲しいとか、カンガルーケアをして欲しいとか、出産に関する希望はいろいろ主治医に伝えました。良い医師に見てもらえたからそう思えるだけかもしれませんが、病院での対応も流れ作業的ではありませんでした。でも、たとえ流れ作業的な管理分娩を経験したとしても、第2子も病院での出産を選ぶを思います。

病院での出産で、過剰な医療介入によりかえって危険な目に会う可能性もあるとは思いますが、それを言うなら、自宅出産や助産院での出産で、助産師の不適切な対応による事故の可能性もあるので、病院での出産の方が安全率が高いを思います。それなのに母親にとっての快適さを求めて自宅出産を選ぶ、という気持ちがどうしても理解できません。価値観が違うとしか言えないのでしょうか。

No title

はなたいさん、こんにちは。
はなたいさんのコメントに対して、他の方も意見を述べられておられますが、私もその方達と同じような感想を持ちました。

>もちろんこの情報社会においてリスクを知らないわけではないと思います。 

さくこさんのコメントと重なりますが、私もたとえ様々な情報が発信されているとしても、自分にとって都合の悪い情報に対しては目を背けてしまう人がいると感じています。特に妊娠出産は神秘的なものですから、『縁起をかつぐ』という意味で、『縁起の悪い』リスク情報は避けて通ってしまうという人は多い気がします。実際、以前SIDSの啓発パンフレットを産科医院に置いてもらおうとした時に、病院側の好意で快諾してもらえてにも関わらず、たまたまその場にいた患者さんから「こんな縁起でもないものを置かないで」と抗議されたことがあったくらいです。
前後しますが、現在が情報社会であることは確かですが、では本当にリスク情報も同等に発信されているでしょうか。「自分らしいお産」というような、なんとなく耳に心地いい言葉で脚色された一方的な情報の方が多くはないですか。
これは私達患者側が多いに反省すべきことです。耳に痛い厳しい言葉よりも、「大丈夫よ」という言葉に安心してしまう。しかしそれは間違いであり、正しい情報を選別し、その上で考えるということをしなければなりません。それが自分にとって都合の悪い情報であっても。

もう一点、気になったことがあります。
>人によってはダメージを受け、その後の育児にも影響する方もいます。

これが本当なら母子と病院ともに悲しいことだと思います。ですが本当に病院での経験だけが問題なのでしょうか。産後鬱やその人のもつ本来の資質とは無関係なのでしょうか。非常に近い人で、幼少の頃に母親から虐待を受け、保護された人がいます。その人が生まれたのは助産院でした。生まれたのが40年も昔の話ですので、現在の出産事情と同一視することはできませんが。
ただ厳しい事を言いますが、そういったことを乗り越えて子どもに向き合うのが親というものではないでしょうか。理想論なのは承知の上ですが、どちらにしろ医療の問題とは関係のない話だと思います。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。先日中途半端になった文章は、何を書こうとしていたのか忘れたので、そのままですみません。

はなたい先生、こんにちは。厳しい産科医療の中で、ありがとうございます。

はなたい先生の書かれたことも、本当によくわかります。
話が広がってしまうかもしれませんが、助産院や自宅分娩が話題にされてきた経過の中で、いくつか考えていたことを書きます。

まず、「ひとり目のお産がつらくて、二人目は助産院で分娩をして楽で良かった」という表現のあいまいさです。
初産と経産のお産は通常全然経過が違うことは、医師や助産師には当たり前の認識ですが、産む人や家族はあまりはっきり認識されていないのではないかと。たいがい二人目以降のお産は軽い陣痛で進行し、娩出期に一気に強くて短時間の陣痛で出産になるので、どこで産んでもお産は楽に感じることが多いと思います。
また軟産道も一気に柔らかくなるので、数回のいきみで生まれることもあるぐらいで、胎児ジストレスも回旋異常なども起こりにくいし、当然医療介入も少なくなります。
産む場所に関係のないこうした経過の差を知らないと、初産時のつらい体験が病院だったからと思ってしまう可能性があります。
もちろん、冷たい対応だったとか人手不足とか施設側に問題がある場合もあると思います。
けれども、初産で難産だった方などの精神的フォローこそ助産師の役割で、ほんの一言、次のお産に前向きになれるように声をかけてあげるだけで、お母さんの思いは変わってくると思います。
逆に、初産時の様子を聞いて「やっぱり病院だからね・・・」と決め付ける助産師、またそのようなことを出版物などでたくさんの妊婦さんが目にする媒体で表現してきたことの影響は大きいでしょう。

2つ目は上記とも関係しますが、大きな病院になればなるほど、経験年数が少ないスタッフが多くなることです。卒後教育の場でもあるし、実践力となるので仕方がないことですが、ちょっとした一言をかけられる余裕や必要性を瞬時に判断できるのはやはり経験です。そのようなキャリアのあるスタッフは、管理的な仕事が多くなってなかなか妊産婦さんへの直接的なケアーの場から離れていきます。もったいないことです。

3つ目は、はなたい先生が書かれた助産師の質、これも大きいです。
よく書いてくださった、と思います。変なプライド、そして異常を異常ととらえない人、そういう助産師が往々にして産科医と衝突します。そして民間療法にこだわりを持ちます。個人の関心はかまわないけれど、効果があるかのように勧めないで欲しいです。

4つ目は、日本の資格を持った産婆・助産婦の時代もたかだか1世紀です。ここで何度も書きましたが、「正常なお産は助産師の手で」という矛盾した言葉や開業権にとらわれすぎていると思います。
これからはますます、周産期チームの中で働くことの意識が求められると思います。
「助産師」のアイデンティティの危機かのように、産科医なしでお産をすることを助産師の自律ととらえるのは狭い物の見方だと思います。

こうした臨床での微妙な不協和音が、何か大きな亀裂になってきたのではないかと思います。
私たち助産師の声はどこに出せば良いのか。本当に将来に向けて、助産師にとって必要なことは何なのか、先導役の組織がない状態です。
世の中が「自然を」といえば、お産の怖さをちゃんと伝える役目を忘れてその方向に流されていくような危うさがあると思います。
K2レメディでの新生児死亡、自宅風呂の水中出産での産褥熱など、本来なら助産師の団体としてきちんと世の中に注意喚起する責任があるのに、私たちにはそのようなまとまった団体がないのです。

No title

suzanさん、ふぃっしゅさん、はなたいさん、さくこさん、ひよこママさん、るんさん、こんにちは。
はなたいさん、はじめまして。
suzanさん、今回は貴重なご意見を記事にしたことをご快諾くださり、有難うございます。
ふぃっしゅさん、続きはまだかなぁ~なんてちょっとお待ちしていました(=^^=)

ふぃっしゅさんのご意見にあるように、助産師の方達をきちんとまとめる組織がないことに、受ける側として憤っています。
琴子が死んでから少しして、私は途方に暮れました、一体、どこにこの事実を報告したらいいの?って。
病院で何かあった場合には、少なくとも病院からの説明は受けられますよね。(対応が悪かったという話も聞きますから、100%満たされているともいいませんが、少なくとも、“説明”はありますよね?)
警察に行くべきなのかとかって、本気で悩みました。
訴えるとかではなく、子どもが一人死んでいるのに、誰にも知られないのってなんでなんだろうっていう疑問です。
「息み方が下手だった」と言われて追い返されたような状態です、出生届けも死産届けも何も持たされずに死んだ子どもを抱いて夫婦で帰ったのです。
琴子以降、日本の中でこのようなことは繰り返されてないとおもいたけど、事故の報告があります。
まともな対応を受けた方は私に連絡するまでもなく過ぎていらっしゃるのかもしれませんが、納得できないからこそ連絡をくださる方がいらっしゃるわけで、残念ですが、助産院や自宅出産の抱える問題、安全性は改善されていないと感じています。

助産院や自宅出産を選んだら渡される冊子があるとか、その中にはもしも子どもが死んだり、母子に異常が生じた場合はここに連絡してくれって書いてあればなっておもっています。
るんさんのお話にあった、“SIDSの会”のパンフレット同様、拒否する方がいらっしゃるだろうとおもいます、そしてそれが、助産師自身のような気がしています。

助産院や自宅出産の問題を語ると、何故かすぐに“対立しようとしている”とか、琴子の親としての気持ちからの発言に対して“攻撃的な姿勢”というような言い方で蓋をされるような目によくあいます(今回の皆さんからのご意見ではないです、誤解されませんようにお願いいたします)。
また、『いつまでも引き摺るのは琴子ちゃんにとっても可哀相なことだ』と仰る方もいらっしゃるのですが、とっても不思議なのは、そういうことを仰ってくださる方ほど、『病院でのお産で辛いおもいをしたこと』を語り継ごうとされているのです。
私は琴子の後に2度、病院で出産していますが、ひよこママさんと同じで、管理された、流れ作業のような出産なんかじゃありませんでした。
ふぃっしゅさんのご指摘にあるような大きな病院で、多分“卒後教育”も兼ねた場だったのですが、それでも若い助産師の方たちからも素敵な感動をこちらこそが頂きました。
まだ助産師のタマゴ、学生の方が私の体を擦ってくれたり、手を握ってくれたり、声を掛けてくれたり、とっても励まされました。
もしもこのような感動がなかったとしても、私の場合は琴子のことがありましたから、
『お産では子どもを無事に産むために尽くす』
が一番、手を握ってくれなくても擦ってくれなくても、子どもが無事に生まれるように他に尽くしてくれていたのでしょうから、不満にはなりません。

はなたいさんのご意見にある、
>医師・助産師お互い文句をいっている場合ではありません! ひどい目にあうお母さんたちを少しでも減らすために、お互い力を合わせ話し合い世の中を変えていかないと!! それがゴールではないでしょうか。
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これになるには、さくこさんの仰るように、私たち受ける側から変わらないとならないとおもいますし、助産師の方の中にいらっしゃる民間療法を好まれる方の問題(ホメオパシー含)は“お互いに文句をいっている”というような扱いで流すべきでもなく、また、助産院や自宅出産の場合、これらの問題が多くありますので、これからもっとこれらの問題を語り合っていかなくちゃならないとおもっています。
その結果にあるだろうゴールが、母子の安全であると祈っています。
そのためにも、今回のsuzanさんのご意見(記事)は重要であって、知ってもらうべきだと思っています。

No title

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。
そうですよね。妊産婦さんたちにとっても、助産師が関係したことをどこに聞いたり相談したらよいか、何も窓口がないですよね。

助産師会は名前からすると助産師全体の職能団体のようだけれど、実際はごくごく一部の勤務助産師や開業助産師でしかないし。勤務助産師の大半は日本看護協会に入会して、助産師部会がその代表のようになっているけれど、実際には直接助産師から意見などを取り入れることもないですし。医療事故があったときのための賠償責任保険に入るには看護協会員であることが条件なので、入っているに過ぎないと言う感じだと思います。

もちろん、看護協会が看護職全体のさまざまな面でのレベル向上に大きな働きがあったとは思います。
ただ、看護協会は会員数によってその病院の発言権が変わるので、大病院志向だと思います。 
私は数年前からクリニックに勤務し始めましたが、全国の出産の半数を占めている診療所での現状やそこではたらく助産師の声は、すくなくとも送られてくる看護協会ニュースからは全く得られませんね。

病院、診療所、助産院、それ以外の母乳相談などの開業と、助産師の全体を束ねる機関がないのです。

何度かここに疑問をかかせてもらった院内助産院ですが、そんなにことさら新しい取り組みのように言うことなのか不思議でした。私が働いてきた3つの総合病院では、分娩は助産師に任されていたし、外来も助産師が対応して必要な方には時間をかけることもあたりまえのようにされていました。全国の分娩施設の実態をきちんと調べれば、そのような病院は多いのではないかと思います。

では何が不足しているかといえば、人員不足が根本的な問題です。
周産期医療の看護要員がどれくらい必要なのかということです。病院での必要看護要員数は、各科の特殊性に関係なく病床数と基準看護レベルで一律に決められていますが、周産期医療ではこれだけの人員が必要だという現場の声を反映できる組織はどこにもないですね。

病院は対応が冷たかった、ほっておかれた・・・もう少し人手があれば改善されることが多いと思います。
それなのに、では院内助産院でローリスクの人だけ助産師によるあたたかいお産を・・・・となるのは、変ではないですか?
あるいは、病院は冷たいから、助産院や自宅であたたかいお産を・・・。
どちらも根本的な問題から目をそらしているだけです。

病院では人員不足によって対応には限界もあるけれども、この50年を振り返ってみただけでも、医療によってどれだけの母と子が助かってきたか、現場の助産師に代わってきちんと社会に説明してくれる団体が必要です。
助産院・自宅分娩のリスク、具体的にどのようなことが起きているかを助産師全体と社会に注意喚起を促すことができる団体が必要です。

また産科医・小児科医が激減していく現実と、それが将来どのような影響を与えるのか、今何をしなければいけないのかを社会や現場の助産師に正しく認識させていく団体が必要です。
(産科医が減っている)この時とばかりに、助産師の復権(?)だけを求めている団体には、将来性はありません。

お産に関する知識や技術は、個人の体験ベースのエビデンスの低いものがほとんどです。
だから「あれが効く、これがきく」と魑魅魍魎のごとくさまざまな情報が飛び交ってしまいます。
出産する人にすれば、当然苦痛なことは出来るだけ避けたいので、そのような情報を出しているところへと惹かれていくと思います。
今、読売ONLINEの大手小町で「会陰切開」についてのトビがたっていますが、「助産院では体重管理をしっかりして、会陰マッサージも教えてくれる」だから自分は切れなかったとコメントしている人には、「私は体重管理もしたし、マッサージもしたけれど切れた」という意見は目に入らないのではないかと思います。
書き込んでいる人の大半が、会陰切開を肯定的に受け止めてくれているの安心しましたが。
私としては、何をしてもしなくても、切れるときは切れるし切れない人は切れない・・・これが実感ですが。
その中で、産科医が会陰マッサージに使うオイルで、海外では胎児死亡が報告されているとの情報があるので注意が必要とコメントされていました。私も知りませんでした。
「会陰切開」ひとつをとっても、エビデンスのレベルを高めていくこと、世の中に跋扈している情報を整理して伝えていくことが必要になると思いますが、そのように助産師の課題を集約していけるような団体こそ、今必要ではないかなと思っています。

そうすれば、ホメオパシーのような問題にもきちんと妊産婦さんに注意喚起ができるし、代替医療(根拠の認められていない療法)に暴走している人たちにも歯止め役となると思います。

看護系教育が大学で行われるようになってきましたが、せっかく研究をじっくり学んで来た人が増えてきたのですから、助産師の知識や技術を標準化していけるような研究を是非して欲しいと思います。
でも、その視点はあくまでも公正、中立に。
最初から「自然はいい」「フリースタイルがいい」とあまり視点を狭くせずに、現状分析を忠実にして欲しいなと思いますね。
できれば、現場の助産師は「自分はこんな方法をしているけれど、他ではどうなのかな」など疑問に思いつつも調査研究なんてできない状況なので、調べて欲しいと思うことを募集して調査してくれる機関があるといいなと思います。イギリスには、そういう研究機関があるそうですね。
そうすれば、全国でのエビデンスレベルがあがって、助産師個人が勝手に自分の思い込みで勧めているトンデモなことは減るのではないかと思います。

そして琴子ちゃんのお母さんのように、助産院や自宅分娩で事故に会われた方の相談にきちんと対応できる公正な窓口がまず何より必要ですね。
公正なというのは、必要があれば、きちんと世の中に注意喚起してくれるということです。

とても長い文になってしまい、ごめんなさい。
いつも琴子ちゃんのお母さんのこの場で、たくさんのことを考える機会をいただいていることに、本当に感謝します。



ありがとうございます。

今回、突然割り込んできた自分のコメントに対し、いろいろな方からご意見を頂き心から感謝いたします。

 自分のコメントは琴子の母さんの真意に沿っていないことは分かっていたのですが、suzan先生のコメントと出会い、自分の考えをどうしても伝えたかったのです。

 前にも述べましたが、自宅分娩は否定しない気持ちは今でも変わりません。 ただ、それを選択した患者背景をしっかり把握し、指導していかないといけないと思っています。

 後もうひとつ、否定できない理由があります。 それは僻地・離島のお産のあり方を常々考えてしまうからです。 そこに住む女性の視点から考えると非常に難しく、結論がでません。

 自分は妊娠・分娩はその家族の出発点であり、大切なものと思ってます。だから「自分らしいお産」の理想をもつことは間違ってないと思いますし、それに関わるスタッフは幸せものです。 ただ、その時の言動・行動がその家族の傷になってはいけません。 その原因が全てではなくてもきっかけにもなってはいけないのです。 だから絶対「医療の問題ではない」とはいえないのです。 よって我々は常に自問自答し、成長していかなくてはいけません。 

 後、さくこさんのコメントの「受ける側も変わらないといけない」は非常に嬉しいです。 全体的な“底上げ”が大事で、将来琴子の母さんも言っておられた母子とも安全であり、また患者さんも心から納得できる環境を我々は作っていかないといけないと思ってます。

最後に、自分の「この情報社会において、リスクをしらないわけではない」は、明らかに自分本意の考え方でした。 医療側からすれば非常に浅はかであり、反省してます。

 
 

 

No title

はなたい先生、こんにちは。

きっと先生は、相手の心に添って痛みや悲しみにキューっと反応されながらお仕事をされていらっしゃる方だろうと思います。

本当に私たちのちょっとした一言や態度で、妊産婦さんやご家族、そして赤ちゃんにも悲しい不満足な思いを残してしまうことはたくさんあるので、常に反省して、気をつけていかなければいけないと思います。
忙しくても、態度を変えず、丁寧に必要なことをする・・・それが熟練だと思いますし、ひたすら忍耐力を強くすることかなと思います。

ただ最近は、「医療はサービス」「医療消費者」という面が強調されすぎているように思います。
医療は「公」pubilicが中心ではないかと、私は思います。
医療関係者以外の人も、医療に求めるだけでなく、社会の一員として医療の限界を知り我慢する、納得するということも大切ではないかと。

妊娠・出産は家族の中でとても大切なことですから、産科関係者も自分達の態度などがそこに悲しい思い出を残さないよう十分注意が必要ですね。
でも、妊娠出産を機に、医療に初めて深く関わる方も多いと思います。
病院が何故こんなに忙しいのか、医療や保険のシステムはどうなのか、受診する際に患者側として気をつけることは何なのかなど、いろいろ考える良い機会だと思います。
出産の後には育児で何度も小児科にお世話になることでしょう。
年をとるにしたがって、自分の病気で医療機関にまた関わることになるでしょう。
お産の時のアメニティや満足度にばかり関心を持って、公的なみんなの財産である医療に批判だけを向けていては親として成長していないことになるのでは、と思います。

「自分らしいお産」への思いを大切にしてもよいのですが、本や口コミ情報だけでイメージだけにならず現実を受け止めること、思いとは違った結果になっても納得できること、他者(医療側やいろいろな状況の母子など)を理解しようとする努力などが、のちのちの大人の態度を養っていくことになり、本当の意味での幸せではないかと、最近思っています。

No title

実際に、自宅分娩の結果大変なトラブルになって搬送されてきたお方を
何人かみております。
みなさん、残念ながら「あまりものを考えず」に
手軽だから、病院にいく手間がかからないから、と
自宅分娩を選択(というか、勝手に決めた)方々でした。

お産の進みが早く、予定外なので自宅で産んでしまった、方々は
必ず電話をくださるので、電話である程度の指示ができます。
最初から何の知識もなく自宅分娩になる方とは明らかに違います。

私はたまたま、離島のある県で働いております。
離島在住の妊婦さんたちは、お産が近くなると
病院に近い親類の家に移ったり、アパートを借りたりしています。
臨月ぎりぎりまで船で健診にくるようなお方はひとりもいませんでした。
みなさん、医療の受けられない場所で急にお産になったら大変、と
きちんと考えてくださっているようでした。

私が申し上げているのは、「自宅分娩を扱いますよ」という助産師のことです。
産む側には情報がない(あまり普段考えない)ので
自宅で産める、という助産師の話を聞けば
手軽さから(もしくはなんとなく流行な気がして)そっちに行ってしまうこともあります。

その場合、助産師はおそらく、リスクの説明をしていません。
少なくても、自宅分娩で「大変なことになった」という方々は
説明をされていません。
(説明用紙なども残っていない)

そして、一度や二度、自宅分娩でトラブルになったくらいでは
そういう助産師は「自宅分娩を受ける」ことをやめません。
訴訟にでもなったら別でしょうが。
なぜか、訴訟までにならないのです。
わたくしどもが、がんばって救命してしまうからだとは思いますけどね。

で、「たまたま運が悪かっただけ」くらいの認識で、
その後も同じことを続けます。
自分に手落ちがあった、とかいう認識に絶対にならない。
その頑迷さがどうしても理解できないので
「宗教を信じ込むようなもの」と、自分に言い聞かせないと
わたくし自身、なぜそんな危険なことを続けるのか理解できないのです。

本当に「自宅分娩教」という宗教があるとは思っていません。

また、自宅分娩を請け負っている助産師がもしも
「ニーズがあるので自宅分娩を見守るのは続けたいが、より安全に行うにはどうしたらいいか?」と
聞いてきたら、必ず相談に応じただろうと思います。
でも、そんな経験はありません。

こんにちは!はじめまして。
このブログを読ませて頂いて、初めてコメント致します。

そもそも、「自然」にこだわる意味は一体なんなのでしょうか?
「自然」に自宅で産んだら凄いのレベルぐらいですよね?
私は今妊娠5ヶ月です。
月一度病院に通い、赤ちゃんの成長をみて、この子の為に自分も無事に産まないと!と日々考えています。
もちろん、100%安産とまではいかないでしょうが、少なくとも自宅で産む方が身の危険が迫るのであれば選択できません。

「ほとんど大丈夫だから~」そんな軽々しく自宅分娩をすることを想像しただけでお腹が張ります。

いきなりコメント失礼しました。

No title

琴子ちゃんのお母さん、初めまして。
私は、病院勤務の助産師です。
実は、以前から読ませていただいていましたが、なかなかコメントできませんでした。
というのも、自分自身が、第1子を助産院で出産したからです。当時は、まだ経験も少なく、「助産院の健診や出産を体験して、勉強しよう!」なんて軽い気持ちでした。
幸い、その助産院は、民間療法的なものは扱っていないところでしたし、いざというときは自分の勤務先に搬送してもらうよう依頼していたので、安心してお産できた…と、結果が良かったので、言えるわけですが。
ただ、体験して、出産に関して勉強になったかというと、そうでもない(苦笑)。自分たちが病院でやっていることと大して変わらないなあと思いました。産後のおっぱいケアに関しては、技術のある助産師に継続してみてもらえて、困っていたらすぐ相談できる(他の業務がない!)ことは、さすがにいいなあと思いましたが…。

このブログを読ませていただいていて、いわゆる「開業助産師」の実態がそんな程度なのか、と、はっきり言って驚きあきれました。うちの病院も嘱託医をしていますが、とんでもない例にあたった記憶がないのは、とても恵まれていることだったんですね。

ふぃっしゅさんのご意見にあったように、本来なら、助産師の側から、さまざまなケアのエビデンスを証明していくことが必要なはずです。確かに、看護大学は増えてきていますし、私も大卒だったりしますが、大学で教わった教授は完全に助産師会寄りで、「助産師は開業してなんぼ」みたいな考えを持っていたように思います(今振り返ると)。だから、助産師教育の段階で、軽く「洗脳」状態にあることも多いのではないかと、最近考えるようになりました。
そんな大学では、なかなか開業助産師に不利な研究が出てこないのかも…なんて思ったので、少し調べてみました。

「日本助産学会」は、助産師会館内に事務所を置いています。抄録がネットで読めたのですが、助産所での出産に関するデータを扱ったものが、同じ号に3つほどありました(2007年No.3「助産ケアシステム」)。とはいえ、ひとつは「都内の助産所43のうち、同意が得られたのが18」。ひとつは、自宅出産の安全性について、これも請け負っている6人の助産師のデータのみ。もうひとつは、特定の助産所のデータのみ。まったくやらないよりマシかもしれませんが、むしろ、うまくいっているところのデータだけ出しても意味がない。同意しなかった助産所の多さにがっかりしました。
それより驚いたのは、日本助産学会は、評議員の推薦がないと会員になれないことです!そうだったのか…(今更ですが)。評議員のメンバーを見てみると、開業助産師か大学教員がほとんどです。たとえ有効な研究があったとしても、末端の勤務助産師にはその内容はあまり伝わらないと思われます。そんな閉じた学会って意味あるのか、と、ちょっと疑問です。

「母性衛生学会」は、誰でも入会でき、会員のうち、67%が助産師だそうです。私も学術集会を聴きにいったことがありますが、勤務助産師も多く研究していました。でも、学会誌の目次をちらっと見た限りでは、助産所に関する研究は1つか2つ。ケアの中身についての分析のようでした。

こうしてみると、もしかして、「開業助産師-助産教員」と、「勤務助産師」で、分断があるのかもしれないという気がします。でも、助産師という職業の将来を考えると、もっと科学的な研究、データの蓄積が必要だと痛感します。何かできること、小さなことからでも、やっていけたらと思いますが…日々に追われております。

すみません、書き始めたらとても長くなってしまいました。
最後になりましたが、このブログがとても意義ある議論の場になっていること、そこに参加できることを、琴子ちゃんのお母さんに感謝いたします。

No title

確かに助産院や自宅分娩を礼賛する人の間では「病院での最初のお産で辛い思いをしたから次は助産院を選ぶ」という表現をよく目にしますね。

でも私はそう考えるに至る理屈がさっぱり理解できません。
じゃあ何故「あの病院は対応が酷かったから次は違う病院で産もう」と思わず、いきなり助産院を選択するのか、と。

最初の病院であれこれ辛い思いをさせられたとしても、その理由が「病院だから」となぜ決め付けるのでしょう?その病院に性格の悪いスタッフがいただけじゃないのですか?その病院がたまたま人手不足だったのかもしれません。その病院にたまたま積極的に医療介入をしたがる先生がいただけかもしれません。何よりその積極的な医療介入があったおかげで赤ちゃんが無事生まれてきたのかもしれないのに…と。

私は二度の病院でのお産で非常に満足のいく対応をして頂けました。辛い体験を病院でされた方が少なからずいらっしゃることは気の毒なことですが、その不幸な体験を理由に病院でのお産自体を全否定するような発言をすることは身勝手で無責任だと私は思います。「病院はベルトコンベアー式で、スタッフは冷たい」などと決めつけるお決まり式の表現を見る度、私は私が出会った産院の人たちが侮辱されてるようで不愉快な気持ちになります。誰も彼女たちに面と向かっては抗議はしないけれど内心不愉快に感じている人は結構多いのではないかと私は思っています。

No title

琴子の母さん、こんにちは。 またおじゃまします。

 レインボーさん、ごめんなさいね。 多分自分のコメントが原因ですよね。 不愉快な思いをさせてしまい申し訳ないです。

 自分は、全ての病院の医療行為やスタッフをダメだと言っているわけではありません。 医療行為は絶対必要ですよ。 もちろんね・・・。   ただ、 積極的な医療介入ではなく、過剰な医療介入で問題をつくってしまうこともあるのです。 このコメントをみて、お産にかかわっている医療従事者は、少なからずとも心当たりがあると思いますよ。 または、直接的ではなくても、見たこと聞いたことあると思います。
 そのような経験をされた患者さんの中で、次、違う病院を選択されないのは、「病院のお産はこれなんだ」という固定観念が根付いてしまったからではないでしょうか? 理解しにくい部分ではあると思いますが、特にお産に対し、自分なりの考えをお持ちのかたはなおさらで、本人にしか分からないことだと思いますよ。 ただ、医療従事者はもし心あたりがあれば、同じような患者さんを作らないようにしないといけません。

前にも述べましたが、自分は自宅分娩を否定しません。 だからといって肯定もしません。 ただ、医師である以上、偏った意見をもたず、時代の流れを読み、高い視点から物事を考える必要があると思うんです。

 なぜ、周産期において、不幸な経過をたどる患者さんがいるのか?
そのリスクを少しでも減らす努力が我々には必要で、いろんな分野から、いろんな観点から考えていかないといけません。
 
 日本の医療技術は飛躍的に進歩してます。 問題が起きたときその技術の恩恵は必要不可欠です。 しかし、それがリスクを減らしてくれるわけではありません。 本来なら、その技術の使用頻度を減らす努力が重要なのです。
 
 全てきれいごとのように聞こえるかもしれませんが、間違ってないと思ってます。  




 

No title

医療技術がいくら進歩しても、お産自体のリスクが減少するわけではない、そのとおりだと思います。

ではなぜ、50年前と比較して、今現在、周産期の母子の死亡率は
半分どころか十分の一以下に下がったのでしょうか?
積極的かどうかはともかく、
医療者が「危険」と判断したときに医療介入をしてきたからではないでしょうか?

助産師のみが付き添う自宅分娩には、医療介入はありません。
助産師の免許では、不可能なのです。
つまり、50年前と同じです。
その条件では、母子の分娩における危険は、50年前と同じ、ということです。

付き添っている助産師の正確な状況判断とすばやい搬送、
それしかないのですが、
残念ながら自宅分娩を請け負う助産師は
「自宅」にこだわるあまり、搬送が遅すぎます。
実際の医療統計でも出ていますよ。

はなたい先生、産科医だとおっしゃるのを嘘だとは言いませんが
失礼ながら、経験が少ないのではないでしょうか?
もう少し、実践でもまれてから、自宅分娩の是非を論じなさってはいかがですか?

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

はなたいさんご自身に不愉快な思いをしたわけではありませんので謝って頂く必要は全くございません。話の流れ上、かねがねから感じていたことを書きたくなっただけです。気をつかわせてしまったのなら申し訳ありません。

何故そういう病院のお産を否定するに至ったのか、その経緯や原因を産科医療に携わる方々が考え、場合によっては改善をしていくことは大事なことだと思いますので否定するつもりは全くありません。ただ、はなたいさんのこれまでの書き込みは自省的過ぎるあまり医師側にばかり原因を求めておられるような印象を受けました。だからこそ私は医療を受ける側の立場から、一度の不幸な体験がもとで病院のお産を全否定するような発言をする側にも無神経な点があるのではないか?と言いたかったのです。

No title

「正確な状況判断とすばやい搬送」・・・
開業助産師に望むのはこれしかありません。
出産場所に病院を選ばなかった場合、助産師に求めるたった一つのこと、「正確な状況判断とすばやい搬送」。
ぎりぎりまでねばって「ほらね、大丈夫だった、助産師は待てるのが最大の強味」、などという満足感はいらないから。

はなたいさん、自宅出産を選んだ結果子供を死なせてしまった自分にも、そっと声をかけてもらえたような、そんな気がしました。

No title

自宅分娩をするのであれば、嘱託医が異常時に短時間で駆けつけること、嘱託医の診察・判断で搬送先を決めること、救急物品を可能な限り携行することなど厳しい条件があってもよいのでないかと思います。
(よほど自宅分娩に関心のある産科医以外は、受けないことでしょう)

自宅分娩は年間2千件以上あるので、自宅分娩をすすめてきた助産師会は相当なデーターを持っているはずです。その現状、問題点、事故など公正・中立な立場で分析して情報を開示しないことには、本当に妊婦さんに勧められるものなのか、産科関係者でさえも判断の根拠がない状況です。
自宅分娩はすばらしいと主張する側が、きちんと説明できる責任を負うと思います。

自宅分娩が「大事な文化であるから守りたい」とでもいうのでしたら別ですが、離島や僻地の方が望んで自宅分娩をするとは思えません。
どこでも出来る限り医療にアクセスできるような社会にすることの方が先決だと思います。


横レスですが、miyaさんこんにちは。助産師仲間が、コメントしてくださってうれしいです。



ささいなことですが

おととい「ギネ~産婦人科の女たち」というドラマが最終回でした。
毎回突っ込みどころが満載の、ストーリーとしてはやや難ありのドラマだったのですが、部分的に納得できる箇所もいくつかありまして、そのひとつを紹介します(注*原作「ノーフォールト」とは全く違う話でした)。

主人公の女性医師が、大学病院を辞め、息子とともに小笠原に向かおうとしています。そこに上司である医師が駆けつけます。
「小笠原で何をする気なの?」
「まだ何も決めていません。私の出来ることをやろうと思います」
「設備も機材もないところであなたに何が出来るの! いい、小笠原の妊婦さんは、30週を過ぎたら本土に来て、こちらの病院で生むのよ。そこにあなたが行ったらどうなると思う? それまで何ともなくても、急にハイリスクになることもあるのよ! 移動手段は船しかない、飛行場もない……離島の問題は、政府や行政も巻き込んだ、もっと大きな枠で考えるべきことよ! あなた、島の妊婦さんたちを危険にさらす気なの?!」
絶句する主人公
「あなたはやっぱり修行が足りないわ。私がまだまだ鍛えてあげるから、戻ってらっしゃい」
主人公は小笠原行きをとりやめ、大学病院に戻ることになる、でエンドです

「離島やへき地に医師が単身乗り込む」というのは従来、ほとんど「美談」としてしか語られなかったわけで、最後にこのようなセリフを教授クラスの医師に言わせたのはなかなかだったと思います。自宅出産にも通じる話だと思うので、もっとこの辺突っ込んでほしかったですが、終わってしまいました。これですこしでも、産科医療問題への理解が進む方向にいくといいのですが。

No title

私が助産師になろうと思ったのは、貧困国での医療援助に看護師として関わったことがきっかけでした。貧困国では母子保健が特に重要ですし、いつかはそのような無医村で働きたいと。

助産師になって、その国を行き来しているうちに、助産師としてその国で働く必要性がないことが十分わかりました。
通常のお産は、その国の有資格者の助産師や伝統的産婆という人たちの介助で十分です。赤ちゃんは、ちゃんと生まれてきます。ただし、異常があった場合、医療にかかることが出来ずに命をあきらめなければならないこと、障害や疾病に対してなにも手立てがないのです。
必要なのは、異常時に対応できる産科医や小児科医であり、そのためのスタッフを含めた医療施設なのです。
また、帝王切開や医療を受けるために、年収にも等しいお金を親戚中から借りなければならない社会のシステムに問題があるのです。

わずか50年前の日本の社会も全く同じ状況だったことでしょう。

経済成長の真っ只中にいた時には「日本は優秀だから、頑張ったから経済的に豊かになった。だから貧しい国も、そうすればよいのだ」という見方が多かったと思います。
でも、経済繁栄なんてもろいものです。
新生児訪問をして思うのは、20代でこんなにすごい家に住むことができるのかと思う人が多くなった反面、本当にぎりぎりの生活なのだろうという人も多いです。

自宅分娩が「流行ってきた」とすれば、住環境が良くなったこと、交通手段や通信手段が良くなったこと、分娩時に専門職である助産師を複数呼ぶことができるだけの人的余裕、救急搬送や周産期救急に対応できる施設の充実など、大変恵まれた条件がそろったなかでの贅沢な選択であると思っています。

この先、いつまでこの恵まれた条件で続けられることでしょうか?
産科医がいないから、産科施設がないから、でもお産は助産師で大丈夫だし入院施設がなくても自宅で大丈夫・・・と言われるようになったら、皆さん耐えられますか?

日本で広がっている助産院や自宅分娩の「ブーム」は、最低限の安全や医療システムが整った社会で許されているお産の中の贅沢な選択であることを、世界中を見渡して考え直してみることも必要だと思います。

No title

ゆみんさん、miyaさん、はじめまして。
レインボーさん、お久しぶりです。
ふぃっしゅさん、suzanさん、さくこさん、haccaさん、いつも有難うございます。
はなたいさんからは一時コメントを控えると管理人のみでお知らせ頂きましたが、はなたいさん、このブログの真意に沿っていますから、どうぞまたご意見ください、お待ちしてます。
はなたいさんのご意見が有意義だからこそ、皆さんのご意見の中心になっているのではないでしょうか。

私は自宅出産は肯定的、否定的に受け止めるかどうかの問題ではないとおもっています。
今回、ふぃっしゅさんとmiyaさんからのご指摘にある通り、助産院や自宅出産を推奨している団体からその環境下での危険性の警鐘は全く鳴らされていません。
事実の公開がありません。
また、『離島や僻地で止む無く自宅出産』というのは、肯定するための材料ではないとおもいます、さくこさんがドラマの台詞から紹介されている通り、これらの問題には行政がしっかりと取り組むべきことで、そのために税金を投入するべきだとおもいます。

好んで自宅出産している方の多くは、医療批判が入り口にあるとおもいます。
確かに、質の悪い人はどこにでもいますから、今回、管理人のみでお寄せくださっている方からは、その質の悪い勤務助産師から相当酷いことを言われたというご意見も頂いています。
この方の場合、他に産院がないということで、他を選びようがなかったそうですが、私は基本的にはレインボーさんのご指摘の
>でも私はそう考えるに至る理屈がさっぱり理解できません。
じゃあ何故「あの病院は対応が酷かったから次は違う病院で産もう」と思わず、いきなり助産院を選択するのか、と。
---というのが同じに疑問としてあります。
琴子出産前の私はどこかしらに“医療批判”がありましたから、あの頃を思い出すと、『酷いことを言った“あの”病院が嫌!』なのではなく、いつの間にか『病院は酷いことを言う』となってしまうのだろうと…ただ私の場合はこの時には病院での出産経験もありませんでしたから、あくまでも推測です。
でもきっと、この推測はそれほど間違ったものではないともおもっています。

病院を嫌う仲間はすぐに得られます。
長時間待たされることからして不満を抱いている方ばかりですから、自分以外の存在を忘れてしまえば、すぐに
「意味もなく長時間待っている」
気分になってしまえるのだとおもいます。
言い方は悪いかもしれませんが、そこを上手く営業の材料にしているのが一部の助産院だったりだとおもっています。
実際に、助産院の紹介文には医療批判、病院での出産を否定していることが多いです。

助産院や自宅出産は美化することではありません。
そこで死んでいる人(母親だけじゃない、胎児だって人間です!)がいるっていうことを何故、公にしないのか。
近く、マスコミがどうして助産院や自宅出産を美化するのかも書きたいとおもっていますが、マスコミ以前、当の助産師の方たちが自分達の営利のために病院や医療を批判することは、その行為だけをとってみても、助産師のプロとしての意識がないと言いたいです。
病院で辛くなることを言われたことと、助産院や自宅出産とは全く別の問題だとはっきりと線を引く必要もあるとおもいます。
助産師の態度は苦情として病院に伝えるべきだし、改善は求めるべきです、でも、『病院でこんなことを言われたから助産院へ…』というのは、安全云々も何も、全くレベルの違う問題です。
ただ残念なのはその問題がいかにしてレベルの違うことなのかということからして説明をしないといけないくらい、私たちの意識は低く、母子の死に対して無知なのです。

遅れましたが

琴子の母さま
suzanさま

こんにちは
今回の記事を参考に、フジテレビ宛にメールを出しました。kikulogには書きこんでおいたのですが、こちらにお知らせしておくのを失念いたしておりました、すみません

該当の番組はこれです

フジテレビ・どーも☆キニナル!
「出産体験!アンビリバブ- ~特別編 密着40日自宅出産SP」

メールそのものを保存してはいないのですが(怒っていてうっかりしちゃいました……)、だいたいこんなことを書きました。

・出産には必ず三割のリスクがつきまとう(suzanさんの意見をお借りしました、医師の意見、と書きました)
・何かあったときの搬送の問題、医師との関係がまったく触れられていない。助産師では医療行為出来ないことは知っていたか?
・破水した妊婦は、通常なら即入院して、場合によっては抗生物質投与(細菌感染防止のため)という流れだが、すくなくともこの番組では医師に判断をあおぐような場面は一切なかった。私にはとても危ないことのように思えた。
・自宅出産はまだまだ少ない→家族の絆を深める素晴らしいお産なので皆に知ってほしい、という論調だが、件数が少ないのは危険だからだ。赤ちゃんが亡くなったり重体になったり、という実際に起こっている事故については認識しているのか?
・アナウンサーのコメントも絶賛ばかりで、安全性についてはまったく語られていないというのは重大な手落ちではないか。
・産科医療崩壊寸前といわれている今だからこそ、安易な番組作りで何も知らない妊婦さんたちを危険にさらすようなことは厳に慎んでもらいたい。番組のメッセージ欄にも「自宅出産、私もやってみたい」と書いている人がいた。大変に心配だ。

「新週刊フジテレビ批評」宛に出しておきました。自局の番組を検証する番組、ということなので期待したいところですが、取り上げられるかどうかはわかりません。けれど誰かの目には必ず触れますので、まったく意味のないことでもないだろう、と思います。
寄せられたメールをすべて読んでいる、というのを信用すれば、ですが。

No title

さくこさん、ご苦労さまです。
われわれ医者はそういう活動も積極的に参加すべきだと思ってはいるのですが
…なんというか、疲れてしまうのですよね。
それならさくこさんは疲れないのか、とかになるともう、返す言葉もありません。
頭が下がるばかりです。

それまで順調だったお産経過が、破水で一気に悪化することがあります。
破水すると、子宮の内圧が急激に下がるので、
赤ちゃんの状態が変化して心音は必ず一度悪化します。
自然にもとにもどる場合が圧倒的に多いですけど、
悪化したままになってしまって帝王切開になったりもします。
なんで悪化したままだったのか、手術してもわからないこともあります。

破水ってそれだけ、赤ちゃんにとっては「試練」なんだと思います。
初めて外界の空気に触れるのですもの。

胎盤早期剥離も、破水の瞬間に起きたりするんです。
怖いです。

No title

suzanさん

とんでもない! こちらこそ、こんな厳しい状況の中頑張られているお医者さまには足を向けて寝られない、と思っていますのに。私は面倒くさがりのずぼら主婦なので手抜きは大得意です、疲れないよううまくやっておりますので、どうぞご心配なく(威張ることじゃないですね 笑)。

それにこの番組、平日の昼近くという時間帯ですので、普通の医師の方でしたらほとんど視聴は無理です。多分作る側も、医療関係者などが観るなどとは意識していないでしょう。あくまで主婦がターゲットだと思います。
その日は本当にたまたまテレビをつけたら、いきなり「自宅出産」の文字が目に入り、あまりのタイムリーさにびっくりしました。いくらずぼらな私でも、これで黙っているわけにはまいりません。

今考えると、こちらで皆様にご相談すればよかったです。破水の危険など、書ききれてないですね。反省。

それにしても、私を含め周囲のアラフォー世代母にとっては「出産は病院でするもの」で、破水したらすぐ病院、というのはしみついているのですが、あの番組を観てその辺に気付かないのか知らないのか、まったく突っ込まない女性アナウンサーやゲストには呆れました。年齢層は様々でしたのに。悪く言わないように指示されているのか? などとうがった見方さえしてしまいます。

No title

さくこさんの書き込みをkikulogで拝見して、いてもたってもいられず私もその日番組宛に投稿しましたが掲載してもらえませんでした。番組以外には投稿していませんが次はどう出ようか悩み中です。ちなみに私はkikulogでTENと名乗っている者と同一人物です。ややこしいので今後はこちらでもTENで書き込みするように致します。

番組を観ておらず、番組の紹介文を読んでの意見なので具体的な指摘や批評は出来ていませんが、送ったのは下記の文章でした。急いで書いたし、送信する直前に多少手を加えたので送ったものと完全に一緒ではありませんが…さくこさんや私の批判的な投稿は載せず、「自宅出産感動しました」「私も次は自宅出産したいです」などという投稿は載せるという番組の姿勢が腹立たしいです。

 自宅出産、素直に感動されている方が多いようですが…あれを感動ドラマとしての観点のみで放送するのはメディアとしてあまりにも無責任だと思います。二度目のお産とはいえ38歳は高齢です。自宅出産で母子ともに亡くなったケースがあるのをご存知ですか?助産師がいても搬送となりお子さんが亡くなったりしたケースが何件も発生しているのをご存知ですか?なぜそういうことが明るみに余り出ていないかというと、いざ不幸に見舞われた場合、自宅出産を選んだこと自体を責められることが多いため、誰も訴えたがらないからです。病院に搬送されてから亡くなりますので、「病院での死亡例」にみなカウントされてしまうためデータ上出てきにくいだけで、助産院からの搬送例は病院からの搬送例より手遅れのケースが多く、有為に死亡率が高いことが北里大学の調査でわかっています。

助産師が自宅にいてくれれば安全、なんてものではありません。どんなに健康な妊婦でも急変するときは急変します。「急変」ですから予知することはどんなプロでも難しいことです(事前に「見分けられる」と主張されている方は単に経験が浅く、急変例を目にしたことがないからだと思います)。お産時は数分間で何リットルも出血するなど、いざ大出血が始まるとその勢いはすさまじいです。わずか5分の搬送の遅れが母子の命を左右します。だからこそ全国の妊婦のほとんどが病院でのお産を選ぶのです。家族の立会OKの産院なんて今では沢山あるというのに、自宅出産でないと家族一緒のお産体験が味わえないかのような印象を与えているのもどうかと思います。

確かに全国で千件あまりしかない自宅出産を取り上げるのは結構です。でもそれがいかに危険と背中合わせの選択であるか、何パーセントかの確率で母親が見守る子どもの目の前で大出血したり痙攣を起こしたりして搬送され、場合によっては死亡することもあるのだということを伝えないで、たまたま幸運にも母子ともに問題のなかったケースを単なる美談として取り上げるのは自宅出産の推奨にもつながることで、メディアとしてあまりに無責任な行為です。どんなお産でも母子が無事であれば感動的なんです。それを履き違えてはいけません。終わりよければすべてよし、ですませてはいけません。猛省を求めます。

No title

TENさんへ
こんばんは
ありがとうございました! 心強いです!

kikulogにも書きこみましたが、一応こちらにも載せておきますね

「新週刊・フジテレビ批評」(URLは禁止のようなので、書きませんでした:検索するとすぐ出ます)

フジテレビが自らの局の番組を検証する、という番組のようです。
私はこちらにもほぼ同内容のメールを送付いたしました。TENさんもいかがでしょうか?
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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