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2009-06-01

プライベート出産 其の三

三度めになりますが、以前にsuzanさんが
『無介助分娩だと、出生届けが難しくて大変』
ということでご意見くださいましたが、実際に無介助分娩をした方が、妊娠中から着々とその準備をし、健診にも一度も行かず、分娩後に証明となるものを用意していたことを詳細にブログで紹介しているところもありました。
要するに、これから無介助分娩を計画したいとしている方への助言をしているわけです。
(その内容に対し、“素敵”だとか、“こんなに色々と教えてくれて太っ腹だ”と解釈出来るコメントばかり…)
ここでそのブログへのリンクを張ると、その内容を教えるような結果にもなるので控えます。
が、平然と行われていることには驚きというか怒りというか…無介助分娩、プライベート出産がおもっている以上に浸透しているということの表れのような気がしてなりません。
酷いのが、死産だった場合の準備も必要だというような文言があるのです。
簡単に死産だった場合を考えている。
それも、死産の場合は大出血から云々でわかり易いからすぐに病院に行くと、あまりにも単純で、お粗末な知識でしかなく、本当にこのような状態をどうおもうのか、対応をどうするのか、無資格者の内診を騒ぎ、無資格者に平然と臍の緒を切らせ、そして無介助分娩には警告文しか出せないのか。

こういう事実もあるということです。
助産師会の方に連絡をしてみようとはおもいますが…

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死産はわかりやすい?

死産にもいろいろな種類があるんですよ。

死産証書にも「分娩前」「分娩中」「分娩後」と種類分けがあります。
生まれてすぐに、蘇生に反応しないまま亡くなってしまう「分娩後」はわかりやすいというか、そのまんまなのでしょうが。

分娩前とは、厳密には陣痛がはじまる直前までを差します。
赤ちゃんの心拍をモニターしているわけでもないのに、分娩前にはお腹の中で元気だった、となぜわかるのか?
分娩が近くなると胎動が少なくなる、という都市伝説を信じているお方はたくさんいます。
妊婦健診にいらして赤ちゃんが亡くなっているのを指摘されたお方が「そう言えば三日前から動かなくなって…でももうすぐ生まれるからだと思って」とおっしゃるのを、何度か聞きました。
動かなくなった、と病院に来ていただいても多分助けることはできないのですが、それでも死産証書には「分娩前」と書くことができます。

分娩中の死産は見たことがありません。
分娩中に赤ちゃんの心拍が悪くなれば即座になんらかの手段(多くは緊急帝王切開)をとりますので。
でも自宅で医療者も付き添わないまま(もしくは医療者がいても心拍確認をしないまま)生まれて「死んでいた」のなら?

分娩前の死産ですと(いい話ではありませんが)赤ちゃんは「軟らかく」変成しています。
分娩中ならおそらく、生きて生まれてその後亡くなった赤ちゃんと区別がつかないでしょう。解剖でもしない限り。

はっきり言えば、お産に立ち会った誰かが殺した疑いを持たれる可能性があるということです。
生きて生まれたけど蘇生できなかった、場合も、口鼻をわざとふさいで窒息させた、という疑いをもたれても仕方ありません。

望んで子供を持ったのに、結果的に「子供殺し」と疑われる結果になったとき、いったいご夫婦はどんな気持ちになるのでしょうか。

あえて追加します。
「死産なら出血が多いのでわかりやすい」とは限りません。

suzanさんへ

こんにちは。
今日、天使ママの方に電話をし、話をしました。
中で、この当のブログの内容をしたところ、ご自身の話だけではなく、他の天使ママの話もしたりして、やはり死産についてのあまりにも幼稚な知識についてふれて、死産に無知すぎるとなりました。

コメント欄で、行政の縦割りを批判までして、読んでいると、こうやって前例をつくっていくことで認知されていくのではないかというノリです。

> 望んで子供を持ったのに、結果的に「子供殺し」と疑われる結果になったとき、いったいご夫婦はどんな気持ちになるのでしょうか。
---
下手したら、『私たちのしていることを理解出来ないだけだ』というようなことを言うのかもしれません。
やっぱり、子供が生きている結果の方には、想像が出来ないんだと思います。


>
> あえて追加します。
> 「死産なら出血が多いのでわかりやすい」とは限りません。
---
有難うございます。
しかし、こういう言葉を真面目に聞いてくれる方たちではないような気がして…
それでも、このブログをご覧くださっている方には伝えてくださること、とても感謝しています。

自己責任ではない...

健診にも行かず、無介助で出産なんて恐ろしいです。
こういう人は口ではリスクに対して言っていても、自分にふりかかってくるなんて実際はたいして思ってないんでしょうね...。


個人的意見なのですが、何か異変があったら病院に頼ろうと思っている時点で、自己責任では済まないと思うのです。

週数も、赤ちゃんの状態も、妊娠経過も、感染症の有無も、母体の血液型もはっきりしない健診歴のない妊婦は、何があっても対応できる病院でないと受け入れできないし、受け入れる際、通常より手がかかりますよね。

産婦人科医、NICU不足が問題になっている今、他のきちんと健診に通ってる妊婦さんや赤ちゃんが、本来必要なはずじゃなかったその人のせいで、必要な医療が受けられないなんてあるかもしれません。


自己満足を求めるより、今の産科医療のことを考えて欲しい。
欲しいと思った時に、欲しい分だけなんて、そんな『贅沢なお産』ができる時代じゃない。

これも自分勝手なのかもしれませんが、もう1人産むかもしれない私はそう思います。

葵さんへ

こんにちは。

> こういう人は口ではリスクに対して言っていても、自分にふりかかってくるなんて実際はたいして思ってないんでしょうね...。
---
そうだとしかおもえません。
そして、搬送を簡単におもっているんだとおもっています。


> 週数も、赤ちゃんの状態も、妊娠経過も、感染症の有無も、母体の血液型もはっきりしない健診歴のない妊婦は、何があっても対応できる病院でないと受け入れできないし、受け入れる際、通常より手がかかりますよね。
---
こういうことを、私たちは知らないんです。
本当に知らないんです、病院はいつでも誰でも同じなんだとおもっている。
母子手帳の情報が1秒を争う事態にどれほど重要かも、知らないんです(分からないんです)。
でもこれには、助産師会だって問題を感じて欲しいです。
助産師の中には、『病院の健診は金儲け』というようなことを言っている方、いましたから(目の前でのこと)。
また、そうまで言っていなくても、非医療を作る意見は助産院に多くあります。


> これも自分勝手なのかもしれませんが、もう1人産むかもしれない私はそう思います。
---
勝手じゃないですよ。
当然のご意見です。
“人の車にぶつかってでも、自分はこの道をまっすぐ行くんだ”の勝手とは違いますよ。

No title

健診にいかないというのは、非常に危険だと感じます。もし何らかの異常事態が発生した場合、健診を受けていない妊婦を受け入れるのは、病院側にとっては大きなリスクを押し付けることになるのではないでしょうか。
無事に産まれる場合はそれでいいのでしょうが、お産は何があるか分かりません。周産期医療の問題が大きくなっている今、不必要なリスク(既往症もそれまでの経緯も分からない患者をいきなり診察させるというようなリスク)を病院側に押し付ける事は、できるだけ避けるべきだと思います。
つまり、ちゃんと健診には行きましょうよ、ということです。

コメント

久しぶりに来たら、ブログが移転していて、開業さんという方の荒らしを知りました。

ホメオパシーの記事にコメントした私と開業さんは別人です。
開業さんの荒らしはいけないですが、本当に私と同一人物と思われていてそうでないと主張していたと思います。

これ以上のコメントは、また荒らしと誤解されそうなので控えさせていただきます。

さようなら。

るんさんへ

こんにちは。

> つまり、ちゃんと健診には行きましょうよ、ということです。
---
健診に行く必要性を感じていない人は私の近くにもいました。
『妊娠は病気ではないから』というのが間違った解釈を生んでいるのか、その言葉を使って、
「健診は病院の金儲けだ」
というようなことも言っていました。
やっぱり“危険性”というのを私たちは知らないんです。
もっとマスコミもこういうことをキャンペーンで打ち出して欲しいもんですね。

No title

健康診断。
どこも悪いとこない、と自分で思っていても受けます。
なぜか?
自覚症状がないうちに進行する病気も多いから。
そして、そういう病気に早く気付けば、治る可能性も高いから。

妊婦「健診」も同じです。
妊婦さん自身と赤ちゃんが、「健康」かどうかみるのです。
健康な人を相手にしているから、基本的には保険がきかない。

(これに関しては、「病気でないから健康」という考え方は
あまりにも硬すぎると思っています。
妊婦は病気ではないけれど、普通の健康状態でもありません。
でもこれはまた、別の議論になるので。)

大人になりきったお方なら、健康診断は年1回でいいけれど、
毎日毎日すごいスピードで成長する赤ちゃんと、
その成長にあわせてカラダが変化する妊婦さんの健康は、
10ヶ月の妊娠期間中に1回か2回の「健康診断」ではわかりません。

妊婦健診行ったけど対してすることなくてすぐ終わって、
お金と時間ばっかりかかって、あんなの行かなくても同じだ。
…と思っているなら、大間違いです。
目に見えないお腹の赤ちゃんの健康に、そんなに自信が持てるんでしょうか?
急激に起きてくる妊娠高血圧症候群に、妊婦さん個人が気付いたり
対処したりできるんでしょうか?

まただよ・・・

本日中日新聞(中部地方地元紙、東京新聞と同じ)で思いっきり自宅分娩を取り上げてました。写真たっぷり、例によって「50年前はみんなこんなものだった」「自分の体からの要求を大切に」云々。
自然礼賛するなら、「自然に産めば10万人中400人の赤ん坊が死にます」てことも書いて欲しいです・・・

No title

私はこどものアレルギー関係でマスコミからの取材を受ける事が何度かあったのですが、記者やアナウンサーのほとんどは病気や医療に関して知識がほとんどありません。そして何故か、医学的根拠がなくても取材される側が何かに前向きでありさえすれば取り上げるに値すると言う価値観を持っています。一部の医療専門の記者や医療に詳しい記者を除き、その他の記者達には冷静で科学的な視点があまり感じられませんでした。一から説明するのが非情に大変でした。

おそらくは最近の取材者にはあまり科学的な素養がないのではないかと感じる事も多々ありました。また、新聞報道は記者の主観が入ってはならないはずなのに記者の個人的な解釈が挿入されたり、ニュアンスが違ったり、全く別の意味に摩り替わってしまう事もありがちでした。

科学的素養に乏しい人が書いた文章は内容を端的に言い表そうとすればするほど事実とは違ったものになりやすく誤解を生じる原因になると思われます。

さて、自宅出産ですが、それがどれほど危険なものか、普通に出産の歴史を調べれば素人でもわかるはず。昔は医療が行き届かなかったから自宅で産婆さんを呼んで産むしかなかった、それだけの事。そしてそれがいかに不衛生で不確かで、どれほどの高確率で母子が生命の危険にさらされたか、そしてそこに医療顔が届くようになってから、どれほどそれが助けられるようになったか、この事実を見ようとしないのは何故なのか本当に不思議です。

十数年前までは先進的なバースコーディネーターでも、その著作できちんとその危険性を伝えていたものでした。その昔、自宅出産しかなかった頃に、今で言う児頭骨盤不均衡や様々な理由での難産で母体内で胎児死亡に至った場合、産婆さんは胎内の児の頭を粉砕して外に出したといいます。胎内でしに至った場合、ほうっておいても体がばらばらになり体外に出やすくなる、つまりはそれが母体を守るための自然の摂理なのでしょうが、そういう普通の人には耐えられない状況が生じるかもしれない可能性をほんの少しでも知識としてしていれば、その様なことをする人は減るのではないかと思いますが、それもきっと耳には届かないのかもしれませんね。

健診も受けずに自宅無介助分娩を実施し、CPDで児が死亡したらその人は救急車で病院を探してもらい病院でその処置を受けるつもりなのでしょうか?その処置がどのようなものかも知らず、それが心身にどのような影響を及ぼすかも知らずに。おそらくそういう人は、そんな事があるとすら知らずに無謀な賭けをしているのだろうと思われます。

ここに至っては既に宗教の世界に等しいですね・・・この国の将来が思いやられます。

切胎術

エドガーさんがおっしゃった、「子宮内で死んでしまった胎児を切り刻む」ことを、「切胎術」(せったいじゅつ)と呼びます。
別な言い方では「胎児縮小術」…どっちもイヤな言葉です。
古い教科書には、そのための専用の鉗子とか実際のやりかたの図説もありました。
狭い子宮口から刃物を入れて、実際には目に見えないものを手探りで
…ですから、母体に危険でもあります。

ただ実際には、陣痛さえきているなら、切り刻まなくても自然に死産になることが多いです。
前にも書いた通り、赤ちゃんは亡くなると頭蓋骨も含めて「軟らかく」なりますからね。
陣痛が弱い、もしくは来ない場合には促進剤を使います。
陣痛の痛さは「元気な赤ちゃんが生まれる」と思えばこそ耐えられるのであって、死産になるお母さんは陣痛をとてもとても痛がります。
気の毒です。

陣痛が全く来ない場合、もしくは出血多量になってきた場合には、仕方ないので帝王切開します。
お母さんの命を助けるためにやむをえないとは言え、麻酔をかけカラダに切れ目を入れて亡くなった赤ちゃんを取り出すのは、やりきれません。
そういう手術を受ける側ならなおさらそう思うでしょう。

No title

SUSANさん
私の中途半端な知識に、医師として正確な補足をしてくださってありがとうございます。
私はネット上のみならず、情報と言うものは正確でなければいけないと考えています。以前、妊婦に与えられる情報は常に中途半端なものでした。ほんの十数年前まで、「詳しい説明をすると妊婦さんが不安になるから順調な場合はリスクの説明はしない」と言う医師や助産師が多かったのです。私のようなタイプの人間は、もっと専門的な情報が欲しかったのですが、当時はネットもなく、健診で詳しい質問すると不安が多い患者と間違われ、非情に心外に感じる事が多々ありました。(特に私は中身と見た目のギャップがあるので勘違いされやすいのです)
中途半端な情報は受けて側の知性によってさらにあいまいなものになり、やがてはまるで迷信のような全く違うものに変化する事すらあります。それが最近ネット上に現れた「考え方が近い人同士の閉鎖的なコミュニティー形成」によってさらに加速しているように感じます。
日本人は昔から迷信好きで科学的論理的思考が苦手であり、特に女性は知性で判断する事を望まれずに教育されてしまう傾向が強いと感じます。昔は特にそうでしたが、最近は層によって女性の知性が分断されていますね。それが、「あまりネガディブ事を言われると嫌だから詳しい説明はしないで欲しい」とか、「難しい事はわからない」といった傾向を生むのだと感じます。現在はそういう人と情報を求める人とが混在している時代なのではないでしょうか。ですから医師と患者双方に高いコミュニケーション能力が求められるのででしょうね。
妊婦雑誌がはやりだした20年弱前は、「もっと詳しい医学的な情報がほしい」、「もっと妊婦生活を明るくしたい」と言う要望が高まった時期でした。ところが最近では、あふれる情報の中から、自分の考えに近い情報だけを拾い集めて内向きに自分の主義を貫こうとする人がネット上でコミュニティ形成をしているようです。非情に偏った情報が、より速いスピードで広められる可能性があり非常に危険だと感じます。

「死産だったらわかりやすい」という発言は、発言者の人権意識の欠如を如実にあらわしていますし、人としてあるまじきものだと言わざるを得ません。胎児の生存権をなんと心得ているのか?という疑問を投げかけたい気分です。自分と胎児とは別の個体であると言う意識が全く感じられず理解に苦しみます。

自分の好みのライフスタイルや主義主張を貫抜くために出産を道具にするのは非常に危険であり、大切な子どもの命を守るために絶対に止めるべき行為だと思います。

山口(産婦人科)さんへ

こんにちは。

そのような記事が掲載されていたなんて、ショックです。
「まただよ」ですね、本当に…

> 自然礼賛するなら、「自然に産めば10万人中400人の赤ん坊が死にます」てことも書いて欲しいです・・・
---
新聞社から取材を受ける助産師も、そのような事実を伝えられないのですよね、それを言うと仕事が減るからでしょうか。
医療に無知のマスコミの方たちが自然礼賛をする後ろで、その背中を押している人たちの責任も重くあるべきだと感じています。

誰がなんのために、どんな利益のために、これほどまでの自然礼賛が始まったのでしょうか…

エドガーさんへ

こんにちは。

> ここに至っては既に宗教の世界に等しいですね・・・この国の将来が思いやられます。
---
本当に、本当にカルト教団の世界です。
ご自分達は“崇高”なことだとおもっているのでしょうけど、子供の命を無視した内容であるのは
「もしも子供が死んでしまっていたら」
という程度での話でしか語られていないことで十分わかっていただけるとおもいます。

お産を軽視するような時代になってしまったのはどうしてなのでしょうか。
私も軽視していたとおもうので、自分自身を戒めるのと同時に、やはりあまりにも“専門家”と自称する方の発言が無責任過ぎたとおもっています。

suzanさん、エドガーさんへ

こんにちは。

私の叔母が昔、横位で腕だけ出てきた子供のお産、産婆さんが仕方なく最初に腕を切り、子供を切り刻んでのお産となったと聞いたことがあります。
40年ほど前の話だとおもいます。
このときは、赤ちゃんは生きていたけど、このままでは母体が危ないからということだったと聞きました。
このことを助産師会で話したときに、やはり書籍の中の図を見せてもらいました。
叔母にこの話を直接聞いたことはありませんが、聞くまでもなく、今でも忘れられずにいるのは当然だとおもいます。

また、お腹の中で亡くなったお子さんの出産をされている方は、天使ママの中には多くいらっしゃいます。
私はそのようなことがあることを、琴子を亡くしてから知りました。
天使ママさんのお話はどれもショックと悲しみが重なりましたが、亡くなったお子さんを出産するということの苦しみや事実が一番大きかったです。
琴子を出産しているときは、私はまだ明るい気持ちでしかありませんでしたから、“悲しいお産”ではなかったです。
しかし、もしも亡くなっていると知ってだとしたら…想像がしきれません。
胎動がなくて不安で病院に行き、診察を受けて事実を知るという方も少なくありませんが、亡くなっていることに気がつかず、健診で知るという話も多くありました。

私たちは本当に知らないんです。
suzanさんのお言葉通り、
>陣痛の痛さは「元気な赤ちゃんが生まれる」と思えばこそ耐えられるのであって、死産になるお母さんは陣痛をとてもとても痛がります。
---
私には死産の中の陣痛を経験していませんが、元気な赤ちゃんしか知らない人にとってお産はただのイベントだというような扱いしかされていないことには憤りを覚えるばかりです。

助産師がその場にいたとしても、病院であったとしても、母子の死は100%ゼロにはならないのに、どうして私がこうも言い続けるかといえば、何事も、どんなことでも私たちは必ず自分を責めます。
そのときに、「事前に知っていれば避けられたのではないか」という苦しみを一生背負うんです。
上記のような天使ママさんたちでさえ、どんなに医師に
「これは避けられないことだった」
と丁寧な説明を受けても、
「それでもあのときに少しでも自分が無理をしなければ」
と責めていらっしゃるのです。
本題とは少しずれるかもしれませんが、しかし、無介助分娩ともなれば自己責任は当然のこと、それをしてしまった人間がたまたま上手くいったということを更に簡単に流布できることにお咎めもないのには問題を大きく感じます。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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