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2009-05-26

プライベート出産

恐ろしいことです。
お産を軽視する結果でしょうね、今日、やっと、お産について考えようということで集うMLにて、“無介助分娩”の危険性を伝えてくれという投稿がありました。
mixiでもコミュがあったりして、前から見てはいたけど、はっきりいって、同じ言語で会話出来るとはおもえなかったので、書き込むことはありませんでした。
あ、今でもあそこには書き込まないな。

世の中、知らないだけで沢山のお産についての本が出ています。
あなたにもできる自然出産―夫婦で読むお産の知識
『病院での危険性だけではなく、ありとあらゆる場合の危険性も説明している』と称えている方もいましたが(AMAZON外)、無介助分娩を薦めるような結果にはなっているようです。

できるだけ自然に。。。笑顔で育児
こちらのブログでは
Q.出産準備は何を用意すれば良いのでしょうか?
という内容があります。
自宅出産をされたときの経験から話されているそうですが、中に助産師が間に合わなかった時のために用意するものがありました。
以前にも他の方から助産師が間に合わなくて、結果的に夫婦だけで出産したという実体験を聞いたこともあります。
無介助分娩が危険だと警鐘をならしてくれと、先のMLでお願いしていた方は、助産師会の理事でもあり、指導・教員でもある方です。
ならば、まず、実際に自宅出産の内容の見直しもするべきではないでしょうかね。
だって、無介助分娩は危険だと言っていても、自宅出産の依頼を受けていて、「もしも私が間に合わなかったら、これでこうすればいいの」というような指導を妊婦側にしているのであれば、それは
『私たちがいなくてもなんとかなる!』
と言っているのと同じじゃないですか。

無介助分娩をプライベート出産というそうです。
いのちは続いて行く』の中、“プライベート出産に憧れる”の中で、『助産師じゃなくてもいい』というような内容があります。
まず、子供が無事に生まれるのが当たり前という内容を悲しくおもいます。
こういうことを言う、言わせているのは、結局はお産を
『自然に、あなたの力で産みましょう』
と美化した人たちではないでしょうか。
勿論、こういう考えに至った本人の責任もあります。
でも、本当にお産を軽視している内容はそこら中に溢れていますから、医療の知識がない人、危険なお産の経験者が周囲にいない人(現代はこちらが圧倒的に多いのではないでしょうか)は惹き込まれていくのも仕方ないようにおもいます。
しかし、その経験を簡単にまた人に伝えていってしまうことの責任は大きくあるべきです。
私のように子供が死いる人もいますから、こういう事実も知った上で判断するべきだとおもうのです。


ちなみに、出生届けが面倒くさいという理由で無介助分娩を断念する方も多くいらっしゃるようだし、そのためだけに助産師を呼ぶ、だから何もしないでくれと事前に頼まれている助産師もいるそうです。
「無介助分娩されるよりもマシ」
ということを助産師の方が仰っていましたが、それと同時に、お産のリスクをもっと伝えていくことにも必死になってほしいです。
そうでなければ、こういう方が増えるばかりではないでしょうか。

「プライベート出産」「無介助分娩」「夫婦だけでの出産」と、検索すればもっともっと、出産を軽視している内容は出てきます。
こういう方たちはきっと、「正しい食生活をしているから大丈夫」って言うのでしょう。
だったら、昔々の、「正しい食事しかなかった人たち」がどうして沢山、お産で亡くなっていったのかを教えて欲しい。
あなたよりも幼少期から当たり前に動いて歩いていた人たちが、あなたよりも“粗食しかなかった”人たちが、一度もジャンクフードも添加物も農薬も口にしたことない人がどうして死んでいるのか。
「栄養が足りなかった」だけではないってことは、とっくにわかっているはずです。
これは餓死の問題、話ではないのです。


今まで、どうやってこの話をしようかとおもっていたのですが、今回、MLに投稿があったことで、良いきっかけを頂いたとおもっています。
私は無介助分娩を危険だと叫ぶだけではなく、「お産を軽視している内容の見直し」をして欲しいです。

※無介助分娩については助産師会から一般向けに警告を出しています

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No title

3年ほど前に一度コメントをした者です。当時は医学部の学生でしたが今は内科医として仕事をしています。臨床研修で新生児科を2週間だけ回りました。赤ちゃんが生まれた直後は息をしていないので「蘇生」をするのですが刺激するだけで泣いてくれる子がほとんどです。本で蘇生の手順を何度も読んで勉強していましたが、実際に生まれて泣かない子を始めてみたときは全く手が動きませんでした。隣にいた指導医が手取り足取り教えてくれてやっと少し動ける程度でした。大人の蘇生は何度もやったことがあり勝手に体が動くようになっていたので、そのときになれば大丈夫だと思っていましたが甘かったです。無介助分娩なんてものがあるなんて知りませんでした。恐ろしく危険な行為であることには間違いないです。一定確率で第一啼泣がない子がいるのですから。

死産証書も大変です

分娩時に、本人以外に立ち会ったヒトがいないと、出生証明が書けないのです。
どこそこ病院で生むのは決っていてきちんと健診も受けていた、陣痛はじまってアッと言う間に家で産まれてしまった、のはオッケー。
赤ちゃんを抱いて病院に行けば書いてもらえます。
家に助産師さんが来てくれることになっていた、助産師さんが間に合わなくて産まれてしまった、もオッケー。
助産師さんが書いてくれます。

いちばん困るのは、どこでも健診を受けないまま、自宅でひとりで産んだ場合。
「確かに自分が妊娠していて自分が産んだ」ことを、何らかの形で証明しなきゃなりません。
お腹大きいのを知っているヒトを探すとか、妊娠経過を日記に書いたものをみせるとか。
で、お役所を納得させないと証明書は出ないのです。

これがもし、死んだ赤ちゃんだともう大変。
殺人かも知れないので、いきなり「取り調べ」チックになります。
「自然死産と考えられる」という書類にたどりつくのに、ものすごい時間と手間と心労が必要。

「死んでもいいや」って思っていたお方なら仕方ないかも。
だけど、「家で産んでもきっと無事に産まれる(から病院も行かないし助産師も頼まない)」とか無邪気に思っているお方だったら、赤ちゃんが死んでショック、さらに、殺人容疑扱いされて、大ショックでしょう。

これを読んでいるみなさまの中でこれから子供を生む予定の方へ。
どうぞどうぞ、大事な赤ちゃんを無事に生んであげるために、妊婦検診はきちんと受けてください。
そして、できたら「安心」よりも「安全」に重点を置いて「どこでどう生むか?」を決めてください。

病院でも100%安全ではないし、助産師さんのお産もきっちりと危険対策をしている場合も多いと思います。

大事なのは「なんとなくこういうのがいいかも」でなく、あなたさまがちゃんと調べてきちんと考えて、「これが私の赤ちゃんと私の健康にベスト」と自分で決める、ということです。
誰かがこう言ったから、は参考にしてもいいけれど、何かあったとき「だって安全だって人に言われたから」では済まないですから。

ふくさんへ

こんにちは。
>3年ほど前に一度コメントをした者です。
---ありがとうございました。

>無介助分娩なんてものがあるなんて知りませんでした。恐ろしく危険な行為であることには間違いないです。
---こういうのも、“育児放棄”や“医療ネグレクト”という扱いにはならないのでしょうか。

>一定確率で第一啼泣がない子がいるのですから。
---これを知っても尚、“プライベート出産”だとして無介助分娩をするということは、やはり“医療ネグレクト”だと…
“出産ネグレクト”とでも言うべきでしょうか。

今の私からすると、お産を軽視している方は『死ぬ』とか、『障碍が残る』とかいうことを、他人の不幸と楽観視しているとしかおもえないです。

suzanさんへ

こんにちは。

>大事なのは「なんとなくこういうのがいいかも」でなく、あなたさまがちゃんと調べてきちんと考えて、「これが私の赤ちゃんと私の健康にベスト」と自分で決める、ということです。
誰かがこう言ったから、は参考にしてもいいけれど、何かあったとき「だって安全だって人に言われたから」では済まないですから。
---
人間の自立が間違っているのか、医師や看護師、助産師の方の力を借りるのは『情けないお産』といわんばかりの内容がまだまだあります。
どんな言われ方をしても、『赤ちゃんを無事に産むことを一番に求めた』と胸張っていいはずなのに、帝王切開では分娩したとは言えないだとか、病院で生まれた子は可哀相だとかと、裏側から責めるような行為が多いです。

わたくしが本当に考えていること

琴子の母さん
とんでもないこと、と非難の対象になるかも知れませんが、本音を書きます。

医者も助産師もいないところで何の医療介入もなく出産して、母親も子供も何事もなかったとしたら。
産んだ女性は「人間という種類の女性としてかなり強い」と考えます。
産まれた子供も「生きていく力が十分あり、強運でもあり、今後生きていく力も多分強い」と思われます。

人間は、そういう「野生」を取り戻すべきなのかも知れません。

ただし、そういうお産が大半を占めるようになれば、妊娠やお産の結果死ぬ母親、死ぬ子供の数は「確実に」激増します。
自分のカラダと子供の命をかけて、そういう実験をしたい、という個人や集団がもしあるのなら、それも仕方ない、という気がします。
お産に関する医療介入を拒む、一種の宗教集団、と扱うべきのようにも思います。

suzanさんへ

こんにちは。

>とんでもないこと、と非難の対象になるかも知れませんが、本音を書きます。
---
有難うございます。
ちょっと的外れかもしれませんが、私もそのままの感想を書かせてください。

私たちは本能的に救いも求めてもいるとおもいます。
それが宗教だったり医療だったり、家族だったり。

野生に戻ったときに、子供が死んだり、自分が死んだり、母子共に死んだり、子供の人生に大きな障碍を背負わせてしまったり、自分の肉体に障碍を得たり、その可能性がぐんと上がって不安を抱く日々を増したりするときに、“何事もなかった”ならまだ予想は容易いのですが、結果が悪かった場合に、
「自分には野生としては優れていなかった」
で済むとはおもえません。
自分の身ならまだしも、我が子に不幸があった・残った場合、その結果を抱いて生きていくこともまた覚悟を超えた結果だと、私にはわかっています。

医療も100%ではない-ということは、私たちはまだ野生でもあるといえるのではないでしょうか。
何を持ってもどうしようもないことがあるということは、救いを求めている私たちはまだまだ野生なんだともおもいます。
それでも物足りないのは、“幸せすぎる人”だからとおもいます。

>自分のカラダと子供の命をかけて、そういう実験をしたい、という個人や集団がもしあるのなら、それも仕方ない、という気がします。
お産に関する医療介入を拒む、一種の宗教集団、と扱うべきのようにも思います。
---
「実験」という表現に頷きました。
正にその通りですね。

No title

こんばんは
お久しぶりです...。

『プライベート出産』という新語があることを知りませんでした。自宅での分娩、そして、医療者が立ち会わないものは、現在の日本における進化した周産期医療の恩恵を賜ることを自ら拒否したことと等しいといえます。
もちろん、御自身の熟慮の上で『プライベート出産』を選択されることは妨げるものではありませんが、今の我が国における、周産期の医療情報はやや偏りがあるでしょう。
異常分娩は数分単位での対応を求められます。輸血や緊急帝王切開などで、日本において発生する『生命に危険が生じる異常分娩』のうち90%以上を産科医が救っているのです。そして、重症新生児仮死や超低出生体重児の管理は新生児科医の腕にかかっています。
自宅での分娩、そして、一部の助産所ではこういった方々を救うのは難しい。正確な情報が周知されるべきです。

いなか小児科医さんへ

こんにちは。
お久しぶりです。

>『プライベート出産』という新語があることを知りませんでした。
---
作った方は、無介助分娩を好意的に、肯定したくてつけたとしかおもえません。
一体、誰がつけたのでしょうかね。

>自宅での分娩、そして、一部の助産所ではこういった方々を救うのは難しい。正確な情報が周知されるべきです。
---
その通りだと思います。
私自身が偏った情報ばかりだったからこそおもうのですが、皆さんがおもう以上に偏った情報が溢れ、賛美されています。
自分達に責任がないとは言いませんが、転がる石のように、一気にそちらへと偏っていってしまうときに、背中を押す人が結構いるのです。
今時、全く自分たちだけで自発的に『よし、自分達だけで産もう!』とはならないとおもいます。
『お産は女性の力、自然に備わった力で産める』
というような言い方は(その他にも沢山あります)、このような選択肢を生むに、十分だとおもいます。
プロフィール

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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