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2005-09-25

自然分娩への憧れと生活様式の違い

今日は私が感じている“不自然な自然”の話をしようとおもっていた。
なにかのご縁だろう、Care the wordのノーラ・コーリさんからメールを頂き、その内容がまさに今日、私が伝えたいとおもっていた内容だった。
今日はノーラさんのくださったメールをかなり引用させて頂くことにしたので、ノーラさんの言葉は太字で記します。
ノーラさん、引用をご快諾くださり、ありがとうございます。

天使ママの友人のうちの一人、Mママが近く、帝王切開で分娩をします。
Mママに激励の言葉を贈ろうと、私は夕べ、彼女に電話をしました。

激励の電話のはずが、先日のYahoo!の掲示板の話になり、その会話の中で、Mママの旦那さんの言葉を聞き、私が今まで感じていたことがくっきりと輪郭を強め始めてきた。
Mママの旦那さんは日本人ではなく、母国で育っているので、まるっきり日本しか知らない私が感じ難いことも感じ易いのだろう、昨今流行の“自然なお産”への指摘をしっかりと持っていた。
その内容がノーラさんの言葉と重なり、また、私が琴子を見送ってからずっと不快におもっていた、自分の中の不鮮明な気持ちとも重なった。

特に私たちのからだは自然と言えるだろうか?
畑仕事をしていれば自然とからだを動かしおなかがすいてごはんを食べよく眠れた。
今はお金を払ってまで自然な生活を体験しようと、妊婦にぞうきんがけをさせるところもある。
パソコンの前にすわることが中心の仕事。
どこへでも車での楽な生活による運動不足。
働いていればお金があるので外食中心のカロリーの高い食事。
ストレス解消に多くとる糖分。
外で買ったお惣菜の塩分の多いこと。


私は“インドア派”。
キャンプなんて出来れば遠慮したい。
虫を気にして食事して、ゴツゴツした布団(地面)でなんか寝たくない。
私や、私の周りで助産院出産をした人たちも、普段は家の中でぬくぬくと暮らし、フワフワの布団で眠り、テレビだって見ているし、こうやってパソコンをいじっている。
車ででしか生活できない環境ってことで、なんの疑問も抱かずに車でどこにだって出掛けちゃう。
身土不二っていうけど、沖縄の野菜や北海道の野菜も食べるし、しまいには海を渡って異国の料理も食べている。
皆、運動不足を自覚しているけど、だからって生活が大きく変わることなんてない。
ただ、妊娠して出産をすることが決まった時、急に『自然がいい!』って言ってしまう。
助産院ではどこでも必ずと言っていいほど、“妊婦はよく歩くこと! これ、安産の秘訣!!”というような指導をするから、ならばとなって、妊娠中は歩くことを日課にする。
でも元々が運動不足だから、本当に間に合った運動量といえるのかどうかも定かではない。
身体に急に過度な負担をかけ、場合によっては危険なことも起こり得るし、その目安も個人差があるということで、明確にはなっていない。

昔ってどうだったのだろう。
昔って、いつの頃のことまでを指しているのかも曖昧だが、多分、皆に共通している昔をイメージしてみると…
昔の女性は陣痛がくる直前まで家事と仕事(大体が農業のように、身体を酷使するもの)をしていて、ときには“畑で産んだ”そうだ。
食べるものも今のようなものではないし、内容も量も、比べたら一目瞭然、質素で少なめ。
それでも体力は今の私達以上だ。
足腰の鍛え方も違う。
朝日が昇れば起きて働き、日が沈めば眠る。
ひたすらに生きる。
こういう生活の中、ただそこにお産があるだけで、それこそが本当の自然のお産なんだ。
比べたら不自然な生活をしているのに、お産だけを自然にしようとしていることを自覚する必要がある。
それは私達産む側だけではない、医療従事者や助産師にもそういうことをさせているという自覚と適切な指導が必要だ。
更に言えば、マスコミにも自覚が必要だ。
なにが自然なお産なのか、適当な言葉の表現では済まされない。
こんな簡単な認識不足なだけでも、人の命は簡単に消えてしまうのだ。
その証拠が琴子なんだ。

最近の助産院、もしくは自然お産推奨派の人たちは“アロマでリラックス”と言う。
私は昨日までは『これのどこが自然なんだよ! 意図的じゃんかよ!』と言って不満におもっていたのだが、このままで良いのだとおもった。
要するに、本当の昔のお産と比べたら不自然なお産となる方が、私達近代人にとっては自然なお産となるわけなのだ。

もしもタイムマシンが実在して、昔に戻ることが出来た時、手土産にアロマを持って行ってみたらどういう反応をするだろう。
「臭い」
という人だってきっといるよ。
「そんなの気が散る、やめてくれ」
「なんだこの臭いは?!」
という人だっているだろう。
火で炙るタイプのだったら受け入れられることもあるかもしれないが、コンセントが必要なタイプもあるからね。
どこにさす?
ま、どこまで前の昔をイメージするかにもよるけど、足をマッサージしてくれたり、好きな音楽を流してくれたり等等、これら全て、最近のサービス。
昔のお産にサービスってあったのかな?

琴子は今、何をおもう?



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Re:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

私も「自然てなに?」ってずっと悩んでました。



現代的な生活をしていて出産だけ昔の人のようなスタイルを求めて不自然だけど、それが自然ということでしょうか?あぁ。。奥が深い。。。



運動量も減って食事も変わってきて環境なんかも影響して色々変わって、、それらが原因で10人に1人が帝王切開で出産という医療介入があるのは、それは今”自然な流れ”ということになるのかなぁ。



「自然分娩」と聞けばほとんどの人が医療介入無しの経膣分娩と決め付けるでしょうが、「自然」という言葉の意味をよくよく考えてみると「個々に合ったものが”自然”なんじゃないだろうか?」という思いが出てきました。

帝王切開が必要な人からすれば帝王切開こそ自然な分娩方法じゃないか?と。



それを分かっていない医療従事者がいることが問題だと思います。個人を診て判断してもらいたいし、いつもそう思っていて欲しいと願います。





コンセントが必要なタイプは…エレキテルが要りますねぇ(爆)

ほんとうに

りおかさんの、<「自然」という言葉の意味をよくよく考えてみると「個々に合ったものが”自然”なんじゃないだろうか?」という思いが出てきました。>というお話、ホントそのとおりだと思いました。



風邪をひいたら病院行って、診察受けたり抗生物質飲まされたりしてるのに、お産のときだけ「医療に頼らず自然に!!」っていうのもね、変だよね。

そんなに自然自然っていうなら、病気になってもほったらかして、そのへんでのたれ死ぬのも「自然」なのかな。



確かに、ゆがんでるよね・・・

Re:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

自然分娩っていうのは助産院での出産を言うのかな?

普通分娩と同じような意味で使ってる人も多いよね。

でも琴母さんのおっしゃってるのは超・自然主義派の

出産の話だと思うので、そちらの方でコメントを。



私も最近の分娩の自然回帰は???です。

昔のお産がすばらしいのだとしたら、医療が発展するこ

とによって助かった命があるってことを否定しているのかしら?

それはそれ・・・と別に考えてるらしい雰囲気に矛盾を感じます。



確かに意味の無い医療介入はどうだろうと思う。

でもそれに「意味が無い」なんてどうして決められるん

だろう?医療事故があった場合は別として、元気に

赤ちゃんとお母さんが退院できているのに「満足できる

お産ではなかった」と不満が残り、「次こそは!」と

より自然なお産を目指す。



マスコミが自然分娩を「素晴らしいお産」だとは言わないまでも、自然分娩した人が『幸せなお産でした』と涙をうるませて話す姿を放送したりすること。

レディコミで「助産院での自然なお産の素晴らしさ」が

書かれた話が大人気で連載されていること。



そういうのを見るたびに、なんともいえない違和感を感じます。

Re:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

ほんとにね。自然ってなんだろうね。



一部の助産師さんたちの超自然主義は、???って感じ。

多様化している現代で、ことお産に関してだけは、何故そう自然にこだわる??って思ってた。



でも、病院の中にある、明らかに不自然なお産にも疑問。

使わなくていい陣痛促進剤の使用、分娩台でのお産(分娩台って産婦さんや赤ちゃんのためじゃなくて、医師や助産師がお産を介助しやすいように出来たものだからね~)。

こういう明らかに不自然なものをなくそうってことが、異常に発展して超自然主義のお産が求められるようになったのかもしれない。



私にとってのお産は、帝王切開になるのが極自然の流れのお産状況だった。

だったら、私も自然に分娩できたってことだ。



ごめん。論点ずれてるね。

自然

黒死病と呼ばれ、青い仮面の死神が運ぶと言われたペストも怖い病ではなくなった。その他にも一度蔓延すると、一つの都市が滅びると言われた伝染病に対して、科学は戦ってきました。決して呪いで勝ったのではありません。その後、耐性のある菌が出てきたりしてますし、他にも未だに特効薬のない病はありますが、そういったものとも科学は戦っていて、私達はその恩恵を受けている。



自然を敬う気持ちは忘れてはならないし、科学の暴走に対して厳しい目を向けなければならないということは間違いない。

しかし行き過ぎた『自然崇拝』は、排他主義に陥りやすい。



ちょっと違う話ですが、以前、ベジタリアンを推奨する団体の本の広告を読んだ時、驚いた経験が。

『農耕民族である日本人の祖先は、肉を食べなかった。今の日本が乱れてきたのは、肉を食べるようになってしまったから。野菜のみをたべる人は穏やかな心の持ち主である』

そういったツッコミどころ満載のメチャクチャなことが堂々と書かれていた。この人は日本人の祖先の多くが、海や川で漁をしたり、猪や鹿を食べていたことをご存知なかったようでして(^^;)

こういう一方的で現実を無視した考えの延長に、自然回帰論があるような気がしてなりません。



何度も言うように、自然を敬う気持ちを忘れてはなりませんが、そういう気持ちとお産とは全く違うのだと、そういった教育も必要な時期なのかもしれないですね

Re[1]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

自然も医療も過信しすぎてはいけないのかも・・・

自然の中で失われたものを、取り戻すために医療が発展してきたはずなのに、最近では医療介入が持ち合わせている人間の力までも奪い去りむしろ異常として扱いむしろ薬づけ、それもどうかと・・・

助産院でも病院でもより安全にと目標を掲げているはずである。母も赤ちゃんもともに元気にという思いは変らない。自然の力とそれを補う医療の二つが天秤ばかりのような存在であってほしいと思う。

Re:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

わたしが思ってたことりおかさんに言われちゃった。



「自然なお産」にこだわる人は、

どうして医療が進歩したのかってことを考えてないのかな?

昔は出産で命を失う人が今とは比べものにならないくらい多かった。

母胎が無事でも折角の子供が「死産」となることも多かった。

(わたしの曾祖母も跡継ぎとなるべき男の子を「逆子」だったため超難産で失いました)

そういった人を無くしたい。

そういう思いから進歩しているのです。



母子ともに無事なお産、

それこそが一番「自然な出産」じゃないかなぁ。



自然は不自然

はじめまして。お鍋からきました。助産師をしてました。私も琴母さんのHPを昨日食い入るように読みました。そして思ったことを言葉にしようと考えていたのですが、ノーラさんの言葉がそのまますっきりと腑に落ちました。自然でないこの世の中で、今はやりの自然にこだわることは、本当は不自然なことなのだと私も感じます。

自然とは、ほっとくことや何もしないことと勘違いしている人も多いように思います。必要な人に必要な医療を行うこと。それは、自然なことではないでしょうか。

琴子ちゃんは、大事に思ってくれるお母さんがいてきっと幸せだと思います。琴母さん、応援しています。またお邪魔します。

Re[1]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

りおか557188さん

自然という言葉の解釈は、りおかさんの言う通りだと思います。

個々に合ったものが自然であり、素晴らしいお産とは、その個を認め合うものなんですよね。



>コンセントが必要なタイプは…エレキテルが要りますねぇ(爆)

自転車こぐっていうのはどうですか? ひたすらこぐ。

Re:ほんとうに(09/25)

まいっちんぐ1025さん

助産院で産む人の条件として、『歩いてこれる』というのを付け加えるべきかもしれませんね(これはちょっとだけ極論、そんなに強くおもっていないけど)。

自然というのはなんなのか、助産院・助産師さんにも深く考えて欲しい。

勿論、医者にも。



>そんなに自然自然っていうなら、病気になってもほったらかして、そのへんでのたれ死ぬのも「自然」なのかな。

そう言う人もいますよ。

私は不自然でも構わないから、リンズには生きて欲しい。

もう琴子のように、お別れは嫌だ。

Re[1]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

むっち0623さん

私は違和感を通り越して、嫌悪感になってしまっています。

はっきり言って、マスターベーションを見せられているような気分。



助産院や自宅で産むのは構わない、ただ、危険を承知するなんて簡単に言わないで、もっと真剣に考えてほしい。

妊娠期間がそれなりに長くあるんだから、じっくりと焦らず、より一層リスクの少ないお産を選んで欲しい。

こう願う私の気持ちは自然なはずだから、超自然派の方にも受け入れて欲しい。

「結果、子供が死んでも諦めます」

なんて、絶対に言わないで欲しい。

Re[1]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

ゆうはmamaさん

陣痛促進剤やその他、むやみやたらな医療介入も問題ありだよね。

そうなんだよね、だからややこしくなってくる。

結局、正しいお産を選択できる医師・助産師は、むやみやたらな医療介入を選択しないし、危険への判断が早いから、処置が遅れることも極力避けられるのだろうし。

結局は人ってことかな。

Re:自然(09/25)

るんさん

ベジタリアン問題も色々とありますよね。

私も身近に問題ありっていうのがあって、難しさを実感しています。

そもそも、肉を食べることが悪なのではなくて、必要以上の量を確保するためだけに殺生して、しまいには破棄してしまうという行為がいかんのに。

いや、ベジタリアンでもいいんですけどね、もっと栄養学を勉強した上で判断して欲しいです。

これまた最近、ファッションのようになってしまっていて、不安です。

本当に難しいですね、自然というものは。

Re[2]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

ぽぽちゃんママさん

全くです。

ぽぽちゃんママさんのおもいは私の願いでもあります。

Re[1]:自然分娩への憧れと生活様式の違い(09/25)

くまぴょんの妻さん

曾祖母さんも私と同じ経験をされていたのですね。

養老孟司さんの祖母さんは確か、6人の子どもを産んでいて、自分を見送ったのはそのうちのたったの1人だったそうです。

『昔は悲しいことが普通にあったのに、今は悲しいことがなくなったから、皆、お互いを思い遣ることがなくなった』

というようなことを言っていました。

科学・医学の進歩により、私達は悲しいことを手放せるようになったけど、完全にはならず、それにより、想像力も失っていったのでしょうね。

琴子のときには死んじゃうなんて、想像出来ませんでした(産婆に『簡単』と何遍も言われていましたしね)。

Re:自然は不自然(09/25)

marioさん

ありがとうございます。

過去形ということは、現在は助産業をされていないのでしょうか。



自然という言葉の意味を大勢の方が見直していけるといいですよね。

琴子って、私にとっては超がたくさんつく偉大な人なんです。

こういうことを教えてくれたのが琴子ですから。



ありがとうございます。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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