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2005-09-27

例えて言うなら『自慰行為』

『自宅で産みました!』を聞くと、ちょっと嫌悪感。
『産み方は生き方!』?
だったらきちんと詳細を書いてよ。
自宅だったらどんな生き方なの?
病院だったらどんな生き方と言うの?
帝王切開だったらなんだと言うの?
死産の私はどうなるの?
ねぇ、聞かせてよ、どんな生き方だと言うの?

産み方を自慢しているのって、私にとっては自慰行為を見せられているような気がして、気持ち悪く感じられます。
放っておけばいいのかもしれないけど、今の私にはそういうことは出来ないというか、やはり引きずります。

私は助産院で産んで、子供が死んで、自分の選択を呪いました。
でもだからといって、助産院がなくなればいいなんておもいません。
自宅で産める人が自宅で産みたいのなら、産めばいい。
でもたまたま自分が条件揃ったからって、それを大きな声で言って騒いで、結局、なんて言って欲しいのですか?
公の場でわざわざ言うくらいなんだから、きっと返事を待っているわけですよね?
私がこうやってHPでわざわざ言っているのは、危険なお産を助産院・開業助産師が取り扱わないようになるためです。

『私の助産院では危険なお産は病院にまわすと言っています』
でもね、そう言われたけど無理に頼んだらVBACをやらしてくれたという助産院もあるのですよ。
あなたの助産院はきっと最後まで断ってくれるかもしれない。
でもね、どこからが危険で、どこまでが危険じゃないと言えるのかな。
何があっても、お産で子供を失うのは私達産む側です。
母親・妻を失うのは私達の家族です。

何遍も言うけど、助産院で産むこと全てを反対しているわけではありません。
ただ、私自身が子供の死をあまりにも他人事に考えすぎていた(正しくはHが嘘をついていたから、想像が出来なかった)からこそ、これから選択をする人には十分すぎるくらいに想像し、考えて結論を出して欲しいのです。
勿論、その上で助産院や自宅分娩を選択するのも良い結果です。
ただ、もし、もしも陣痛が起こったとき、『やっぱり病院で産みたい!』とおもったときには、誰にも遠慮することはありません、そこからでも病院に行って、産んでください。
出産は生き方ではありません、出産は出産です。
自宅や助産院を途中でやめたからって、敗北なんかじゃないんです。


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Re:自慰行為(09/27)

琴子ママさんもご覧になったかもしれませんが、2chの助産院についてのスレッドでこんなことを書いている方がいました。

助産院での出産を、シートベルトなしの運転に例えていました。

シートベルトしてても(病院で産んでも)ダメなときはあるし、逆にそれが死因になることもある。 してなくても(助産院で産んでも)、大半は何事もない。

だけど、「何かあったとき」生死を分けるし、してないよりはしていたほうが 助かる確率は上がるはず、って。

あーなるほど、って思いました。

わたしもそう思う

「自宅出産」や「自然分娩」とか言うけど、

それを選択した人がどれだけ赤ちゃんのこと最優先に考えていたんだろうか?

きっと自分のこと最優先で考えていたんだろうなって思う。

赤ちゃんは無事この世に送り出してくれることそれだけを願っていると思う。

だからその赤ちゃんを産み出すお母さんも、

そのことを最優先に考えて欲しい。



無事産まれるべき命が母親のこだわりだけのために消えていくのは悲しすぎるよ。



わたし自身も日記に書いたけど、

自分が昔こだわっていたいわゆる「自然な出産」を選ばなくて良かったって思う。

ある人にとっては自然でも、

わたしにとっては「自然」でなかったからね。



お邪魔しました^^

昨日の件はBLOGにUPしました~^^ 手段の違いだけで・・・本人だけの気持ちを優先するなら・・・何をしても自己責任において何をしても良いかもしれない・・・でもね・・・対「子」を生み出すために母の気持ちだけを優先してよいのかと云われたら私は迷わず「NO」というでしょう~間違えなくね・・・



其処に「子供の存在意義」は無いから・・・母になる前に「自分」を優先しているところが見受けられるから・・・私は最後で有るだろうお産で緊急CSにはなったけど・・・それを後悔はしてない・・・チビーズの件は結果はチャレンジドになったけど・・・命は守れた・・・私の中での「チビーズの存在意義」は結果よりも大きかったから・・・結局は自己満足でいいのか悪いのか

結果は極論かもしれないけど・・・それが突き詰めれば本当になってしまうから・・・結果が全てかもしれないけど・・・その結果を得るための努力は母だけでないお腹の子の生命も優先して欲しいと思います;;; 本当に個人的な気持ちです;;;

そうだそうだ!

出産は出産ですよ。



出産で生き方が変わる???私は自分の出産体験を通して帝王切開の考え方は変わったけど、生き方まで変わったかな…???

仮に変わるとしても「こういう考えを持ちたいからこういう出産をしたい」ってのはおかしいと思う。

なんか逆で、考え方っていうのは「こういう出産をしたからこう考えるようになった」っていう後付のものなんじゃないかなと思います。

お産は生き方?

いつも思うんだけど、自分の体のことでも自分の思うようにはならないんですよね。

例えば、生理だって、病気なわけでもないのに、自分で思うようにコントロールできない。いつ来るのか?予測は出来ても自分で操作できない。おまけに腹は痛いし出血でフラフラ。

妊娠だって、欲しい時にできるわけじゃない。

お産だって、自分が「したい」ことが、自分&ベビーに合っているとは限らない。



お産は生き方というけど、普段自然にありのままに暮らしているからといって、即「お産も自宅で・水中で」「医療に頼らず」というのはおかしいと思う。

生理になったら痛み止め飲んだりするのにね。

なんでお産になったら「医療」を排除したがるんだろ?



「お産」にとっての「自然」は、ママとベビーがどんな常態なのかを知った上で「じゃあどのお産が相応しいのかな?」って考えることだと思う。

結局「何を重視するか?」ということになるんだろうけど、お産で一番重視するのは母子の安全のはず。

それを考えたら、とても「魔法の手を持つ助産師」になんか頼めないと思うんだけど。

なんか、イメージ戦略ですよね。

確かに妊娠出産をしたことで人生が変わるということは、あると思います。結婚も。でもそれを言うなら、恋愛もそうだし、就職、転職、それに家族がなくなることだってそうでしょうね。



人生における大きなイベントであるということには反対しませんけど、でもやっぱり出産は生き方って言われるとちょっとね、大袈裟かも、って思います。子供も、母親も生き延びられるのが一番って。

同意見です

元々不妊症だったので、「子どもを産んで一人前」「子どもを産んで人生が変わった」という考え方が大嫌いでした。もちろん私の中に嫉妬・妬みがあったのは否定しません。はっきり言って羨ましくてしかたありません。でも身近で子どもがいようが、自分の欲望を抑えきれずに周囲に迷惑をかけまくった人間がいたため、「本当に子を持つ人が立派なのか?」という思いが常にありました。もしそれが事実ならどうしてこの世に虐待なんてものが存在するのか?その逆に子どもをペット化する過干渉な人間が存在するのか?

ましてや、琴子ちゃんのお母様の言葉を借りるならば、出産をファッション化し、「自分は特別な出産を経験した」と優越感に浸る人は、琴子ちゃんのお母様のような痛切な声は、どのように受け止めてくれるのだろうか。

自慰行為、まさに言いえて妙ですね。



今朝の話ですが、読売新聞(13版)のくらし面にイラストレーターのKという方の本が紹介されていました。内容は『自宅出産をした人や、逆立ちで逆子を治した妊婦さんたちの武勇伝を紹介する』というものでした。あまりに酷い内容に、朝からクラクラしてしまった・・・



↑紹介した本の内容の一部に、琴子ちゃんのお母様にとって辛い一文があります。どうしようか躊躇したのですが、やはり書くことにしました。それほど酷い内容らしいということを分かってもらいたくて。

本文を読めば、もしかしたら至極真っ当な内容の書籍かもしれませんが。。。

恥ずかしいです。

本当に恥ずかしいです・・・。



十分すぎるぐらいに想像して、考えて結論を出す。

当たり前のことが出来る環境にあったのに、見なければ

いけない情報から目をそらしていたのかもしれないと

今になって思います・・・。

Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

多くの人は妊娠=幸せなこと。

妊娠=普通に生まれて当たり前のこと。



という認識でしょうが、妊娠出産って新しい命をこの世に送り出すという大変な仕事であるし、この人類において女性だけにしかできないこと。



そんな女性のみに認められた大仕事なんだから、普通に考えても、相当大きなリスクがあるのは当然で、命がけの行為であるはずなのに、どうも世間ではその命がけという言葉が薄っぺらい感じがする。



本当に私達一人一人の小さな力が手を取り合ってその偉大さ、本当の命がけの意味を訴えていきたいね。

こんにちは。

何度かこちらに訪れて拝見させていただきました。

コメントを残そうか、残すまいか、とても悩みました。

私は今年長男を自宅で産みました。

『自宅だったから』よかった、というよりは『家族が皆でお産にかかわれたから』とてもよかった。と思っています。

どこでお産をするにしろそこには生と死がかかわってきます。どちらにしても私は家族と共にありたかった。だからその場所がたまたま自宅であっただけです。

こういった観念から自宅での出産をオススメしています。なので単に自宅出産を奨めるというより『家族でお産に関わろう』をオススメするべきかな。とこちらのサイトを拝見するなかで、色々思考しています。

出産は出産で生き方ではないと思います。

でも子供が生まれてその子と関わることで人生は大きく変わるとは思います。

『産んだ』から変わるのではなく『関わる』から変わるのだと私は思うのです。

単刀直入に書きますね

海外のお産事情を見ると、病院での出産でも、家族に囲まれて全員立会いを普通に認めてる国があります。私は、家族が出産に関わりたいなら病院でそういう形が普通に認められるようになればいいと思います。自宅で出産する方に反論するようですが、そういう希望ならせめて助産院で出産した方がいいし、病院でもLDRで家族の立会いを認めているところも有ります。

なので、家族全員で関わりたいから自宅出産というのは私には理解できません。何故、自宅なのでしょうか?



続き

私の長男は鎖肛門でした。これはエコーでもほとんど判別できません。しかも1000~3000人一人の割合で生まれます。類似の疾患でヒルシュ(巨大結腸症)というのもある。どちらもすぐに小児外科のある病院でオペを何度か受ければ、多少の障害は残るけど命には別条はないものです。しかし、この非常に分かりやすい外科疾患が見逃されることがあります。まず、前者は見た目に肛門があるのに中でとぎれていることがある。後者は見た目には分からない。もしこれを見逃して授乳を始めたらどうなるか?お腹はパンパンにはり、放って置けば腸が破裂し腹膜炎を起こす。そこから搬送しても亡くなるか、助かっても壊死した腸は切り取られ思う障害を残します。

これにダウンが合併することもまれではありません。さらに、心臓の奇形を合併する場合もある。心臓病の子どもをあなたは自宅で判別できますか?助産師が必ず発見してくれると思いますか?

私は非常に甘いと思う。この手の外科疾患は個人病院でも見逃されることはあるのです。

健康的な生活をして万全な準備をすれば、そんな子どもは生まれない・・・と思っているかもしれませんね。しかし、私はタバコは吸わないし、つわりのせいで悪いものは食べることすら出来なかったので、不健康な生活はしてないけれど、奇形の子どもが生まれました。奇形の子どもは誰にでも生まれる可能性があるのです。



普通に病院で生まれれば最小の障害で終わったのに自宅で産んだばかりに非常に悪い予後になる可能性が高いのは確かだと思います。



そういう点から、家族で出産に関わりたいという理由で、他の人にそれを勧めるのは止めた方がいいのではと思います。芸能人もテレビ番組も、たまたま大丈夫だったから取り上げられるのです。救急車さえくれば、必ず確かな病院に運んでくれるというのもある意味甘いとも思います。



続き2

自宅や助産院で産む人は、よく「何かがあっても私はそれを受け入れる覚悟がある」ようなことを言うけれど、それもまた生まれてくる子どもに対して無責任な言葉だと追います。納得のいくお産ができてあなたは満足かもしれないけれど、病院であれば助かった命や最小ですんだかもしれない生涯を負わされた子どもはたまったもんじゃない。

「自宅生まれて障害は残ったけれど、あなたは家族全員に囲まれて生まれてきたから幸せよ」ということができますか?いえるとすればそれは母親のエゴ以外の何者でもないし、言われる方の子どもにとっては一生背負わなければ不幸ではないでしょうか?避けがたい事態からの障害は受け入れて乗り越えていくものだけど、避けられたのにあえて避けなかったリスクやその結果としての障害は私には認めがたい性質のものだとしか思えません。

訂正

鎖肛門ではなく、鎖肛です。

本当に出産の形で人は変わるのでしょうか

私は自宅出産の全て何もかもを否定するわけでもありません。反対ではありますが、それはやはり当人の問題だと思いますから。

ただ出産の形によって子どもへの関わり方がどうのと言われると首を傾げます。



私は実の母親から虐待を受けた人を何人も知っています。昔の話ですから、中には助産院で産まれた人、自宅で産まれた人がいます。それでも虐待する人間は虐待してしまうものです。また昔ながらのお産をした親子であっても、心が通じないことなんて多々ありますよ。20年以上も母親に会っておらず、今後会う気も全くないという人間も珍しくありません。彼女は自分の実母のことを「自分を生んだだけの人間」としてしか見ていません。



妊娠はスタートだということに間違いはありませんが、出産はゴールではありません。それからの関わり方のほうが、より大切ではないでしょうか。

病院以外での出産で問題が起こった時、すぐに救急車を手配できるでしょうか?

手配した救急車が遅れる事無く病院へ運んでくれるでしょうか?

病院側は突然のことに受け入れ態勢が出来ているでしょうか?



本当にカッコいいからという理由で、出産方法を決めていないのでしょうか。

お産で得られるものって

私は二回VBACした。最初のVBACの後の確かにすごい達成感。周りの人に感謝して「良かった!ありががとう!」とお礼を言いまくり幸せの絶頂だった。でも、別に生き方が変わったとかそんなことはない。確かに出産はエポックメイキングだったが、生き方は長い人生に渡って作り出していくもの。お産ごときで変わってしまうほど簡単なものではないはず。

人生最高の達成感を味わった私は、しばらくして考えた。私の人生ってそんなものだった?今まで単に達成感を味わったことがなかったってだけの事?

お産にしか達成感を感じた事がない人生って何?



無事だったから言える「良かった」の一言。



「もしかして何かあるかもしれないけど、私はそれを承知の上でそれでもやりたい。」なんて軽々しくは言えないと思う。

今の自然分娩志向や自宅分娩の流行は一種の流行ではないか。病院での出産に対するゆり戻しの様な物。

自然な生活でなくなった70年代や80年代生まれの人たちがそれに反応するのが興味深い。

60年代以前お産は自宅だったから、死ぬ人は少なくなかった。かく言う私も60年代、自宅で産婆さんの介助で生まれた。それが主流だったからだけの理由。難産で紫色の仮死状態だった私は、散々叩かれてやっと息を吹き返し、その後はお風呂に入る度に白目を剥いて痙攣を起こして散々周囲を心配させた。ポリオも流行した年で、私の同級生は罹患して肢体自由児だった。私は今なら考えられる。彼は私の代わりにポリオに罹患したのかもしれないと。誰がかかってもおかしくない時代だったから。

だから、私は今の自宅出産志向は甘いと思う。

「危険な事は知っている。赤ちゃんが搬送先でなくなるかもしれない。だけど、私は自宅で産みたい。」

そういわれても全然説得力がない。

少なくとも自分の子ども病気の経験を通して医療を受ける事の過酷さとそれに伴って得られる医療から受ける恩恵を知っているから・・・。

Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

今日の昼間に悩んで悩んで投稿したつもりが投稿されていませんでした。(長文すぎたようです)

あるMLで琴子ママさんの投稿を読んでから、何度もメールをみて、何度もブログも読んで考えてきました。



私は、病院・助産院・自宅で出産を経験しています。どのお産も私にとってはよいものでした。だけれど、一番楽だったのは自宅出産でした。それは私と我が家にとってです。私は人に「自宅でうんだ」という話はしますが、「良かったから、産んでみたら」とはいえません。

どこの産院を選ぶかは、自分が決めることだと思うからです。私は「どこ」ではなく、「選択する」ということが大切だと思っています。

私の場合、病院を選択していたら、病院にたどり着く前に生まれてしまうという可能性も高かったため、自宅を選択しました。

うまくはかけませんが、産む場所によって「よい出産」ではなく、医療者(医者や助産婦)たちとたくさんコミュニケーションをとって、納得のいく場所を選んだから「よい」という言葉を使っているのではないでしょうか。リスクがあって病院出産でも、先生から納得のいくお話を聞いてむかえるものは良い出産だと思いますし、助産院でも信頼のできない助産婦さんとむかえる出産は最悪なものでしょう。

出産だけにかぎらず、医療従事者とのコミュニケーションというのが求められるものなのだと常々思っています。患者側が遠慮せずに話をすることができ、納得できる説明をもらえる、どこでもそういう環境が整えばいいのにと思っています。



また、訂正です

肢体自由児じゃなくて肢体不自由児でしたね

Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

sakikyokoさん



「コミュニケーション」も「選択」もより安全な方でしたほうが胎児とっては良いのではないかと私は思います。



なんだか病院で産む人は「選択」してないように聞こえますが・・・。コミュニケーションも生む場所ではなく妊婦さんと助産師のコミュニケーションの能力の問題なんじゃないかと・・・。



確かに自宅出産を請け負う助産師はよく話を聞いてくれるかもしれませんが、自宅で出産中に回旋異常になってもそこで何かできるわけではないですし、搬送先を探していたらそれだけでも時間ロスである事は明白だとも思います。



私が一番聞きたいのは「誰にとって」「何が」「良かったのか」です。実際、自宅で生まれた事など、私の人生にはなんらメリットを及ぼしてないです。

Re:本当に出産の形で人は変わるのでしょうか(09/27)

るんさん



虐待をする人は出産方法とは別次元の問題ではないかと思います。その人の親の育児態度を中心とした環境の影響が強いと思います

私も自宅出産でしたが、私の人生への影響は感じられない。あったのは母親が小柄で難産で仮死状態だったということくらい。私の年代はかなりの数が自宅だと思いますが、関係などないに等しいでしょうね。



これは2chの産科医たちの書き込みにもありましたが、助産院からのとんでもない搬送が結構有り困ってるというという事ですね。あるカリスマ助産師の助産院からは年間何件もの水中出産後の産褥熱の搬送があるとか、やはり受け入れ態勢も外からの場合は明きがなければ断るし、開いていてもその病院で生まれる赤ちゃんの為に一定のベッドを確保する必要性から断る事もあるそうです。



また、助産院からの三次救急への搬送はある助産院では年間数%発生しており、その助産院の住所から見ると最寄の三次救急か大学へは30分以上はかかる事から、果たして助かっているのかいないのか非常に疑問です。

救急車はすぐにはきませんし、来てもすぐに発車するわけではありません。



今、自宅出産が増えているのは少し前よりも請け負う助産師が増えているのが理由ではないかという気もしますね。

加えて、空前の以前分娩ブーム。自宅や助産院で産むのが私らしい選択・・・そんなムード重視の感じを受けます。確かに助産院や自宅で産むには妊娠中の自己管理が大切で、それに向けて頑張るのは良いことだとは思いますが、だから助産院や自宅が病院よりも素晴らしいというわけではないのではないでしょうか?健康であれば自宅でも産める・・・かもしれない。しかし、どんなに順調なお産でも突然暗転する事もある。それをどう考えるのか?それでかの違いではないかと私は思います。

そこをどう「選択」するのか、それは個人の責任に応じて・・という事なのでしょうね。





Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

私は助産院に勤務する助産師で、自宅分娩も取り扱っています。「自宅分娩をしました!」ということが武勇伝のように語られる昨今の風潮には確かに疑問を感じています。自宅分娩(助産院分娩)がうまくいった(ママも赤ちゃんも何も問題が起こらなかった)ケースは、御本人の妊娠中の厳しい自己管理に加え、究極な言い方をすれば「本当にラッキーだった」と言うこと、そのことにつきるからです。お産は(病院でもそうですが)1件1件、毎回取り扱うこちらも命懸けです。(何故こういう因果な職業をしているのかは長くなるので省略しますが)一時的なファッション感覚で自宅や助産院を選ぶような方は、本当に無用心だということを肝に銘じて欲しいです。このブログが多くの方の目に触れますように。・・・琴子ママさん、応援しています。

訂正します

私も自宅出産でしたが、というところは「自宅出産で生まれましたが」の間違いです。

エドガーさんへ

エドガーさん、こんばんは。



>虐待をする人は出産方法とは別次元の問題ではないかと思います。その人の親の育児態度を中心とした環境の影響が強いと思います



はい、私もその通りだと思います。ただ自宅出産や助産院での出産により、まるで病院で出産した親子よりも特別な絆が出来るかのような考え方をする方が多いことに疑問をもち、先のような投稿をしました。



私の文章力の無さで、文意が通じていない部分があれば申し訳ありません。

(また、そういう意味だと分かっている場合は、読解力がなかったということでお許し下さい)





>自宅や助産院で産むのが私らしい選択



この『私らしい』という言葉も、あらゆる場面で良く耳にしますよね。本当に大切なことは何であるかをもっと考えてほしいですよね・・・

Re:エドガーさんへ(09/27)

るんさん



ごめんなさいね。反論じゃないのですがそういう風に取れましたか?私は全くの同感だという事が言いたかったのです。



最初、るんさんの文章を引用してから書いていたのだけど、長すぎてそこを削除して書き直したらなんだか違う感じになって知ったみたいですね。

ほとんど、るんさんの言うとおりだといいたかったのです。私の書き方が悪かったみたいです。

産み方なんて関係ないですよね、全く。



自分らしい納得いくお産がしたいなら、少しでも自分のバースプランに近いことを実現させてくれる病院を探せばいいだけのことだと私は思います。

それも遂げられていざという時の処置をしてくれる医師がいるところを。そこが助産院だったというのはまだ分かりますが、「自宅」というのが私には分からないし、納得のいく説明をしている人に出会ったことはありません。



お産の満足度で子どもへの愛情が変わるというのもまことしやかに言われてますが、普通に経膣分娩で産む事ができなかった人を傷つけている事が何故分からないのか、どうしてそんなに日本人は精神論が好きなのか、その弊害を考えると最近の流れはちょっとほっとけないと感じています。

宇宙とつながっているって???

「いいお産の日」のイベントなどによく登場する、有名大学教授の本を読んだことがありますが、これがまあ、どこまでも「自然なお産」を推奨しているんですね。「日本の昔ながらのお産はすばらしい」「経験ある助産師に継続的にケアを受けていれば、突発的なトラブルはほとんど起こらない」「宇宙とつながっている感覚があるのがいいお産」「たとえ自分のお産がうまくゆかなくても本当の自然なお産とはどんなものか知っておくべき」・・・。

この方と(たぶん)有名助産師の座談会がネット上にありました。今書いたような流れで話は進んでゆき、しまいにはやっぱり「宇宙とつながっているような感覚、それはそのまま「いいお産」の定義」とか、「国が全面的に安全対策をバックアップして、すべてが揃ってない所で産むことが女性の可能性を開花させる」とか、「こういうところで産むべき、というのが上から出てこなければ、日本のお産のインフラは変わらない」などなど・・・まあとにかく助産院や自宅しかない!といった論調で、頭が痛くなってきました。

・・・はぁ。宗教かい?ファシズムかい??とちょっと荒れてしまったわたしでした。



肩書きのある人の言うことをうのみにしてはいけません。

Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

あのぅ~、ちょっとすみませんが。。。

ココは琴子の母さんのページですよね?

琴母さんがいらっしゃらない所で、了承なしで横レスって言うのはちょっと失礼じゃないですか?



琴母さんの日記に対してコメントしているのを、どうしてエドガーさんが答えているんですか?

ちょっと気になったのでカキコしてみました。

失礼いたしました。



Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

上の間違ってしまいました。

琴子さん、申し訳ないのですが削除をお願いします。



横ですが・・・の但し書きを入れてませんでしたね。失礼しました。

Re[1]:自慰行為(09/27)

メモル2003さん

はい、読みました。

なかなかな例えでしたよね。

違うと言っている人もいたけど、私は納得できました。

自宅出産は更にはオープンカーでベルト装着拒否という感じでしょうか。

自宅出産も全否定ではないのですが、やたらと美化した風潮にはうんざりです。

Re:わたしもそう思う(09/27)

くまぴょんの妻さん

母親がこだわってしまう、これは琴子のときの正に私で、悔やむなんて言葉では言い尽くせない。

だから、こだわってしまっている母親を見ると、放っておけなくなる。

しかし、それ以上に悲しいのが、そういう母親を目の前にし、リスクの問題や医療介入のことなどの説明をせずにやたらと請け負ってしまう助産師の存在。



リンズは会陰切開をして、更に吸引分娩で生まれてきたんだけど、これも私にとっては自然なこと。

私にとってのお産はもう方法ではないからね、とにかく結果だけが欲しかったから。



母親学級や母子手帳等の内容を早く見直してもらいたいね。

Re:お邪魔しました^^(09/27)

トンママ8101さん

昨日はどうもありがとうございました。

突然って好きです。

また是非来てくださいね。



お産は怖いです。

リンズを妊娠していた日々、ずっと怖かったです。

どこにも無事に産めるという保障はないから、産み方を選ぶことは、私には出来ませんでした。

できれば眠っている間に出産後の日々がきていてくれたら…と、そればかりを祈っていました。

正直、いつも怖かったです。

琴子のように泣かなかったらどうしようとか、いつも不安でした。

何も経験のない方に『不安になれ!』とは言いませんが、だからといって、リスクへの対応などの説明も不要とはおもいません。

妊娠したときから私達は母親なんですから、どんなことでもきちんと聞いて受け入れる、覚悟というものを持つ教育をするべきなんですよね。

Re:そうだそうだ!(09/27)

りおか557188さん

お産にこだわるのは間違いで、本来私達はもっと教育とか環境とか、考えるべきことがありますよね。

教育といっても躾ですね。

自分のことばっかりこだわっているから、怖いことが多い世の中になってしまったのではないかと感じます。

お産の手技ではなく、母親の考える力の使い道の過ちではないかとおもいます。

私自身、琴子のときのことを思い返し、反省ばかりです。

無事に生まれてくれなきゃ、育てたくても躾たくても何も叶わないというのに。

Re:お産は生き方?(09/27)

まいっちんぐ1025さん

助産院や自宅分娩で実際に事故でご家族を亡くされた方、ゼロではないのに、どこにも管理されていないことなんですよ。

この不自然さ…江戸時代までならまだしも、既に平成も17年。

今まで皆、どうしていたのでしょうか。

病院での事故だと表面化し易いし、皆一斉に叩くのに。

妙ですよね。



私は『神の手』と呼ばれている助産師を信頼しきってしまいました。

これは事実ですが、じゃぁ何を信頼してしまったかというと、結局、周りの評判と、助産師の嘘です。

神の手を頼るのも一つの選択です。

ただ、私はそこに嘘は必要ないはずだとおもっています。

神の手をもつということは、神とも言える。

仮にもそこまで評価を得た人が…とにかく、助産師もしくは医師が嘘をついてまで請け負うべきお産なんておかしい。

『危ないよ』と正すことも、神の業とでも言うのか…神という、表現の難しい言葉を用いたために、表現に規制が入り、上手く伝えられないのですが、私は自分のしてしまった愚かな結果を、他の人に経験して欲しいなんておもえません。

素敵な経験だとおもっている人ばかりが声を大きくしてしまうことに、危険性を感じています。

だからこそ、恥を承知で訴えているというのに、なかなか反対側の人には通じないようで、悲しいです。

Re:なんか、イメージ戦略ですよね。(09/27)

もりさわさん

イメージ戦略ですね、まさに。

でも本当になんでもそうなんですよ、生き方なんですよ。

それより何より、育て方の方にもっと意識を向けた方がいいように感じます。

産み方は医者や助産師というプロがいるんだから、プロに判断を委ねても構わないくらいです。

産んだ後にまで「こうして産みました!」なんて言ってないで、育て方に時間を使って欲しいです。

Re:同意見です(09/27)

るんさん

私も全く同感です。

子供を産んだからって一人前になれるのなら、生まれた子供への教育と躾はどうでもいいのかっちゅうか、一人前になった人たちばかりが育てているのだから、この世はこんなに荒まないはずだろうって言いたいです。

産みっぱなしなんですよ。

産み方にばかりこだわってしまうからでしょうかね、子供が置き去り。

私は琴子に本当に申し訳ないことをしてしまったとおもっています。

で、今は琴子に育てられています。



その本を読む気にはならないですね。

読んでもそれこそ時間の無駄というか、うんざりです。

ただ、その本を読んだ方がいて、内容に出産のリスクの説明があったかどうかだけは聞きたいです。

食わず嫌いはいけないことだけど、時間調整も大事です。



また新しい情報、お願いします!

読まないかもしれないけど、存在だけは知っておきたかったりしますので。

Re:恥ずかしいです。(09/27)

むっち0623さん

むっちさんのように、自分の経験を振り返って、別の角度から見て言う意見というのは貴重だとおもいます。

人はなかなか角度をかえてみれないですもんね。

私だって、もし琴子が無事に生まれていたら、

「逆子だって平気だよ!」

って、助産院を人に勧めてしまっていたかもしれません。

これからも自分で角度を変えることを常にして、固執せずにいかねばとおもっています。

生きるとは難しいですね…終わりよければ全て良しなんて、ちょっと嘘だとおもいます。

いや、VBACが絶対に悪いとか、そういうことを言っているんじゃなくて、経験したからこそ、言えることってたくさんあるとおもうから、むっちさんのお話は貴重なんです。

Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

琴吹つかささん

つかささん、私は今でもつかささんから初めて頂いたメールの自己紹介の一文が忘れられずにいます。

私は自分の経験から、『子供の命を優先してくれ!』と強く言ってしまいがちです。

でも、お産には母親の命も同じくらいに危険にさらされているんですよね。

お産て、母子ともに命がけなんですよね。



>本当に私達一人一人の小さな力が手を取り合ってその偉大さ、本当の命がけの意味を訴えていきたいね。

本当に。



『自慰行為』?

琴子ママさんの危険なお産を助産院・開業助産師が取り扱わないようになるために、頑張っておられることに同感しますし、応援をしております。しかし今日のようなお話の内容は、病院以外で出産した方は、子供のことも家族のことも何も考えていないような記述は、いかがなものでしょうか。では、病院でお産される人は赤ちゃんや、家族のことを考えたから選んでいるのでしょうか?病院で産んだら、危険は回避できるのでしょうか?皆さんはどんな理由で選んでいるのでしょうか?エステやフランス料理、ブランド品がそろっている部屋だから?お産はイベントの一つであってよいと私は思ってます。それはいのちに対して真摯に向き合うという意味です。生まれいずる命を守りたいきもちはどこで生んでも親や家族の願いです。

sakikyokoさんが医療従事者とのコミュニケーションというのが求められるものなのだという考え方に共感いたします。病院と助産院で出産をしましたが、医師の医療に対する姿勢と助産師のかかわり方にそれぞれの施設に温度差を感じました。信頼と安心が出産には大切な要素だと感じます。自然という言葉にはいろんな論議がありますが、自分の持ち合わせている力そのものが、自然でありそれは個々に違うもの。生まれてくる子供と産む母の二人の力。だから同じものはない。命を大事に思って、命がけで携わってくれる方のいるところで産みたい。助産院であれ自宅であれ病院であれ、私たち女性が安心して産める医療のシステムを考えてほしいと願ってやみません。

琴子ママさんへ、

授かったいのちは何かメッセージを持ってこの世に存在しているとわたしはおもっています。

琴子ちゃんはママやパパそしてママをとうした私たちにもとても大切なことを伝えてくれている存在だと・・・日記を拝見しながら日々琴子ちゃんのメッセージに響く心をもちたいとないあたまを思考してます。ありがとう。

Re:こんにちは。(09/27)

miritoroさん

うーん、正直、サイトの内容を拝見しましたが、どうでしょうか、やはり内容からしてご自慢の域だとおもいます。

そもそも、お産の経験を人に薦めること事態が間違いだとおもうんです。

関わることが素晴らしいとも言い切れませんよね?

私の場合、主人が琴子のお産に立ち会ってくれましたが、ここではまだ言えないくらいの衝撃が主人にはありました。

これから裁判でもしかしたらこのことが出て、下手したら主人はこれから先、生きていく自信を失ってしまうかもしれないことになるかもしれません。

関わることを薦めるというのも、自分を美化したいだけの言い分です。

それは他人が口出すことではありません。



また、シングルマザーの人はどうしたらいいですか?

立ち会ってくれる人も関わってくれる人もいない場合は、誰にも影響を残す結果がないということで、やはり寂しく端へと追いやられてしまうことになりませんか?



お産により、家族が立ち会ってくれたけど、もし産んでくれた母親が亡くなってしまったとしたら、どうなんでしょうか、関わることが大事だとばかり言っていられないこともあるんですよね。



私がリンズを出産した病院では、家族が立ち会うこともできるし、衛生的だし、NICUもあって、緊急への対応も理想的な状態です。

だからといって、絶対に母子ともに健康で出産が100%終るとは言えないし、悲しいお産もあるでしょう。



昔のお産という言葉に影響されて、自宅出産を選択されたのもきっと理由にありませんか?

でも、昔ほど、男性はお産に関わらなかったのではないでしょうか。

自然といわれても、不自然だということも多くあります。



お産とは一体、なんなのでしょうか。

Re:続き2(09/27)

エドガーさん

チャレンジドのお子さんを持つ方のお話を聞く機会に恵まれたことが過去に何度かありますが、どの方も自分自身を憎んでいました。

お産の途中でその結果を得た方もいれば、遺伝、出生後と、原因も様々です。

チャレンジドの方も様々で、家族に大事にされている人もいれば、隠されている人、見捨てられた人と、悲しい方も大勢います。

勿論、これはチャレンジドに限らずですが。



私達は産むことにこだわるべきではないんですよね。

育てることにもっと意識を向かせるべきなんですよ。

私は琴子のときには助産院の怖い話など、全く聞えてきませんでした。

自宅分娩・助産院を選択される方の中で、私と同じように安易に選択してしまっている人の方が多いとおもいます。

そもそも私は琴子が死ぬなんて想像できなかったですし、危険はないと助産師に言われていたから、すっかり信じてしまっていました。

「結果は全て受け入れる」なんていう人、時々いらっしゃるようですけど、経験していないから言えるんです。

私は二度と嫌です。

子供が先に死んでしまうなんて、もう嫌です。

自分がそのきっかけを作ってしまうなんて、本当に辛いですよ、想像なんてできるわけがないんです。



助産院も自宅分娩も、もっとリスクの説明をするべきです。

それこそ、病院も一緒なんですから、母親学級の在り方も見直すべきです。

Re:本当に出産の形で人は変わるのでしょうか(09/27)

るんさん

私も全く同意見です。

前に話した親から性的虐待を受けていた友人の話ですが、彼女の父親がもし立ち会っていたら、自宅で産んでいたら、助産院で産んでいたら、病院で産んでいたらというようなお産の理由で変わっていたというのでしょうか。

どうでしょうかね、私はかなり疑問です。



たまたま自分達が恵まれた環境に生まれたからといって、それを当たり前のように言ってはいけないんですよね。

私も自分で反省すべき点は多々あります。

Re:お産で得られるものって(09/27)

エドガーさん

まさにゆり戻しですね。

私のような経験のある方がもっといるはずなんです。

その方達の声も聞きたい。

闇に葬られた命、たくさんあるはずなんです。

私はHが過去、どれだけの命を闇に葬ってきたのか、怖いけど知りたいです。

Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

sakikyokoさん

うーん、あまり個人攻撃のような結果を招きたくはないのですが、sakikyokoさんのブログも拝見しましたが、やはり私の言いたいことが理解されていないことを確認するばかりでした。

まず、私は素晴らしい助産師はいると言っていますし、また、だからといってそういう方に出会うために必死になる気はありません。

私が探したいのはむしろ、琴子が今、どこにいるかです。

私にはもう『楽しいお産』なんて言葉自体が存在価値のないものなのです。

sakikyokoさんはこれからのお産を控えた方に向けて発信していることかもしれませんが、過去の方にはなんと?

「楽しくなかったお産」とでも言うかな?



何度も言っていますが、自宅も助産院も病院も、どこで産もうとそれはそれぞれの選択です。

ただ、子供を失う、母親を失う、妻を失う、そして自分を失うという危険がどこで産もうと起こり得ることだという認識をもっと持つべきだということなのです。

そして、今、その中で『自然とは何か』『自然にこだわることにより、起こり得るリスク』のお話をしているわけで、自然派×病院派ではないんですよ。

今まで、そういう括りでごまかしていたためか、助産院や自宅での分娩による事故って、なかなか表面化してこなかった。

事実、私も裁判を決心するまでに2年もかかりました。

世間の大勢から「助産院を選んだのだから」という、妙な自己責任というものを突きつけられてしまいました。

だから、今は少し偏った話になっているように見えるかもしれないけど、ここから一つ答えを得ることも十分大事なことだとおもいます。

一緒に是非、考えていきましょう。

意見が違うというのも、とっても貴重なことです。

Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

おさんばちゃんさん

ありがとうございます。

ちなみに、私は琴子のときにもリンズの時にも、自己管理には徹底しました。

いつもは出来ないダイエットまで、妊娠中にしました。

琴子のときには助産院で産みたいから、リンズの時には帝王切開でも経膣分娩でも、とにかくリスクが少なくなるように…という、なんだかもう必死な状態でした。

でも琴子のときには、後でもっと色々と食べればよかったとおもいました。

何故なら、女の子なら大体の人が好きな甘いケーキを全然食べなかったから、琴子はケーキも食べられずに天国へ逝ってしまったと、申し訳なくおもったからです。

これはちょっと余談ですね。



是非、これからも貴重なご意見をお聞かせください。

また、話せる範囲で経験談などもお聞かせください。

Re:宇宙とつながっているって???(09/27)

桃まま1253さん

メールで構わないから、URLを教えてもらえないかな。

kotoko831@infoseek.jp



私、

「たとえ自分のお産がうまくゆかなくても本当の自然なお産とはどんなものか知っておくべき」

にまさに該当しちゃうんだけど、私はこんなこと、他の人には推奨しないよ。

「たとえ自分の望まないお産という結果になったとしても、子供が生きてくれていればどれほど幸せかを知るべき」

だとおもう。

Re[1]:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

名無しさん

何故匿名なのでしょうか。

卑怯ではないですか?



私の日記だからといって、私は他者が入り込むことを拒絶することはありません。

ただ、それが悪意や誹謗中傷の類いだったら論外ですよ。



私も事情によっては日記は書いてもレスは書けないってこと、これから大いに有り得ます。

でも、皆さんの書き込みには目を通すだろうし、私の存在が無い状態でも、個人個人の意見が言い合えるのなら、全く問題視しません。



是非、次からは受け入れられやすいお名前でご参加ください。

まずはそこから始めませんか?

Re:『自慰行為』?(09/27)

ぽぽさん

ご意見、ありがとうございます。

しかし、私は助産院の存在や自宅分娩を全否定しているわけではありません。

また、贅沢な出産への否定も肯定もありません。

前から何度も言っていますが、病院でも酷い医師はいます。

正しくは話に聞く。



助産院の場合、特に私の場合に限って言えば、Hの評判はかなり良かったです。

たまたまなのかもしれませんが、Hの悪い話はなかった。

そして、このブログをご覧の皆さんの中では助産院で逆子は扱ってはいけないと事前に知っている方もいらっしゃいますが、私は知りませんでした。

後に他の方に聞いても、知らない方はいました。

「琴母さんが無知だっただけだ」

と言っている方ももしかしたらいるかもしれない。

確かにそれも事実です。

でもじゃぁ、事実を教えてくれない助産師と私のコミュニケーションはどうだったかというと、そのときは素晴らしいものだったと感じていました。

ただ、事実を知らせてくれなかっただけです。



ぽぽさんは私の発言をどう捉えられているのか、私の表現が悪かったのかどうか。

自宅分娩・助産院でのお産が素晴らしかったと言うばかりで構いませんか?

医師や助産師とのコミュニケーションが万全なら、あとは上手くいったことばかりで構いませんか?

助産院でVBACを受けたというケースは少なくとも2件、ネットで公開されていました。

結果は2件とも、母子ともに無事だそうです。

これらも助産師とのコミュニケーションさえ良ければ、問題はないと?(ただ、私は帝王切開の経験がないので、本当に危険性を正しく訴える術はありませんので、他の経験のある方に身体半分、任せているような気持ちです)



Re:『自慰行為』?(09/27)

ぽぽさん

続きです。

自宅分娩、助産院、病院、更には助産師を頼まず、夫婦だけで産むケースと、お産は様々です。

夫婦だけで産むというのはもうここでは存在を無視したとして、他のケースで考えた場合、自宅分娩と助産院での出産はかなり美化されているのが事実です。

たまたま無事に産めたのだと、本当にそうおもっているのなら、わざわざネットで言うことでもないんじゃないかな?

やっぱり『自宅で産んだぞ!』って言いたいんじゃないかな?



私は助産院で子供を亡くしましたから、正直、助産院を素晴らしい存在だとは言い難いですよ。

ですから、人によっては偏っているといわれても仕方がないとおもっています。

なるべくそうならないように努力はしているけど、しているということは無理があるということも否めません。

私が一番望んでいることは琴子をこの手にもう一度抱くことです。

こんなおもいをする人が一人でも減るのなら、多少過激な、行き過ぎた表現でもきっとまた私はします。

罵声をあびたとしても、きっとまたします。

子供を失うって、昼も夜もなにもない以上に苦しいです。



危険を認識しあうべきときだと今はおもっています。

偏ってもまた中庸になり、また偏って…それでも話し合うことに意味はあるとおもっています。



是非またどうぞ。

Re[1]:こんにちは。(09/27)

琴子の母さん

>miritoroさん

>うーん、正直、サイトの内容を拝見しましたが、どうでしょうか、やはり内容からしてご自慢の域だとおもいます。

>そもそも、お産の経験を人に薦めること事態が間違いだとおもうんです。

>関わることが素晴らしいとも言い切れませんよね?

>私の場合、主人が琴子のお産に立ち会ってくれましたが、ここではまだ言えないくらいの衝撃が主人にはありました。

>これから裁判でもしかしたらこのことが出て、下手したら主人はこれから先、生きていく自信を失ってしまうかもしれないことになるかもしれません。

>関わることを薦めるというのも、自分を美化したいだけの言い分です。

>それは他人が口出すことではありません。



>また、シングルマザーの人はどうしたらいいですか?

>立ち会ってくれる人も関わってくれる人もいない場合は、誰にも影響を残す結果がないということで、やはり寂しく端へと追いやられてしまうことになりませんか?



>お産により、家族が立ち会ってくれたけど、もし産んでくれた母親が亡くなってしまったとしたら、どうなんでしょうか、関わることが大事だとばかり言っていられないこともあるんですよね。



>私がリンズを出産した病院では、家族が立ち会うこともできるし、衛生的だし、NICUもあって、緊急への対応も理想的な状態です。

>だからといって、絶対に母子ともに健康で出産が100%終るとは言えないし、悲しいお産もあるでしょう。



>昔のお産という言葉に影響されて、自宅出産を選択されたのもきっと理由にありませんか?

>でも、昔ほど、男性はお産に関わらなかったのではないでしょうか。

>自然といわれても、不自然だということも多くあります。



>お産とは一体、なんなのでしょうか。

こんばんは。

ごめんなさい。間違えて書き込みをしてしまいました。上のレスは削除してください。すいません。。。





琴子の母さんへ



>うーん、正直、サイトの内容を拝見しましたが、どうでしょうか、やはり内容からしてご自慢の域だとおもいます。

>そもそも、お産の経験を人に薦めること事態が間違いだとおもうんです。



そうかもしれないですね。

「どこ(の産科で)生むの?」と聞かれて「家で」と答えるとやはり周りの方々には「どうだった?」と聞かれます。だからとてもよかったよって言っているだけのつもりですが、それが自慢といわれればそうなのでしょうね。

人に奨めると言うことが間違い。これに関してもこちらに訪問させていただくなかで沢山考えさせられました。人に奨めることの何が間違いなのか、琴子の母さんのお考えをもう少しお聞かせいただければと思います。



>関わることが素晴らしいとも言い切れませんよね?

>関わることを薦めるというのも、自分を美化したいだけの言い分です。



私がレスのなかで申し上げた『関わる』というのは、るんさんのレスにあった『子供を産むことで人生が変わったという考え方が・・・』というレスを見て生んだから変わるのではなくて、妊娠・出産そして育児ということに自分自身が関わった(経験したといえばよかったでしょうか?)から人生が変わるのだと思う(実際生む前と後では多少なりとも人生変わりますよね?)ということを言いたかったのですが・・・きちんとまとまっていなくて申し訳ありません。(この記述でも伝わらなかったらさらに申し訳ないです。)

つづきです。

>また、シングルマザーの人はどうしたらいいですか?

>立ち会ってくれる人も関わってくれる人もいない場合は、誰にも影響を残す結果がないということで、やはり寂しく端へと追いやられてしまうことになりませんか?





シングルマザーというのは、どうなのでしょう。シングルの方には家族はいないのでしょうか?私がもしも何か訳あってシングルマザーとして出産するのであれば、やはり自分の母親や父親にできれば立ち会ってもらいたいです。

立ち会ってくれるひとが誰もいないたった一人のお産とは?それは看護師さんや医師もいないということですか?無介助分娩以外の方法で出産をするならば、一人ではないはずです。(揚げ足をとっているわけではありません、シングルのたとえがちょっとよくわからないです)



>お産により、家族が立ち会ってくれたけど、もし産んでくれた母親が亡くなってしまったとしたら、どうなんでしょうか、関わることが大事だとばかり言っていられないこともあるんですよね。



>私がリンズを出産した病院では、家族が立ち会うこともできるし、衛生的だし、NICUもあって、緊急への対応も理想的な状態です。

>だからといって、絶対に母子ともに健康で出産が100%終るとは言えないし、悲しいお産もあるでしょう。



>昔のお産という言葉に影響されて、自宅出産を選択されたのもきっと理由にありませんか?

>でも、昔ほど、男性はお産に関わらなかったのではないでしょうか。

>自然といわれても、不自然だということも多くあります。



>お産とは一体、なんなのでしょうか。







私は自宅で生みました。でも自宅という場所に強いこだわりを持っているわけではありません。

さらにつづきです。

私は主人が大好きです。だから主人との間に4人の子供を授かりました。でもうち2人は亡くなりました。

長男以外はその誕生を家族の誰も見ていません。私と子だけのお産(亡くなった二人は流産ですから正確にはお産とはいえないかもしれないですが・・・)でした。

お産(陣痛も含めて)は痛いです、苦しいです。そんな過酷な状況をたった一人で乗り越えるのは辛いです。大好きな人にそばにいて欲しい。手を握ってはげましてほしい。



それが私が『家族みんなでお産を』とこだわった理由です。

助産院ではなく、自宅を選んだのは長女も一緒に立ち会える病院がなかったことと私の前回のお産の進行が早かったので助産院までの道中で生まれてしまう心配があった、助産院には家族が泊まれるスペースがなかったから。です。



たしかに病院より自宅を選択するということは異常が発生した場合の危険指数は高いでしょう。



でも、じゃあお産は『万が一を常に考え母体の疲労や苦痛は考慮せず母子の安全だけを第一に考えて行われるべきこと』なのかな?

『出産』とは生きた命と肉体をお腹から出す。ということなんでしょうか?

産むということ自体には何の意味もないのでしょうか?

答えなどすぐにはだせません。

さらにさらにつづきです。

琴子の母さんが『危険なお産がなくなるように』と願って活動していらっしゃることはわかります。

琴子ちゃんを思うご両親の気持ち、他の日の日記を読んで涙が出ました。



私はこちらへ何度も訪れました。

初めてこのサイトを拝見してから自分の発している情報を見直そうと思ったからです。

でも、今日の日記。私は正直すごく傷つきました。

私のサイトは自慰行為に値するものだと言われた・・・。そんなつもりじゃない。

でも琴子の母さんにはそう映ったということですよね。

だけど、インターネットは文字だけの世界です。今日の日記の内容は私にはとても攻撃的に映りました。

私は亡くなった私の赤ちゃん達は私を見ていてくれてると思っています。だから赤ちゃん達が私を見て悲しくなったり、心配したり、辛い気持ちになるのは嫌です。だから誰かを攻撃したり、恨んだり、憎んだり、そういう負の感情を持たずに生きて行けたらって思ってます。(まだまだ全然できてはいませんが)それは今いる子供達を育てる中でも活きてくることだとも思います。



琴子の母さんの体験したことを私が理解できるかといえば、『理解できます』なんて嘘です。

だけど、負の感情で自分を焼き尽くしたりしてほしくありません。そんなの悲しすぎます。

琴子の母さんが琴子ちゃんを想って想って想って、潰れてしまわないか。とても心配です。



私のサイト、はっきり言ってただの自己満足のサイトです。でも、公の場で公開することで色々な人に影響を与えるのは事実です。そこを踏まえて見直していきたいとは思います。

沢山の影響と情報を与えてくださってありがとうございます。

支離滅裂で長い長い文章でごめんなさい。。。(書き込むのに2時間もかかってしまった・・・)



とろ。

Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

産み方が、生き方、

なんて言う人は

よほどそれまで、自分の生き方をもってなかったんでしょうね。

よくまあそんな短絡的な思考回路があるもんだなぁ。

確かに子供を産むことで、人生観は変わるかも知れない。だけど、出産方法で生き方がわかるとは、とてもとても思えないけどね。

母子共に、健在。

それが何より最優先。

それ以外に何があるんだろう?

多分かみ合わないでしょうけど

ねこのこさんの書き込みを見て、はたと気付いた。

そう、それが言いたかった、私も。



確かに出産する事で人生観は変わるけど、「産み方で生き方が分かる」というのは違いますね。

そう思える人は幸せなのかもしれないけど、確かに短絡的。



自宅にこだわってないと強調する方も実はこだわってると思います。普通こだわらなければ自宅出産はできないと思うから。選択の基準が違いますね。

ありがとうございます。

琴子の母さん、レスありがとうございます。

ごめんなさい。確かに私は理解できていないとおもいます。それは琴子の母さんご本人のことを知らないし、ここに書かれている情報しかないから。

でも、理解したいと思っています。



>私にはもう『楽しいお産』なんて言葉自体が存在価値のないものなのです。

>sakikyokoさんはこれからのお産を控えた方に向けて発信していることかもしれませんが、過去の方にはなん

と?

>「楽しくなかったお産」とでも言うかな?

そうではなくて、私は産んだ人も、これから産む人にも発信したいと思っています。

その方法がどのような形になるのか今はまだわかりません。だけど、産んだ場所や方法にこだわるのではなく、みんなで話したり、聞く場を作りたいと思ってます。

ただの井戸端会議なのかもしれないけど、そんな場があればなぁと勝手に考えているだけです。



いろいろとレスしたいのですが、言葉をとらえてのレスになったりしてしまいそうなので、また気持ちをまとめてからにします。

まとめてレスします

全てに目を通していますが、これからはまとめた形でレスします。



言葉は難しいですね。

全く同じ内容でも、直接会って話せば理解し易くなることも多くあるでしょう。

今回、わたしが「自慰行為」とあえて表現したのも、攻撃的なままです。

これを喧嘩腰ととらえるとちょいと違って困るけど、でもね、時間が無いんですよねー。

過激に言わないと、2003年のあの頃の私がこの中にいたら、気が付けないで助産院に行ってしまうかもしれない。

今は産んだ結果をもって話をしている方が多いけど、これから産もうという人には、多少はストレートな表現も必要だとおもいます。

私は自分自身が洗脳されていた経験がある分、その必要性を感じています。



P.S.

>いろいろとレスしたいのですが、言葉をとらえてのレスになったりしてしまいそうなので、また気持ちをまとめてからにします。

最初からそうしてくれよ~(ちょっと冗談交じりだよ、あんまり凹まないでね)。

Re:さらにさらにつづきです。(09/27)

これだけは言っておきますよ、miritoroさん

>琴子の母さんの体験したことを私が理解できるかといえば、『理解できます』なんて嘘です。

>だけど、負の感情で自分を焼き尽くしたりしてほしくありません。そんなの悲しすぎます。

>琴子の母さんが琴子ちゃんを想って想って想って、潰れてしまわないか。とても心配です。

あえて、はっきりと申し上げます。

こういうことこそ、余計なお世話です。

子供を失って、潰れて、何が悪いんですか?

私はもし、どこかで私と全く同じ経験をされた方がいて、その方は裁判もしない(できない)、家から一歩も出られない、人と目を合わせられない、一生、泣き伏せてしまうとしても、それはそれで構わないことだとおもいます。

私にはどうしようも出来ないからです。

子供を失った人に『元気になれ』と言っているようなものです。

元気になるってなんですか?

人は元気じゃないといけないのですか?



同じ経験をしていても、感じ方は様々です。

別々でいいんです。

悲しみを癒す術は、本人にしかないのです。



私はお子さんを亡くされた方達と大勢、知り合いました。

皆さん、お互いの気持ちを尊重し合い、理解しあおうとしますが、決して『負の感情で自分を焼き尽くしたりしてほしくありません。そんなの悲しすぎます。

琴子の母さんが琴子ちゃんを想って想って想って、潰れてしまわないか。とても心配です』に似たような発言はしません。

何故なら、自分だって潰れてしまいそうだからです。

そして、潰れてしまっても構わない、潰れてしまった時にはまた一緒にいようっていう気持ちがあるからです。



人は悲しみに潰れてしまっても構わないとおもっています。

こんばんは。

琴子の母さん



悲しみを癒す術は本人にしかない。

最終的にはそうでしょうね。自分の心ですから。



大きなお世話、ごめんなさい。

公開するからこそ

琴子ママさん、初めまして。

レス等をよくお見かけし、初めてこちらに

お邪魔しました<(_ _)>



元日記からズレてしまうかも知れませんが、

miritoroさんのレスを読んでいて、

自分の体験を公開するのは構わないのですが、

あくまでそれはその人にとってのモノであって

全ての人に当てはまるわけではないのです。

もちろん大前提でそう思って書いていても

読み手には

「こんなに素晴らしいのなら、やってみよう!」

とまるで自分もそう出来るように(感じるように)

思ってしまう(錯覚してしまう)事も

多々あると思うのです。



だからこそしつこい位に

「これはあくまで私の体験で、皆そうだとは

限りません。自分で調べて、自分で判断してください。」と

訴えて行かないといけないのだと思うのです。



琴子ママさんは今までの日記を読んでみて

常に「助産院での出産を否定しているのではなく

危険な事をしている助産師も居るから

良く見極めて下さい。」と仰っています。



公開すると言うことは、影響力があると言うこと。

常に忘れないで居て欲しいと思います。





医者も、助産師も人間ですから間違うこと

あるとは思います。でも、

点滴の針を刺すのが苦手でもいい、

手先が不器用で傷が曲がってもいい、

でも命に関わる判断をする時だけは

どうか自分を通さずに、周りに助けを求めて

救急車を呼ぶなり相談するなりして欲しい。



万が一、哀しい出来事が起こったなら

また同じ事を繰り返さないで欲しい。

決して慣れて欲しくない。

常に命が関わっていることだけは忘れないで欲しい。

そう思います。

Re[1]:エドガーさんへ(09/27)

何度もごめんなさい。

賛同して下さっていたのに、私の読解力の無さから余計なレスをつけ、

エドガーさんには、お気を使わせてしまって申し訳ありませんでした。

これにこりずによろしくお願いします。

Re:公開するからこそ(09/27)

ぶろっこり~~さん

ありがとうございます。

ご理解くださり、凄く嬉しいです。

そして、ぶろっこり~さんの言う通りに感じています。



>万が一、哀しい出来事が起こったなら

また同じ事を繰り返さないで欲しい。

決して慣れて欲しくない。

常に命が関わっていることだけは忘れないで欲しい。

そう思います。

この言葉に全てがあるとおもいます。

Hが持っていなかったもの(忘れたもの)です。

こんばんわ

はじめて書き込みさせていただきます。

こちらのコメントを拝見していて、

とてもやりきれない気持ちになりました。



琴子ママさんに攻撃された、とお感じになった方、

こう考えてみてはどうでしょうか?



あなたの大切なお子さんが、

川で遊んでいて、流されて、亡くなってしまいました。

さっきまで、楽しく笑っていたのに。

あっと言う間に、流されてしまったのです。

いつも遊んでいる川だったのに。

皆が遊んでいる川だったのに。



もうあなたは川を見る事も、川の音を聞く事も、

川と言う文字を目にする事さえも、辛く、苦しく、恐ろしく感じませんか?

ましてや、同じくらいの子供が川で遊んでいるのを見たら、あなたは直視できますか?



そんな時、ネット上で、

「うちの子は川遊びで泳ぎがうまくなりました」とか

「子供は川でいつも遊ばせていま~す」

と言うような楽しげな、イラストや写真入りのページを見つけたらどうですか?



これ以上、被害者を出してはいけない、早くしなけば、と思いませんか?





















つづきです



しかしネットに公開している側の人にはあなたのその気持ちが全く伝わらないのです。



「別に川遊びをお奨めしているわけではないんです」

「私は安全な川で遊ばせています」

「自分に合った川を選べば問題ないはず」

等と、自分の楽しい体験を発表する事の正当性を主張するばかりで、お話にならないのです。



そのうち、自分のブログに文句をつけられたとばかに、ヒステリックな屁理屈ばかりが返ってくるのです。

しまいには、

「私は川で子供の命をおとしてないからあなたの気持ちは理解出来ません。すいませんね。」

ですよ。



あなたはどう感じますか?



「川で子供が命を落とした」という事実の前で、

親である人がそんなタワゴトを言っていていいのか?

と、思いませんか?





私は琴子ママさんが、これ以上悲しむ人を増やしたくないために、必死で教えてくれているのに、、

どうしてそのエネルギーを無駄に吸い取るような事をするのか、拝見していて歯がゆくなったので書かせていただきました。



私は運良く普通に出産し子供を育ててきましたが、

琴子ママさんの気持ちは痛いほどよく分かります。



そして、どう考えても、琴子ママさんの仰っている事は

攻撃でも、憎しみでも、妬みでもないですよね。

ましてや、あなたに悲しみを分かってほしい訳でもないですよね。

私には、あなたが琴子ママさんを攻撃しているようにしか見えませんでした。



琴子ママさん

突然出てきて的外れな事を言っていると思います。

ごめんなさい。

これからも拝見させていただきます。

支離滅裂で失礼いたしました。



Re:こんばんわ(09/27)

カモメさん

ありがとうございます。

川のお話はまさに私そのものです。

ありがとうございます。

他に言葉は必要ないですよね、ありがとうございます。



また是非、お越しください。

こんばんは。

この数日コメントを読み返し、日記を拝見させていただいてPCを閉じても、寝ていてもこちらのサイトのことが頭から離れませんでした。



自分の発信していた情報は『無事に産めた』ことを前提に書いていて非常に偏ったものだったようにおもいます。

琴子の母さんが必死に伝えようとしていることを表現だけで捉えてコメントを書き残してしまったこと、自分の未熟さゆえです。お詫びいたします。ごめんなさい。



今現在は『オススメ』をしていたページは封鎖中。

多面的に情報を発信できるページにできそうであれば再開する予定ですが。。。今のところ未定です。



ぶろっこり~さん、かもめさん、率直にご意見くださった方ありがとうございました。

Re:こんばんは。(09/27)

miritoroさん

お話が出来て、良かったと思っています。

それはmiritoroさんの出した結果がどうこうというのではなく、それ以前に、一緒に考える機会を得ることが出来たからです。



助産院も病院も自宅も、お産が抱えるリスクは同じなのかもしれません。

だから助産院だけが危ないなんて言うつもりはないし、過度な医療を薦めるつもりもありません。



また一緒に考える機会があると良いですね。

また是非お越しください。

琴子ママさん、はじめまして

私には琴子ママさんの仰ってる事が、とてもよくわかります。

お産をあなどってはいけない これは私の母が何度も私へと伝えた言葉です。



と言うのも・・・(長くなりそうですが・・・人様のスペースにごめんなさい)

私の母は私の妹を産む時、妊娠中毒症に悩まされ

早いうちから入院していました。

某市にある、個人病院です。



ある日、母はとても体の調子が悪く、直感的に

「このままだと母子共倒れになる」と思ったそうです。

そして、すぐに病院のスタッフを呼んで

「今すぐに出してください。でないと、母子共に共倒れになります!!」

すると、スタッフと先生が

「○○さん、心配しすぎですよ~大丈夫。僕達がついてますから」

それでも納得できなかった母は、辛い体をおしてまで

「お願いします、本当に辛いんです」と食い下がったそうです。

すると、しぶしぶ

「そこまで言うのであれば・・・では、明日お産にしましょう。いいですね、○○さん」

そう言われて、仕方なく納得した母。



その日の夜中、母は危篤へ・・・

(琴子ママさん、申し訳ありませんが続きます)

続きです

母子共に危険な状態だと判断した医師達は、自分達の病院の施設では

どうする事もできないと判断し、そのまま設備の整った大学病院へと

母は搬送されました。

その後です、自宅にいる父へ連絡がきたのは。



「○○大学病院ですが、奥様が危険な状態にあるので、すぐに来てください」



父は??です。それも、妻が入院してたはずの病院からではなく

大学病院からの連絡に困惑しつつも、すぐに飛んでいったのですが

そこで言われた言葉・・・



「現在、母子共に危険な状態です。両方とも救えるようにこちらとしても全力を尽くしますが

最悪、お子様は諦めてもらう事になるかもしれません・・・」



すると父は



「いいえ、両方助けてあげてください!どうかどうか・・・よろしくお願いします!!」



そして、結局、母子共に助かったのですが・・・

心停止状態が長く続いた妹は、脳に重大な損傷をおい

長生きはしないだろう・・・と言われたそうです。

妹の事について、大学病院の医師からの説明があり

その中で、妹の障害は後天的なものだという事と

個人病院で適切な処置がされなかった事が(全てが後手後手だった)

原因だったという事を(ここはこちらから突き詰めて質問したから答えてくれたのですが)

告げられました。



産婦人科のみの個人病院がダメとか、自宅出産がダメだと言うつもりはありませんが

何か突発的な事が起こった時、対処できないのが現状です。

母のように、リスクのある妊娠生活ゆえに、早くから入院していても

適切な対応が取られない事もあります。



でも、普通は、ハナからリスクを考える人はいないでしょう。

初産の場合だと尚更、お産の流れがわからないという部分もあるでしょうし。

自分には降りかかる事のない、別世界の話しだと思ってる方が大半なのでしょうね・・・

(申し訳ありません・・・まだ、続きます)

更に続きです

ですが、お腹の中で順調に育っていた赤ちゃんが

必ずしも、元気な状態で生まれてくるとは限らない。

最後まで気を抜けないのがお産です。

そして、決して、お産をあなどってはいけない。

最悪、母子共に・・・といったケースもあります。

だからこそ、子供を産むという事は、母子共に命がけなんです。



何処で産むかを選択するのは個人の自由です。

ですが、命の関わる問題だけに

最悪のパターンも想定しつつ、その時には具体的にどうするのか?

そこら辺の話しを煮詰めた上で決断される事を望んでやみません。

自分が良かったからと言って、安易に人に勧める事にも賛成できません。

良かった部分と、リスクとなる部分、両方を話した上で

相手に判断させるべきだと思うからです。

それ位、命とは重いもののはずですから。



助産師ともあろう人が、琴子ママさんのやり取りを見て

「こわいね~」などと言ってるのを目にして

黙ってはいられなくなり、書き込みさせていただいた次第です。

この出来事を“明日は我が身”として、教訓にすべきはずなのに

そういう風には考えられない事にガッカリしたものですから・・・

耳障りのいいプラスの意見ばかりでなく、こういった辛い経験からこそ

学ぶべきものは沢山あるはずなのに・・・

「心の中に生きてる」だなんて、そんな風にしか

この件を捉える事ができない姿勢こそ、大いに問題ありだと感じたもので・・・

(ごめんなさい・・・まだ、続きます)

最後です

ちなみに、大学病院退院後、例の個人病院から

入院費用の請求の連絡がありましたが

「改めて、そちらへお伺いします。主人も話したい事があると言っていますし」

そう言うと、それっきり、料金請求はありませんでした。

なので、入院費用は払っていません。



そして、短命だろうと言われた妹は今も元気(?)にしています。

脳性麻痺による四肢麻痺と言われ、寝たきりなので

全て介護しないとならない状態ですが

度重なる睡眠不測や疲労にも負けず、母が懸命に介護しています。



不幸にも何かが起こった時、お産に関わった人間に責任は取れるはずもなく

結局、家族が全て背負う事になるんだという事を

お産に関わる人達が頭に刻み込んで欲しいものです。



琴子ママさん、自分の事を(しかも母の)長々と書いてしまってごめんなさい・・・

私達にとって、可愛い妹ですが

やはり、出産時の件がずっと心に引っかかってたもので・・・

こういう声から、何かを感じ取ってもらえれば・・・

と思い、書かせていただきました。

そして、これは決してレアなケースではないという事。

特に、お産に関わる人達には、深く心に刻んで欲しいものだと感じました。

Re:最後です(09/27)

あややさん

はじめまして。

お母さん、妹さんのお話、ありがとうございます。

やはりお産は軽軽しく語ったり、扱ってはいけないんだって痛感しました。

あややさんのお母さんのように、自分で訴えてもなかなか受け入れてもらえないということ、残念だけど、時折聞えてくる。

あややさんのお母さんの場合も、医師が先に気付くことは不可能だったのだろうか。

『何かがあってからでは遅い』と、どうして医師側は感じないでいられるのだろうか。



>不幸にも何かが起こった時、お産に関わった人間に責任は取れるはずもなく

結局、家族が全て背負う事になるんだという事を

お産に関わる人達が頭に刻み込んで欲しいものです。

全く同意見です。



また是非お話を聞かせてください。

そして、一人でも多くの方が正しいお産を受けられるように、伝えていけますよう、これからも宜しくお願いします。

遅ればせながら・・・。

次男を自宅で産みました。

無垢の杉板が敷かれたリビングに布団を敷き

夫に抱えられ、信頼している助産師さんに見守られながら

お腹の子どもと手と手を取り合いながら出産しました。

カーテン越しの明け方のやさしい光の中

不必要な医療介入などひとつもなく

静かな、そしてあたたかいお産でした。

へその緒は長男が夫に助けられ、切りました。



煌々と照らされた冷たい分娩台の上で生まれ

初めて目にした人は白衣を着たお医者さん。

院長先生が亡くなったからと

吸引で無理やり対外へ。

そして、エインを切開した中で生まれたため

生まれてすぐに産湯につけられ

初産ですぐにおっぱいは出ないからと

お母さんのおっぱいよりも先に哺乳瓶を咥えさせられるなど

その他もろもろのバーストラウマを受けた長男。

その後、3年間の授乳生活の中で

長男が私の目を見つめたことは一度もありませんでした。

目と目と見つめ合って授乳する母子の姿に憧れていた私は

自分が選んだお産の形が決して赤ちゃんにやさしくなかったことを本能的に感じ、ショックでした。



ごめんなさい。続きです。

片や、生まれてすぐに私のお腹の上で

おっぱいにむしゃぶりついた次男。

最初の一口で、長男が生後3ヶ月まで苦労して

やっと飲めるようになった強さをみせました。

バーストラウマがない次男は

集中力や判断力に優れ、また、聡明で気持ちに切り替えが上手く

その落ち着いた賢さに我が子ながら目を見張る日々です。

体も丈夫で、健診以外に一度も病院に足を運んだことがありません。



「産み方は生き方」。

私は、そして私の周りの友人は、そう思っています。

今までの生き方が問われるという意味で。

毎日の生活を律し、食生活に心を配り

そしてきれいな言葉を使うことを心がけ

全てのものに感謝する。

あまりに私たちが一生懸命だから

神の領域と言われる神秘的なお産の瞬間に

神様が力を貸してくれたのかもしれないと思うほど。



「自慰行為」という指摘は少し悲しかったです。

自分の欲求だけでなく、本当に子どものことを考えた結果

選んだ出産の形が私は自宅だったから。

誰が使ったかわからない分娩台、

家族以外の人が自由に立ち入れる院内、

新生児が細菌感染したら

母親だけの母乳では守れません。

事実、私の妹の子どもは院内感染で

生まれてすぐの大切な時期にNICUで過ごしました。

でも、自宅なら、母親とずっと一緒の環境なら

母親の母乳を通じて赤ちゃんは自分の周りにいる

細菌に対する免疫をもらうことができる。



最後です。

私が望んだお産の形は究極のこだわりで

きっとそれは、無事に生まれたらそれでOK、という感覚から考えたら

ただの我が侭にうつるのかもしれません。

(万が一のバックアップはすぐ近くの総合病院にお願いし

万全の体制を取って出産に望みましたが。)



人任せにせず、お医者さん任せにせず

責任ある尊い大仕事だからこそ

自分を高めに高めて望む自宅での出産。

私は安易に人には勧めないし

息子を取り上げてくださった助産師さんもまた

決して安易には引き受けない。



決して自慢しているわけではないのです。

大きな声で言いふらしたいわけではないのです。

ただ、中には、本当にいい助産師さんもいるし

本当にいいお産をした女性もいることを

「自慰行為」と表現されたことにびっくりしたから

迷いに迷って、こうして書き込ませていただきました。



最後になりましたが、琴子の母さんが起こしているアクション

私は陰ながらそっと応援します。

尊い命を預かる助産師に対する警告、

本当にありがたいと思います。



寒さも厳しい折、琴子の母さんもどうぞご自愛ください。

私の文章がお気に触るようでしたら

どうぞ読み流してくださいネ。

長々と失礼しました。

Re:最後です。(09/27)

>私の文章がお気に触るようでしたら

>どうぞ読み流してくださいネ。

>長々と失礼しました。

それでも書き込まれたのですから、私に対して、気を障らせたく、どうしても言いたかったのでしょう。

書き込む際に、こういう言い訳はされない方が正しいですよ。



最初の出産の医師は酷いですね。

でも、白衣の方を最初に見たことが、それほどに不幸なことなのでしょうか。

私、この次元のお話って、本当に不快ですわ。

あみさんの仰る“良いお産”って、結局は医療に守られたお産をした方を傷つけてもいるんですよ。



医療に守られないと生まれてこない命もあります。

それが神にさからっていると仰る方もいます。

でも、それを神は許してもいるのです。

また、バーストラウマがない子供でも、授乳中の問題で目をそらす子もいます。

ミルクで育てている方でも、しっかりとした親子関係を築いている方も大勢いらっしゃいますよ。



また、医師の中にも素晴らしい方は大勢いますよ。

Re[1]:最後です。(09/27)

琴子の母さん

>>私の文章がお気に触るようでしたら

>>どうぞ読み流してくださいネ。

>>長々と失礼しました。


それでも書き込まれたのですから、私に対して、気を障らせたく、どうしても言いたかったのでしょう。

>書き込む際に、こういう言い訳はされない方が正しいですよ。



>最初の出産の医師は酷いですね。

>でも、白衣の方を最初に見たことが、それほどに不幸なことなのでしょうか。

>私、この次元のお話って、本当に不快ですわ。

>あみさんの仰る“良いお産”って、結局は医療に守られたお産をした方を傷つけてもいるんですよ。



>医療に守られないと生まれてこない命もあります。

>それが神にさからっていると仰る方もいます。

>でも、それを神は許してもいるのです。

>また、バーストラウマがない子供でも、授乳中の問題で目をそらす子もいます。

>ミルクで育てている方でも、しっかりとした親子関係を築いている方も大勢いらっしゃいますよ。



>また、医師の中にも素晴らしい方は大勢いますよ。

Re[1]:最後です。(09/27)

まいったな。

本当に傷つけるつもりはなかったのですが

どうもいろいろな考え方があると理解しようとしていただけないようで(^^;;。



どうぞ私の書き込みは削除してください。

あなたにはまだ理解できない次元の話のようです。



あー、私は幸せなんだなー!

Re[2]:最後です。(09/27)

あみさん

・・・

自慢話にしか聞こえませんよ(笑)



まぁ、助産院だろうと自宅だろうと医療介入を嫌うのだったら、容態が悪化してもその場で出産を完結させてくださいな。



どこで産もうと、どんなに頑張ろうと、死ぬときは死ぬ。神様は試練に耐えられる人にしかキツイ試練を課さない。私はそう思っていますよ。





Re[2]:最後です。(09/27)

>どうもいろいろな考え方があると理解しようとしていただけないようで(^^;;。

>あなたにはまだ理解できない次元の話のようです。

>あー、私は幸せなんだなー!



こんな母親になるための自宅出産だったんですか?

Re[3]:最後です。(09/27)

琴子の母さん

すみません、あんまり頭にきたので、つい↑のようなコメントを書いてしまいました。

普段は「どんな意見でも、どんな書き方でも、とにかく耳を傾けよう、感情だけでものは書くまい」と決めているのですが、あまりのコメントにドカンと来てしまいました。私も捨て台詞的コメントを残してしまい、恥ずかしく思っています。



でも、怒りの気持ちはかわりません。ここでは、自宅出産した経験そのものを下に見たり批判したりする気持ちはないのですが、あみさんの最後のコメントの、そのあまりに「きれいな言葉を心がけ」ていないのに心を抑えきれませんでした。そこまで「生き方」を大事にする人が、こうやって一度批判されたからと言って、あんな捨て台詞を残せるものでしょうか。



あみさんの出産を卑下するつもりはないと言いました。今もその気持ちは変わりません。出産が生き方だ、という人もいるのでしょう。それでもいいけれど、この場において「あー、私って幸せだー!」なんて捨て台詞を書ける人の生き方って、やっぱり薄っぺらいと思います。

Re[3]:最後です。(09/27)

ゆゆさん

>まぁ、助産院だろうと自宅だろうと医療介入を嫌うのだったら、容態が悪化してもその場で出産を完結させてくださいな。



全く同感。

先の方は『(万が一のバックアップはすぐ近くの総合病院にお願いし

万全の体制を取って出産に望みましたが。)』と、頼と、頼る気も満々なんですよね。

これすら拒否するというのならまだわかるというか…



Re[4]:最後です。(09/27)

あびさん

恥ずかしくおもわれることはないとおもいました。

それよりも、

『こんな母親になるための自宅出産だったんですか?』

という、とても完結されたコメントには脱帽です。



先の方がここにわざわざ書き込む理由がわかりません。

ここは助産院の安全性を考えたいと願う、ある助産院の被害者の母親が持っているブログです。

自分のお産の自慢話をする場所と間違われたことにもびっくりです。

Re:例えて言うなら『自慰行為』(09/27)

病院勤務の助産師です。



皆さんの意見を拝見して、胸が痛くなりました。

どんなお産であっても、母子の命より優先されるものはありませんよね。

今まで助産師として産婦さんに接するとき、「幸せなお産をしてほしいな」と思ってきました。

助産院の先生の話を聞くと、「こんな風にあたたかい雰囲気の中で新しい命を生み出せるのって素敵だな。私もそんなお手伝いがしたい」と思いました。病院でのお産でバースプランに「安全であればお任せします」というのを見ると、正直「ご自分のお産なのに人任せでいいの?もっと希望を伝えてくれたら良いのに」と思ってしまってました。



でも、「安全であれば」っていうのは最低限医療職が全力を尽くさなければならないことなのはもちろんのこと、お母さん達の切実なる願いですよね。

その想いを今までちゃんと汲み取っていなかったように思い、反省しました。



いくら素敵なお産でも、母子の命抜きにして「いいお産」にはなり得ませんよね。

もちろん、結果だけじゃなくて、プロセスも大事ではあるけれど。

医療者は単に怖がらせるためじゃなく、甘いだけの夢を見させるのではなく、赤ちゃんを生み出すという命がけの仕事を、産婦さんにきちんと説明して一緒に乗り越える覚悟が必要です。

産婦さんは、きちんとした情報を知った上でご自分の選択をしてほしいと思います。産婦さんの価値観は人それぞれだから、分かり合って支えられるように努力していきたいです。



本当に、琴子ママさんのようにお子さんを亡くされることほど悲しいことはないですよね。



そして、あみさんの悲しみは、辛かったお産をされたときにその気持ちを一緒に受け止めたり、母子ともに元気であったことは何より素晴らしかったと認めてくれる人がいたら、また違った思いになったのかもしれないのに、と切なくなります。

しっかり考えます。

私は助産師です。

今は現場をはなれていますが、近い将来、またお産に関わりたいと考えています。

こちらの書き込みを読ませて頂いて、何かコメントしたいけれど、何を書いたらいいのか…。



この場に「助産師は頑張っているんです」とは書けません。

正直なところ、病院勤務をしていたときには、「お産は病気じゃないんだから」が病棟スタッフの合言葉のようになり、「結局は元気に生まれるんだから」と高をくくっていました。

そんな時、分娩中に胎児の心拍が聞こえなくなり、死産となった方がいらっしゃいました。

直接その場に居たわけではありませんが、その場にいた助産師から話を聞いて涙が出て、鳥肌が立って、もう受け止めきれない感覚が襲ってきました。

「私は、なんて安易に考えていたのだろう…」

自分の甘さに震えがきました。



琴子の母さんや皆さんのご意見をしっかり受け止め、まずは私自身が助産師としてどうしていくべきかを考えていきたいと思います。

言葉より行動ですよね。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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