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2005-09-28

子供を失った夫婦の家の中

私がHを知ったのは、地元の知人O氏がHのところで3人のお子さんをとりあげてもらっている上に、自分(O氏は男性)が臍の緒を切ったと、いっつも言って歩いていたから。
O氏は若い女性を知ると、
「君が妊娠したら、素晴らしい助産師を紹介するよ」
と、所構わず宣伝していた。
私は里帰り分娩を希望していたから、Hのところでは元々産む予定ではなかったのだが、琴子が逆子になり、逆子を直すのが得意だと、『神の手』と言われていると聞いていたので、O氏にHを紹介してくれるように頼んだ。

O氏はHのことが自慢だったらしく、いつもは結構けち臭いことばかりを言う人なんだけど、Hのところに行くと決まったら、
「僕が先導しようか」
とまで言ってくれた。
でもさすがに気を使うばかりだから、それは遠慮して、場所だけを教えてもらった。

そして、逆子が直りそうもないと途中でおもっていた頃、結局Hのところで産むと決めたと報告しに行ったら、
「うん、Hさんなら大丈夫だよ」
としきりに言っていた。

結局、琴子は死んでしまった。
私達はO氏のことをすっかり忘れていた。
Hを選んだのはO氏の宣伝活動のお蔭ではなかったし(少しは影響があったけど)、責める気なんてないというか、人を責めるのって体力のいることだってつくづくおもう、あの頃にそんなこと、考える力なんてなかった。

O氏と私達は同期でいたことはないけど、勤めていた会社が同じだった。
世話になっていた社長に、O氏は直後、
「僕は逆子を直せると紹介しただけで、産むまでは…」
というようなことを社長に言ったそうで、数日後、社長夫人から
「O君がそう言っていたから、あなたたちも気にしていないと言っておいたからね」
と釘をさされた。
正直、ショックだった。
子供を失ったことで何も考えられないでいるのに、人には気を配ることを強いられたような気がして、なんだか惨めだった。
そんなことよりも、もっと欲しい言葉があった。
O氏に対しても、怒りに似た感情が湧いてきた。
ただ、これは言えない。
言っては駄目になると、自分にブレーキを掛けていた。
「はい、かえってO氏に気を遣わせてしまって…」
と、旦那が答えていたのが辛かった。
でも、そう言うしかないよね…

時々、私達を心配して友人達が来てくれた。
とっても嬉しかったけど、帰った後が寂しかった。
皆には普通の生活がある。
この家の中では寂しく思ってくれていても、家の外では違う生活が待ってくれている。
私達はテレビすら見る気になれない。
一緒にいた母に
「テレビでも見てみたら?」
と言われて電源を入れたけど、どうして皆が笑っているのか、どうして皆が寂しくないのか、理由がわからなかった。

実母が帰る日の晩、私は琴子のお骨を抱いて、泣いていた。
「どうしたの? 寂しいかもしれないけど、帰らなきゃだから」
というようなことを言われた。
寂しいというより、悔しかった。
実母はきっと、電車に乗った途端に琴子のいない生活に慣れるというか、元の生活に戻れる。
私にはそれが出来ない。
どんなに眠っても、誰が来てくれても、どんなに泣いて疲れても、頭が琴子を忘れられない。
胎動が懐かしい。
せめて、せめてお腹の中に戻ってくれないかと、一生私は大きなお腹のままでも構わないから…

妊娠したら赤ちゃんに「会いたい」って想う。
出産したら…私の場合、お腹に戻って欲しいって願っていた。
誰かに会っているときにはいくらか楽だった。
でも、皆にも生活がある。
だから24時間、365日、他人の悲しみに寄り添えきれるはずがない。

母も帰って、旦那と二人っきりになり、話すことがどんなことだったのか…いくらかはあったけど、旦那も私と幸せに満ち足りていたこの部屋にいるのが辛かったんだろうね、あんまり居ようとはしなかった。
でも、仕事場にいても寂しかっただろう、家に戻ってくると、前以上に目が赤く腫れていたこともよくあった。

琴子に毎日、手紙を書いていた。
それを折鶴にして、お墓に持っていった時に、お寺の住職さんに渡していた。
あの頃は琴子に手紙を書くのが一番楽しかった。
「文字が読めないかもしれないけど」
から、
「ひらがななら読めるかな?」
とか、そんな感じで旦那と笑い合ったりもしていた。
懐かしくもあり、寂しくもある思い出。
あの頃は折り紙を買うのが楽しかったな。
琴子に通じているような気がして、やっこさんとかも折っていたな。
一日中、書いていたこともある。

とにかく琴子に会いたい。
リンズもいてくれて幸せだよ、でも琴子にもいて欲しい。
この家の中にはずっと、失われたものがある。


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Re:子供を失った夫婦の家の中(09/28)

琴子ちゃんに逢いたいね。

ずっと一生忘れないね。

でも、リンズちゃんのために、元気でいてね。

気に障ったらごめんなさい。



琴子ちゃんは、きっと

いつもそばにいる。



うちの萌や明子がそうなように。

たからもののパパがそばにいるように。



気を遣うのが

悲しい思いをしている人というのは辛いですね。

私が胞状奇胎になったときも、私の方が気を遣ってた気がする…。



O氏は自分の保身に走ったという感じを受けました。

会いたいなぁ・・・

時が戻るなら戻って欲しい・・・でも・・・悲しいかな;;;時は戻らない・・・それを自問自答して・・・もう直ぐ四半世紀になります・・・でもね~曖昧な定義のまま時間だけは過ぎ去って・・・立ち止まることが出来ない日々の生活の中・・・ふと立ち止まることができたときでも

・・・想像するしか出来ない自分の子供・・・でもリアルな部分の子は日々成長していても・・・対象の「子供」はずっと小さいまま・・・想像するしか出来ない悲しさ

・空しさもまた存在する・・・



表裏一体・・・思う気持ちは変わらないのに・・・年月経るごとに・・・自分の気持ちが空虚になってゆく事実も存在する・・・



今生きている自分に出来ること・・・を考えるようになってきて・・・誰かの為に生きてゆくって事ではなくて

自分の気持ちに嘘はつかないで生きてゆこう・・・それが布いてはリアル・むこうの子達にも私が生きてきた「証」になると思うようになって来ました。だから・・・必ずいつかは向こうに逝く訳なのだから・・・その為にこっちの世界で今居る子供たちを大切にして

(あっちの子供を忘れるということではなく)、あっちへ行ったら必ず探し出して一緒に居たい・・・って思ってます^^



これからの自分の気持ちとの葛藤はずっとついてくる・・・どこでどう気持ちに折り合いをつけてゆくか。きっと自分が生を全うするまでずっと思ってゆくことだと思ってます。。。



可能性は他人にではない、あなたの中にあります

あなたの正しいと言うこと

それの何がいったい正しいというのか





琴子ちゃんの蘇生について

琴子ママさんこんにちは。このブログを知ってから気になって気になってよく見ています。私のように気にしている専門家も多いと思います。琴子ちゃんのお産が具体的にどうだったのか、どこに具体的なミスがあったのか?同じ職業の者として分析したいのです。栃木県支部に電話して聞こうかとも思いましたが、琴子ママさんから伺うほうが情報が正しいような気がします。逆子でしかも足位(!)で、「逆子も取り扱える」とはっきりおっしゃったのおそらくご高齢の産婆さんで、なぜかカルテも作っていなくって(!!?)琴子ちゃんは生後直後は心拍があったのに呼吸をしなかった、つまり蘇生が可能だったのでは?と思われるのだが結局はダメだった、ならどの程度の蘇生を行ったのか、助手の助産師は何をしていたのか、アンビューや酸素は使ったのか、ドクターカーはいつ呼んだのか、(2時間後に蘇生中止、とありましたがそれまで救急車を呼ぶことや医師を呼ぶことはしなかったのか)など疑問に思うことだらけです。逆子を取り扱うことは無論、論外なのですが蘇生技術の詳細が読み取れず、はがゆい思いです。助産院で頭位で普通に生まれても多少呼吸がうまく行かず、初期に蘇生を行う例はたまにあり、そこで大抵の赤ちゃんはすぐに元気になるのですが何故このベビーはダメだったんだろう、この一刻を争うときに助産師(おそらくその先生も含めて2名いたと思われますが)のとっていた行動はどうだったのでしょう。カルテがない状態じゃ詳しいお話も聞かされていないと思いますが琴子ママさん、もし思いだすのが苦痛でなければ詳細を端的に教えてください。可能な範囲で結構です。よろしくお願いいたします。

リセット

Hを知るまでにそんないきさつがあったんですね。

このような感情はいくらあ日が経って湧いてくるのかもしれませんね。

私もお腹に戻って欲しいと、そう思いました。

24時間以内ならリセットが出来そうな気がしました。

見る夢も出産間じかの夢ばかりでした。

そして、私の中ではあの子が亡くなった時間から

時計が止まっているのに、

時計は動いていることが不思議でした。

会いたいですね...。

ときに

気持ちを込めて言ってくれているのだろうが

実母ほど辛い言葉をかける人はいないよね。



私もね、未熟児を産んで通院に辛い日々のさなか

実母の慰めとか応援とかの言葉が余計に辛く、

そんな言葉よりもただ一緒に泣いて欲しかったと

今でも思う。

ありがとうございます

レスをまとめてすること、どうかお許し下さい。



辛い気持ちを言葉にかえる作業は、決して無駄ではないんだなぁと、つくづく感じています。

皆さんから頂くあたたかい言葉、多少の批判も含め、琴子のことを公にできることから学んでいること、多くあります。

ありがとうございます。



☆ねこのこ☆さん

リンズがいてくれてとても助かるのは、私の理由とは別の理由で泣いたり笑ったりしてくれるからかな。

そういうのって、ありません?

リンズも琴子を想って泣いていたら、きっともっと辛いだけだったと感じます。



りおか557188

本当、参りましたよ。

この方には裁判の記事が新聞んに載るとなったときに、またなんか言われるのが嫌だったので、先に連絡しました。

結局、気を遣っています。



トンママさん

トンママさんの気持ち、私なりによくわかります。

私もどこかで時をとめ、また進めの繰り返しで、最終的にはあの世で琴子に会える日を楽しみにしているばかりです。



おさんばちゃんさん、琴子の蘇生についてですが、今日のブログにてチャレンジしてみます。

今日、どのくらい書けるかわからないし、意外と一気に書けるかもしれないし。

また是非、ご意見をお聞かせください。



つーじいさん

私もリセットしたかった。

24時間っていうの、よくわかります。

家に連れて来てすぐ、しばらくは自分が足を広げれば戻っていくんじゃないかって。

どんどん水分が抜けていってしまう前、まだいくらか柔らかいときにはかなりそう祈っていました。



ちびっこちゃあさん

実母も義母も、私をよく傷付けてくれました。

義父も。

皆、言いたい放題。

こっちを思い遣ってくれているっていうのがさらに残酷なんですよね。

反論できないというか。

黙って一緒にいてくれる…これ、私も欲しかったです。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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