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2008-10-03

雑誌『tocotoco』を読んで

先日、とある場所で時間を潰さなくちゃならなくなり、そこにあった雑誌を手にしてみました。

雑誌『tocotoco』vol.2
特集>お産は楽しい!>自然体のお産

上記の表紙を目にして、さぁて今回はどんなものかと拝読。
タイトルから簡単に察することが出来るとおり、自宅出産や助産院でのお産が礼賛されつつも、病院でも自分の望む形でのお産は出来るというように書いてある。
また、自宅出産や助産院での出産をするには条件があるとも書いてある。
開業するには提携の産科病院が必須だから、搬送先も確保されたも同然で安心だというような、いつも通りに疑問を抱きつつも続きを読んでいたら…

お産ライターという肩書きの方や、他2名の方を含めて(きちんと紹介したいのに、記憶に留められず…)の対談形式で自然分娩の良さを語っている内容があり、そこで怒!
なんと女医の方が、
自分で開業するような助産師は病院でキャリアを十分に積んでいるし、緊急時や危険な場合をよく知っているから安心だ
というようなことを書いている!!!
それも、“優秀”という言葉まであった!
これだもんな~、これだもん、本当、嫌になるし、悲しくなる。
責任とれるのかな、こんな軽率なこと言って。
助産院や自宅出産を請け負う助産師はまるで
“特に優秀”
みたいなこと言ってるんだよ、これって。
自分ではそこまでのこと言っていないって言うかもしれないけど、素人からしたら、そう受け取れるよ。
それと、本当に病院で危険なお産なんかを沢山経験して、そういうキャリアを積んだ人ばかりなの?
私が感じるに、病院で危険なお産を沢山経験している人ほど、開業していない。

あと、助産院での判断が誤って子供が死んだり、母親の体(心含)に大きな傷が残っていたり、お子さんが植物状態になっている等、皆さんの許可さえ得られれば知って欲しい事故の報告はあります。
勿論、病院でも同様に事故の話はあります。
病院だから安全だとは言いません。
でも、『助産院・自宅出産は医療事故がないから安全』と物語るような現在、それは間違ったまま、『助産院・自宅出産なら安全』になっている。
助産院や自宅では医療行為が行えないから“(医療)事故はない”になるのだろけど、助産院でも人(胎児・子、母)は死んでいるし、傷付いている
『医療の施しを受けられないから生じた医療事故』というのもあるし(琴子はこれだろうな)、“緊急時には”ということで、医療を施す場合もある。
外科的な処置をすることだけが医療ではないのだから、きちんとした説明をしなかったことだって、医療の問題の一つ。
搬送はしたと主張する助産院もあるけど、その搬送が遅すぎたというのだって、判断の誤り、医療事故でしょう。

きちんとした判断を心がけている助産院もある。
でも、それが出来ていない助産院もあるっていうことを、もっときちんとした記事で紹介するべきだよ。
どれを見ても、『いざというときは病院に搬送されるので安心』程度。

今回の女医さんの発言には悲しみで一杯になる。

誰に頼まれたの?

誰と親しいの?

と、マスコミにも素人の私は、『助産院礼賛』を言う方にはそういうことまで聞きたくなる。


ねぇ、誰のために言っているの?







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自然も様々

はじめまして。卒後10年目の医師です。

その女医さんは、金よりも大事な信用をかけていますので、誰に頼まれたというわけではなく、心から正しいと思ったことを言っているのでしょう。



実は私の大学の同期も、つい今日のブログで、琴子の母さんならご存知であろう吉村医院の院長の図書をとりあげて、「お産は女性の世界。助産婦さんの世界。自然なお産を経て、女性性が高まり、母子の愛着が濃くなる。逆子も陣痛を弱くして、じっくりかけて、産道を広げながら、生まれてくるって」などと書いていました。・・・言葉を失いました。

どのようにコメントを書き込んでやろうかと、怒りに燃えた心を抑えて、思案しているところです。彼は自然療法寄りの医者なんですよね。

その女医さんの経歴は?きちんとしたキャリアを積んでいそうですか?実は医師免許を持って2, 3年研修しただけで、あとは自己流の医療をやっていただけの方では??たまにそういう人がいますよ。



私は、「癌にはアガリクスが効く」「免疫療法が良い」等の、自然療法系の考え方は、非常識な金儲けにつながりさえしなければ、決して悪いとは思いません。普段、医学ではどうしようもない病気を受け入れられない人たちへの心のケアに苦労しています。そういうとき、「癌にはこれこれが効くらしい」と信じて、それを頼って心の拠り所にしてくれたら、患者さんの心が落ち着くかもしれない、そのように、医学が対応しきれない分野で自然療法が活躍してくれたらなあ、と期待しています。だから、そういう分野で活躍する医者がいていいと思うし、是非ともがんばって欲しい。



しかし、出産に関してまで「自然が良い」「助産院での出産が良い」というのは閉口です。本人は良かれと思って主張しているのでしょうが、健康被害につながります。







優秀な助産師さん

琴母さん、こんばんは。

先週は、結構、お産、帝王切開(緊急帝王切開も含め)、数が多くヘトヘトでした。ようやく、一段落と思った、金曜日の夜中です。日中、高位破水疑いで、入院させた妊婦さんがおりました(私は破水ではないと思ったのですが、以前、このブログでも話題になった、GBS保菌者のため、念のために、入院)。朝まで診て、何ともなかったら、一度、帰宅させようと思っていました。子宮の出口はほとんど未開大。それが、少しずつ、陣痛がはじまり、午前0時頃破水。助産師さんの報告で、やや血清羊水だとのこと、ただし、胎児心拍数図では、問題なし。その後、20分ほどしてから、その助産師さんから、子宮収縮波形がさざ波様に変化、胎児心拍もサイレント パターン(元気な赤ちゃんの、胎児心拍は、鋸状のパターンになるのですが)、私が診察しても、子宮口は、まだ未開大、そして確かに血清羊水。すぐさま、超音波検査を行いましたが(このようなケースでは、常位胎盤早期剥離を疑います)、典型的な胎盤早期剥離の超音波像はなかったものの、よくみると、胎盤の辺縁に約2cmのエコーフリースペースらしき像(当初、アーティファクトとも考えましたが)、通常、子宮収縮波形で、さざ波様というと、子宮破裂する前の一つのパターンとしてとらえるのですが、母胎の方は、軽い陣痛を訴えるのみ。体位変換しても、その胎児心音の一直線状のパターンと子宮収縮のさざ波のパターンは変わらず。



私も相当、迷いましたが、緊急帝王切開を行うこととしました。スタッフを呼び集め、約、20分後に手術開始。子宮を開けてみてびっくり。血清羊水で、少量の凝血塊。取り出した胎盤をみると、胎盤の極一部が早剥状態。赤ちゃんがSOSを出してくれて、それを、見逃さなかった、助産師さんに感謝、感謝です。



一晩、気が付かず、様子をみていたらと思うと、ぞっとしましたね(汗)。

Re:自然も様々(10/03)

しまあじさん、はじめまして。



私は田舎の産婦人科開業医です



確かに、今回、琴母さんがお示しなさった、女医さんの言葉は、ほとんど、お産の修羅場の経験のない方の発言だろうと思います。また吉村医院のお産のことも、以前、このブログで取り上げれておりますので(最近はあまり、お産はやっていないと聞き及んでおりますが)、ご友人に、あまり熱くならず、個人攻撃にならないように、コメントするようにお伝え下さい。



また、私のクリニックの助産師さん達、誰、一人として、開業しようなんて考えていないようです。やはり、お産の怖さを知っているからでしょうね。



今日は、しまあじさんが、卒後10年ということでしたので、私の卒後10年目の頃、何をしていたかなぁと思い、少し(先輩ぶって)書かせて頂きます。医師癧としては、私の方が、16~17年上ですが、卒後10年目は、博士論文が終わり、学会発表、基礎研究、そして産婦人科医としての最後の仕上げの段階に入った頃でしたね。癌手術などは、教授、助教授から、徹底的に教えられ、逆子のお産、子宮全摘(腹式、膣式)などは、私が後輩に指導していましたね。今が、一人前の医師になれるかどうか、一番、大切な時期です。



医師は一生勉強と言われますが、私もあの頃、もっと、勉強しておけば・・・と思う次第です。



「後悔、先に立たず」ですね(笑)。



頑張って下さい。

Re:雑誌『tocotoco』を読んで(10/03)

立ち寄ってひとこと。



お子さんを助産院の出産で亡くされたお気持ちは想像も付きませんが、すべて自己判断でされたことですよね。それも、もう裁判も終わっていて。



それなのに、まるであたかもすべての助産院が危険であるかのようなブログをいつまでも続けているって、どうなのでしょうね?

前置きに、助産院の出産が間違っているわけではないって描いてありますけど、読めば読むほど助産院=悪、のイメージがつきまといますよ?



病院で出産すれば、100%安全なんですかね?

いや、病院で何かあって子供が亡くなっても、それは医療がしっかりしていた病院でベストを尽くしてなくなったのだから、仕方ないってあきらめられるんですか?

病院でお子さんを亡くされた方、いらっしゃると思いますがそんなに病院を攻撃するブロググチグチ書いてないですよ。

それとも、病院に勤める助産師さんは優秀で、開業する方は悪人なんですか?



ブログで主張したいことは各自の自由ですが、はっきり言って不快になる読者もいます。

今いるお子さんのためにも、亡くなったお子さんをきちんとお空の星にしてあげるためにも、いつまでもお母さんが心の整理もつかず(というか最近は単なる助産師さん攻撃のブログでしょ)こんなことしていては、ダメですよ。

前を向いて、生きましょう。

Re[1]:雑誌『tocotoco』を読んで(10/03)

主婦Xさんへ、

はじめまして。

このブログを最初から、読んで頂きたいのですが、琴母さんは、決して、助産院、助産師さんを全て、否定している訳ではないのです。病院、実際、現在、お産をやっている開業医と密接な連携のもとに、まともに助産院をやっているところもあるということを承知の上で、このブログを続けられているのだと思います。

また、これは、我々も猛省しなければならないのですが、琴ちゃんが亡くなられた際、産婦人科医からも、その助産院からも正確な情報を、受けていなかったのです。医療に関わっていなければ、当然のことですよね。また、お子さんを亡くされた母親の気持ちは、そう簡単に、心の整理がつくものではありません。私の母親も子供を、二人亡くしております(今の医療であれば確実に助けられてのですが、50年も前の話です)。昨年、87歳で他界しましたが、奇跡的に生き残った私に、呆ける前に、「あんたには、精一杯のことをやった。おそらく私の方が先に逝くから、今度はあの世で、育てられなかった二人を育てるよ」と言っておりました。80歳過ぎても、まだ、亡くなった子供のことを心配しているというか、心の整理がついていなかったのだなぁと、母親の心情、強さがわかりました。



病院でも、医療ミス(不可避な医療事故とは区別して下さい)で、お子さんを亡くされた方もいらっしゃるのは事実です。ただし、北里大学から、発表されておりますが、助産院からの搬送遅れ、判断ミスが明らかに多いと、公表されていることは、ご承知下さい。

詳細は申し上げられませんが、私もある方から、助産院での明らかな医療ミスの相談を受けております。何故、助産院でこんなことまでやったんだ、何故、すぐに産婦人科医のいる病院に搬送しなかったという事例です。琴母さんも、今、琴ちゃんのためにも、懸命にお二人の子供さんを育てています。その事も、理解してあげて頂ければと思います。

提案

琴母さん、お元気ですか。



以前にも申し上げましたが、そろそろ、このブログのタイトルを変えられたらどうでしょうか。



と言いますのは、琴母さんも入会(クローズドの)していらっしゃる、最近のコメントで、「お産をどう続ければよいのか」という題目で、討論されていましたよね。



それを読みますと、益々、お産状況(特に地方が)が悪くなる一方で、地方で、頑張っている産婦人科医の苦しみ、またまともにやっている助産院の苦悩までもが、述べられています。



今、周産期医療は、先の見えない、真っ暗闇のトンネルの入り口にいます。産婦人科医不足、助産師さん不足はこれからが本番です。その中で、ある医師が言っておりましたが、どこかに行政などを頼らずに、打開策が必ずある、妙案を見つけるために、皆で話し合えば、見えてくるはずだと申しておりました。私もその言葉を信じます。



このブログを、我々からの正確な情報を流すため、またお産をこれからされる方、妊娠、出産に関して疑問に思うことなど、我々、医療関係者との橋渡し的存在として、妊娠、出産、育児に関して、今後も続けて頂きたいと思います。本当に貴重なブログですから。



そのためにも、そろそろタイトルを変えられたらどうでしょうか?

「自然食」時代に「自然な」お産を

「無医村で」とっていらした80代の元助産師さんを存じあげております。お会いした当時、「オニババ化する女たち」を読んで、いいな~と思っていたので、「自然なお産って、いいですよね?」と無邪気にお聞きすると、



「病院で産むのが一番。ひとりでお産を取ることがなくなって、ほっとしました。」



と、きっぱりおっしゃっていました。



自分も、特に原因のはっきりしない、常位胎盤早期剥離と死産を経験していて、お産に絶対はありえないとわかっていたのに、軽率でした。



0歳児の姪を見ていると、「産科を志望する学生さんのいないような世の中にしてしまって、ごめんね。おばちゃん、あなたのために、なにかがんばるよ」と思います。



はじめましてですのに、ながながとすみません。どうか、琴子の母さんの応援を、これからもさせていただきたいです。

タイトルはこのままでいいと思います

いろいろな考え方があるので、そのひとつとして申し上げます。



このブログを最初からきちんと読めば、「助産師さんや助産院のお産を非難し、攻撃するブログ」でないことは、はっきりしています。

ときどき、明らかに助産師さんと思われるお方から「営業妨害はやめろ」という内容のコメントが入っていますが、助産院でこういう危険なことがあった、これからないように気をつけてほしい、という意味に受け取れば「営業妨害」という言葉にはならないはず。



自分が助産院でしたお産(お産をとるほうも、お産したほうも)が世の中で一番いい、と思いこむからこそ、琴母さんの書く内容がまるで「自分に対する個人攻撃」のように思えてしまうだけではないか、と思います。



そして、ブログの題名をどう変えようと、そういう誤解をあえてして挑戦的なコメントを書き込むお方は多分いなくならないでしょう。

琴母さんの主張は、助産院で無事にお産を終えた多くのお方には気に入らないものなのですから。



だったら、タイトルはこのままでいいのではないでしょうか。

主婦Xさんへ

横レスごめんなさい。Xさんはどんな方だろうと、思い浮かべています。私はクリニックに勤務する助産師ですが、もし毎日接するお母さん方の中にこのような反応をされる方がいたら、とても悲しいなと思います。

このブログに出会って、私自身、助産師とは何なのか改めて考える機会になっていますが、決して助産師への攻撃とは思いません。反対に、助産師の中にある助産院へのあこがれと安全やその主義主張に対する不安・不信感という相反するもやもやしたものを、明快にしていける良い場ではないかと思います。「自然なお産」「あたたかいお産」などイメージが先行しすぎたなかで、私達専門職は何が優先される必要があるのかきちんと伝える責任があります。母子が安全に出産を終える・・・当たり前のようで、最も難しい最高目標です。生命がこの世に送り出されるのに必ず死と隣り合わせですが、人間にはどうすることもできないことです。ですから、カリスマ的な助産師や「あたたかい、自然な」雰囲気で解決できることではありません。

助産院では事故やトラブルはないのだろうか、助産師仲間でもなかなか情報が得られませんでした。このブログなどを通して実情を知り、「何でこれが公にならないのだろう」と不公平さに憤りを感じます。きちんと、私達助産師も向き合わなければいけないと思います。

Xさん、琴子ちゃんのお母さんはご自分の悲しみにこもらずに、一歩社会へ広げることをされているのです。社会のいろいろな問題は、こうした勇気ある方によって世に知らされてきたのではないでしょうか?

タイトルはこのままで!

1児の母です。3年ほど前に、何も知らずに「助産院で自然なお産を」と思っていたのですが、親戚中に反対され、ネットで調べているうちに、このサイトを知りました。

キーワードは「助産院 安全」

このサイトの趣旨は、「助産院のいい面も悪い面も正確に理解した上で、自己責任で助産院を選びましょう」ということだと理解しています。現状では、わざわざ自分から積極的に調べなければ、助産院の悪い面を知ることは難しいと思います。そういう意味で、「助産院は安全?」というちょっとショッキングなタイトルであることは、このサイトの趣旨から考えて大切なことであると思います。

周囲には、安易な気持ちから助産院を選択しようとする友人・知人が数多くおり、そういう人たちにはこのブログを紹介しています。もちろん、全て理解した上で助産院を選ぶ人もいますが、それこそがこのサイトが目指す「自己責任」だと思います。

色々と攻撃的なコメントを書き込む人も多いかもしれませんが、どうぞ負けないで続けてください。応援しています。

このままのタイトルがいいです。

お久しぶりです。

タイトルはこのままがいいです。今では助産院に主眼を置きつつもお産を総合的に考えることができる貴重な場になりつつあると私は思います。助産院の営業妨害は成立しないと思います。



私も上の子を産んで暫くしてから、「次は助産院もいいかな~?」と、思った時期がありました。その時期よりちょっと後に、例の大野病院事件があり、「病院出産がらみの事故・事件は割りと新聞などにあがるのに、助産院がらみの事故・事件があがらないのはなぜ?」

という疑問を持ち、「助産院 安全性」「助産院 事故」「助産院 安全」といったキーワードでたどり着いたのが琴母さんのブログだったのです。助産院のリスクについて詳しく書いてあるブログやサイトはその当時はこちら以外見かけることはなかったように記憶しています。こういう経緯があるので、タイトルは分かりやすい今のままにしておいて欲しいと、私は思います。



タイトルはこのままでいいのでしょうか?その1

皆さん、こんにちは。



私の提案に関して、結構、皆さん、このままでよいと意見が多いようですが、私の真意は「助産院でのお産は危険!!」と、むしろ明言した方が良いと思うからです。営業妨害になるかもしれませんが、30年近く、数多くのお産に関わってきて、以前と比べ、明らかにハイリスク妊婦さんが増えておりますし、妊婦さん自体の身体が変わってきております。いちいち、症例をあげればきりが有りませんので止めますが、「このお産、助産院でやっていたらどうなっていただろう」と思うケースがかなりあります。



でも「助産院でのお産は危険!!」というのも、少し過激ですかね。

タイトルはこのままでいいのでしょうか?その2

連投になりすみません。



数日前ですが(個人情報に関わることなので、詳細はのべられませんが)、里帰り分娩の方で、私のところでは2回しか、健診を受けていなかったのですが、夜中に激しいな頭痛をあるとのことで、救急隊の方から、搬送してもよいかという問い合わせがありました。



状況がよくわからなかったのですが「とりあえず、すぐに搬送して下さい」と連絡しました。遠方の方だったため、救急隊の到着まで1時間。当院に到着し、診察したところ、血圧が190~200まで上がっており、頭痛がひどく、全く動けない状態。四肢マヒ、意識レベルを確認し、すぐに、詳細は省きますが、応急処置。同時に胎児心拍数図、超音波検査。オンコールの検査技師さんも待機していましたので、詳細な血液検査。到着して約30分で、緊急帝王切開の適応と診断。ただし、赤ちゃんが小さいため、NICUのある施設でないと危険と診断。それら全ての結果をNICUのある高次医療施設に電話連絡。高次医療施設の産婦人科医も、こちらの状況、データから緊急帝王切開と判断。NICUが受け入れられるかどうか聞いてみるということで、一度、電話を切り、待つこと数分。NICU,手術室、麻酔科、すべてOK。当院からすぐに搬送。



搬送先では、一切、再検査なしで、手術室直行。後日、ご家族が来院され、赤ちゃんは小さかったものの(NICU管理)、母児共に救命できたとのことでした。



自慢話のようになってしまいましたが、当日の夜勤の助産師さん、看護師さん、検査技師さんのスピーディー、且つ正確な情報をすばやく高次医療施設に伝えることができたため、良い結果につながったのだと思っております。

果たして、これが助産院で、できるでしょうか?

このままで。

はじめまして。5年前まで助産院勤務の助産師をしていた主婦(2児の母)です。

ひと月ほど前にこちらに偶然たどりつきコメントまでほぼ拝読させていただきました。

本当にショックで残念でやりきれない思いでいっぱいになりました。はじめてのお子さんをまさか亡くされるなどほんの少しでも思いよらない事だったでしょう。

どのようなお産の状況だったんだろうか。助産師は何をしていたのだろうか。お産であかちゃんが亡くなってしまうような状況が経験がないためわかりません。

新卒で最初に総合病院に勤務した時は、クリニックからの搬送が数ヶ月に一度あり、お産が進まない遷延分娩や胎児の心拍に問題があったり、産後出血が止まらないということが多かったです。その後クリニックに勤めた時にはお産の最中ではなく、妊娠中の重度の高血圧や産後の問題で搬送していました。助産院では、妊娠中問題が生じて転院したり、遷延分娩や、新生児の嘔吐や黄疸が理由として多かったです。

正常に経過していても突然問題が起きることがあり、例えば医師Xさんが書かれておられる場合の助産院の対応は、激しい頭痛ということからして搬送先は高次医療施設に即お願いするのが原則だと思います。(あきらかに救命医療です)

10年に満たない経験でもう5年も臨床から離れてしまっているのですが、大変で生命がかかっている厳しい世界の中にもそれを吹き飛ばしてしまうほどの経験をさせてもらえた時を忘れられません。

琴子ちゃんのお母さん、助産師としても母としてもあなたの思いをしっかり受け止めたいと思います。

どうかご無理のないようにいてくださいね。

ありがとうございます

ご意見くださった皆様、有難うございます。

返事が遅くなり、大変失礼しました。



このブログは皆さんのご意見で成り立っているようなもので、なかなか更新も返事も出来ないのですが、ここで琴子に会っているような気がしていますので、ブログ名等、このままで続けていけたらとおもっています。



どのご意見も貴重なもので、感謝しております。

これからもどうぞ、琴子共々、宜しくお願い申し上げます。



有難うございます。

人それぞれ

はじめてコメントさせていただきます。

私は男ですので「自然な分娩」のどこが良いのかわかりませんし、自分の家族が助産院で分娩したいなどと言ったら絶対に反対すると思いますが、、、



でも、いわゆる「自然な分娩」を希望される方は、リスクを理解したうえでそういった方法を選ぶ自由はあると思います。 そういう人が「不自然な分娩」を強要されて、もし何らかの事故が起きたとしたら、その人は一生「不自然な分娩形式」をした医療機関を許すことができないでしょう。



知り合いの(元)医者に、奥様に僻地の自宅で出産がしたいと言われて本当に行った方がいますが、「何か起こったら、死ぬけどいいね。」ということは繰り返し言っていたそうです。



どんな分娩にもリスクはあります。 産院、診療所、病院、などというくくりでリスクをまとめ数値で表現することの難しさ(無意味さ)は理解しているつもりです。 でも、除産院から運ばれてくる妊婦さんの中には、「なんでもう少し早く判断してくれないの」というものが一定数あることは事実です。



助産院が、自分のビジネスのために安全性を強調することは問題ですし、医療機関だからといって完全に安全な分娩ができるといったイメージを作ってしまうことも問題です。 お産が楽しいものであったらそれに越したことはありません。 でも、それをビジネスとして「お産は楽しくあるべきだ」というようなことを強調するマスコミ、それが虚像であることを見抜けない人たち、その様な人たち作り上げてきた日本の教育システムや家族事情に問題があるのでしょう。



あっ、ちなみに、産科を持つ医療機関に勤めるものとして思うことは、助産院がなくなってしまうととんでもないことになるのではないかと思います。 地域の産院や診療所が分娩を取りやめるたびにどれだけの負担が医療機関に付加されるのかを目の当たりにしていますから。

優秀助産師ではないです 

開業してはいます優秀助産師とは全く思っていません。ただ病院での助産(妊娠・出産・母乳育児・その後の育児支援)活動には行き詰まりを感じ、自分のケアを追求した結果こういう道しかなかったわけです。

お産にはいろいろな見方があり、私は自分が「医学(この場合西洋医学ですね)的なお産スタッフ」としては落第生だと思います。一応助産院にはME機器も酸素も救急薬品もできる限りそろえてはいますが、それでもやはり私にとってお産とは民俗学的 文化的 精神的側面が強く、お産をしているときは祈るような気持ちで赤ちゃんに心の中でブツブツ語りかけていて 病院出産を日常とする方には気味が悪いかもしれませんがほとんど宗教的とも言えるお産介助です。でも、特に第1子を病院でお産された方は涙を流して「こういうケアが受けたかったです」とおっしゃるので、やはり細々とでも助産院のニーズは続いていくような気がしています。



私は優秀助産師ではなく「土着的産婆」に近づきたい。ヒーラーになりたい。占い師でもイタコでもいい。お産を科学でとらえることに限界があると感じるからです。(別になんの宗教ももっていませんが・・・)私の願いはそんなエキセントリックとも言えるものですけど、だからと言って医学を軽視したりはしていません。外出するときに服を着ない人はいないように、最低限必要なものだと思っています。助産院でも亡くなる赤ちゃんはいます。(当院ではないですが・・・ありました。)陣痛が来たときには完全に亡くなっていて搬送前につるんと生まれてきてしまって・・・でもその後のお母様への心身のグリーフケアはすばらしかったと思います。お母様の満足度も高かった。だからこの赤ちゃんは死産、という形でもこの妊娠中慣れ親しんだ助産院を選んで生まれてきたんだと思いました。

意外かも知れませんけど、助産院での死産でも「いい死産」ってあるんですよ。



Re:優秀助産師ではないです (10/03)

開業助産師さん

こんにちは。



ひとつだけ。

>意外かも知れませんけど、助産院での死産でも「いい死産」ってあるんですよ。



きっとそうではないのでしょうが、この最後の一言が、まるで死産を楽しむかのようにおもえてなりませんでした。

『いい死産』てなんでしょうか。

どうにかして、最後には人が気分よくなれるようにと、当事者ではない方達は時としてこういう言葉を選ばれるのかもしれませんが、私個人としては、どんな話の流れや終着点としても、『いい死産』という表現や感覚は残念でならないです。

助産院云々ではなく、残念です。

なんか、楽しそうで悲しいです。

Re:優秀助産師ではないです (10/03)

開業助産師さんへ

>特に第1子を病院でお産された方は涙を流して「こういうケアが受けたかったです」とおっしゃるので・・・

一人目のお産は時間もかかったり、医療介入も多くなることが多いので「大変だった」という思いは強いと思います。「スタッフもずっと側にいてくれなかった」という思いもあるでしょう。

お産だけでなく、人が亡くなっていくときにももっとゆったりと関われたら・・・と思いますが、今の医療では限界だと思います。「思い通りのお産」にはならなかったかもしれませんが、お産の間、他の入院患者さんたちももしかしたら息をひそめてナースコールを押さないようにして待っていてくれたかもしれません。助産師がお産についている間に、他のスタッフは病棟をかけまわって他の方のケアーをしていたことでしょう。病院で産んで良かった、助かった人もたくさんいると思います。

私は今、分娩進行中はずっと側に付き添える体制のクリニックで働いています。やはりお二人目の方には、同じことを言われます。(一人目を助産院で生んだ方からも言われましたよ) だからこそ、お母さん達が医療や社会へ目を向ける良い機会だと思って、病院批判ではなくもっと違う面があることをお話しするようにしています。



また、長くなりますが続きます。

Re:優秀助産師ではないです (10/03)

開業助産師さん

>私にとってお産とは民俗学的 文化的 精神的側面が強く、お産をしているときは祈るような気持ちで赤ちゃんに心の中でブツブツ語りかけていて



今の日本の周産期医療の形も、連綿と続く人の営みによって形作られてきたのではないでしょうか?

お母さんと赤ちゃんの健康を守りたいという思い(言葉を変えればこれも「祈り」です)が医療技術やケアーを変化させ、制度をより充実させてきたと思います。その時代の求める方向(それが文化であり、社会の精神性)に応じて時に、進路変更もあり得ると思います。

産科や小児科の先生達が24時間365日、駆けつけて働いてくださっていることも、その思い(祈り)を実践されているからではないでしょうか。

病院で働く産科スタッフが、理想的なお産との葛藤の中でも頑張っているのも同じだと思います。



昔のお産は本当に良かったのでしょうか?通信手段も交通手段も不十分で、助産師が行ったら生まれていたことも多かったでしょう。そういう意味では、開業助産師さんたちが「理想的なお産」を試み始めたのはそんなに歴史のあることではないと思いますよ。少し生活に余裕のできた、ここ20~30年のことではないでしょうか。それは、ちょうど病院でのバックアップ体制ができて守られていたのではないでしょうか?



琴子ちゃんのお母さん、またまた横レスお許しください。

ふぃっしゅさんへ

ふぃっしゅさん



私は誤解を恐れずに言いますと今のお産で精神性を重んじたいと思う思いが非常に強いだけで昔の産婆さんの医学レベルに戻りたいというのではないですよ。助産師としての医学知識や技術がかけているということではなく なんというか、そっち方向とは逆方向に婦情熱を傾けている、だからたぶん病院では風変わりなマイノリティ・スタッフになると思うので 「優秀助産師ではない」と言いました。お産のときぶつぶつつぶやいている文句は 「アイヌお産ばあちゃんのウパクシマ」を見習った呪文です。本当に怪しくてすみません。きっと昔だったら火あぶりにされていたかもしれませんね。病院でもお産介助の仕事していますが 分娩室に水天宮のお札をせっせと買ってきたり、オーラを整えるスプレーを撒いてみたり、ホメオパシーを試してみたり、とそんなことばかりして怪しがられています。病院出産のほうが安全であることに間違いは無い、というのに疑いは微塵も持っていません。それでもどうしても助産院で、って方だけお受けしているんです。

いい死産とは

いい死産とは 大分前にこのサイトで某有名医院の名ドクターがおっしゃっていた意味の言葉ですね。

「いい流産・死産もある」との言葉にかなづちで頭を殴られたように感じたのを覚えています。私の死生観を構築しなおした内容の文章でした。そういう意味です。決して楽しいイメージで書いたんではないですよ。そうとられたのでしたら本当にごめんなさい。

Re:ふぃっしゅさんへ(10/03)

開業助産師さんへ

「誤解」もなにも、あまりに書かれている内容が浅はかすぎて驚きです。国家資格をもった医療従事者としての行動を逸脱していませんか?

水天宮の腹帯は犬の日に巻いてあげたりします。でも、分娩室にお札を貼ることとは意味が違いますよ。たとえば産婦さんがご自身の信仰を持っている場合、それはあまりに無神経なこと。そして信仰の有無に関係なく、あなたのされていることは精神性を大切にすることでもなく、似非宗教の押し付けというものではありませんか?その点が医療従事者としてのモラルを大きく踏み外していると思います。



「土着的産婆(伝統的産婆のことですか?)に近づきたい」と書いたかと思えば、「昔の産婆さんの医学レベルに戻りたいとは思わない」など、矛盾だらけですね。うわべだけの言葉遊びのように感じます。「ヒーラーになりたい」? 分娩介助は、自分に何か特別の力でもあるように錯覚しがちですよね。「助産師さんがいなかったら、産めませんでした」なんて言われるので。

でも、その知識や技術は、今までの先人達の知恵と研究の成果を譲り受けたからこそ、私達は学校で体系化した形で学ぶことができています。こうして一般化されることが、「科学」ではないですか?全国どこでも、標準的な産科医療に基づいた分娩介助を受けられることが、産婦さんにとってなによりの安心感ではないですか?「自分は特別」という思い込みを捨てましょうよ。

Re[1]:ふぃっしゅさんへ(10/03)

ふいっしゅさん

ものすごくお怒りのようですね。本当にごめんなさい。胸がどきどきするくらい動揺してしまいました。

きっとだから助産院を開業するような助産師は!って苦々しく思われるんでしょうね。私は愚かで異端です。水天宮に限らず本当にわたしの日々やっている宗教的なことや研究している代替療法はは科学的には「おまじない」分野に過ぎないですけど 宗教と科学が相反するように私がお産に求めるものとふぃっしゅさんが求めるものが180度違うのでしょうね。お怒りごもっともです。私が言いたかったのは 私のような開業助産師は助産師として、というより人として100%の医学信奉者ではない、イコール優秀とはいえない、ということだけです。本当に小さな小さな助産院で 信奉するヒーラーの教えを受けつつヒーラーの真似事をしているだけです。だからふぃっしゅさんのような優秀な医療スタッフさんの足元にもおよびませんよ。このサイトからも退散しますね。これからお産です。空気を浄化するためのセージを燃やし、再び氏神様をはじめ産土の神様に祈りをささげながら介助に取り組みます。ふいっしゅさんのお怒りが癒されることを祈ります。それからずっと前から日々神棚にしていることですけど、琴子ママさんの深い悲しみが癒されることも祈りつづけたいと思います。

開業助産師さんへ

開業助産師さんへ

お返事ありがとうございました。怒ってはいません。また「だから助産院は・・・」なんて思っていません。反対に、一般の人が読んだら、開業であれ病院勤務であれ、助産師というのはこんな人たちなのかと誤解されてはいけないから書きました。

「私は愚かで、異端だから」とか「優秀でないから」などと逃げないで、聞いてくださいね。

無資格の伝統的産婆の時代であれば、許されていたでしょうし感謝も尊敬もされたかもしれませんが、神頼みしかなかった暗黒の時代ではないのですよ。

妊娠・出産は人智の及ばないことがたくさんです。無事に生まれるまで、産む人も介助する側も皆その人なりに畏れを感じ祈るような気持ちです。自分の無力さに謙虚にならざるを得ない場面がたくさんあります。それが宗教的な感覚であって、決して科学と反するものではないと思いますよ。

開業助産師さんが、どのように今の考えにいたったのか関心があります。病院勤務では、忙しすぎて魂に呼びかけるものを感じることが少なかったからでしょうか?でも、そこにも心をこめてできることはたくさんありますよ。開業助産師さんからは淡々と仕事をしているようにしかみえなかったかもしれない産科の先生や同僚のスタッフの方たちも、生命についてさまざまなことを感じているはずです。

最後に、ただの人を「ヒーラー」などと安易に信奉しない方がいいと思いますよ。人は神にはなり得ません。



琴子ちゃんのお母さんのブログの中で、こんなやりとりをしてしまってごめんなさい。助産師が個人として何に興味があろうと、どんな信仰をもっていようと自由ですが、お母さん達に勧めることは間違っていることだと思い書き込みました。

Re:開業助産師さんへ(10/03)

開業助産師さん、ふぃっしゅさん

こんにちは。



今日は読むだけしか時間がないので、後で時間を持って返事したいとおもっています。

すみません。



>琴子ちゃんのお母さんのブログの中で、こんなやりとりをしてしまってごめんなさい。

そんなことないです。

お二人共へ、私はこの場で対話してくださっていることに感謝しています。

また、すぐに対話に加われないことに、もどかしさも抱いています。



お二人のように対話していただくことは、このブログの本望、是非、助産院でのお産の安全性をお話いただければとおもいます。



お二人とも、これからも宜しくお願いします。

(後で時間を持ち、あらためます)

Re[2]:ふぃっしゅさんへ(10/03)

開業助産師さん、ふぃっしゅさん

こんにちは。



開業助産師さん

>信奉するヒーラーの教えを受けつつヒーラーの真似事をしているだけです。

---

真似事を命預かる場に持ち込んでいることに、私は疑問を抱きます。

(宗教を持たない方が、氏神信仰…まぁ今の結婚式のあり方や、ただの儀式化している様々な事柄からすればこれに限らずなのですが)



場の浄化も、セージでは無理です。

これは、氏神様を頼られているのでしたら、その神社の神主さんもしくは宮司さんに伺ってみてはどうでしょうか。

お札を貼るということは、信仰ですから、氏神様のお話を是非、伺ってください。

間違った行為だとは言えないけど、この場であえてそれを仰るのには、大きな意味をお持ちなのでしょう。



また、それでお産がどう変わるのか、精神的なリラックスというのはあるとしても、もっと現実を見て欲しい、実際に悲しいお産になった方たちが精神的なリラックスをしていないからそうなったと言いますか?

そんなことないですよ、もっと悲しいお産を知ってください。

「いい死産」という言葉を使うのでしたら、その現実をもっと知ってください。



>それからずっと前から日々神棚にしていることですけど、琴子ママさんの深い悲しみが癒されることも祈りつづけたいと思います。



私は子供を亡くした人がいつまでも癒されないことを知っていますし、覚悟しています。

多分、皆さんが想像している以上の苦しい人生です。

でも、それで良いんです。

この苦しみが、私の中の琴子なのです。

そして、苦しみを『悲惨な人生』としかおもえないのは、死んだ子供を知らない方たちの価値観なのだとおもいます。

苦しくても、そこに愛があるから良いのです。

Re[1]:開業助産師さんへ(10/03)

開業助産師さん、ふぃっしゅさん

続きます。



『愛があるから良い』

なんて、ちゃちな表現をしてお恥ずかしいのですが、開業助産師さんが私を憐れんでの事なら、申し訳ないのですが、その祈りは丁重にお断りいたします。

もし、本当に今の切迫した医療の崩壊に歯止めきかす存在に助産院がなるというのでしたら、私のようなブログでなくても、もっと開業助産院の方たちのご意見を積極的に聞かせて欲しいです。

私のために祈ってくれるというのは、『対話』が望み、欲している祈りです。

図々しいようですが、宜しくお願いいたします。



無資格でもヒーラーが受け入れられる助産院ならば、無資格者の内診問題も、可とするのでしょうか。

これもかなりおかしな発言なのかもしれませんが、あるお産について考えるというMLで、これから開業する産科医は、内診問題を知った私たちの目もあって、助産師の数をしっかりと確保する・し続けることが出来ないと開業も出来ないということを仰っていました。

これだけが産科医療の崩壊の原因ではないのですが、今回、私が開業助産師さんのヒーラーの真似事という表現で、このように無資格者の内診問題をどうおもわれているのだろうかと、疑問を抱きました。

ですから、ど素人の考える稚拙な思考回路ですが、ご意見聞かせていただければとおもいます。



※私もふぃっしゅさん同様、怒っていません。

むしろ、ご意見をお聞かせくだされば嬉しいばかりです。

退散だなんて仰らず、是非。

ふいっしゅさん 琴子ママさん

それではお言葉に甘えて出てきますね。

セージは正しくはお産の場にあるクリスタルの浄化ですね。あと水天宮云々とか宗教面も、まさか妊婦さんに勧めているわけではなく「私の心のあり方」を突き詰めてこうなったものです。ヒーラーは私がそう思っている、助産師の師匠です。元大病院の婦長さん。肉眼では見えないものが「見えて聞こえ感じる」方なのです。赤ちゃんの気持ちとか・・・。それでお産のとき何時に生まれたいの?ふうん、そうなの、とかって赤ちゃんに聞いて、本当にその時間に生まれます。不思議です。早剥のベビーのときは「たいへん!赤ちゃんの光が弱まってる!」ってモニターつける前から慌てだして、うっそーと思ってたらそのときのモニターではなんともなかったのに、搬送先ですごく心音が落ちて 帝王切開で驚きました。ベビーのやってくる魂の国の話もそのヒーラーの先生を通していろいろと聞きました。

私の助産院にはエコー以外のMEはたいていあります。院内助産所かと思うくらい周産期センターのお膝元で開業しているし講師を呼んでモニターの講習会や児の蘇生の講習会、大学と提携しての研究もしていますので医療的には傍目から見て普通の助産院です。でもあまりにもヒーラーから教わった「赤ちゃんからのメッセージ」とか、ヒーラーの能力がすごくて目からうろこで、精神世界の勉強にはまっているところです。形から入るのでいろいろグッズを取り揃えてしまいました。瞑想なんかも勉強中です。ヒーラーのお母さんもそのお母さんも産婆さんで、そういう能力は地域的には世襲制だったと何かの本にありました。それで、土着的産婆にあこがれている、と書きました。でもそのヒーラーの助産師さんはマスコミ大嫌い(そういうところに出ると見えるものも見えなくなってしまうらしい)です。師匠も自分が病院務めのときはおおっぴらにこういう不思議発言は言えなかったと言ってます。

Re:ふいっしゅさん 琴子ママさん(10/03)

開業助産師さん



琴母さんは、そんなことをあなたに答えてほしいわけではありませんよ。

質問をきちんと読んで答えてあげてください。

真剣にたずねている琴母さんをはぐらかそうとしているみたいで、なんだか気の毒なやりとりになっています。



琴母さん、でしゃばってごめんなさい。

もし、このお方からあなたさまの聞きたい質問のお返事が得られないなら、「自分の興味あること以外語らない」ようなお方と思って、相手になさらないほうがいいかもしれません。

宗教や思想にのめりこんでいるお方だと、自分の興味以外語らないのはよくあることですので。

ご質問にお答えします

ごめんなさい今空で送ってしまいましたので削除お願いします。開業助産師です。私の信奉するヒーラーは助産師で有資格者です。ですが私にとって「ヒーラー」なのでその辺の教えを仰いでいます。

ですので無資格者の内診問題に関してはここでは論じられません。私の意見は無資格者はお産の現場に立ち入ってはいけないと思います。



私がヒーラー云々というのは琴子ママさんに限らずお産で、不妊で、婦人科の病気で、苦しむ多くの女性にもっと別の角度から何かができないか、と探して、ひとつの方法として、医学的ケア以外にも助産師として一生涯勉強ができ、人間の幅を広げられる方法がある、それが私にとって代替療法やヒーリングワークである、ということです。その先生は母子の健康増進のための協会を立ち上げられてがんばっている立派な方で決して怪しい方ではないです。

私がこのサイトに立ち寄るのは琴子ママさんの苦しみを少しでも和らげたいから、そのためにできるかぎり初心に帰り日々のリスクマネージメントを備える、そういうつもりでいます。

助産院って絶滅危惧種のような動物に似ています。たぶん50年後は生き残っていないでしょう。それか院内助産所のような形に併合されていくか・・・。私はそれでいいと思います。私はあとどのくらい続けられるか分かりませんが日々自分にできることを、無我夢中で行うだけです。昔の産婆さんって馬鹿にできないな、と思ったのも最近で、そのすごい方に出会ったからです。

Re:ご質問にお答えします(10/03)

Suzanさん、ありがとうございます。

suzanさんご指摘の通りに感じておりますが、開業助産師さんにもうひとつ伺いたくなることがありました。



開業助産師さん、こんにちは。

>ですので無資格者の内診問題に関してはここでは論じられません。私の意見は無資格者はお産の現場に立ち入ってはいけないと思います。



--- 

『夫が臍の緒を切る』こそ、無資格者の医療行為だということですが、これは開業助産師さんのところでは決してされていないと期待して可ですか?

この件に関して是非、ご回答お願いします。

Re[1]:ご質問にお答えします(10/03)

もちろんしていませんよ!産後に飲酒をさせることも!安心してください。

このブログは・・・

このブログは、自然出産という大看板をかかげて助産院や自宅出産が手放しで賞賛されたりすることへの警鐘ですよね。このブログの誕生時から拝見していますが私も同感です。助産師会からの安全対策指導や通達よりもよほど琴子ママさんの叫びの方が現実的であり私の助産院管理の心構えの点で有効な指針となりえたと言えます。だから琴子ママさんがこの業界で果たした役目は大きいと思いますよ。当院の実情を詳しく書きましたが それは、お産を取り囲む環境が「医療」のみだと、今の産科医療の現状では防ぎようのない事故が起こったとき犯人探しのようになるだけで不毛だからです。産科医療の現在に完全を求めるのはもう「頭打ち」だからです。これは このブログを読む産科の方に向けてですが私たちは学生のとき胎児のwell-beingを知る方法にNST/CTGそしてエコー診断を教わりました。「お母さんの気持ちを知る」重要性も学びました。でも「赤ちゃんの気持ちを知る」ことは何も教わっていません。なぜだろう。科学では無理なのか?私は今ここの部分を何とかしたくて、精神世界のアプローチから手探りで学んでいます。それがひいてはお産の安全性を高めることになると思っているからです。私の意見はこれですべてです。

Re:このブログは・・・(10/03)

開業助産師さんへ。お返事くださって良かったです。

>このブログは・・・のコメントを読むとそんなに異端でもないし、皆求めているものは同じではないかなと思いましたが。



『肉眼的では見えないものが「見えて聞こえる」方』とのことですが、これはそれほど驚くことでも不思議なことでもなくて、人間みな大なり小なり持っていると思いますよ。産婦さんや家族のなかにもふと「○時に生まれるような気がする」と言って、その時間だったり。

開業助産師さんの経験年数は、あるいは分娩の経験はどれくらいなのでしょうか?おそらく、ある経験量をこえると、産婦さんのお腹を触ったり、ちょっとした表情などから、分娩経過がだいたい予測できるようになります。異常な経過になりそうな時もなんとなく予感がすることがあります。また、私も「そろそろ赤ちゃんが生まれたいって言っているみたい」などと表現します。赤ちゃんにも、分娩進行中によく話しかけますよ。

そんな感覚を、「赤ちゃんからのメッセージ」と神秘性を持って表現するか否かの違いぐらいではないでしょうか。私はこれを「霊感」的なものとはとらえず、経験(感覚や知覚によって直接与えられ体験されるもの)の蓄積によるものだと思います。それは肉眼的に見えない分娩のさまざまな状況を、体中で感じて体の中にデーターとして蓄積されていることではないでしょうか?CTGのような客観的データーもあわせれば、鬼に金棒といったところでしょうか。

続く

Re:このブログは・・・(10/03) 続き

「ヒーラーのお母さんも産婆さんで、そういう能力は世襲制だった」とのことですが、近代以前は仕事はほとんど世襲制だったでしょうし、親の背を見て育てば半分ぐらいの経験知を譲り受けたようなものでしょうね、どの仕事も。「特別な能力」をもった家系ということではないと思いますよ。以前も書いたように助産師の仕事は「自分には特別な力がある」と錯覚しそうな場面があるし、自身をカリスマに仕立て上げる要素が多いように思います。HPで「カリスマ助産師」と自己紹介しているのも見たことがありますが。



「赤ちゃんの気持ちを知る」ことですが、「気持ち」とは何でしょうか。たとえば自分の「気持ち」は、どこで、どう感じているのですか?心ですか?では、心はどこにあるのですか?  自分自身が考えていることが「気持ち」なのか、胸がきゅんとなったりドキドキするのも気持ちなのか。だとすれば心は心臓なのか・・・。私はわかりません。だから「赤ちゃんの気持ち」がわかるとは思えません。「わかる」と言えば、それはただ自分の想像の産物でしかないと思います。お産という場でお母さん、お父さんそして赤ちゃん、あるいは他の家族の方と時間を共有している。それでよいのではないかと思います。産婦さんに心をこめて接していることで、赤ちゃんとも信頼関係ができるような気がします。

お産のときは、少なくとも赤ちゃんの「苦しい」というサインを見逃さないようにすることで、赤ちゃんの大事な安全は守られます。少しずつ一人の人として人間関係を結んでいけば、胎児や赤ちゃんの「気持ち」がわからなくてもいいのではないでしょうか。

こういう議論は平行線かもしれませんが、考えを聞かせていただけたことは興味深く、感謝しています。





助産院(あるいは院内助産院)礼讃

琴子ちゃんのお母さん、何度も失礼します。

ここ1~2年、日本看護協会は出版している協会ニュースの中で、さかんに院内助産院を勧めています。

今月号にも、「産科医の反対はなく協力的に進めている」2つの病院が紹介されています。でもよく読むと、片方の病院は常勤医ひとりで、必ず分娩時には医師が立ち会うし帝王切開はできず他院へ搬送するとあります。もうひとつの病院は、年間分娩数1200件近くあり助産師50名という大規模な病院で、月15件程度を「院内助産院」で受けているとあります。医師が立ち会うのであれば、今までの病棟との違いは何?と思うし、分娩数の多い病院で院内助産のようにスタッフ数が必要な方法をどれだけ進めていけるか疑問です。分娩場所が少なくなって、どんどん残された病院へこれから当分は分娩が集中するでしょうから。

なんだか、たいした実績でもないのに「院内助産院はすばらしい」と、提灯記事のようでかえって不安になりますが、協会側では「3年後には院内助産院システムが、5割の病院・診療所で取り入れられていることをめざしたい」としています。



「院内助産院システム」という言葉自体が、漠然としています。異常時とお産の最後に医師が立ち会うことも含まれるのなら、私が今まで働いてきた施設は皆「院内助産院」そのものでした。

さらに「満足度の高いお産」というと、最近ではすぐにフリースタイルとか畳の上でのお産とかがあげられますが、それもかなりイメージ先行で、本当に安全・満足度ともに良いものなのかは慎重にみたほうが良いと思いますが、必ずと言っていいほど「院内助産院」とセットにして語られますね。続く。

Re:助産院(あるいは院内助産院)礼讃 続き

良いことは取り入れればよいし、改善されていくことは大いに歓迎ですが、不安が残ります。

良いイメージだけで「院内助産院はいい」「医師の立会いがなくても助産師だけでお産は大丈夫」という風潮が、分娩数に見合う産科医や小児科医数に対する国の方針へも影響するのではないかと。

「在宅介護がいい」(それ自体は否定しませんが)という世の中の雰囲気ができてから、あっという間に高齢者の入院場所が削減されていきました。「はしごをはずされたようだ」と、療養病床のある施設長さんたちは転院場所のないお年寄りが出たことに憤慨していましたね。

気づいたらいつの間にか、産科医・小児科医に助けを求めることがとても大変な時代になってしまうようなことにはなりたくないものです。

分娩途中の心音低下や異常出血などローリスクのお産でもいくらでも起こるのですが、今まではすぐに医師が対応できたので「正常」に終了していたのですが、お産の場所が医師とは距離が離れれば離れるほど(医師数が少なくなれば)対応が遅れ「異常」になっていくことでしょう。

若い助産師さんたちが病院での仕事に不満を感じたり、理想と違うと飛び出したくなるのには、病院全体でどれだけ看護者数を確保するか、というところに一番の問題があるのではないかと思います。どの病棟も「自分の理想の看護」にはもっと人手が欲しいです。

けれども国全体の医療費という点では、この先さらに削減の方向でしょう。

3~40年前は母児別室、3時間授乳が当たり前、そして最近は母児同室、完全母乳で「絆を」など、出産育児は本当に反動が大きい分野ですね。イメージにあおられず、本当の問題は何なのかあせらずに考えることが大事かなと思います、助産師やその職能団体は。

Re:助産院(あるいは院内助産院)礼讃(10/03)

ふぃっしゅさん

こんにちは。



>琴子ちゃんのお母さん、何度も失礼します。

---有難うございます。



>「院内助産院システム」という言葉自体が、漠然としています。異常時とお産の最後に医師が立ち会うことも含まれるのなら、私が今まで働いてきた施設は皆「院内助産院」そのものでした。

---確かに、そうですね、リンズとダンジを出産した病院も、助産師の方たちを優先しているような体勢でしたから、既に院内助産院のような感じがしていましたが、ここは最近、別棟を建てて、院内助産院として独立した形になりました。

それからがあえて、『院内助産院』とされているけど、事実上、前から院内助産院でした、健診も、助産師外来がありましたし。

Re[1]:助産院(あるいは院内助産院)礼讃 続き(10/03)

ふぃっしゅさん

返事が途中になったのですが、この件、今度題目として取り上げさせてください。

(今日は時間がないので、数日ください)



いつもご意見をお聞かせくださり、有難うございます。

これからも率直なご意見をお願いします!
プロフィール

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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