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2008-12-16

ふぃっしゅさんのご意見から考える

先日の私のブログ内にて、いつもご意見くださる助産師のふぃっしゅさんから、下記のようなご意見を頂きました。

良いことは取り入れればよいし、改善されていくことは大いに歓迎ですが、不安が残ります。
良いイメージだけで「院内助産院はいい」「医師の立会いがなくても助産師だけでお産は大丈夫」という風潮が、分娩数に見合う産科医や小児科医数に対する国の方針へも影響するのではないかと。
「在宅介護がいい」(それ自体は否定しませんが)という世の中の雰囲気ができてから、あっという間に高齢者の入院場所が削減されていきました。
「はしごをはずされたようだ」と、療養病床のある施設長さんたちは転院場所のないお年寄りが出たことに憤慨していましたね。
気づいたらいつの間にか、産科医・小児科医に助けを求めることがとても大変な時代になってしまうようなことにはなりたくないものです。
分娩途中の心音低下や異常出血などローリスクのお産でもいくらでも起こるのですが、今まではすぐに医師が対応できたので「正常」に終了していたのですが、お産の場所が医師とは距離が離れれば離れるほど(医師数が少なくなれば)対応が遅れ「異常」になっていくことでしょう。
若い助産師さんたちが病院での仕事に不満を感じたり、理想と違うと飛び出したくなるのには、病院全体でどれだけ看護者数を確保するか、というところに一番の問題があるのではないかと思います。
どの病棟も「自分の理想の看護」にはもっと人手が欲しいです。
けれども国全体の医療費という点では、この先さらに削減の方向でしょう。
3~40年前は母児別室、3時間授乳が当たり前、そして最近は母児同室、完全母乳で「絆を」など、出産育児は本当に反動が大きい分野ですね。イメージにあおられず、本当の問題は何なのかあせらずに考えることが大事かなと思います、助産師やその職能団体は。


私が琴子を出産する頃、2003年の私の耳には『院内助産院』という言葉が入ってきませんでした。
私が知らなかっただけなのかもしれませんが、今では方々で聞くようになりました。
また、私がリンズとダンジを出産した病院でも、院内助産院を始めたそうです。

ふぃっしゅさんからのご意見を読んで、
「在宅介護がいい」(それ自体は否定しませんが)という世の中の雰囲気ができてから、あっという間に高齢者の入院場所が削減されていきました。
「はしごをはずされたようだ」と、療養病床のある施設長さんたちは転院場所のないお年寄りが出たことに憤慨していましたね

あぁそっかー…と、怖くなりました。
何か「いい感じ」に流されて上って、振り向いたら梯子がない…怖いな。
完全に独立した助産院よりも、院内助産院の方が安全だという意見があり、確かにそう感じるのですが、“医師不足”である限り、今私たちが抱えている問題は何も解決されないんですよね。

『お産の理想』は、私にとっては“母子の無事”でしかないのですが、世間的には“自然なお産”ですよね。
その理想の声は大きくなるばかりなのだけど、医師の方たちや潜在助産師が現場に戻るという理想には近付かないのはなんでなんだろう…
“お産”は何を求めていくのか。


母乳育児は理想だとおもうけど、強迫観念とでもいうのか、『母乳育児でないといけない』という感じもありますね、時に目にします。
それこそが“愛ある育児だ”と言わんばかりに。
無理に遠退く必要はないけど、無理に近付くのも必要ない。
私の好きな助産師さんが、
「ミルク(人工乳)でも、与え方(主に量)では母乳同様の栄養価になる」
と仰っていて、なるほどとおもいました。
前にもこのブログで、持病の治療のため、母乳があげられないという方がいらっしゃいました。
『したくても出来ない』ということを想像出来ないとでもいうのか、先日の“たらい回し”という表現にしても、問題の本質よりも『怠け者』というレッテルを貼りたがる。

ふぃっしゅさんのご意見から逸れてしまったのかもしれないけど、色々と考えさせていただきました。
振り返っても梯子があるように、私たち産む側も、お産に何を求めていくのかをもっと深く考えないといけないってつくづくおもいます。





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母達の意見って・・・

いつも拝見しています。

私は、4人の子どもに恵まれました(ひとりお空に返ってしまいました)



自宅での出産も経験しましたが、人にはすすめません。まして自慢などできません。

人には人の出産の仕方があると思っています。



NPOを立ち上げ、親子のつどいのひろばを商店街で開いています。



その中で「自分の意見」を言えない、または聞いてもらえないた母親が多いなと感じています。



『お産の理想』は、自分らしいお産ができることだと思います。



自分がどうしたいのか、何を望んでいるのか、自分のことばで自分の意思をもって、人に伝える。



それができればいいなと。できるためには、どうすればいいのかなといつも考えています。



琴子の母さんの投げかけは、いつも考えるきっかけを与えてくれます。

これからもちょくちょくのぞきにこさせていただきます。







母乳

縁あってこちらのブログに辿り着き、参考にさせていただいております

看護学科の1年生なので、まだまだわからないことばかりなのですが、母乳育児に関してはちょっと前に新聞で取り上げられていて 私の記憶には新しいところです。

母乳神話(と言ってよいのかしら)がまだ強いようですが、それがストレスになってしまっては 育児が辛いものになってしまう… 出る人は母乳で、そうじゃない人については臨機応変にミルクも使って、子どもが栄養不足にならないことも考えて…というのが大切かと思います



安心・安全な妊娠&お産て何だろう

問い続けていきたいと思います

はじめまして

現在、病院で助産師をしているものです。

いろいろ思うところがありまして、ネットをさまよっていたら、ここにたどり着きました。



まだ、全部は読んでいないのですが、私が今、もんもんと悩んでいたことが明確になってきたように思います。長くなるので書きませんが・・・ただ、この記事に書いてある内容については私も同じことを思います。でも、そんなことを思っている人間は私の周りにはいなくて、私がおかしいのだと思って一人で悩んでいました。



現在も悩んでおり、出口がまったく見えない中で働いていますが、こちらを読ませていただいて考えていこうと思います。

院内助産院について その1

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。私のコメントを取り上げてくださってありがとうございました。また、コメントをくださった方もありがとうございます。

「院内助産院」という言葉ですが、ずっと以前から「生まれる直前に先生を呼ぶけれど、問題のないお産は助産師でみるから『院内助産院』よねぇ」というニュアンスで、使っていました。

看護協会助産師職能委員会では数年前から「助産師が自立して助産ケアを行う体制」を検討して、「病院・診療所における助産師の働き方」という冊子を出版したようです。その中に、「『院内助産院』という言葉は明確な定義や社会的コンセンサスがないまま産科医療従事者を中心に使われている」とし、「院内『助産院』」という名称は医療法第3条に抵触するおそれがあるとしています。また「名称が一人歩きする可能性を考え、新たな名称を与えずに助産師が自立して助産ケアを行う体制」として、「あたかも病院内において助産院を開設しているような自立した活動が図られることが望ましい」としています。



琴子ちゃんのお母さんが2003年の時点で、院内助産院という言葉を聞いたことがないのも当然ですね。

2003年頃、産科医はすでに今後の産科医不足に危機感があったかもしれませんが、普通に勤務する私はまさかこんなに急に分娩場所がなくなる時代がくるなんて予想もしていませんでした。

また、長くなってごめんなさい。続きます。

院内助産院について  その2

「院内助産院開設の手引き」とするつもりだったその冊子の冒頭には、「産科医不足により病棟閉鎖」が起きている事態の解決のひとつに「院内助産院」があるとしていますが、数年前に「院内助産院」を進める準備をしていた看護協会側に本当にそれだけの意識があったかどうか疑問ですね。

「産科医不足で病棟閉鎖」が問題であるならば、なぜ産科医が減るのかチーム医療の中で考える必要があるでしょう。また、産科医不足だけでなく、最近の自治体病院があいついで閉鎖している中で、病院そのものがなくなれば「院内助産院」もなくなってしまうのですから、根本的な問題は別だと思いますが。



名称が一人歩きすることを危惧していたようですが、今年4月の時点で全国で「院内助産院」は31ヶ所しかないのに、名称とイメージもひとり歩きの感がありますね。「助産師が自立して働くため」と書かれていますが、勤務助産師の「自立」とは何なのかな、私は十分自立して働いてきたつもりだけれどな・・・と考えています。



上部組織が率先して進めることには、何か違った思惑もあるのではないかなと思います。「助産師による自然なお産、あたたかいお産」というイメージで医療システムから距離を置くことで、出産は保険診療外ですから結果的には医療費削減、病床削減につながっていくのではないか、医療への株式会社参入など「自由化」へもつながっていくのではないか、経済諮問会議という場所で「助産師の会陰切開・縫合の解禁」なんて場違いのような提案がされるのも、そこにつながっていくのではないか・・・など、いろいろ考えてしまいます。途中ですが、また考え中のことを書かせてください。



なんだかなという感じですね

日本という国は問題の本質を改善することが苦手なのか、すぐに横道にそれた解決法を探しますよね。



例えば、保育所にしてもちょっと前の国会では与党議員が平気で「自分の都合で働く母親の為に税金を投入するのはいかがなものか」なんていう論理で税金投入しようとしなかった。



それがここまで少子化が進んで仕方なく保育所増設に動き出すかと思えば、結局は民間にやらせる方向にどんどん進みました。その民間保育所では経営悪化で無責任に経営を放り出すところが出てきています。

保育や育児支援にはどうしてもお金を出したくない訳です。



介護保険導入以前には、「病院で死にたくない。畳の上で死にたい。」という世論をつくった上で一気にその方向に動きました。白か黒かの論理です。老人は家族と同居して嫁が介護するのが当然だという与党政治家の古臭い思想の象徴なのでしょうね、家族での介護が。



日本の国がすることはすべてが建前論で例外を許さないやり方です。当然そこから漏れる人たちは路頭に迷うことになる。



院内助産院も、「自然が良いでしょう?」という世論形成を進めて、そこに産院不足の解決法を無理やり押し込んだ感じがします。「渡りに船」だったのでしょうね。



どんなに助産師が頑張っても一定の割合で異常は起きる、その時その母子はどういう運命をたどるのか?厚労省の事ですから、きっと問題が何件かおきても最初はそれ自体を認めず、一定の犠牲者が出て社会問題化して重い腰をあげるのでしょうね。何だか先が見えるようで怖いです。



Re:母達の意見って・・・(12/16)

小粋さん

>いつも拝見しています。

有難うございます。

返事がこんなにも遅くなり、大変失礼しました。



>私は、4人の子どもに恵まれました(ひとりお空に返ってしまいました)

---琴子と仲良くしてくれているのでしょうね、

琴子と仲良くしてくれてありがとう! 



>『お産の理想』は、自分らしいお産ができることだと思います。

---

私はお産に自分らしさを求めることに、抵抗を感じています。

お産は子どもを無事に産むためのことであって、自分らしさを求める場ではないとおもいます。

仏教では、『人は何かを成し遂げるために生まれてきたのではない』というような話があるのですが、私たちは平凡な自分の人生の中で、唯一のドラマをお産に求めてしまっているのではないでしょうか。

でも、ドラマなんてなくて良いんです。

ただ平凡に生きて死んでいくことそ、平凡は非凡の始まり、その淡々とした人生の中で、子供の健康に感謝してくことが大事なのではないかとおもっています。



>これからもちょくちょくのぞきにこさせていただきます。

有難うございます。

これからも宜しくお願いします。

Re:母乳(12/16)

えびさん

>縁あってこちらのブログに辿り着き、参考にさせていただいております

---ご縁に感謝します。

有難うございます。

返事が遅くなってしまい、失礼しました。



>母乳神話(と言ってよいのかしら)がまだ強いようですが、それがストレスになってしまっては 育児が辛いものになってしまう… 出る人は母乳で、そうじゃない人については臨機応変にミルクも使って、子どもが栄養不足にならないことも考えて…というのが大切かと思います



>安心・安全な妊娠&お産て何だろう

>問い続けていきたいと思います



母乳神話にがんじがらめになった母親に出会ったときに、えびさんのような看護師さんや助産師さんがどのような意見をくださるのか、私たちにはとても大きな出会いでもあったりします。



これからも宜しくお願いします。

Re:はじめまして(12/16)

わふさん

>現在、病院で助産師をしているものです。

>いろいろ思うところがありまして、ネットをさまよっていたら、ここにたどり着きました。

---ありがとうございます。

ご縁に感謝しております。

返事が遅くなってしまい、失礼しました。





>まだ、全部は読んでいないのですが、私が今、もんもんと悩んでいたことが明確になってきたように思います。長くなるので書きませんが・・・

---機会がありましたら是非、お聞かせください。

私も、皆さんのご意見で学ばせて貰っていることが多いので、現職の助産師の方のご意見は是非伺いたいです。

お忙しいとはおもいますので、なかなか難しいかとはおもうのですが…



>でも、そんなことを思っている人間は私の周りにはいなくて、私がおかしいのだと思って一人で悩んでいました。



母乳のケアをしている助産師の方の中にも、とっても強烈な母乳育児支持者もいれば、私の知っている方のように、柔軟な対応が出来る方もいますね。

でもやはり、最近は『自然な』流行でか、母乳も凄いストレスを感じるものがあります。



『人に優しく』という割には、少しでも外れた人にはソフトな振りして厳しく言う…なんかそういうものを感じています、『自然』という流行に…



これからもまたご意見、お願いします!

Re:院内助産院について その1(12/16)

ふぃっしゅさん

>琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。私のコメントを取り上げてくださってありがとうございました。また、コメントをくださった方もありがとうございます。

---いつもありがとうございます。

こちらこそ、いつも貴重なご意見をくださり、ふぃっしゅさんには感謝しています。

返事が遅くなり、失礼しました。



>「院内助産院」という言葉ですが、ずっと以前から「生まれる直前に先生を呼ぶけれど、問題のないお産は助産師でみるから『院内助産院』よねぇ」というニュアンスで、使っていました。

---私もそう言えば、リンズとダンジは最終的には医師に立ち会ってもらいましたが、殆どを助産師の方たちのみ、院内助産院だったことになりますね。

あー、でも会陰切開を受けていると違うのでしょうか。

私は会陰切開、お産の途中で切開の痛さも何も、特別に感じませんでしたので、どうしてこれほど皆が嫌うのかが分からないです。

勿論、琴子のときには無知の塊、会陰切開はなるべくしたくないとおもっていたのも事実なのですが、実際に受けてみての感想としては、上記の通りです。

Re:院内助産院について  その2(12/16)

ふぃっしゅさん



>経済諮問会議という場所で「助産師の会陰切開・縫合の解禁」なんて場違いのような提案がされるのも、そこにつながっていくのではないか・・・など、いろいろ考えてしまいます。途中ですが、また考え中のことを書かせてください。

ひえ~、会陰切開を否定的に言っている方たちはどういう反応をするのでしょうか、なんだかなぁと、やりたい放題の気がしています。

最終的には、『帝王切開が出来ない』というだけが差になるのでしょうか。



そもそも、お産が何を求めるものなのか、どうして一部の助産師の方たち(時には医師の方たちにもいらっしゃいますが)は、『お産は生き方』だというのか…

あぁ、そういえば『死に方は生き方』とも言いますから、お産は命がけということからすれば、確かに生き方ではありますね。

でも、お産がどんな悲惨な結果を生む可能性を秘めているかをここまで隠しておいて、“生き方(死に方)”にはならないとおもうのです。



何が狙いなのか、ますます不安になりました…



また是非、ご意見ください!

Re:なんだかなという感じですね(12/16)

エドガー9461さん

こんにちは。



>保育や育児支援にはどうしてもお金を出したくない訳です。

---激しく同感。

少子化問題、お産難民と騒ぎ、女性が出産数を減らしたかのように言いますが、保育所や小児科等、医療施設の数からしたら、今の子供の数でも多すぎる程ですね。



>どんなに助産師が頑張っても一定の割合で異常は起きる、その時その母子はどういう運命をたどるのか?厚労省の事ですから、きっと問題が何件かおきても最初はそれ自体を認めず、一定の犠牲者が出て社会問題化して重い腰をあげるのでしょうね。何だか先が見えるようで怖いです。



本当ですね。

母子手帳も、出産前の教訓らしきものは殆どないですね。

『無事に生まれる』が大前提。

出産前から、出産後の冊子のような配布はありますが、出産が無事に済まないと必要の無いことばかり。

まず、無事に産むこと。

母子手帳が『子』が中心だとしたら、『母(父)』が中心の手帳も配布して欲しいです。

プロフィール

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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