--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009-01-16

出産後の飲酒

こんにちは。

先日のカリントウさんからのご報告、有難うございました。
早速、痛い心を覚悟で見ました。
youtubeはこちらで

病院でのお産は『右から左へ』等と表現された挙句、いざとなったらやはり医療は大事と言いつつ、それでも
「動物でもなんでも産む力はあるんだから」
と大雑把にお産を軽くあしらい、しかし出血が多かったりしたら大変とおもいつつも、やはり産後の飲酒は売りなんですね。
この助産院は、以前にもご報告いただき、このブログでもお伝えし、更には助産師会に伺ってまでいたところなのですが、こういうことをテレビで流すってことは、良いことをしているという認識なんでしょうね。

あと、エコーはどうなんでしょうか、一体エコーは助産所では必要なんでしょうか。
あれって、まさに医療器具ではないのでしょうか。
医療の介入をかなり否定しているような内容だったのですが、エコーって反していないのでしょうか。


「自分らしく産む」必要性がわかりません。
私の知人は、どうやら自分らしく生きたいらしいのですが、生後4ヶ月の子を義母さんにミルクと共に預け、いつでも会える友人とわざわざ外食に出掛けていたそうです。
私にとって、自分らしくというのはこういうことだとおもいます。
子どもが置き去りです。
仕事で預けるのとは違います。
どうしようもない事情で預けることとは違います。


あんだけ医療をソフトながらにも批判しておいて、バックアップは宜しくねっていうスタイル。
助産師会に飲酒も兼ねて聞こうかなぁ、でもどうせ、放任主義なんだろうなぁとぼやいています。


コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

出産後の飲酒

自分の心が痛くなると覚悟しながら、映像を見たのは、すごいなぁと思いました。

You tubeの画像を拝見しましたが、

その中で、「乾杯します」とは、言っていましたが、

「お酒」とは、一言も言ってないと思います。

その助産院に直接、確認してみたらいかがでしょうか?

エコーは、「診断」に使う器械であって、

「医療の介入」には使っていないのでは?と思います。

映像からは、医療をソフトに批判していると感じられたのですね。

会って、直接話さないと、メディアに流される内容なんて、どこまで本当か、その助産院の意思をちゃんと伝えているのか、わからないなと私は思います。

Re:出産後の飲酒(01/16)

ゆうこさん

こんにちは。



>You tubeの画像を拝見しましたが、

>その中で、「乾杯します」とは、言っていましたが、

>「お酒」とは、一言も言ってないと思います。

>その助産院に直接、確認してみたらいかがでしょうか?

---ご指摘、有難うございます。

以前に当ブログにて助産院で分娩後の飲酒ということを書いたことがありますが、まさにそこでして、ここはお手製の梅酒で乾杯しているそうです。

助産院のサイトでも書いてありました。



>エコーは、「診断」に使う器械であって、

>「医療の介入」には使っていないのでは?と思います。

---私にはよくわからないのですが、エコーでの診断というのが、既に医療行為のような気がするのですが…診断というのが既に医療というような気がします。



>映像からは、医療をソフトに批判していると感じられたのですね。

>会って、直接話さないと、メディアに流される内容なんて、どこまで本当か、その助産院の意思をちゃんと伝えているのか、わからないなと私は思います。



であるならば、メディアを使うべきではないと、私はおもいます。

(書籍類、雑誌を含め、直接対話出来ないことは拒否するべきです)

Re:出産後の飲酒(01/16)

ゆうこさんへ、



>エコーは、「診断」に使う器械であって、

>「医療の介入」には使っていないのでは?と思います。



いつのまにか助産師がエコーを使用することがなし崩しの状態で認められたように感じます。

「診断」とはあくまでも医師によることではないかと思います。エコーを使って助産師が「赤ちゃん元気ですね」と言った場合と、医師が同じことをした場合とレベルが違います。助産師の場合は推定体重、胎勢ぐらいでしょう。医師はもっと細かな異常がないかを見ています。でも、お母さん達にはその違いはわかっていないことが多いと思います。

助産師外来で使用している場合には、あくまでも最終的に医師が確認、責任を持つ体制だからでしょう。助産院で、診断機器であるエコーを使う必然性はないと思います。必要であれば、嘱託医でのエコーを勧めればよいことではないでしょうか。



助産院でのエコーは、どのような料金体系になっているのでしょうか?ご存知の方、教えて下さい。

「自分らしいお産」とは。

琴子ちゃんのお母さん、こんにちは。



「自分らしいお産」とか「自分らしく産む」という表現、正直な気持ちとして私にはよく理解できないのです、助産師としても。

いつ頃からこういう表現が出始めたのか考えると、「自分探し」とか「自己実現」という言葉が使われてからでしょうか。「自分探し」のために海外へ行ってみたり、そこには「人とは違う」自分を求めながら、結局はその時代に情報として流されていることに、影響されていただけのような・・・そんな印象しかなく、自分が生きていることそのこと以上に、何を探したいのだろうと私には理解不能です。



自分らしいお産という時に思い浮かべるとしたら、好きな姿勢や水中で、アロマを使って、立会いで家族に臍の緒を切ってもらって、カンガルーケアーで・・・ただお産の中のオプションに過ぎないような。それも結局は、どこかで読んだり目にしたものに影響されているだけ。

出産はいろいろイメージしていた通りにはいかないことが多いけれど、その状況をきちんと受け止めていけることこそ「主体的な」お産だと思うのですが。

Re:「自分らしいお産」とは。(01/16)

ふぃっしゅさん、はじめまして。

>「自分らしいお産」とか「自分らしく産む」という表現



私が教員をしていた時に他科の看護教員に言われたのですが、「妊婦の自立ってどういう意味?自分らしい出産ってどういう意味?なんでそんなこと言うの?」と言われました。私はそれまで、何も考えずにこの言葉を使っていましたが、そこで、はた、と考え込みました。自分らしいお産ってなんでしょう?きれいな言葉に踊らされているような気がしてなりません。



私は以前バースプランに関する研究をしたことがありますが、「安全なお産」をお母さん方が望んでいました。もちろん「不必要な医療介入はいや」ということが条件ですが、それは医療者側でも当然のことだと思います。だとすると、バースプランの意義ってなんだろう、と考えてしまいました。カンガルーケアやさい帯切断などが「自分らしい」バースプランだとすれば、チェックリストのようにすれば事足りるんじゃないかと密に思っています。



私はバースプランを書くまでのお産に対して自分やパートナーが何を考えているのだろうと妊娠期間の長い時間をかけて考えるということが大切なのではないかと思います。さい帯切断やカンガルーケアについてはほんのささいなことのように思います。母子ともに元気であれば、医療者側の努力ですぐにできることですから。



自分らしいお産・・・。

ふぃっしゅさん わふさん



なかなか拝見できないのですがその中でも目を引くご意見でしたので・・・。



私も「自分らしいお産を!」のキーワードについては語弊感を感じていました。



たぶん こう医療側から言われると消費者側は「自分の感性に従ってもいいんだ」(たとえば大きい声を出してもいいんだよとか、ぎりぎりまで分娩台には上らなくってもその辺で自由に動いていてもいいんだよとか・・・)って自由をある程度保障されたような感じがして、結果、お産でリラックスが可能となる、それが大きなメリットではないか?と思っています。



ある施設でのフリースタイル出産の始まりも、分娩台でどうしても仰向けになれなかった、産もうとするとどうしても勝手に体が動いて結果的にくるっと四つばいになって産んだが大変安産だった、それから始まったと聞きました。



そんな風に 「今まではこうしてきた」医療のルチーンワークを 消費者であるママさん方のその人らしい感性でより安全に 快適に 良い方に変えていく、選択肢を増やしていくことが「自分らしさ」のメリットではないか?実に意味深長な言葉ではあります。



Re:自分らしいお産・・・。(01/16)

わふさん、「開業助産師さん」、コメントありがとうございました。



「開業助産師」さんのコメントのなかで「消費者であるママ」とありましたが、それも「自分らしい」に感じるものと同じ違和感を感じるのです。

人の生老病死に関わる看護の中で、なんだか産科は独特の雰囲気があると思います。だからわふさんの教員仲間の方のような疑問がでてくるのだと思います。

「演出」の部分が多いように思うのです。もちろん、いけないことばかりではないと思います。ただ、生まれる、病む、老いる、死ぬという連続した人生の中で、生命に関わっている私達の仕事は演出にまどわされてはいけない、仕事の本質を見極める必要があると思うのです。うまく表現できなくて、ごめんなさい。



分娩の時にできるだけ楽な姿勢を支えることは、看護の本質だと思います。なにも「フリースタイル」と表現しなくても、そのように心がけてきた助産師も多いと思います。でも「フリースタイル」を売りにするような風潮は、演出の部分であって本質ではないと思うのです。



バースプランも同じだと思います。お産は始まってみないとどのような経過になるかわかりませんが、何を計画し、何を求めているのでしょうか。どれだけのお母さん達が本当にそれを書くことが必要だと思っているのでしょうか。妊婦さん、産婦さんの疑問や質問にきちんと向き合う姿勢は看護の本質だと思います。「バースプラン」を売りにするのは、演出の部分でしかないと思います。

また、続きます。

Re[1]:自分らしいお産・・・。(01/16)

お産は「自分」である母ともうひとりの別の人である赤ちゃんの二つの人生が同時進行していきます。

だから「自分らしく」とは言えない、自分だけではない状況です。だからこの場合に「自分らしく」というのは、意味があるようで意味がない矛盾があると思います。



今まで接してきたお母さん達のほとんどが、イメージどおりのお産にならなくても、赤ちゃんが元気に生まれたことに感謝し、赤ちゃんの世話を一生懸命始めていきます。いろいろな想いは心に秘めているとは思いますが、それも経験として成長の糧にされていくのだと思います。

病院で産んだからいい子ではないとか、帝王切開だったから、吸引だったから・・・など、一般の人ならともかく助産師がそういう発言をすること自体、産み育てることの本質をわかっていないのでしょう。

「消費者のママ」を相手にするのであれば、演出も大事かもしれません。でも産み育てることは「消費者」ではありません。

私達の仕事は「消費者」を相手にしているのではないのですから、いろいろな演出で盛り上げることが大切なのではなく、人生の大事な場面でしっかり寄り添うことにあると思います。



なぜこのようなことを書いているのかというと、80年代90年代から続く、お産に対しての運動の方向性がずれているのではないかという疑問からです。このことは今、まだゆっくり考えている最中なのですが。

いわゆる「分娩台上のお産」について

もし、胎児の心音が怪しいとか、母体からの出血が多いとか、分娩の進行が遅いとか、何らかの異常が起きた場合、一番早く異常に気づくのは絶対に分娩台上の仰向け姿勢です。

とっさの救命処置も一番やりやすい。

そして、お産はいつなんどき「異常」になるか予想ができません。

だから私は、フリースタイルのお産が好きではありません。

医者なので、とっさの処置が送れて赤ちゃんをダメにしたくない。

赤ちゃんをダメにしてしまった、という後悔をしたくないので。



わたくしでない方々が、分娩時の姿勢をどうお考えになるかは自由です。

ただわたくしは、わたくしが請けおった(立ち会った)お産を安全に終わらせたい、そのためには分娩台が必要と思うだけです。

分娩台上でなければ安全でない、とか、分娩台上なら絶対に安全だ、とかは言いません。

自分が「この方法ならとっさの異常に対処ができる」と思える方法だ、というだけです。

そう思っている産科医は、少なくないのではないでしょうか。

Re:自分らしいお産・・・。(01/16)

とてもいじわるな見方かもしれないし、私の周りだけがそうなのかもしれないのですが、バースプランについては次第にウェディングプラン化しているような気がします。つまり、母親をはじめとする家族、医療者双方の自己満足が折り合った結果のような・・・うまく言えないのですが。私は、研究を終えて、「バースプランを提出することに意義はあるのか?」という疑問を抱きました。それは今から5年以上も前の話です。今はその気持ちがさらに強くなっています。

Re:出産後の飲酒(01/16)

以前からROMっていましたが、

自分の経験とはいえ、ずいぶん独りよがりな主張を繰り広げられているなと思います。

まあ、主張は自由だし、ここの常連さんはそれに賛同していらっしゃいますけどね。



でも、本当にお酒を出産直後に飲んでいるのですか?お酒だったらオンエアしないのではないですか?また、エコーについても、助産師が「診断」していたら問題ですが、少なくとも全くのシロウトではないのですから、助産師がエコーを見て、これは医師の診断が必要かどうか判断するのではないですか?ドップラーで心音聞くだけより心強いと思いますが。

個人のブログなのでそこまでする必要はないでしょうが、直接助産院に確かめてないですよね。



安全なお産が第一な人も、自分らしさが一番の人もいる。

でも、自分らしいお産をしたいから安全を軽視しているわけではないでしょう。

一部の助産院がどうかは分かりませんが、あたかもすべての助産院が危険な思想ややり方をしているような誤解を生む表現はやめたほうがよいと思います。

もし、あらゆる医療の手をつくしても助からなかったら、産科医療のすべてが悪であるかのように言いますか?言わないでしょう?



助産院に対しても同じです。

助産院での出産を考えるすべての女性や助産院の助産師が無責任であるかのように見える表現は、はっきり言って不快です。



そう感じた人もいるまでのことです。

Re[1]:出産後の飲酒(01/16)

あやかさんへ、こんにちは。



>一部の助産院がどうかは分かりませんが、あたかもすべての助産院が危険な思想ややり方をしているような誤解を生む表現はやめたほうがよいと思います。

>もし、あらゆる医療の手をつくしても助からなかったら、産科医療のすべてが悪であるかのように言いますか?言わないでしょう?



ここ20年ほど、病院での分娩に対する批判、その反動での助産院についての話題も、同じだと思います。

どうしてそのような流れになったのか、お産について大切なことは何なのか、このブログは考える機会を与えてくれていると思います。

私も助産師として、産婦さんたちが喜びに満ちたお産の時をすごせるように一緒に側で過ごすのが大好きですが、自分の仕事の満足だけではなく、専門職としてもっと社会的な視点からも周産期医療を考えていく必要があると思い、考えたことをここに書かせてもらっています。

読んで不快になる方もいらっしゃる内容もあると思いますが、そんな中にこそ問題の本質が隠されているかもしれませんね。



ただ、助産院では医療処置はできません。万が一の時は決定的な手遅れになります。このことは、動かしようのない事実です。批判でもなんでもありません。

母子の生命を守る周産期医療の中で、助産院の位置づけをどうしたらよいのか、助産師の一人として考えています。

Re[1]:出産後の飲酒(01/16)

あやかさん

はじめまして。

いつも読んでくださり、有難うございます。



>以前からROMっていましたが、

>自分の経験とはいえ、ずいぶん独りよがりな主張を繰り広げられているなと思います。

>まあ、主張は自由だし、ここの常連さんはそれに賛同していらっしゃいますけどね。

---あやかさんのように、いつも読んでくださる方の中からは時々反論も頂いていますし、それはそれで、私はとても貴重な意見を頂いていると感謝しています(誹謗中傷は論外)。



私のブログにて不快だけ済むなら、人生、まだまだマシです。

子どもが死ぬより、うんとマシです。

ご批判に感謝出来るのも、琴子の死の辛さの前には何もないからです。

勿論、病院だから安全だとは言っていません。

それは、当ブログをいつも読んでくださっている方ならご存知とおもいますが、何度も言わないといけませんね。

自分らしいお産 つづき

最初の主題と外れてしまってすみません。



今まで ある妊婦さんとその旦那さんに対応していて気がついたのですが「自分らしいお産」の中にはすごく個人的なその人個人のセクシュアリティのようなものを感じる、場合があります。なんというか、バースプランにも現れているのですが その方にとっては3回目のお産が(今までもそうだったように)自分の性の体現でもあるのです。



陣痛は痛いけど間歇期にはエクスタシーのようなものを感じるほど 赤ちゃんと一体になる 命の喜びを感じる・・・とおっしゃるのです。男性の性に比べて女性は 性交のみならずお産までもが性であるのだなと感じ、私は医療者として赤ちゃんの安全のために最善を尽くすが お母さんにとって お産は「究極の性の到達点」なわけです。乱暴な言い方をすればセックスの最中に自分が心臓停止して死んでしまっても(赤ちゃんがだめになっても)いい、だって原始的な衝動なんだからどうしようもない、おさえることはできない、とこういう理屈です。理屈というか感性です。

自分らしさとは こういう 何を持ってしても抗えない 自然とか野生の匂い どうしようもなさ というのを感じるのです。私は助産師である以上 迷い戸惑いながらもその愛するお母さんたちの母性という野生に寄り添うしかありません。

野生

野生、本能は、たいていはそれにしたがっていれば間違いはないのですけどね。

でも、純然たる野生動物もお産で死ぬことはありますし、ましてや「本能」が明らかに弱くなっている文明生物である人間が、自分勝手な感性、好みを「本能だから従うのが当たり前」と言うのには、賛成はできません。



助産師といえど、医療職のはずです。

野生、本能に従う「母」というケモノをうまく飼いならして、より安全な方向に導くのが仕事ではないですか?

「寄り添う」がそういう「導く、指導する、場合によっては阻止する」の意味ならよいのですが。

Re:野生(01/16)

開業助産師さん、suzanさん

こんにちは。

いつも有難うございます。



>助産師といえど、医療職のはずです。

>野生、本能に従う「母」というケモノをうまく飼いならして、より安全な方向に導くのが仕事ではないですか?

>「寄り添う」がそういう「導く、指導する、場合によっては阻止する」の意味ならよいのですが。



私もその通りに感じています。

私たちは野生動物ではないです。

Re:自分らしいお産 つづき(01/16)

「開業助産師」さんへ

>乱暴な言い方をすればセックスの最中に自分が心臓停止して死んでしまっても(赤ちゃんがだめになっても)いい、だって原始的な衝動なんだからどうしようもない、おさえることはできない、とこういう理屈です。理屈というか感性です。



読んでいて、気分が悪くなりました。以前の「いい死産もある」とコメントもそうですが、このような内容を琴子ちゃんのお母さん宛に書かれることは、無神経でなければ、悪意のある挑戦のようにも思えます。

ご自分の文の中に「命の喜び」と「赤ちゃんがだめになってもいい」という矛盾があることに気づかれませんか? 



死を安易に表現しないでください。



目の前で、産婦さんが土気色になって状態が悪くなったり、赤ちゃんの心音ががたがたと下がったり、「何とかこの命を助けてください!」という体験はないのでしょうか?そんな状況では、エクスタシーもなにも吹き飛ぶでしょうし、それが「死」の現実です。







>自分らしさとは こういう 何を持ってしても抗えない 自然とか野生の匂い どうしようもなさ というのを感じるのです。私は助産師である以上 迷い戸惑いながらもその愛するお母さんたちの母性という野生に寄り添うしかありません。

Re:自分らしいお産 つづき(01/16)

続きます。



>陣痛は痛いけど間歇期にはエクスタシーのようなものを感じるほど 赤ちゃんと一体になる 命の喜びを感じる・・・とおっしゃるのです。



出産時の性的な感覚を表現する人たちは、「出産はセックスと同じような環境が適している」と70年代以降の自然分娩への流れの中で言われてきたとを、どこかで聞いて影響を受けたのだろうと思います。

たいがい、皆同じようなことを言ったり、書いたりしていますから、出所は同じでしょう。



出産も命がけ、そのあと十分に栄養を与えて子供が育つかどうか・・・そんな切羽詰った時代(今でもそういう状況の国はたくさんありますが)に、そのような表現をする余裕があったでしょうか?安全につづき、衣食住も確保された上での「快楽」の部分でしかないでしょう。けっして「野生」でもなんでもないと思います。

Re:自分らしいお産 つづき(01/16)

琴子の母さん

お久しぶりです。お変わりありませんか?



開業助産師さん

>陣痛は痛いけど間歇期にはエクスタシーのようなものを感じるほど 赤ちゃんと一体になる 命の喜びを感じる・・・とおっしゃるのです。





二人そろって生きているから吐ける台詞ですよね。

エクスタシー感じて、母親が死んで、赤ちゃんはどうなるのでしょう?

そこは人間だから、母親に代わる存在が育てれば良いということでしょうか。野生において、母体の死は赤子の死をも意味するんですが、承知の上ですよね。



実家の犬、お産するときにエクスタシーな顔していませんでした。ず~~~っと苦しそうに、飼い主に甘えていましたよ。っと、ペットだから野生じゃありませんね。失礼しました。



自分らしいお産、本能に従ったお産・・・

こういった武勇伝は、琴子の母さんが他の方につけたレス

「子どもが死ぬより、うんとマシです。

ご批判に感謝出来るのも、琴子の死の辛さの前には何もないからです。」

の前では、無味乾燥なものにしか見えません。



Re[1]:自分らしいお産 つづき(01/16)

私もふぃっしゅさんやひぃたんさんのご意見に全く同感ですよ。バースプランをもらったときエクスタシー云々とあり開いた口がふさがらなかったですから。

本当にエキセントリックでものすごく稀ですがこういう方が確かに存在して、例えるなら「輸血を拒否」するような固い信念で「自分やわが子の命がどうなってもいいから 産み方にこだわりたい」と言って来る以上、(なんとか文化研究所の信者さんだろうか)「じゃぁここまでは譲歩しますけどここくらいはお願いしますよ」と医療介入の線引きをさせてもらったりします。余計なことをして訴えられるのはこちらですから、嫌だということを無理強いはしません。いちいちお伺いをたてて行います。ちゃんと同意書もとります。

そういう方に私はつくづく「自分らしさ」を感じます。本当にすごい死生観です。今までいちばん驚いたのは「児心音を聴取するな」っていうバースプランです。それには本当に困りました。トラウベなら可、とか・・・医療器具一切拒否・・・!?何とか説得してドプラで聴取(最低限)させてもらいましたが・・・。でもまぁ無介助分娩されるよりかは赤ちゃん安全かなと・・・。

Re[2]:自分らしいお産 つづき(01/16)

ふぃっしゅさん、ひいたんさん、開業助産師さん

こんにちは。

ひいたんさん、お久しぶりです。

産後の快復は順調ですか?

お忙しい中、ありがとうございます。



開業助産師さんも大変な立場、仕方なくおもってされていることでもあるのだろうかと感じました。

ただ、

>そういう方に私はつくづく「自分らしさ」を感じます。本当にすごい死生観です。

---こういう方は、子どもが欲しくて出産するのではなく、自分が愛しいだけなんではないでしょうか。

なんだかゾッとします。

そして、子どもを実際に亡くしたことのない方たちだからこその想像には、何も期待出来ません。



>でもまぁ無介助分娩されるよりかは赤ちゃん安全かなと・・・。

こういう方と接しているうちに、きっと開業助産師さんはせめてもの想いで接せられて、精一杯尽くされているのだとおもいますが、ここまで勝手な方たちが、どうして助産師をお願いするのかに矛盾と疑問が生じます。

こういう方たちを持ち上げるような風潮が一番、怖いです。



野生

たぶん勤務助産師さんや病院のスタッフさんには想像しにくいかもしれませんが 助産院や自宅を選ぶ方にはあっと驚く前述のような方がいるのです。確かに野生・・・の言葉は賛美しすぎかもしれませんね。私には荒れ狂う海とか自然災害のような意味の野生ですが。本心を言えば巻き込まれたくはないです。悲しいほど愚かで無知で自己中心的で「絶対自分は大丈夫」って思っている・・・どうしようもない。でもそういう方を「愛さない」と心からのお世話は出来ない。「嫌いだ苦手だ」って思ってると絶対 事故・ニアミスにつながるんです。

赤ちゃんに罪はないのだし、それにこの赤ちゃんはこのご両親を選んできたのだし・・・。「あなた方を尊重します」の立位置からしか始められない。



ときに叱ったり、なだめすかしたり、ほめたり、安産させようとこっちも必死です。



無介助出産が本当はベストって思っている方に関してはたぶん 出生届の問題があるから助産師を呼ぶんだと思います。勘弁して欲しいです。

Re:野生(01/16)

「開業助産師さん」へ

何だか話をはぐらかされたような気持ちですが。



>助産院や自宅を選ぶ方にはあっと驚く前述のような方がいるのです。



どうしてそのような考えの人がでてきたと思いますか?それに対して助産院や自宅分娩を請け負う人たちは、きちんと啓蒙活動的なことをすることも社会的な責任だと思います。



こういう場合、単独の助産院の判断で受け入れてよいものでしょうか?輸血拒否と同じように、倫理的な面から医療者側(あるいは助産師会)で話し合い、統一した対応を取れるようにすることの方が先決ではないでしょうか?

「自分らしい」なんていっている場合ではないと思います。

はぐらかされた感じを受けるのは、このような問題の大事な部分をきちんと思索、表現せずに、表面的な言葉で言いつくろっているだけに感じるからです。そのことを、前回のコメントでも言いたかったのです。

Re:野生(01/16)

開業助産師さん



>赤ちゃんに罪はないのだし、それにこの赤ちゃんはこのご両親を選んできたのだし・・・。「あなた方を尊重します」の立位置からしか始められない。





このあたりがまずいんじゃないですかね?

床屋じゃないんですから。

床屋なら相手が「短くして」といったら「似合わないんじゃないですか?」とはいえないでしょうけど、医療者は、患者さんが(妊婦さんでもいいですけど)明らかにやばいことを言っていたら「それはやばいでしょ」と言うべきでは?

やばいと思いつつにこにこしながら「そうですよね」と受容的態度ばっかりとっていては、相手は、自分がやばいことを言っていることに気づくこともできません。



ある意味、おなかの赤ちゃんは「やばいことを言っている母親」を拒否できないのですから、より安全なお産のためには、どんな意見も尊重する、のでなく、やばいことはやばいとはっきり言うべきです。

少なくても、やばいよなぁ、と思いながら「寄り添う」なんてことはやめたほうがいいと思います。



どこかの施設に雇われていて、そこのトップにそういう態度をとるように要求されているのかもしれません。

だとしたら、そんなやばい施設はとっとと辞職しないとダメです。

その施設のやばい方針のままにやばいお産に気づかない産婦さんにとって、害にしかなりません。

Re:野生(01/16)

開業助産師さん、ふぃっしゅさん、suzanさん

こんにちは。



>無介助出産が本当はベストって思っている方に関してはたぶん 出生届の問題があるから助産師を呼ぶんだと思います。勘弁して欲しいです。

依頼者本人に対し、直接言ってあげた方が良いですよ。

以前に、『こちらの希望通り、ただ黙って見ていてくれた助産師に感謝』というような書籍だったかな、自宅出産をした方の文を読みましたが、確かにその方たちも『念のために助産師を呼んだけど、自分達のおもった通りに産んだ』ということを書いていました。



「こういう親を選んできた子ども」は、親になる責任を放棄してもあてはまってしまいます。

責任を持って欲しいです。

続きです

さきほどは途中になってしまいました。



以前に旦那が勉強して、助産師も呼ばずに産んだし、二人目は海で産んだっていう話を、比較的身近に聞きました。

この手の話の末は『お産て実は簡単』にしかなりません、私たちのような無知な者の間では。

かなり"マニアアック"というような印象ですが、本人達はそう呼ばれることに喜びもあるかもしれず、やっぱり子供の命は置き去りです。

数は少ないことだとおもいますが、『お産をなめてかかる』という問題を作った一つには、こういう稀でも印象の強い話があるとおもいます。



『このような人たちでも親として選ばれた』というのは、あまりにも子どもが可哀相です。

『まさか、本当にこんなことをする親だったなんて』という子供の叫びも聞こえないだけではないでしょうか。

琴子だってそのうちの一人だったわけですし、やはり子供の命をもってやっと知った愚かな親としては、せめてもの懺悔で、出産において、子供の命や予後に関わるリスクは極力避けて欲しいと、強く強く願います。

それを伝えてくれるのも、ふぃっしゅさんやsuzanさんがご指摘されている通り、開業助産師さんのお仕事なのだとおもいます。



やっぱり、無知なんだとおもいます。

でも、無知って幸せです。

だって、子どもが元気に生きているんですもん。

同じ無知でも、私の場合は子どもが死んでしまいましたから、惨めで地獄で、でもこれ以上のことを話しても、『自分らしく産む』方たちには理解してもらえないとおもいます。

あの頃の私への自戒も込めて。



安っぽい死生観を語るより何より、子どもが生きている、少しでも生きやすいように産む努力をするってことこそが、真の死生観ではないでしょうか。



あと、開業助産師さんに質問なのですが、そのような方たちは、健診はきちんと受けられるのですか?

嘱託医で受けることも、きちんとされているのでしょうか。

Re:続きです(01/16)



検診を受けないとか基本的に医療拒否傾向のある方は助産院では受け入れられない ので 検診はちゃんと病院・助産院で受けていますね。でもいざ 産む段階になってバースプランどうこうとなってきたとき「え!」って驚くニーズがある方がたまーにいらっしゃって、いろいろと交渉をしますね。あと内診問題に関してですけど、一部のお偉いさんとか会全体では「内診は助産師のみが!」って声高に言っている印象ですが 私個人的は なんで看護師さんが内診しちゃだめなの?って思っていましたよ。私が最初に内診を教わったのは昔で個人病院でしたけど ベテランの産科看護婦さんからでした。いい方でした。助産師個人では「内診問題」にこだわらない人もいるのではないかと思います。私がお産にかかわる妊婦さんは本当に少ないので いつも寝ても覚めてもその人のことを考えている時間、というのがありますから、「寄り添わない」わけにはいきません。むしろそれがしたくって開業したので・・・。もちろん思いが届かず臨月で決裂、とか 問題が起きて病院出産に変更になってさようなら・・・なんてことも多いですよ。見学でかなりリスクを強調しますので半数くらいは「無理」ってあきらめられるようです。

つづきます

あと、私は「赤ちゃんが死んだら」とか「もしも自分の命が危なくなったら」の話もマンツーマンでして 心構えをしてもらっています。ご夫婦でよーく話し合ってくださいねと。宿題ね!って・・・。

そこで怖くなったら「じゃあ病院で産んでください」と。お産ってそういう、命をかけるものでしょう。

自分が生まれてきた意味とか、障害を持つ子を育てる意味とか、そういうことを一番真剣に考えやすいのが妊娠期間だと思うんです。でも市の母親学級とかでこんなこと教えたら縁起でもないって抗議がきそうですけどね・・・。

開業助産師さんへ

 お仕事お疲れ様です。助産師という仕事は一筋縄ではいかないものだとお察しします。しかしながら、これまでの開業助産師さんの書き込みを拝見していると、話が二転三転したり矛盾したりしていることにお気づきでしょうか? 「寄り添うしかありません」と言った後で、「ときに叱ったり」「臨月で決裂」とか。何というか、場当たり的というか、八方美人というか、状況に応じて玉虫色の発言をなさっている印象が拭い去れません。

 助産師っていちおう国家資格ですよね? ということは、確固たる専門知識なり科学的根拠に基づいてお仕事をなさる責務があると思うのです。なのに、情に流され状況に振り回され迷信に惑わされて、死産を是ともとれる発言を繰り返したり、産婦へ適切な指導をできない言い訳を語るのはいかがなものかと思います。

続き

あと、琴母さんへ。

Youtubeの動画をご紹介してしまいましたが、助産院で辛い悲しい思いをされた琴母さんにとって、このような動画は見るだけでも辛かったと思います。辛い思いをさせてしまって申し訳ございませんでした。

Re:開業助産師さんへ(01/16)

カリントウさん

> お仕事お疲れ様です。助産師という仕事は一筋縄ではいかないものだとお察しします。しかしながら、これまでの開業助産師さんの書き込みを拝見していると、話が二転三転したり矛盾したりしていることにお気づきでしょうか? 「寄り添うしかありません」と言った後で、「ときに叱ったり」「臨月で決裂」とか。何というか、場当たり的というか、八方美人というか、状況に応じて玉虫色の発言をなさっている印象が拭い去れません。

> 助産師っていちおう国家資格ですよね? ということは、確固たる専門知識なり科学的根拠に基づいてお仕事をなさる責務があると思うのです。なのに、情に流され状況に振り回され迷信に惑わされて、死産を是ともとれる発言を繰り返したり、産婦へ適切な指導をできない言い訳を語るのはいかがなものかと思います。

玉虫色

すみません今間違って送信してしまったので削除お願いします。



玉虫色・・・うまいこといいますね。

メールって、言葉って難しい・・・私は このブログが助産院をとりあげているのに助産院の助産師がなんで書かないのかなっていつも 気にしていて なるべく本音を忌憚なく 「助産院の助産師ってこんな感じ」等身大で書いてきたつもりです。妊婦さんに寄り添うっていうのは姉のような 身内のようなつもりでやっている、と言い換えたほうがいいでしょうか。そりゃ ときに怒りもしますし、臨月になって医療的に「逆子をなんとか外回転して欲しい」とか言われて「逆子だったら帝王切開でしょ、帝王切開だって立派なお産だよ」と説明してもダメで決裂、なんてこともありますよね。

つづきます

助産院の助産師の危険な業務とかミスとかは ここでこうして 論議されたり非難されたりするのはとてもとても意味があると思っています。

安全管理に関しては かなり気を遣っているのですけど それでも危ないなって思うことはあります。日々勉強。

でも単に「助産院っていうだけで嫌い!」「助産院の助産師も嫌い!」みたいな人もこのブログ読む人の中にはいるのかな?「助産院なんてなくなっちゃえばいいのに、お産全部病院でやればいいのに」って本心では思っている人いるのかな?

いろんな死生観があっていいし、代替療法や宗教的なことなんかは「助産院安全管理」とはちがって単に「色合い」にすぎず だからこそ 病院と違って色合いの違いがその多様性が面白い(安全であるかどうかではなく、ですよ)と思うんですけど、それすら面白くない!嫌い!っていうメッセージをよく受けますね。最初のころのブログの感じと違ってきたような・・・。単に助産院を糾弾するだけの?琴子ママさんの主旨と違いませんか?助産院の助産師がびくびくしないと書けないの?じゃあ助産院で産んだ人はもっと書けないじゃないのかしら。どんどんこのブログのキャパが小さくなっている気がするんですけど・・・。どうでしょうか・・・。

Re:つづきます(01/16)

「開業助産師さん」へ

>「助産院なんてなくなっちゃえばいいのに、お産全部病院でやればいいのに」って本心では思っている人いるのかな?

>その多様性が面白い



「開業助産師さん」も、ご自分でお産に立ち会って経過も順調だったのに突然母子の状態が危なくなったという体験があるのではないかと思います。

助産院で働く助産師さんたちは、この点で医療から距離を置いていることに不安はないのだろうか、というのが素朴な疑問です。



私は母子の安全という意味で、突発的に起こり得る状況に自分の助産師という資格だけでは対応できないので、産科医や小児科医の先生達と働くことが当然だと思っています。周産期チームの中で母子の安全が守られることが、助産院の主義・主張に勝ると思います。



私個人としては、将来的には助産院はなくしたほうがよいと思います。また開業権についても早急に見直し、きちんと標準的な産科医療に基づいた技量と経験のある人にのみ認めること、たとえば専門医の試験のようにきちんと経験した症例(分娩例)を提出すること、個人的な開業ではなく、地域の周産期センターの直属のような形での開業にすることなどが望ましいと思います。 続きます。

Re:つづきます(01/16)

ひとりひとりのお産も、とても大事です。できるだけ、お母さんと赤ちゃんをあたたかく見守っていきたいと思っています。

それと同時に、社会全体の周産期医療の動きも大切です。あと10年のうちに産科の先生達がさらに少なくなることが予想されていますが、本当にどうなるのだろうと心配です。



では助産院に・・・という流れになった時、助産院はその社会的な責任を負いきれるでしょうか?

「正常なお産は助産師で」と声高々に言っているその責任を負えるでしょうか?

助産院はたかだか300箇所、全出生数の1%程度のお産、しかもローリスクのなかでもさらに初産よりもリスクのすくなく分娩経過も早い経産婦さんが多いでしょう。このまま地域の病院や診療所が減少して、助産院が地域のお産を担わなければいけなくなっ時、分娩数が増えればそれだけ緊急度の高いことも増えるし、「満足度の高いお産」を求め続けることも難しくなると思います。

その時に初めて、それまで助産院が生き残るために演出してきた付加価値的なことを見直さなければいけないことに気づくのではないでしょうか。

そんな助産院のうわべだけの多様性に疑問をいだいて議論していくことも、このブログの趣旨に反してはしないと思います。キャパは広がっていると思います。

Re[1]:つづきます(01/16)

ふぃっしゅさん

ふぃっしゅさんのご意見では、助産院のみならず、

小児科のいない、帝王切開も緊急にはできないおひとりでされているお医者様の地域のクリニックなんか(結構あると思いますけど)も同等に危険っていうことですよね。小児科もNもあって麻酔医もいつもいて・・・そんな恵まれたところばかりじゃないですよね。

本当に完璧な安全をもとめていらっしゃって頭が下がります。おっしゃるとおりだと思います。私も将来的には 周産期センター内助産所みたいな形が理想です。

でも、そもそもこのブログは 完璧な安全を求めるってことが主旨なんですか?だったら例えば飲酒問題ですけど、「うちも実はお祝い膳にミニワインつけて結構人気あったんだけどね、助産院たたかれてたからやめたんだよね」って病院がありましたけど、そういうことって 「お産のディテール」の部分での自由な部分がどんどんなくなりませんかね。琴子ママさんのような、逆子を取り扱ってダメになって、その後の対応もひどい、とか不衛生な水中で産褥熱を引き起こしたとかいう明らかな問題とは危険度の度合いでわけが違うでしょう。畳のお産だって取り入れている病院ありますよね。安全を追求していくとどんどん自分たちの首が絞まっていかないですかね。

Re[2]:つづきます(01/16)

あと、助産院は10年後もあまり増えないですよ。1%2%どまりですよ。若い世代で開業しようって野心ある人がぜんぜん少ない、育っていませんから。リスクマネージメント世代ですから。

産科が減ったから 助産院に・・・っていう流れは考えにくいです。産科医療補償制度もできて、血気盛んな若いニューウェーブの、それこそ代替医療とかどんどんとりいれよう、地域のニーズにこたえつつ 周産期センターとも連携を持って、という新しい世代のお医者様が古い先生に代わってどんどん開業されていくと思います。やはり産科は本当に魅力ある分野ですから。助産院は長い目で見ると自然淘汰されると思いますよ。



ふぃっしゅさんへ

>「開業助産師さん」も、ご自分でお産に立ち会って経過も順調だったのに突然母子の状態が危なくなったという体験があるのではないかと思います。

助産院で働く助産師さんたちは、この点で医療から距離を置いていることに不安はないのだろうか、というのが素朴な疑問です。



母子の危険といえばまず児心音の低下と出血ですが

その対策のために日々いろいろ研修研鑽をしているというのが助産院だと思いますよ。フリースタイルのこのポーズが確実に心音回復する、ホメオパシーのこのレメディはかなり出血にいい、とか、眉唾的に思われてもいいですけど そういうエビデンスの蓄積はかなり助産院には「虎の巻」的にあると思いますね。

出血はやはり緊急時の点滴が助産院では可能なので出血で亡くなる、というケースは本当に記憶にないのですが・・・。妊娠中の工夫で出血結構防げますしね。



あとは以下に病院スタッフとうまく連携をとっていくかですね。このことが実は一番大事です。そして「何かあったとき」の心構えを妊産婦さんとその家族に持ってもらうこと。それもとても大事です。

Re:出産後の飲酒(01/16)

>「お産のディテール」の部分での自由な部分がどんどんなくなりませんかね。



なくなっても良いじゃありませんか。何か問題でしょうか?

新生児と産婦の安全確保が最優先事項であり、それ以外が二の次三の次になることに何の問題があるのでしょう。

出産後の止血を促すために、分娩直後の飲酒を禁止すると、「お産のディテール」とやらは狭くなるでしょう。しかし、止血の優先性は飲酒に勝るのでしょうかね?出産後にどうしても乾杯したいような女性も、それを促す医療者も、お産に関わる資格などないと思います。



病院の産科が充実していれば、本来は助産院なんて必要ないでしょう。医療崩壊さえ食い止められ、助産院が自然淘汰されることを願ってやみません。

Re[2]:つづきます(01/16)

「開業助産師さん」へ



>小児科のいない、帝王切開も緊急にはできないおひとりでされているお医者様の地域のクリニックなんか(結構あると思いますけど)も同等に危険っていうことですよね。



私自身、今産科医2人体制のクリニックで働いていますが、この先、先生がお一人になられたら緊急の帝王切開ができなくなるのでその時には先生は看板をおろされるのだろうかと思い、心が痛いです。

地域の周産期医療チームの中で、診療所であれば小児科医・麻酔科医は必ずしもいらっしゃらなくて大丈夫です。でもそれは医師のいない助産院と「同等の危険」性

ではありません。



>私も将来的には 周産期センター内助産所みたいな形が理想です。

ご賛同いただいてありがとうございます。



「完全な安全」を求めるなんて誰も書いていないと思いますよ。現実に、社会というのは不完全性でなりたっているのですから、その中でより安全を求めるために考えていくことは意味があると思います。

「お産のディテールの自由」よりは、「お産の安全性の原点」のほうに私は関心があり、その視点で意見を書き込んでいます。

私も琴子ちゃんのお母さんと同じように、現在の時点できちんと標準的な産科医療に基づいて開業されている助産師さん個人を批判するつもりはありません。

「助産院」「助産師の開業権」というシステムに対し、今後どうあるべきか自分自身の問題として考えています。

>自分たちの首が絞まっていかないですかね。

そうならないように、ひとつひとつの疑問や問題を一緒に考えていきませんか?

Re[3]:つづきます(01/16)

このブログに書かれている医療従事者(とくに助産師さん)の方は 一度も助産院の研修とかに参加されたことはないのでしょうか?

私も、助産院のお産を目にするまでは「危険なことやってんじゃないの?」みたいに思っていました。

助産所の研修をはじめて、「なんでこんなにアプガーがいい子ばっかりなんだ?」って最初に驚きました。10点って病院じゃそうそう見た事なかったからです。会陰も「なんで切れないの?こんなに伸びるんだ」って驚きました。このブログで助産院をどうこう言う方で助産院の現実を知っている方がどれだけいるのか?私は今日も夜中に嘱託病院のお産を2件 手伝って、自分のところに戻ってきて書いています。「助産院だから」ってたたかれないように毎日努力している助産師もいるってことを分かってください。

一度 近隣の助産院に研修申し込みされてみたらどうでしょう。助産師会も「長期研修」主催していますよ。日本全国の著名助産院で研修できます。

「助産院アレルギー」の方ばかりがこのブログを盛り上げていると 世間的には「ネガティブな助産院たたきのブログ」で終わってしまうでしょう?琴子ママさんはそんなことを望んでいないはずです。

質問

あと、開業助産師さんへ質問です。



>妊娠中の工夫で出血結構防げますしね。



とのことですが、妊娠中の工夫とは、具体的にどのような工夫ですか?またその科学的根拠は何ですか?そして、その工夫をした場合としなかった場合とでは、出血量がどの程度変わるのかを示すデータはありますか?「虎の巻」などではなく、引用文献などの客観的な根拠をお示しください。

Re:質問(01/16)

カリントウ様

だから自分で研修しなさいってば。妊婦の体をみる、ということは何年もかかって勉強することなので(出血しそうだ、難産になりそうだとか)全部説明できる量をあっちこっちから文献集めるなんてそんなに暇じゃないんです。手っ取り早くは例えばトコチャンベルトでおなじみの団体に問い合わせてみたらどうですか?ホメオパシーとか、東洋医学系(中医学)でもいいです。本腰をいれて勉強してみてください。へーって思うと思いますよ。

逆切れですか・・

開業助産師さん、



私は、出血を防ぐ工夫とやらの「虎の巻」を労せずに貴方から聞き出したかった訳でなく、貴方の発言が科学的根拠に基づいているかどうかを知りたかっただけです。



私がこれまで勉強した情報によると、分娩直後の大出血の原因の約70%以上が胎盤剥離困難によるものであり、マーカー等はなく予測は困難であり、前置胎盤を防ぐ有効な方法は未だ確認されてはいないはずです。



出血だけでなく、このブログで話題になっている新生児破傷風にしろ産褥熱にしろ、消毒の必要性や対処法などは、理屈をまとめたしかるべきテキストを読めば素人でも簡単に理解できるでしょう。科学的根拠とはそういうものです。なのに、「何年もかかって勉強すること」ですか。



結局逆ギレですか。残念です。



貴方は助産行為を伝統芸能か何かと勘違いなさっておられることは分かりました。もう議論はやめておきます。



琴母さん、コメント欄を汚して申し訳ありませんでした。

帝王切開ができない産婦人科医院はありえない

お産を扱う産婦人科医なら、たとえ個人開業であっても、帝王切開ができる、のが原則です。

ウチはお産はとっているけど帝王切開はしない、と堂々と言えば、周囲から「もうお産はやめなさい」といわれるのが普通でしょう。



開業助産師さんは「そういう医者を知っている」とかおっしゃるのかも知れません。

でもあくまでも、今の産婦人科医の主流は「帝王切開ができないのならお産はとらない」なのです。

ここをお読みになるみなさま、誤解なさらないでください。

開業助産師さんへ

開業助産師さん

こんにちは。

当ブログの流れを気にしてくださり、ありがとうございます。

当ブログなりに…とおもっていますので、狭くなったり広くなったりで、助産院(自宅出産も含まれますね)の安全性について考えていきたいとおもっています。

そして、何よりも医療従事者でない私のように、専門的なことが分からない人でも一緒に考えられるようにと、願っています。



>だから自分で研修しなさいってば。

---妊婦はそこが得られないんですよ。

自分のお産のために研修には行かないし。

そして、助産院の中では最近、ホメオパシーがよく出てきますが、これも私は度を越す存在になっているような気がします。

こういうやりとりで出てくるくらいですから、その信用性がいかに高いかが伺えます。

私はホメオパシーを全く知らないわけではないです。

薦められてレメディも飲んだことがあります。

フラワーも。

有効性は、『置き薬』とおもう程度が丁度良いのではないかとおもっています。

科学的根拠より何より、ホメオパシーは元々が貧困層でもやれるものだったのに、日本ではどうしてこんなにも高額で、そして、ホメオパスのところで出されるレメディは一粒でも安くない(経験のある知人談)。



私としては、ホメオパシーがどういう状態で使われ、どう効いているのか、具体例・実例を教えて欲しいです。

開業助産師がご指摘されるように、このブログがただの批判的な場とならないためにも、それを薦める方のご意見も頂き、その中からまた考えていきたいとおもっています。

宜しくお願いします。



カリントウさんへ

カリントウさん

こんにちは。



>琴母さん、コメント欄を汚して申し訳ありませんでした。

いえ、そんなこと仰らないでください。

助産院でこれからお産をしようとしている方に、産む前にしっかりと考えて欲しいとおもっていますし、意見が違うのは立場や経験それぞれ、当然ですから。



またご意見伺わせてください。

Re:帝王切開ができない産婦人科医院はありえない(01/16)

suzanさん

こんにちは。



>今の産婦人科医の主流は「帝王切開ができないのならお産はとらない」なのです。

>ここをお読みになるみなさま、誤解なさらないでください。

以前に頂いた、分娩台であることの意味とでもいいますか、ご意見もブログの記事にさせて頂きたいとおもっています。

今回のもそうですので、後日あらためてます。

開業助産師さんへ(01/16)

開業助産師さん、無礼なことをしてしまいました。



>開業助産師がご指摘されるように、

『開業助産師さんがご指摘されるように、』としたつもりでした。

さん付けを省いてしまい、すみませんでした。

Re:帝王切開ができない産婦人科医院はありえない(01/16)

suzanさん

帝王切開はせず搬送するよっていう 開業の先生 いますよ。

ホメオパシー

琴子ママさん 敬称なんてなくても気にしませんよ。

ホメオパシーに関してですが確か そういう学部を作ろうと言う地方の医療系専門学校もあるようですし ホメオパシーを使用できるのは医療関係者に限らせる、という国の動きもあるようです。知り合いのホメオパスさんが「使えなくなっては大変」と看護学校に入学しましたから確かな情報だと思いますよ。ホメオパシーの専門家ではないのでこれくらいしかわかりません。すみません。

Re:帝王切開ができない産婦人科医院はありえない(01/16)

suzanさん

これは私の意見ではなく そうおっしゃっていたドクターがいたってことなので怒らずに聞いて欲しいのですが たとえ帝王切開が出来ても小児科医のいない、一人されているお医者様と助産院というのは、搬送先の周産期医療センターから見たら「一次レベル」で一緒なんだよな っていうことです。

帝王切開をしない産科開業医

わたくしもそういう先生を存じ上げております。

というか、昔知っていました。

何かあれば私の勤務先に搬送するから、と患者さんに話しておられたのです。

ウチの部長がかけあって、その先生はお産をやめました。



もう一度言います。

そういう医者を知っているかどうか、ではなく、今の産婦人科医の主流が「お産をとるなら帝王切開までできるのが原則」なのです。

搬送ではどうしても手遅れになる、手遅れになったら訴えられるのはお産をとったその開業医さんです。

最近の訴訟の多さ、恐ろしさを知っている産婦人科開業医なら、帝王切開はしないけどお産をとる、などということはしません。



今の主流がこうなのだ、そういう医者が今もいるとか知っているとかいう話ではない、ということを、ご理解ください。

切れていませんよ

カリントウさん

簡単に言うと 普通レベルの出血予防というのは血漿量のコントロールなので 浮腫ませるなってことと、貧血にさせるなってことで 確かこれはエビデンスがあったと思います。胎盤由来の大出血に関しては問題にしていません。あとWHOのやつで 出血にはエルゴメトリン(メテルギン)の無効性と オキシトシン(アトニン)の有効性があったかな。それで当院ではアトニンの出血時の使い方を工夫しています。この辺は看護系の大学院なんかの人が詳しいと思います。

Re:帝王切開をしない産科開業医(01/16)

suzanさん

suzanさんの全うなご意見、すごく安心いたしました。ありがとうございました。



その先生 地元で評判はとてもいいです。でもこれ以上そのドクターのことはお話はしません。お医者さんのことを悪く言ったら罰が当たります。ここはそういうブログじゃないですしね。

Re[4]:つづきます(01/16)

「開業助産師さん」へ

>このブログに書かれている医療従事者(とくに助産師さん)の方は 一度も助産院の研修とかに参加されたことはないのでしょうか?



助産師学生の時に、1週間住み込みの実習がありました。その頃は助産院も再認識され始めていた時期で、こんなゆったりした空間もいいなとは思いました。そしてその頃出会ったり、雑誌などに紹介されていた開業助産婦さんは、もっとシンプルにお産にかかわって

いらっしゃったように思います。



でもお産に立ち会えば立ち会うほど、充実している反面、人智の及ばない突発的なことで母子に危険が及ぶことへの怖さが強くなります。たとえば姿勢を変えるだけで心音が回復するようなものであれば良いですが、前置血管の破綻や過捻転によると思われるものなどは本当に予測もできないし、怖いです。

なので、産科の先生方もそうであるように、緊急の帝王切開までできる体制でないところで分娩を受ける状況はないほうがよいのではないかと思います。

またこうした突発的なことは、ローリスクだからとか妊娠中に気をつけたから・・・ということで回避できるものではありませんよね。



会陰保護は、病院勤務の中で初産でもできるだけ裂傷をつくらないように自分で工夫し続けてきました。でもそれは、一緒に待ってくださっている産科の先生のおかげでもあると思っています。助産院で学ばなくても、助産師として当然努力していくことだと思います。ただし、会陰保護にこだわっているわけでもありませんが。



琴子ちゃんのお母さんへ

こんにちは。

一気にいっぱい書き込んでしまいました。次々と書き込みたくなるようなテーマを与えられたようで・・・。



お母さん達にしたらお産に対して不安になるようなことも書いたので申し訳ないのですが、琴子ちゃんのお母さんが助産院を選ぼうとしているお母さん達に考えて欲しいように、私は若い助産師さんたちにお産の安全性を考えて欲しくて書き込んでいます。



こういう場をつくっていただいていることに、本当に感謝しています。

医療技術の発達ってすごい

脱線するのですが、私が二人目を妊娠中に色々トラブルが起きて、妊娠初期から産後1ヶ月まで実家に戻っていました。実家は寺をやっているので、暇のつれづれに過去帳を見ていたのですが・・・。

乳児死亡率・死産の率が「自宅出産がメインの時代」と「病院分娩がメインの時代」とでは大きく違う事に驚いております。もっとも乳児死亡率は分娩に直接関わらない原因のものもあるので、一部除外すべきでしょうが、生後一ヶ月以内の乳児死亡数は檀家300件中、今は年間一人出るか出ないかですが、昔は月に5人とか普通に出る時もあった。まさに多産多死です。

死産も、年間一人出るか出ないかですが、昔は年間10人位は出ていたような感じでした。

この差を見て、医療技術の発達は乳児死亡率・死産数の減少に貢献したんだなぁ・・・。などと安直な素人考えで感心しています。しかし、今でも時々帳面に出てくるのが「死産」の文字。やはり、どんなに頑張ってもお産での悲しい思いはゼロにすることはできない。でも、できることなら悲しい思いをしない努力をしたいです。少なくとも、帝王切開のできないところで、私は産めませんでしたし、おそらく僧侶たる実父

もそういう施設での分娩は反対したと思います。



Re:医療技術の発達ってすごい(01/16)

ひぃたんさんへ

それはすごい実感ですよね。



>乳児死亡率・死産の率が「自宅出産がメインの時代」と「病院分娩がメインの時代」とでは大きく違う



さらに「病院分娩」の流れの中でも、1980年代を境に、妊産婦死亡率がぐんと下がります。これは救命技術や施設がこのあたりから一気に発達・整備されたからではないかと思います。

80年代初期には、まだ日本国内にCTは3台しかありませんでした。私はその1台のある病院に就職したのでよく覚えています。このころはICUや透析もごくごく限られた病院しかありませんでした。80年代終わりには、CTがあってあたりまえ、ICUは大きな総合病院には設置されていましたし、80年代初めには人工呼吸器もICUぐらいしかなかったのにその後、一般病棟でも普通に使うようになったぐらい目覚しい変化でした。どれだけの妊産婦さんがICUで救命されたことでしょうか。



よく自然分娩を推奨する人たちが、「お産が産科医のもとで管理させるようになったから安全になったり妊産婦死亡が少なくなったわけではない」ということを言ったり書いたりしているのを見ますが、それは現実と違うと思います。



Re:琴子ちゃんのお母さんへ(01/16)

ふぃっしゅさん

こんにちは。



とんでもない、私の方こそふぃっしゅさんから、現場で勤められている助産師の立場としての、とても貴重なご意見を頂いていて、感謝しています。

これからもどうぞ、宜しくお願いいたします。

Re:医療技術の発達ってすごい(01/16)

ひぃたんさん

こんにちは。

妊娠中にそのようなことを実感されるとは、正に震えるようなことだったのではないでしょうか。

医学的な数字ではなく、ある一地域を担うお寺での数字…昔の悲しい日々が伝わるような気がしました。



>…昔は月に5人とか普通に出る時もあった。まさに多産多死です。

---月に5人、それが国の数字ではなく、ある一部の地域でなんですよね…悲しみが当たり前にある時代を、私たちは忘れてしまっているんですよね。

忘れると言うより、知らないというべきか…



>死産も、年間一人出るか出ないかですが、昔は年間10人位は出ていたような感じでした。

---やっぱり、どうにかして欲しい、助けて欲しいっていう声に、医療技術が発達して応えてくれたことを、当たり前におもってはいけませんね。



>しかし、今でも時々帳面に出てくるのが「死産」の文字。やはり、どんなに頑張ってもお産での悲しい思いはゼロにすることはできない。でも、できることなら悲しい思いをしない努力をしたいです。

そうですね、本当にそうおもいます。

残念だけど、ゼロには出来ないけど、減らしたいです。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。