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2007-07-09

耕平君のお話

今日は私以外の方の、助産院での出産のお話をします。
先に申し上げますが、お子さんは亡くなっています。
亡くなったお子さんの名前は耕平君です。
註:太文字は耕平君の母親・さくらさんからのメールより抜粋


平成11年4月に埼玉県のS助産院で分娩されたさくらさんのお話です。
初産で、
1.陣痛促進剤を使いたくなかった。(母子共に)
2.会陰切開に抵抗があった。
3.授乳に不安があった。(初乳を十分に与えられるか?など…)

という希望、理由から、助産院での出産を希望し、S助産院での出産を決められました。
さくらさんが妊娠していた当時、さくらさん自身は『助産院で産むというのは生き方だ』と思ってたそうです。
更に、水中出産というのに興味があったそうです。
『雑誌の名前は忘れましたが、たまひよ?コッコクラブ?などの雑誌に
特集があっても、そんな危険性については書いてなかったと思います。
かなり隅々まで読んでいたので…』


また、赤ちゃんって自然に生まれて来ると思っていました。
危険な事だという認識が足りなかったのです。
昔も今も、自宅で…とかトイレで…生まれてしまった。
という報道を聞きますよね?
それぐらい簡単に生まれて来ると思っていたのです。

この感覚は私にもありましたので、凄くよく分かります。
そうなんです、簡単に生まれてくるっておもってしまっていました。

S助産院は通常2名の助産師がいるそうです。
院長とアシスタントの2名。
さくらさんは当初、その2名だけだとおもっていたそうですが、陣痛から入院となった際に、院長の母親も助産師で勤めていると知ったそうです。
(以下:院長=娘助産師、母親助産師=院長の母親)
妊娠中に健診で何度か通っていてもその母親助産師に会うことはなかったそうで、いざ出産となった場面で、助産院でも初対面というのはあるんですね。

さくらさんはそのときは、その母親助産師が助産行為をするということに対して、特別何もおもわれなかったそうです。
どの助産師でも、危険な状態になればきちんと判断すると信頼していたからこそ、初対面の母親助産師が現れても(健診でずっと会っていた院長はその場にはいなかったそうです)、子供は無事に生まれると信じていたからだそうです。
でも、それさえも判断してもらえなかったんですね、私。


私は1週間ほど予定日を過ぎてから助産院へ入院しました。
入院前の2日間ほど、陣痛の様な痛さが続き、アシスタントの助産師さんから
『まだ産まれそうにないけど、そんなに痛いの?』と言われながら入院しました。
入院した晩も横になっていられないぐらいの痛さが続きましたが、
母親先生は『まだまだ時間がかかるね』と言いました。
そして朝方になって心音が聞こえなくなったという経緯です。

初産でしたし、陣痛とはこういうモノなのだ。
また、妊娠中に太ってしまった事もあり、陣痛微弱は私のせいなのだ、
これを耐えなければお母さんになれないのだと思い、そのまま我慢してしまいました。
つい最近になって母に
『あの時は様子がおかしいので、何度も病院へ連れて行こうと思ったのだけど…』とその時の気持ちを聞きました。
自然分娩を望んでいる私の気持ちを考えると『病院へ行こう』とは言い出せなかったようです。
私も苦しみましたが、母も父も苦しんでいたようでした。
立ち直れない日々の中で、自分を責めれば責めるほど、
母もまた『なぜ病院へ連れて行かなかったのだろう?』と自分を責めていたようです。



『出産の時には院長先生が来るから』とアシスタントの先生に言われました。
母親先生がした事といえば、調味料を入替えるときに使う、ロートのような聴診器で定期的に心音を聞くだけ。
実際に心音が聞こえなくなった時に、救急車で搬送されるモノと思っていました。
ですが、他人事のように『病院へ行って下さい』と言われただけでした。


陣痛が長引き、胎児の心音が下がっていく中、母親助産師には危機感がなかったようで、遂には心音が止まってしまったというのに、娘である院長に電話で相談している…

心音が止まった時点で院長と電話で話しをしていたのですが、心音が聞こえないという事実を認識していながら、『病院へ行かないと大変な事になるよ』と院長はのん気な発言。
母親先生も特別焦った様子はありませんでした。
というか…その時点で『私は知らない』みたいなオーラがありました。
また、院長にどんな事情があったかは知りませんが、結局その日は来る気がなかったとしか思えませんでした。

そこからやっと、さくらさんは総合病院へ搬送されたそうです。
それも、助産院にてそのまま耕平君の心音が止まってしまってから2時間も後のことです。

総合病院では、死産の原因は不明との事でした。
ただ直接の原因なのかわからないのですが、へその緒が首に巻いていたと言っていました。
きっと苦しかったのだと思います。
だから私も3日間苦しかったのだと思います。
だって、心音が止まってしまってから、あれほどの痛みが止まったのですから…
私は陣痛だと思い込み、こんな事で弱音を吐いてはいけないのだと決め付けていました。
『これは本当に通常の痛みなのか?』
『本当にこのまま助産院で出産できるのか?』と
なぜあの時に思えなかったのだろうと、本当に後悔しています。
やはり私が悪いのです。
ですが、二度と同じ失敗はしません。



出産の翌日、アシスタントの先生がお見舞いに来てくれましたが、会う気になれず、その次の日に娘先生が来られたようですが、会いませんでした。
『入院の費用はいりません』と言いに来たようでした。
S助産院からはそれっきり何もありません。

さくらさんから伺い、ネットでこの助産院を検索したところ、まだ開業していました。
どのような助産院かを紹介している内容があり、その中で『メンタルケアのサポートをしている』とあります。
私には分からないです。
私も、H助産師から都合が悪くなったら突然、突き放されました。

四十九日の間ずっと同じ部屋で寝て、実家のすぐ裏のお墓に納骨後は夜中に『耕ちゃん、幽霊でもいいから私の前に現れて』と泣きながら眠ってしまった事もあります。
でも、七回忌を過ぎてやっと私の気持ちを整理する事が出来ました。
いつまでも、耕ちゃん・耕ちゃんと私が未練を残しては心配で生まれ変われないだろうと思えるようになりました。


耕平君と琴子は今頃、天国でただひたすらに楽しい日々を過ごしているのだと思います。
子の楽しい日々は親として嬉しい限りですが、天国での楽しい日々を望んで妊娠したわけであはりません。
私達の住むこの世はただひたすらに楽しい天国とは違うけれども、一緒に笑ったり泣いたり怒ったりしながらでも、一緒に生きたいとおもっていましたし、それが当たり前のようにおもって分娩に向かいました。
子供の生まれ変わりを心配するなんて、妊娠している間に誰がおもうでしょうか。
まさかそんなことになるなんて、そんな結果を得ないために助産師がしてくれることがあると、さくらさんも私も信じていました。

耕平君の死は平成11年のことです。
さくらさんは7年間、ずっと気持ちを秘めていらしたそうです。
S助産院はその後、何も言ってこなかったそうですが、S助産院はこの事実を助産師会もしくは保健所なりに報告しているのでしょうか。
助産院は安全に向かっているのでしょうか。


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きっと・・・

恐らくこのような事例は、実は後を絶たないのではないでしょうか

おおっぴらにならないだけで、全国のお産の現場でこのようなことは起こっているのだと思います。



最善を尽くしても、救うことの出来ない命や、かなしいお産になることはあるでしょう。

でも、この事例は果たして最善を尽くした結果なのだろうか?と、いつもこのようなお話を耳にするたびに感じます。



また、このような助産院において、こういった事例があった場合に、その原因を究明し、今後のお産を取り扱う上で改善すべきことを明確にしているのだろうか?と、心配にもなります。



病院だから安全だなんて言いません。

助産院だから危険なのだとも思ってはいません。

ただ、助産師と医師とで「できること」が違う以上、同様の安全率を求めることはできないということが、もっと公に知らされるべきだし、産む側もそういう認識を持つべきだろうとは思います。





今回、急病で大きな病院のお世話になりました。

麻酔一つ、説明一つ取っても、非常に的確で明確でとても頼もしく思え、「やはり医療とはマンパワーなんだなぁ」と感じました。

もちろん、医師・看護士による考えの違いや、言い方は悪いけど当たり外れみたいなものはありますが、これだけの設備や人材が揃った病院と、個人の助産院とでは、明らかに対応は違ってくるだろうな、と思います。

それこそが、助産院の長所でもあり短所でもある。



どうも助産院でのお産は、その長所ばかりに目が行きがちで、その裏にある短所についてはあまり知られていませんが、

お産を請け負う側も選ぶ側も、長所短所をよく理解して、短所があるならそれを補うにはどうしたらいいか?も考えて欲しい。

産む側も、請け負う側も、「アットホーム」とか「自然」といった、良く長所に挙げられる単語が、ひとつの命の前ではどれだけ無意味で空虚か、気付いて欲しいなぁと思います



助産所のリスク

平成17年度に助産院で亡くなった新生児はわずか3人だそうです。

これは助産院が安全だからではなくて、

危なくなると病院に搬送されるからなのだそうですね。

「自然なお産」もいいのかもしれませんが、リスクを周知させるべきですね。

胸が痛みます

まいっちんぐ1025さんや高齢妊婦さんの仰るように

こういった事例は隠れているだけ、或いはその後の病院への搬送という事実に誤魔化されているだけで、実際は数が多いのではという思いがあります。

しかし振り返ってみて、私自身も死産を経験するまでは

「お産は病気ではない」「案ずるより産むが易し」「きちんと体重管理さえしていれば、全く問題がない」「安定期に入れば、後は何があっても無事に産まれる」などと信じていました。それらが幻想に過ぎないと知ったのは、子どもの心臓が止まっていると知らされた時でした。

しかしこういった考えは、ほとんどの人の間で浸透してしまっているのではないでしょうか。例えばマスコミでも面白おかしく紹介されるのは、病院以外でも無事に産まれたという事例であったりします。お産の危険性、帝王切開で助かった命などの紹介は、特別な番組以外にはほとんどないのでは。



アメリカのトンデモ科学を批判する科学者の本を読みましたが、アメリカでも便利な生活を享受することを後ろめたく感じる人が、自然や天然という耳障りのいい物に惹かれる傾向なんだそうです。彼ら(自然賛美派)は医学界を陰謀組織のように攻撃しますが、実際はロビー活動などで一部の代替医療の団体の方が優遇されていることは、知らないのだそうです。



私達も知識がないために、一見して心地よい言葉にひきつけられてしまうことがあると思います。特に日本の場合だけかもしれませんが、漫画やアニメ、小説などのフィクション世界では「自然は正しい・人工物はダメ」という単純な物語が多い気がします。そういう刷り込みを覆すためにも、まともな科学教育というものが必要なのだと痛感しています。

連続ですみません

追記ですが、上のフィクションに関する発言について

作品について批判しているわけではありません。『超少女明日香シリーズ』の大ファンでもありますし(苦笑)

フィクションはフィクションでいいんですよ。ただし「フィクションとして楽しむ」ということが必要で、現実とごっちゃにしてはいけないということです。



当然ですが最初から誤った情報は、勘弁願いたいですけど。

他のブログですが、、

助産院出産の実際の危険性は調べると、ちょこちょこ見つかるようです。

http://blog.natura.main.jp/?eid=359297

でも、お子さんをなくした方の事が取り上げられています。

ただ、その内容がどこまで医学的にあっているのか分かりませんので、素人の私には助産院での処置遅れが原因なのかどうかと聞かれるとよく分からないのですが・・・。

切ってよかったんだと

場違いなコメントでしたら削除お願いします。



昨年12月に、緊急の帝王切開で長男を無事出産しました。



助産院でのお産に興味があったのですが、旦那さんに強く頼まれて個人病院で検診・入院しました。

でも、安産というか、「自然に」産むことを目標に、体重管理も必死にしたし、食事もとても気を使ったし、仕事も制限してまじめに歩いて、頑張りました。



ところが予定日より二週間前に、前期破水、過強陣痛、胎児切迫仮死で、緊急手術。何が悪かったのかと悩みました。あんなに頑張ったのに、私の体が「自然に」産める体ではないんじゃないか、女性として不完全な体なのじゃないか。そう落ち込みました。



「自然に」産めなかったから、母乳くらいは出したいと、いろいろ調べて、これも必死に母乳育児に取り組みました。

その結果、母乳不足により赤ちゃんはやせていきました。3000グラム弱でうまれて、三ヶ月検診でも4000グラムにしかなっていませんでした。赤ちゃんがガリガリになっていても気がつかないくらい、新米パパママは必死でした。



「自然なお産」「母乳育児」、世の中の風潮に流されていたんだと思います。これほど医療が発達した現代なのに、なにを逆らっていたのか、何に対して意地をはっていたのか、自分でも不思議です。



ちゃんと生まれたにもかかわらず未熟児外来に通い、おかげさまで長男は無事に太ってきて、七ヶ月になりました。

帝王切開になったことを半年悩んでしまいましたが、切ってよかったんだと、やっと気持ちの整理がつきました。私はとてもラッキーだったと思えるようになりました。



テレビや雑誌のせいにするつもりはありませんが、お産は母親も子供も命がけなんだということを、もっと知らせるべきだと思いました。

Re:耕平君のお話

emikomさん、

悲しんで苦しんでいる人と自分を比べて、

私はラッキーだったと書きこむのは、無神経でひどい発言だと思いませんか?

ほんと、場違いだと思いますよ?

Re:きっと・・・(07/09)

まいっちんぐ1025さん

こんにちは。

全く同意見です。



>最善を尽くしても、救うことの出来ない命や、かなしいお産になることはあるでしょう。

>でも、この事例は果たして最善を尽くした結果なのだろうか?と、いつもこのようなお話を耳にするたびに感じます。



---本当に。

耕平君のことをこの助産師たちがどうおもったのか、感じて生きているのかを聞きたい。

まさか、『忘れてました』なんて言わないだろうとおもいたいけど…



>また、このような助産院において、こういった事例があった場合に、その原因を究明し、今後のお産を取り扱う上で改善すべきことを明確にしているのだろうか?と、心配にもなります。



---正直、期待できませんよね。



お体、順調に回復されますようにお祈りしております。

Re:助産所のリスク(07/09)

高齢妊婦さん

こんにちは。



>平成17年度に助産院で亡くなった新生児はわずか3人だそうです。

>これは助産院が安全だからではなくて、

>危なくなると病院に搬送されるからなのだそうですね。

>「自然なお産」もいいのかもしれませんが、リスクを周知させるべきですね。

その気があるようには感じられないです。

何でなんでしょうかね。

自然に産むことがそんなに素晴らしいのなら、無介助で自宅で産んでしまうことをも肯定しないと嘘ですよね。

助産師が介在するってことからして、もう“自然ではない”はずですよね。

私も琴子を産む前に、このことに気が付きたかった…

Re:胸が痛みます(07/09)

るんさん

こんにちは。



>しかし振り返ってみて、私自身も死産を経験するまでは

>「お産は病気ではない」「案ずるより産むが易し」「きちんと体重管理さえしていれば、全く問題がない」「安定期に入れば、後は何があっても無事に産まれる」などと信じていました。それらが幻想に過ぎないと知ったのは、子どもの心臓が止まっていると知らされた時でした。



私も同じです。

私の場合は琴子が逆子でしたから、もっと違う視点や情報網で探せれば回避出来たことなんだと分かっていますが、でも、素人が必死になって探さないと正しい結果に出会えないというのも、玄人の方からしたら 「あんたの問題なんだから当たり前だ」

って言いたいかもしれないけど、嘘ついてまで、真実を隠してまでも? と、やっぱり問う気持ちもあります。



便利な世の中を否定するならば、ネットでの経験談公開も止めるべきだし。

お産だけでも自然に…ってなっちゃうんでしょうかね、軽いノリで。

Re:他のブログですが、、(07/09)

ひぃたんさん

こんにちは。



>助産院出産の実際の危険性は調べると、ちょこちょこ見つかるようです。

http://blog.natura.main.jp/?eid=359297

>でも、お子さんをなくした方の事が取り上げられています。

>ただ、その内容がどこまで医学的にあっているのか分かりませんので、素人の私には助産院での処置遅れが原因なのかどうかと聞かれるとよく分からないのですが・・・。



私も拝見しました、ありがとうございます。

私にも分かりませんが、中二人目の方の経験談>助産院での話は搬送のタイミングを見極める能力を考えてしまいます。

なんでも助産院だから悪いとはおもいませんけど、

http://swedenhouse-oita.cocolog-nifty.com/pediatrics/2006/09/post_38d4.html

のコメントまでを拝読すると、遷延分娩は事前に判断するのは可能のようですし、助産師の力量の差なのかと素人には感じました。

Re:切ってよかったんだと(07/09)

emikomさん

こんにちは。

>場違いなコメントでしたら削除お願いします。

>---大丈夫です、場違いではないと私は感じています。



>助産院でのお産に興味があったのですが、旦那さんに強く頼まれて個人病院で検診・入院しました。

---旦那さんはどのような理由から、助産院での出産を、emikomさんの希望を阻止されたのでしょうか。

宜しかったらお聞かせくださいませんか?



>ところが予定日より二週間前に、前期破水、過強陣痛、胎児切迫仮死で、緊急手術。何が悪かったのかと悩みました。あんなに頑張ったのに、私の体が「自然に」産める体ではないんじゃないか、女性として不完全な体なのじゃないか。そう落ち込みました。



---私も同じです。

琴子のときもリンズもダンジも、どの子のときにも私は身体の管理は怠りませんでした。

病院で産むと決めたリンズもダンジもです。

琴子のときには逆子でも産めると信じて以降も、兎に角徹底していました。

逆子は冷えからなる説も聞こえてくるけど、あれもどうかと。

冷えにはかなり徹底していますから、日頃より。

だから、『産み方は生き方』なんて嘘ですよ。

どうしても親子関係を生き方に例えないといけないのなら、せめて『育て方は生き方』でしょう。



>帝王切開になったことを半年悩んでしまいましたが、切ってよかったんだと、やっと気持ちの整理がつきました。私はとてもラッキーだったと思えるようになりました。

私には帝王切開で出産した方はオーバーかもしれないけど、後光がさして見えます。

私の愚かさを映し出す鏡かのような存在です。

立派なお産をされたのですから、間違って悔やんでいたばかりの半年間の埋め合わせをお子さんにしてあげてくださいね!!

Re[1]:耕平君のお話(07/09)

あんずさん

こんにちは。



>emikomさん、

>悲しんで苦しんでいる人と自分を比べて、

>私はラッキーだったと書きこむのは、無神経でひどい発言だと思いませんか?

>ほんと、場違いだと思いますよ?

----さくらさんや私へのご配慮をくださったのだろうとおもいます、そのお気持ちには感謝しております。

ありがとうございます。



今回のemikomさんのご意見は、ご自身の経験談を元に、間違ったお産への警鐘と感じられる内容ですので、私は傷つくこともなくおります。



あんずさん、emikomさん共に、これからもまたご意見ください。

お二人とも、ありがとうございます。

Re[1]:他のブログですが、、(07/09)

琴子の母さん

こんにちは



    いなか小児科医です。



過去記事にトラックバックいただきまして、ありがとうございます。私は、周産期にはわずかしかタッチしたことのない人間ですが...最近の助産所礼賛の風潮には少し問題もあるのでは?と感じています。



助産所で分娩を行うことは、以下の事柄について充分にご理解いただいていることが必要であると考えます。

1.分娩は必ずしも安全ではない。(つまり、周産期死亡や母体の死亡もありうる)

2.正常分娩はいつ何時、異常分娩に変化するか?予測できない。そして、その場合は分単位の医師のみが行える医療処置を要する。(これには、緊急帝王切開、輸血、新生児蘇生などが含まれます。)

3.助産所で分娩が行われる場合、その処置を受けるために適切な施設に搬送されなければならない。(産科医の常駐する施設に併設された助産所を除きます。)そして、多くはその搬送中に事態が悪化します。



日本の周産期医療は崩壊へ向かってまっしぐらですが...それが、助産所への分娩集中をひきおこすならば、わが国の周産期死亡率、母体死亡率は戦前のレベルに戻ってしまいます。



助産所を全て否定するものではありませんが...そこに潜む危険をもっと広く周知する必要があると思います。(特にマスコミの方々は...)



すいません、少し愚痴がはいってしまいましたが、こちらからもトラックバックさせていただきます。

出会ってきた人の影響か

あんずさん、そう思われたらどうしようと思いながら書き込みました。やはり無神経になっているかと思います。書いてくださってありがとうございます。

琴子の母さん、伝わってよかったです。あたたかいコメントありがとうございます。



琴子の母さん、旦那さんが強く病院を望んだ理由を書いておきます。



旦那さんも私も歯科医師です。学んだ大学は違うのですが、大学に9年残り、いろんな勤務先も経験し、たくさんの看護婦さんと歯科衛生士さんに出会って

きました。



私はその経験から、看護婦さんも歯科衛生士さんも信頼できる存在だと信じるにいたりました。なんて頼りになる存在だろうと。また友人にも助産師さんがいて、「お産は女性だけの特別な素敵な経験・・・納得のできるお産・・・」といった話を聞く機会もありました。

続き

一方旦那さんは、看護婦さんも歯科衛生士さんも、医師や歯科医師が管理する必要のある存在だと思うようになったそうです。二年や三年、あるいは五年や六年勉強しただけで社会に出て、積極的に努力しなければその知識でずっと仕事をする可能性がある。また勤務先を一箇所しか経験していなければそこのやり方しか知らないこともありうる。

それで、おそらく助産師も同じで、勉強を続けている人もそうでない人もいるだろう、どちらの人かは一緒に働かないとわからないんじゃないか。そういう考えでした。里帰り出産でしたので、旦那さんは自分が会うことのない助産師さんに任せるのが心配だったようです。

医師歯科医師も、勉強をしている人かどうか区別はつきにくいし、条件は似たようなものと思いますが、旦那さんはとにかくたくさんの人間が働いている病院のほうがいいと考えたようです。



人生のいろんな場面でどんな選択をするかは、それまでに出会ってきた人々の影響も大きいと思います。出会う人も、入ってくる情報も、影響が大きくて、偏っているものです。



そういう経緯でした。

emikomさん

横から失礼しますね。



今は情報が多過ぎるとはいえ、その大半が偏っていますから、戸惑ったり、偏った考えに固執するのも、仕方のないことだと思います。

エラソーなことを言っている私ですが、元はオカルトビリーバーでして、危うくカルトに引っかかりかけたことも多々あります(お恥ずかしい)。そういった経験から、情報は多方面から見なければならないと学びましたが、それでもまだまだです。前回の書き込みでも書きましたように、流産や死産なんて、どこか遠い世界の話だと思い込んでいましたし。

ですからemikomさんが、『自然』という言葉に拘ってしまったことも理解できます。誰だって最初から迷いのない人なんていないんですから。



でも



>切ってよかったんだと、やっと気持ちの整理がつきました



素敵な言葉だと思います。とにかくそれだけを伝えたいです。



何を言いたいのか、自分でもよく分からなくなりましたが(すみません)

ともかく素敵な旦那様とお子さんを大切に。そしてご自分のことも大切にして下さい。

Re[2]:他のブログですが、、(07/09)

いなか小児科医さん

こんにちは。

コメントくださり、ありがとうございます。

トラックバックもありがとうございます。



>日本の周産期医療は崩壊へ向かってまっしぐらですが...それが、助産所への分娩集中をひきおこすならば、わが国の周産期死亡率、母体死亡率は戦前のレベルに戻ってしまいます。



---私も琴子が亡くなるまで、かなり無知でした。

助産師会は『産む側も勉強を』と言うけど、そう言いながらもいなか小児科医さんが仰るような情報を自らは示さずにいます。

勉強しろと言いながらも、肝心な情報は出そうとしない、出したくないんでしょうね。

それは私たち妊産婦やこれから産もうとおもっている人たちを無視した姿勢ですよね。

医師の方たちがお産の危険性を唱えると、それを『過度な医療への言い訳』かのように言ったり、なかなか正しい情報を嗅ぎ分けるというのは難しいんです。

私もそうだったから分かるのですが、やっぱり今は医療を批判的に言う姿勢がありますよね、一般的にも。

だから、医療介入が必要なのかを悩む場面で『大丈夫、自然に産めるよ』って言われちゃうと、そっちに期待しちゃったり…

上手くまとめられないのですが、助産師会が勉強しろというのなら、素人向けに正しい教科書を出してくれよと言いたいです。

Re:続き(07/09)

emikomさん

ありがとうございます。



やはり経験からしか知識は生まれないんですね…

旦那さんはご自身の経験から、深く考え込むことが出来て、それを違う場面にも置き換えて…私は自分が恥ずかしいです。

琴子を出産する前に気が付くべきことがあったのに、“昔”という漠然とした憧れに流されてしまっていて、流れていることにすら気が付けずにいました。

想像力がなかった、足りなかった。



また是非ご意見ください。

ありがとうございました。
プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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