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2006-02-28

どこで産むかということは…

ちょっと過激な表現かもしれないけど、どこで産むかは、どこで死ぬかを選択していることと、同じなのかもしれない。
誰が…自分(母親)と、子供が。

最近、「助産院を否定している」と、そうおもっているばかりの人が大勢いるのだろうなぁと、今更に感じることがあったので、ちょっと深く深く考えてみた。
そうすると、自分がリンズを妊娠して、旦那と産む場所を選ぶ時には『とにかくNICUがあること』『すぐに帝王切開ができること(当時は予定帝王切開も考えていたし、経膣だとしてもと、考えていた)』を一番として、その条件から更に、家から近いところとなり、県内では中央に位置する、総合病院を選択した。

リンズがNICUを必要とするかなんてわからない。
経膣分娩となったとして、そのままスルッと生まれるかもしれない。
そして、そんな保証はどこにもない。
なにより、この子(リンズ)は逆子じゃないかもしれない。
それでもなんでも、もう子供が死んでしまうのは嫌だ、死ぬ可能性をなるべく低くしたいと、ただそれだけだった。

時折、「琴子の母さんはどこで産めと言うの?」と聞いてくる人がいる。
病院だって危険なことはたくさんある。
世の中の医療問題の大半が、大小問わず、病院でのこと。
だから、病院が必ずしも安全で信頼度が高いなんてことは言えない。
そういう意見から助産院を選ぼうとしている人にとって、私の意見は白黒つけない、曖昧なものに感じるかもしれない。

私には人の人生を意図して左右することなんて出来ないし、したくない。
ただ、自分が当時欲しかった情報の一つが、自分自身の話なのだ。
色々な角度の情報を知り、その上で決めたかった。

最近知り合った女性で、第2子は自宅で産みたいという方がいる。
その方には琴子の話、裁判の話をした。
黙って聞いていてくれた。
その上でも彼女は自宅を選ぶかもしれない。
私は反対する気持ちはない。
それがよく考えて出した彼女の答えならば、私にはこれ以上言うことはないし、彼女と子供の無事を祈るだけ。

どこで産もうかを悩む場合は、悩みを「どこで死ぬのなら納得いくか」に置き換えればどうだろう。
信頼出来る医師・助産師との出会いは必須だし、設備はどうだろう。
何もないからこそ良いとおもわれる場合、もしもそこで子供が死んでしまったとして、後に「設備さえ整っていれば、子供は生きていたかもしれない」という悔いを抱かずにいられるのか。
それが最善を尽くしたと、心の底からそうおもえるのか。
病院を選択する場合も、悲しいお産の体験者の方の中には、
「医療事故のリピーター医師だとは知らなかった」
と、情報の偏りがあることを悔やんでいる方もいる。
意外と、「本当は…」と言いたいことがあっても、『この人は無事に産めるのかも知れないし』と、言うことを遠慮してしまう人が多いらしい。
『私は信頼しているのに!』
と、怒られるのがいやだという人の気持ちもわかる。

だから、産む場所選びって難しい。




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プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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