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2005-10-28

子供との別れへの寄り添う気持ち

友人から電話がきた。
「私の友人夫婦のお子さんが亡くなったと報せがあった」
私はこの言葉を聞いて、凍り付いてしまった。

この亡くなってしまったお子さんは2歳くらいになるそうなのに、寝ている間に掛け布団で窒息死してしまったそうだ。
そんなことがあるなんて…
生まれて9ヶ月経つリンズだって、今では自分の布団を避けることが出来る。
暑ければ布団をはらったりしている。
2歳ともなれば、こういう死とはかなり無縁になっている頃ではないかと、勝手にそう思っていてしまった。
でもこういうことが事実に起こってしまっていたのだ。

「どういう風に接したらいいのかわからなくて、相談したい」
と言われ、私は相談に答えるもなにも、ただ2003年の8/31以降の自分の日々を思い返すばかりだった。
同時に、涙が溢れてきた。
「すぐに行ってあげたらいいとおもうよ、そして出来ればずっと一緒にいてあげて、もしお子さんのビデオとかがあれば、一緒に見てあげて、そして何も否定せずに話を聞いてあげて欲しい」
琴子との思い出には楽しいビデオはない。
私の大きなお腹の写真が1枚あるくらい。
私の感じ方とその友人夫婦の感じ方にはずれもあるだろうし、全く違うこともあるかもしれない。
だからあくまでも私なりの答えなんだけど…

「私は友人が来てくれることも嬉しかったけど、反面、その人達が帰っていくときの背中を見送るのが辛かった。
あぁ、この人たちにはこの家から一歩外に出たら、違う世界が待っていてくれるんだとおもってしまって、その差が辛くて悲しかった」
という事実も伝えた。
それでも駆けつけてくれる気持ちは嬉しかったし、今でもそういう人には感謝しているので、友人にも是非そうして欲しいと頼んだ。
友人は共通の仲間たちと来月になったら一緒に行くことを計画していたらしい。
「でもそれも辛いんだよ。
皆が打ち合わせをしてくることも辛いし、何よりもそうやって距離や時間を置けるという日常が辛いんだよ。
“とにかく来た”っていうのが一番だよ、だから一人でも何回でも行ってあげたらいいとおもう」
と伝え、そして必ずのように強調したのが
「悲しんでいる方の話は否定しないで欲しい。
もしその人たちが『自分たちは死ぬまで子供のことを想って泣いて生きていく』と言ったとしたら、それはその家族の生き方なんだから、私は誰にも否定できることではないとおもう」
ということ。

今、私の知らないある夫婦がお子さんを突然亡くされて悲しい時を過ごしている。
電気が灯されていても暗い部屋というのは存在する。
きっと暗い部屋の真ん中で泣いている。
さっきまで元気で生きていた子供の姿を求めて、どこで何が違ってしまったのか、心の真ん中で泣いている人がいる。
他人事として片付けたくない。
せめて、お子さんが今は素晴らしいところにいて、そこから私達を眺め、そして楽しいことだけをしているのだと祈りたい。

琴子、お友達は迷わずに天国に辿り着いたかな?
お友達はお父さんとお母さんと離れたばかりだから、淋しくないか、もう2歳になるんだもん、お姉ちゃんらしく、優しく面倒をみてあげてね。

合掌


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プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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