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2009-08-21

夏の終わりへ

早いなぁ、あれから6年。
でもまだまだ6年。
この先の人生の方が長く-でもこの日々にも慣れ、当たり前にもなったわけで、夏の終わりが近付くと、琴子の年を一つ増やす。

寂しいとか悲しいとかという感情にも色があって、きっと最初はどの感情も真っ黒で、嬉しいとおもえるようなことがすぐにあっても、黒という強い色にすぐに戻っていこうとする。
そういう日々が少しずつ薬にもなって、真っ黒にはならなくなって、色々な色がつくようになった。
悲しいけど、寂しいけど、色は明るいような気がしたり、こういう不思議な感情になるなんて、直後の私には想像が出来なかった。

琴子が死んだ直後に、同じように子供を亡くした人が一杯私を助けてくれた。
一人じゃないっておもえることが救いだった。

このブログでご意見くださる皆さんからも、たくさん救ってもらっています。
琴子がいない寂しさは、色々なことで埋めてもらっています。
有難うございます。
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2008-12-29

2008?

なかなか更新できなくて、なんだか自分が嫌なんですが、物理的な問題もあったりして…
こんな状態でも、ご覧くださっている方がいるということにひたすら感謝です。

まさに年末。
今年も残りわずかですね。
私はクリスマス前の賑わいからして、正直、苦手な感情があるんです。
2003年の年末年始があまりにも惨めで、その記憶からでしょうね。

琴子が亡くなった直後、数日間私の家にいてくれた実母がテレビを点けると、どうしてテレビの中では誰も泣いていないのかが分からなくて、テレビをすぐに消してもらいました。
そんなことを何遍も繰り返し、段々と、琴子が死んだことは世間では痛くも痒くもない出来事だと痛感し、自分もそうであったわけですから、個人的に誰かを責めるという気持ちではなく、小さい命は本当に小さいままなのだと泣きました。

毎年、年賀状はそれなりに楽しみにしていました。
勿論、琴子が死んだ年は喪中の挨拶を出しました。
それを受けて、連絡をくれる方も数名いてくれましたが、喪中の挨拶を受けても尚、年賀状を寄こす方もいました。
あぁ、胎児の死(このときはまだ戸籍に載っていません)は人の死ではないのだなと、悲しくて堪らなかったです。

とにかく年末年始の賑わいは苦しかったです。
以来、年末年始こそ、日常のままでいようとしています。
本当に辛かったから、今でもあのときの私がどこかにいるような気がして、せめて私だけでも、あのときの私自身に寄り添いたいとおもっているんでしょうね。
そして、今年もきっと大勢の天使ちゃんと天使ママ&パパが初めての年末年始を迎えているのだとおもうと、切なくて堪らなくなります。
悲しいよね、寂しいよね…一緒にお正月を迎えると期待ばかりしていたよね…


今年の私を振り返ると、このブログはあまり更新できなかったのですが、医療関係者の方たちのブログを中心として、時にはネットを彷徨っていました。
その中で、凄く心に残っているのが、中絶に対しての医師の方のご意見、
『させられる側の気持ちも考えて』
というような一文でした。
その通りですね、依頼する側はお金を払えば済むとおもっている方もいるとおもうのですが、中絶問題を女性の私たちがきちんと考えて、声に出していくべきなんだとおもいました。
病気などで仕方のない選択というのは別問題です。
私はこの医師の方のご意見を目にしたとき、私たちがいかに命を軽視しているかを考えさせられました。


テレビでは『たらい回し』という表現のまま、医療崩壊の報道が多くなりましたが、助産院や自宅出産に対しての警鐘は全く鳴らされないままで、不思議でなりません。
医療は叩きやすく、助産院は美化されたまま。
助産院や自宅って、そんなに安全なの?


よく、『第二子を自宅で出産』などと経歴に書くような方がいらっしゃいますが、そういうのもやめて欲しい。
『昔は自宅で産むのが当たり前だった』と言う方たちこそが、率先してその当たり前という行為を前面に出し、『特別な行為』だと騒いでいるように見えます。
どんな場所で産んだかを、どうしてわざわざ言うの?
当たり前だとおもっているのなら、言わないよね、普通は。


……あれもこれもと、本当はブログで書きたいなぁとおもっていることがまだまだあったのに、ご覧の有様、全く書けないことの方が多くて、自分が残念でなりません。
今年が終わるという日々の中、天使ママ&パパが少しでも心安らぐことを祈るばかりです。
そして、年末年始はどうしてもマンパワーが不足しがちだとおもいますから、妊婦さんたちがこの年末年始に派手な行動を慎まれることも祈っております。
また、派手な行動を慎んでも、緊急事態に陥る可能性があるという覚悟も大事ですね。
残りわずかな今年、一人でも多くの方が無事にお産を済ませられますように祈っております。
年末年始も関係なく現場で働く医師、助産師、看護師の皆さん、有難うございます。

本当に、お産は子どもが無事で生まれてくれるのが一番の素晴らしいお産です。
子供の死は辛いです。
今の無事を当たり前におもわれず、どうかどうか、ご無事にご出産終えられますように…


なんだか相変わらずまとまりのない私ではありますが、今年も一年、皆さんには大変お世話になりました。
今年最後は今日となるとおもいます。
来年も宜しくお願いします。

そして、天使ちゃんたち、今年も一年、琴子と仲良くしてくれて有難う!
天国は寒くないかな?
来年も、琴子と仲良くしてね。



2008-09-01

5歳と、5年と

昨日、琴子は天国で5歳になりました。
琴子の写真を5年経った気持ちで見ると、そこにはリンズやダンジの顔が重なり、姉弟は似ているのは当たり前なのだけど、琴子だけがおいてけぼりのような写真なのに、色褪せることのない成長も感じます。
この5年は私の人生の中で、ずっとずっと大事な時間。

琴子の力は衰えを知らず―
今夏はどんなプレゼントがあるのかな? と楽しみにしていたら、なんと!
テレビの中に、琴子を戸籍に載せてくれた立役者、あの裁判官がぁ!!!
ある事件の裁判官となられていたそうで、報道で久々にお顔を拝ませていただきました!
琴子の裁判では、途中で裁判官が変わりました。
そのことで、少し空気も変わりました。
それまでも『勝訴的和解』の流れではあったのだけど、逆に最初からその流れだったために、不満もありました。
裁判官が変わるかもしれない―その予測を前にして、弁護士さんは有利が不利になることもあると、ちょっと警戒していましたが、私たち夫婦はそこらへんは経験がないので、変わったらどうなるのだろうかと、また始めからやり直すこともあるのかとおもうばかりだったのですが、後任となった裁判官は前任の方よりも核に触れてくれるような感じがあって、半分以上は前任の方との裁判だったのだけど、後任の裁判官だからこそ、戸籍に載せることを汲んでくれたりしたとおもっています。
だから、裁判官、弁護士さんは琴子を戸籍に載せてくれた人たちであって、弁護士さんには節目にご挨拶を送ったりは出来るけど、裁判官とはよほどのご縁がない限りは会うこともない方だとおもっていたので、テレビで一方的にとはいえ、とっても嬉しかったです!
それも、琴子の誕生日の前日に見て、今日も見ました!
事件があるから裁判官が映るわけで、世間的には喜ばしいことではないのだけど…

あと、昨日はリンズと近所を歩いていたら、ご近所さんに会い、偶然だというのに、薔薇の花を頂きました!
それも、「じゃ、5本」といきなり!!!
「うわー! 今日、丁度命日の家族がいて、嬉しいです!」
とおもわず言ったら、
「あら…薔薇は棘があるから、仏壇にはだめなのよ~」
と言われましたが、琴子はお誕生日でもあるので、有り難く飾らして頂きました!!
1年に1本ずつ、琴子が咲かした薔薇なのかなってスマイル

琴子のお陰で、どん底も味わったけど、嬉しいことも沢山得られるようになりました。
琴子が5歳になったということは、あれから5年経ったということ。
まるでついさっき、琴子が死んだばかりのような気持ちもまだまだあるし、楽しさに満たされるときもある。
何処かで生きていると感じることもあるし、天国を遠くに想うこともある。
死んでしまった子供だけど、死んだままでも大事な子供。
でも、やはり生きて生まれることが出来るはずだったのなら、少しでも元気に生き易く生まれて欲しかったともおもう。

琴子が6歳になる来夏まで、私はまたどんなことを学ぶのだろうかと、琴子に感謝しながら8月31日を過ぎました。
琴子、お誕生日おめでとう!



2008-05-07

天使ママさんとの出会い

琴子が死んでしまい、多くの天使ママさんとの出会いが私を救ってくれたのだけど、先日、その中の一人の天使ママさんと念願達成、会うことが出来ました。
琴子よりも数ヶ月お兄ちゃんの天使君。
ネットを彷徨っていたあの頃に、その天使君のママと知り合い、沢山助けてもらいました。
出会ってから実際に顔を見て会えるまで、約5年かかりましたが、もっと前から友人だったような、天使ママと会うときって、とっても不思議な感じがします。
天使君や琴子の話を当たり前のように出来て、その空間や時間が当たり前に得られるのは天使ママとしかもうなくて…だから、とっても嬉しいし、また、今でもお互いに苦しんでいる部分に触れ合うことが出来て、切ないのだけど、とにかく心地良いのです。
琴子の名前を当たり前に口に出来るのは、このブログ(ネット)と家族と天使ママとだけ。
狭いけど、大きい。

最近、昔からの友人が
「あの頃、なんて声を掛けてよいのかわからなかったから、何も言わないことを選択しちゃったことを恥じている」
というようなことを言ってくれました。
当時の私の複雑な心境はいくらか和らぎ、彼の苦しみも素直に受け入れられるようになったし、また、そうやって話してくれることがとっても嬉しかったです。


2008-02-14

有難うございます

時々、このブログを読んでの感想を頂いております。
どんな内容でも、殆どの方が琴子のことを忘れないと書き添えてくださいます。
それが何よりも嬉しいことです。
「生きていて良かった!」
とおもえる瞬間そのものです。
琴子の亡骸を抱きながら、助産院から帰る車の中で
「このまま死のうよ」
と旦那に頼んだ私がそうおもうのですから、とても嬉しい瞬間なのです。

琴子や私だけじゃなく、小さいままに死んでしまった子供たち、特に戸籍に載せてもらえない子供たちの親には、
「早く忘れなさい」
とよく言われています。
私もよく言われました。
それは善意なのかもしれないけれども、実はとても厄介な善意でして、忘れられるわけない親の想いや切なさの全てを否定されているような心境になります。
でも、私にメールで励ましをくださる方や、このブログに書き込んでくださる方たちの
「琴子ちゃんは私の中で生きています」
という言葉を目にすると、琴子が誇らしげに笑っているような気がして、とっても嬉しくなります。

皆さんの中での琴子は笑っていますか?
会いたいなぁ。
皆さんの中にいる琴子にも会いたい。
助産院を選択したことで亡くなってしまったけれども、今は楽しそうにしていますか?

琴子を忘れないとくださる皆様に感謝しています。
有難うございます。



プロフィール

琴子の母

Author:琴子の母
助産院や自宅出産についての情報があまりにも偏っています。
助産師会の方から『産む側も勉強を』と言われました。
偏ったままの情報での勉強は、あらたな誤解を生み、悲しいお産を増やす可能性が高いとおもっています。
助産院や自宅出産が抱える問題、リスクを知って貰い、その上で分娩方法や場所の選択をしていくことを願っています。

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